35.一件落着
「――と言う訳で、ブラッドの奴は俺がのしといてやったからよ。心配はいらねぇよ」
と、ようやく復活し立ち上がったゲイルが、ヴァイス達二人に向かってニッと歯を見せながら話していた。
ヴァイス達が二人して驚きの声を上げてから、その後。一旦落ち着いた所で、ゲイル達から事の顛末を聞いていたのだ。
ゲイルがブラッドに決闘を仕掛けるなど、完全に予想外の事であった為にヴァイスは盛大に驚いていたのだが。冷静になって考えれば、それは上手い手である事を理解していた。それに、ゲイルがブラッド如きに負ける筈は無い事も分かっていた。
自分とは違い魔気を纏えて、剣技もブラッドと比べると優秀。更には
そう、ヴァイスは考えて、だからこそゲイル達の話もすんなりと受け入れる事が出来ていた。
「そうか。それじゃ、先輩の約束は無しになったのは、間違いないんだね?」
「おうよ、間違いねぇ」
「それは、私達も保証するよ。っていうか、そんな事本気で認める訳が無いじゃない?」
それでも念を押して確認するヴァイスに、ゲイルが頷き答えて、続くようにシャルロットが片目を瞑って笑顔で答えた。私達という言葉に、マリアも頷いているのが見えた。
ヴァイスはシャルロットとは初対面ではあるが、先のアリスとのやり取りでかなりお茶目な人物だと認識していた。その為、そんな砕けた態度の彼女に対して苦笑いを浮かべてから。
「そっか、もう、大丈夫なんだ……」
ヴァイスは呟くように言葉を吐いて、一度目を伏せた。まるで今迄の情報を自分の中で整理するかのように、軽く息をつく。
「ま、本当は、お前が自分でけりを付けたかっただろうけどよ?」
「いや、そんな事は、無いとは言わないけど」
腕組みしながら、少し真面目な表情を見せてくるゲイルに対して、ヴァイスは曖昧な表情で曖昧な返事を返していた。
彼の中では、いろんな感情が渦巻いていたのだ。
アリスが助かった事への安堵感。自分ではアリスを助けれなかった事への身を焼く程の悔しさ。そして、それを簡単に成し遂げたゲイルへの、多大な感謝の念と。――同じ位の、激しい嫉妬。
本当なら、自分が助けたかった。自分がアリスを守りたかった。その役目は自分のモノで、他の誰にも、たとえ幼馴染にも渡したくはなかった。
そんな、自分でもつまらないと思えるのに、どうしようもない位に存在感を主張する
しかし。ヴァイスはその心を落ち着かせるように、呼吸を整えた。不思議な事に、思っていたよりも簡単に荒くれていた波が穏やかになっていくのを、ヴァイスは感じていた。
どんな事をしてでも、アリスを守ると決めたのだ。それはつまりは、一番大事なのは彼女を守ると言う事であり、その手段は問わないと言う事だ。
ならば、それを成したのがゲイルであったとしても、何も問題は無い筈だ。むしろ自分には実現不可能な事だったのだから、感謝してしかるべきである。嫉妬なんて、以ての外だ。
そう。何よりも大事なのは、アリスが理不尽な辱めを受けるのを避けれたと言う事なのだから。それに変えれば、自分の誇りなどどうでもいい。
ともかく危機が去ったのなら何でも良いと。自分は役立たずだったとしても、良しとしようと。
それが、今のヴァイスの、偽り無い本心だった。
「ありがとう、ゲイル。本当に、助かったよ」
ヴァイスが、ゲイルに向かって礼を述べた。素直に、何の戸惑いもなくその言葉が紡がれた。
柔らかく笑みを浮かべているヴァイスを見て、ゲイルの方が逆に意外そうな顔を見せる。
彼は、ヴァイスが結構頑固で負けず嫌いだと言う事を知っている。そのため、少しは不満が出ると予想していたのだ。
それが、確かに一瞬複雑な表情が浮かんだのだが、それが直ぐに掻き消えたのを見て、ゲイルの目が僅かに見開かれた。
「……どうした? なんか、えらく素直だな」
「そんな事ないよ」
「いや、なんか吹っ切れたような……さては、何か有ったな?」
何かを悟った様子で。ゲイルが意地悪な笑顔で聞いてくる。更にはその視線をアリスにも向けると、彼女はぽっと頬を染めて視線をそらしていた。
その反応が、ゲイルの言葉が正しいと言外に示しているのだが。ヴァイスの方はと言うと、既に余裕を取り戻しつつあって。
彼は含みを込めてにやりと笑い、
「まぁ、色々とね」
と、冗談ぽく返したのだった。
ゲイルの言いたい事はヴァイスにも分かっていた。彼の雰囲気が変わったと言うなら、間違いなくアリスとの一件が原因だ。二人でたくさんの涙を流して、それで驚くほど気持ちに整理がついたのだった。
先のリリカの話からすると、おそらく二人で泣いていた事までは知らないだろう。だからこそヴァイスは、色々と翻弄してくれた意趣返しにと、意味深な態度で答えを返していたのだった。
