37.好転の兆し・前編

 ヴァイス達の決闘から、数日が経過した。

 彼らの決闘の話は、特に最初のヴァイスの決闘は多くの学生達が見学に来ていた事もあって、たちまち冒険科内に広まっていった。

 決闘を見ずにその話だけ聞いた学生は、ヴァイスの無謀な行動に呆れる者がほとんどであった。しかし、あの校舎裏の騒動から決闘まで、その一部始終を見ていた学生達の中には、ヴァイス達に好意的な者も現れていたのである。

 それは、相手があの悪名高きブラッドであった事や、決闘する原因となった彼の暴言も関係があるのだが。一番の理由は、ヴァイスの見せた剣の腕であった。


 一年の学生達は、講義でヴァイスが剣を振る場面は見ているのだが、それはあくまで訓練での事であり、実戦とはやはり勝手が違う。おまけに剣を振ると言っても、一年の最初の訓練は基礎の基礎だ。その基礎的な動きだけでヴァイスの腕を見抜く事は、一年の学生達にはまだ難しい事であった。

 時々行われる模擬戦でも、ヴァイスはゲイルとしか戦っていない。普通は模擬戦の相手はその都度変えるものであるが、ヴァイス達二人は入学以来相手を変えていなかった。それは、二人の力を見抜いた教員のルガートが黙認していたためである。ルガートは、他の学生では二人の相手は出来ないとの判断を下していたのであった。

 二人の模擬戦をしっかりと観察していればそのレベルの高さが分かっただろうが、あいにく周りの学生は自分達の模擬戦のためにそれどころではなかったのだ。

 学生達が剣を止めて二人を見るとしても、それはゲイルが魔気を纏ってからだった。そこからの二人の模擬戦は決まってゲイルの圧勝に終わっている。そのために、学生達はヴァイスの力を見誤っていたのである。

 とは言っても、その一番の原因は、ヴァイスが魔力の無い無能だと知られていたからでもある。その前提条件に、彼らは自らの目を曇らせていたと言えるのだ。


 しかし、先の決闘にて、ヴァイスは己の力をしっかりと見せ付けた。

 気力だけで魔気を纏う者と互角と言えるレベルで渡り合ったヴァイスの剣技。稚拙なブラッドの物と比較されたために一層際立ってしまった、その剣技の完成度。

 そして、切り札として見せた彼の固有技能オリジナルである、限界突破リミットブレイク

 結果的に決闘には負けてしまったが、それでも彼の見せた力は、周りの学生達に大きな衝撃を与えたのであった。

 

 そして、そんな理由から。ヴァイスの学園生活は、始まって以来の大きな変化を迎えていた。


 ◆


「なぁ、頼むよ!」

「そうは言ってもね……」


 冒険科一年の教室にて、講義が終わり学生達が自分の仲間達と共に教室を出て行く中で。

 ヴァイスに向かって手を合わせ、頭を下げている少年がいた。少年は何かを頼み込んでいる様子で、その相手であるヴァイスは困ったように苦笑いを浮かべていた。


 ヴァイスに頼み事をしている彼も、当然の如く冒険科の学生だ。

 戦士としては細身で身軽そうな体付きをしており、顔付きは野性味溢れた、しかしどこか悪戯っぽいような気さくな印象を受ける。瞳は透き通るような碧色で、口からは鋭い犬歯が覗いていた。

 そして、ゲイル達との大きな違いとして目に付くのが、その短く刈られた茶髪から生えた大きな動物の耳である。彼の背後には細長い尻尾まで見えている。

 彼は、名をエリオス・ダーナーと言う。その特徴的な耳と尻尾から分かるとおり、獣人類ワービーストの少年だ。彼はヴァイス達と同じ冒険科一年の学生で、戦士志望の者である。そして、先の決闘を見学していた者の一人でもあった。


「あの決闘で見せた、あんたの剣技は凄かった。正直言って驚いたよ、こんなすげえ奴が同じ一年だなんて。俺も同じ剣を握る者として、心が震えたよ!」

「いや、でも結局負けたし」

「そんな事は関係無いさ! それにあの、最後の方の気迫も凄かった! あんな不利な状況なのに、あれだけの迫力を出せるなんて――」


 エリオスは先の決闘を思い出しているのか、興奮した様子で声を上げている。それに対して、ヴァイスはなんとも言えないむず痒い思いを感じていた。

 確かに、ヴァイスも自身の剣技に関しては自信を持っており、そこらの学生に負ける事は無いだろうとは思っている。しかし同時に、技術があるだけでは意味は無い、とも思っていた。

