34.決着
「やっと出しましたか。随分ともったいぶりましたね」
リリカが一度溜め息をついて、ボソリと呟いた。彼女はゲイルの幼馴染故に、彼の手札も把握している。むしろ早くその手札を切らなかった事に呆れているようだ。
しかし、その隣のマリアは、ゲイルの使った魔法に衝撃を受けたようで、
「
「ああ、やっぱり、あれもそんな扱いなんですね」
驚きと呆れが混じった様な表情で呟くマリアの台詞を聞いて。リリカは半眼でゲイルの方を見ていた。
自分の雷魔法もそうだが、どうして自分達の技は、こう普通でない物が多いのだろうかと、リリカは若干自分でも呆れていた。
「あれは、難易度の割には見返りが少ない魔法ですからね」
「……難易度は分かりますが、見返りは少ないですか? 厄介な
返ってきたマリアの返答に、リリカが更に言葉を返す。
あの、「剛剣」すら防いだ
しかし、マリアは首を振って、
「いえ、確かに障壁を破れるのは有効に思えますが――」
マリアがそう言ってから、その視線でリリカに決闘を見るように正す。
彼女が、マリアに向けていた視線を前へと戻せば。
「がはっ、馬鹿な……、どうやって……! くそっ!」
顔を苦痛に歪ませたブラッドが追撃を恐れるかのように飛び退いて、再度障壁を張りなおしていた。
ゲイルはその様子を悪い笑みで眺めながら、ゆったりと余裕げに大剣を構えなおしている。
「あのように、障壁なんて破壊されてもすぐ張り直せますからね。魔法使いが障壁破壊で障壁を剥がして、その隙に戦士が攻撃する、なんて。なかなか難しいんですよ。そもそも、物理障壁なら魔法で攻撃する方が早い訳ですし」
「言われて見ればそうですね。
リリカは口に手を当て、うーんと考えながら話している。マリアの言葉に納得している様子だった。
マリアはそれを横目で見ながら、
「そうです。あれが役立つのは万物を防ぐ事が出来る、
そう言って、隣に来ていたシャルロットをちらりと見た。彼女の方はと言うと、障壁破壊なんて珍しい魔法を使ったゲイルを、興味深げに瞳をきらきらとさせながら見ていた。
先程のヴァイスの決闘にて、ブラッドがアリスに向けて振り下ろした剣を防いだ金色の魔法陣。あれこそが、シャルロットの使った上級障壁魔法、神代の聖域である。
物理攻撃も魔法攻撃も関係無く、その一切を通さない最硬の防壁。人の使う魔法である以上限界はある筈だが、それでもそこらの上級魔法や武技では突破不可能な絶対の防御。
もっとも、あれは詠唱破棄で発動されたその一部であり。実際は複数パーティー位は守れる広域防御魔法で、それが張られた場所は何にも汚す事叶わぬ、正に聖域となるのだ。
あれ位の障壁魔法が相手なら、障壁破壊も有効な手段と言えるのだが。使い手が極端に少ないのと、そもそも使えるのが人類だけである事、つまり魔物でそれを使える固体は確認されていないと言う事実が。障壁破壊に、いまいち使い所の無い微妙な魔法、という評価を与えていた。
そして、障壁破壊が微妙な点はそれだけでなく。
「そもそも、あれはとても難しい魔法な筈です。あいての障壁の解析をしないと、破壊する事なんて出来ない――」
障壁破壊を発動させるには、まずは相手の障壁を解析しなければならない。それが対物理なのか、対魔法なのか。強度はどれ位か、込められた魔力は如何程か。
それらを把握してイメージを調整しないと、障壁破壊は不発に終わるのだ。その扱いの悪さが、ますますこの魔法の立場を悪くしていたのだが。
マリアは、何かに気付いた様に言葉を止めていた。
マリアの脳内には、先程のゲイルの姿が浮かんでいた。障壁を殴りつけるゲイルと、その拳を受け止めて光を散らす魔法陣。
それはほんの数秒だったのだが。
「……なるほど、直接殴りつけて解析した、と」
それが例え数秒でも。間近で障壁を見て、さらには篭手越しとは言え自らの拳でその感触を確かめたのだ。であるならば、おそらく解析も、出来ない事では無いのだろう。