それを見たゲイルは、一瞬呆けた様な表情を見せた後、苦笑と共に息をついて。
「そうか、まぁ、良かったと思うぜ。ただなぁ……」
ゲイルが、なにやら意味ありげに呟いて、ヴァイスに近づいていった。
その様子に、何か嫌な予感を感じてヴァイスが顔を引きつらせる。
「何時も言ってんだろ? お前にだって出来ない事はある。そんで、お前にできねぇ事は、俺らがやれば良い」
ゲイルが、言葉を続けながらずんずんと歩を進めて、ヴァイスの直ぐ傍までやって来た。いまだにベットに腰を下ろしていたヴァイスは、彼を見上げるような形となる。
そんなヴァイスを、ゲイルがにこりと笑みを浮かべながら見下ろして、
「大体だな――」
ゲイルが、がしっと、ヴァイスの頭をその大きな手で掴んだ。え、とヴァイスの口から声が漏れる。
「決闘とか、一人で突っ走りやがってよ。俺らを待つぐらい出来なかったのか、おい」
「痛あ!? ちょっ、ゲイル、待って待って!」
その手がみしみしとヴァイスの頭を締め付け、その痛みにヴァイスが悲鳴を上げた。
その光景に、いまだ展開に付いていけずに、隣で呆けていたアリスが我に返った。彼女は慌てたようにゲイルに声を上げる。
「わああ!? ゲイル君、ストップ! 怪我が治ったばっかりなんだから!」
「大丈夫だ、こいつは頑丈だからな、そう簡単に死にやしねぇさ」
みしみしみしっ。締め付けるような音が、ヴァイスの頭から響いている。
「いたたたた!? ごめん! 俺が悪かったから!」
「本当にわかってんのか? 俺等やセンパイが、どんな思いでお前の決闘を見てたのか、わかってんのか?」
「ごめん、すいません、反省してます! もう無茶はしないから!」
ぱっと、ゲイルがヴァイスの頭から手を離した。開放されたヴァイスは、すぐさま自らの頭部を両手で押さえ、苦悶の声を上げながら蹲っている。そんな彼に、アリスがおろおろとしながら話しかけていた。
ゲイルは、軽く鼻を鳴らしてから腕組みし直して。
「分かってんならいいんだけどよ。本気で、こんな無茶はもうすんなよ」
「……大丈夫だよ、本当に、今回は。自分でも嫌になるくらいだったから。反省は、してるよ」
若干涙目になりながらも、真っ直ぐな目を向けてヴァイスが言った。その目を見て、ゲイルも渋々と言った様子ではあるが、一応納得出来たように頷いた。
「もう、それくらいでいいですか。ヴァイスも反省しているようですし。あぁ、次は無いですからそのつもりでいなさいね?」
ゲイル達の会話が落ち着いたのを見計らってか、リリカが口を開いた。その表情はにこりと笑みが張り付いており、それを見たヴァイスの背筋に冷たいモノが這い上がっている。
リリカも、怒っているなあと、ヴァイスは自分の顔が引きつるのを感じていた。
「とりあえず、怪我はもう良いのですよね? あんな事をしようとしていたのですから、身体は大丈夫ですね?」
「……はい、大丈夫です」
棘がたっぷりの言葉を受けて、ヴァイスは肯定を返すしかなかった。隣で、アリスが顔を赤くして俯いている。
「じゃあ、今日の所はもう帰りましょう。色々と私も言いたい事はありますが、明日に持ち越します」
「そうだな、いつもと比べるとかなり遅いしな」
リリカの提案に、ゲイルが応えて、マリアも頷いているのが見えた。
そして、シャルロットも立ち上がって。
「そうだねー、そろそろお開きとしましょう。アリスちゃん達はどうする、ここに残る? てかなんなら泊まる?」
と、シャルロットがへらへらと口を歪ませて聞いてくる。冗談を言っている事が丸分かりの表情である。
というか、先程はそう言う事はここでは認めないとか言ってなかったか、と。ヴァイスももはや乾いた笑いしか浮かんでこない。
そして、その言葉に対して。当然と言うかのように、アリスが顔を紅潮させて声を上げた。
「残りません!」
「あはは、そう? まぁ、ローラちゃんも心配してるだろうしねー、今日は帰ろうか」
「むぅ、そう思うなら茶化さないでよ、もう」
と、アリスが頬を膨らませながらシャルロットを睨みつけて。その後、ヴァイスへと向き直り、
「じゃあ、ヴァイス君も帰ろう。大丈夫? 立てるよね?」
「ええ、問題無いです。行きましょう」
心配してくるアリスに笑顔を向けて、ヴァイスがベットから腰を上げた。そして二人で、皆の後を追うように廊下へと向かう。
こうして、ヴァイス達は医務室を出て、帰路へと就いたのであった。
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