 そのために、褒められるほどの物では無いというのが、彼自身の自己評価である。ゆえに、こうして真正面から褒められるというのは、もちろん喜ばしい事ではあるのだが、なんだが落ち着かないような、そんな思いであった。


 そんな中、一方的に喋り散らしてどんどんと調子を上げているエリオスに向かって、近くに居たゲイルが冷ややかな声を浴びせた。


「でも、お前らってヴァイスの事を無能呼ばわりで馬鹿にしてただろ」

「いや、俺は馬鹿にはしてねぇよ! ただ、魔力が無い奴なんてのは初めてだったから、変な奴だとは思ってたけど……ほんと悪かったと思ってるって! すまなかった!」


 ゲイルの台詞を聞いて、エリオスがばつの悪そうな顔を見せた。そしてすぐさまヴァイスに頭を下げてくる。

 その表情からは、彼が本当に申し訳なく思っている事が読み取れた。なんというか馬鹿正直な奴だな、というのが、ヴァイス達の彼に対する感想であった。

 そもそも、ゲイルはともかくとして、ヴァイスは自身が馬鹿にされる事も仕方の無い事だと思っていたので、エリオスに対しても特に嫌な感情は持っていなかった。

 そのため、割と真剣に謝罪をしてくるエリオスに対して、頬を掻きながら声を掛けた。


「別に、そんな謝らなくても良いよ。俺は気にしてないから」


 すると、エリオスはがばっと勢いよく顔を上げて、更にヴァイスに詰め寄った。


「そうか、良かった! なら、暇な時でいいんだ、俺に剣技を教えてくれ!」

「あはは、いやまぁ、俺でよければ……」


 エリオスの熱意に負けるかのように、ヴァイスは若干引き気味に返事をしてしまう。そして、それを呆れたような様子で見ているゲイルであった。


 ここ数日の間このような調子で、ヴァイスの元に、剣を教えて欲しいと何人かの学生がやって来ていたのだ。中には二年の学生の姿もあって、殊勝な者もいるもんだ、とゲイルを驚かせていた。

 人の良いヴァイスはそれを断る事は出来ずに、簡単にではあるが剣技を教える事となった。

 ヴァイスも故郷の村では、子供達に対して父親の代わりに剣を教える事もあったので、教える事自体に問題は無いだろう。剣技なら教員に習えよ、ともゲイルは思ったが。自分達以外の一年と話すヴァイスを見て、まぁ良いか、と思い直した。

 こうして同学年の者達が接触してきてくれるようになったのだから、喜ぶべきだとゲイルは思ったのだ。

 今までヴァイスを馬鹿にしてきたのはこの際水に流そうと、そう思っていた。


 ◆


「話は済みましたか」


 今度時間がある時に剣を教えると約束をしたエリオスが、ヴァイス達から離れるのに入れ替わる形でリリカが近づいてきた。

 彼女は表情に柔らかい微笑を浮かべていた。彼女も、ヴァイスの事を認める者が現れた事を嬉しく思っているようだった。


「ああ、今日いきなりも難しいから、教えるのはまた今度だけどね」

「全く、露骨に掌返しやがってよ。調子良い奴らだな」


 ゲイルが鼻で笑うが、その声色から険悪感は無かった。本気で非難している訳ではなく、ただの軽口なのだろう。


「ブラッドはあの性格ですから、結構な人数に嫌われていたようですね。倒したのはゲイルでしたけど、明確に敵対したヴァイスにも好意的な感情が向けられているようです」

「そら、嫌われるだろうさ。貴族だってのにあんな感じじゃあな」

「そうですね、嫌がらせを受ける学生も多かったようですし。これで大人しくしてくれれば、学内も少しは平穏になるでしょう」


 そう言うと、リリカは少し周りを見回した。教室内にはまだ学生がいくらか残っており、そのうち半分くらいは、いまだにこちらへと冷めた視線を送っていた。

 リリカはそんな彼らをうんざりした様子で一瞥して、呟くように言葉を続ける。


「それでも、まだよく思っていない者もいますけど。全員が決闘を見ていた訳では無いですからね」

「いや、だから俺は気にしてないって」


 苦笑混じりに言うヴァイスを、リリカがジトッとした目で見返した。しかし、ヴァイスが本気で気にしてなさそうな様子だったので、一つ溜め息をついて。


「まぁ、良いでしょう。それより、今日は先輩と迷宮に潜るのでしょう? 早く行きましょう」


 今日は、また迷宮に潜って戦闘訓練をする約束をしていたのだ。

 リリカの言葉にヴァイス達は頷いて、アリスと合流するべく教室から出ていくのであった。

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