マリアは、ゲイルのその発想に驚いた表情を見せながら、続く疑問をこぼした。
「しかし、なぜあんな魔法を……」
「私達三人は、元々は皆剣を得意としてましたが、それが弱点でもありました。それを危惧した師匠が、私たちに試練を課したのですよ」
「試練? ですか」
マリアの疑問にリリカが答え、更にマリアがそれを聞き返す。
そこで、リリカが軽く頷いて。
「それが、物理障壁持ちとの戦闘でした。具体的に言うと、物理障壁を張った師匠との戦闘訓練です。……障壁の存在も知らなかった私達は、最初は手も足も出ませんでした」
リリカが、またも懐かしそうにその瞳を細めている。
「それで、色々と考えまして。何とか私が魔法を使えるようになって、ヴァイスとゲイルが前衛で耐えている間に後衛となった私が魔法で攻撃する、という戦法を取る事にしたのです」
「まぁ、かなり基本的な戦法ですよね」
「えぇ。師匠もそれを期待していたのですが。……ゲイルは、それの斜め上を行ったのですよ」
「……それが、あれ?」
マリアが苦笑しつつ砕けた口調で言えば、リリカが細めていた目を伏せて、深く溜め息をついた。
「そうです。後衛に任すなんて面倒臭い! 俺がぶち壊せば良いだけだ! と。一人で何か考え込んでいたと思ったら、そんな事を考えていたようで。あの時は、師匠ですら言葉を失っていましたよ」
勿論の事、彼らの師匠であるヴァイスの父は、最初は反対していたのだが。ゲイルの熱意に負けたのか、単に面白いと思ったのか。結局、ゲイルと共に障壁破壊の訓練を始めてしまったのだ。
あの師匠の事だ、きっと後者だろう、とリリカは思っている。そして、その予想は見事に的を得ていたのだった。
「何と言うか、脳筋極まれり、って感じね」
「彼は身体が弱くてあまり動けなかったので、動けるようになったのが嬉しかったのでしょう。反動で、凄まじい脳筋っぷりを発揮するようになりましたが」
「そう、なるほどね……」
病弱で、まともに部屋から外へ出れなかった少年が、自由に外に出れるようになったとしたら。それはどんな気持ちなのか。
それをマリアは想像して、なんとなくだが、納得したのだった。
「それよりも、ようやくあれを出したのなら。もう、決める気でしょうね」
そう言って、リリカは。戦闘の続きを開始した、ゲイル達へと目を向けていた。
◆
ゲイルとブラッドの剣戟は続いていた。相変わらず響く金属の衝突音と、障壁が剣を受け止めるギリギリと擦れるような音と。加えて、まるで硝子を叩き割るような音と、重い打撃音が混じっていた。
ブラッドの展開する障壁の、その全てをゲイルが拳で叩き割っていたのだ。そして、防ぎきれなくなったゲイルの剣を、ブラッドが鎧のあちこちに受けていた。
「どうした、もう終わりか? ヴァイスはもっと根性見せていたぜ?」
「うる、せぇ! っぐ、がぁぁああ!」
ゲイルの挑発に、ブラッドはまともに応えるのも困難な状況であった。いくら厚い鎧で身を覆っているとは言え、ゲイルの大剣が相手ではほとんど意味は無かったのだ。その重厚な剣の一撃は、鎧をへこませ中の身体にまで衝撃を伝えていた。
結果、幾度も身体に打撃を受けて、ブラッドは全身に走る痛みに顔を歪ませていた。魔気による身体強化でその耐久度も増しているのだが、それでも、これ以上の戦闘は不可能だろう。もはや立っているのもやっとと言う様子であった。
「つっても、もう無理だろ。俺はお前と違って、必要以上に痛めつける趣味はねぇんだが……降参しねぇのか?」
「ふざ、けるなあ! 誰が、てめえなんぞに!」
手を止め、哀れんだような目を向けながらゲイルが言うが、ブラッドは血走った目でそれを否定した。よほど屈辱的だったのだろう、その瞳は燃える様な闘志で溢れている。
それに対して、そうか、と。ゲイルが一つ頷いて。
「ま、俺もそこそこ楽しめた。おまえのそんな目を見れたんだ、良しとするか」
「何、言ってやがんだ! まだ、終わっちゃいねぇ――」
「いや、もう終わりにするわ」
ゲイルは、左肩に剣を担いで。右手を、握って開いてを繰り返し、
「もう、完全に読めたからなぁ。魔道具の弱点だわな、調整が出来ねぇだろう?」
そう言って、大剣を両手で握り、上段で天へと切っ先を向けて、一呼吸する。
紅い魔気に包まれた大剣が、鼓動のように明滅して。その潰された刃の部分に、蒼い光が伝わっていく。
「だからよ。これで、終わりだ」
まるで、鈴の鳴るような音が長く響いて。その青い光が大剣を走り、幾何学模様をその刀身に刻んでいった。
◆
「良いですよ、ゲイル! そいつを叩き潰しなさい!」
「……随分楽しそうね」
興奮したように声を上げているリリカに、マリアが若干冷めたような目を向けていた。
しかし、そんな視線は気にせずに、
「もう、開き直ります! あいつを倒せるならどうでも良い事です! さぁ、やりなさい、ゲイル!」
と、リリカは右腕を振り上げていた。
自分で手を下せなかったのは残念だが、それでもブラッドの悔しさに滲んだ顔を見れたのだ。リリカの
後は、ゲイルがブラッドを倒して、それでお終い。アリスの馬鹿げた約束は取り消しとなり、今日のこの騒動も丸く収まるのである。
だから、リリカは調子を上げてゲイルを煽っていた。
そうこうしている内に、ゲイルの掲げた剣が、紅い輝きを放ち始めた。それは武技の前兆で、しかし「剛剣」とは違いその刀身には蒼い模様が浮かび上がっている。
「あれは?」
その剣の様子に、マリアが不思議そうに問い掛ければ。リリカはまるで自分の事のように、上機嫌に答えたのだった。
「あれが、ゲイルの秘技。魔法が不得意な脳筋が、脳筋故に編み出せた、障壁破壊剣。その名も――」
武技「剛剣」に障壁破壊の魔法を上乗せて放つ、障壁無視の斬撃。全ての防護を貫き断ち切る、絶対の一撃。
「剛剣・破陣の型!」
◆
ゲイルの大剣が、強い輝きを放っている。大気が渦をなすようにその剣にまとわりつき、そのまま天へと伸びていく。刀身には蒼い線が幾重にも走り、模様を成していた。
「な、なんだよ、それは。くそ、ふざけんなああああああ!」
ブラッドが、その異様な光景にうろたえて、叫びながら右手をゲイルへと向ける。それに合わせて、彼の前に魔法陣が展開された。
しかし、それをゲイルは冷めた目で見つめて、
「無駄だって。もう読めてんだからよ。おら、そんなモン張ってねえで、構えとけよ。しっかり受けねぇと、下手すりゃ死ぬぜ?」
ゲイルがにやりと笑みを浮かべて。光り輝く剣を肩に担ぎ直し、一歩踏み込んだ。その足が地面を砕き、弾け、ゲイルの身体が前方へと躍り出る。
一息でブラッドの障壁前まで詰め寄って、担いだ大剣を振り上げた。
「万象断ち切れ――、『破陣』!!」
全てを断つ刃が、ブラッドに振り下ろされた。凄まじい勢いで走る紅蒼の光は、彼の展開する障壁をまるで何も無いかのようにすり抜けて、そのまま二つに分割する。
「ひっ――」
迫る光にブラッドの悲鳴が漏れるが、遅すぎた。障壁以外に守る術を持たず、もはや剣もまともに振れないブラッドは、その光から逃れる事は出来なかった。
ゲイルの大剣が地面へと叩きつけられて、破砕音と共に大地が揺れた。その一撃で剣の纏っていた魔気は拡散し、蒼い紋様も掻き消えてしまった。
そして、一瞬の静寂の後。
ブラッドの身体がぐらりと揺れて。ぱっくりと縦一線に割れた鎧の隙間から血を吹き出しつつ、まるで糸の切れた人形の如くその場に崩れ落ちる。
そこに、シャルロットが飛んで来た。彼女は倒れたブラッドの身体に、何かを確認するようにぺたぺたと触れて。立ち上がり、その場の者達に聞かせるかの様に声を張り上げた。
「ブラッド君は戦闘続行不能! よってこの決闘は、ゲイル君の勝利とします!」
周りの観戦者が見守る中。その、決闘終了を告げる声が、陽の落ちかけたグラウンドに響き渡ったのだった。
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