33.障壁破壊

「あらら、すごい気合ねー」


 シャルロットが感心したように声を上げた。その視線は、魔気を溢れさせているゲイルに向けられている。

 しかし、そんな視線は意に介さずに、ゲイルは戦闘の構えをとった。ブラッドに突きつけた剣を一度横に振り、そのまま右肩に、今度は両手で担ぎ直す。そのまま若干腰を落とし、まるでそのまま相手に向かって突っ込んでいきそうな気迫を維持している。

 対してブラッドは、ゲイルから爆散した魔気に一瞬怯み。そんな己に気付いて顔をしかめた。忌々しそうに舌打ちして、そのままゲイルに向かって剣を構える。

 二人共、気合は十分。もはや交わす言葉は無いと言った様子で、お互い睨み合う。その身体に纏う魔気が、その時を待ちわびて静かに揺らめいている。


「二人共、準備は良さそうね。今日は二度目だし、めんどくさい前口上は抜きで行くわよー!」


 そう言って、シャルロットは右手を上げた。気合が入っているのか、そのたれ目も気持ち釣りあがっているように見える。

 そして、一息吸って。高らかと、決闘の開始を宣言した。


「……それでは、ブラッド・ビリアン対ゲイル・ツヴァートの、決闘を開始します! 二人共、頑張りなさい!」


 そのまま、彼女は。その掲げた右手を、二人の睨み合う中央へと振り下ろした。


「始めっ!」


 シャルロットの声が場に響いた次の瞬間。

 振り下ろした手のその先で、その声をかき消すほどの爆音が炸裂した。更にその音を追い掛ける様に、爆風が辺りに撒き散らされる。


「って、うわわ!」


 慌てた様子で、その風に押されるようにシャルロットが後方へと退避する。治癒術師とは言え、さすがは高ランク冒険者。軽やかな足運びで安全圏まで引いていった。

 そして、その風と音の発生地点では。ゲイルとブラッドが、それぞれ大剣を押し付けた状態で対峙していた。


 決闘開始の合図の瞬間に、二人共が相手へと突撃していたのだ。そしてそのまま、二人は大剣を相手に向かって振り下ろし、丁度中央で激突した。

 二人の剣がぶつかり合い、激しい音と光が弾けた。初手の斬撃の威力はほぼ互角。そのまま二人は、剣を押し合い膠着していた。


「くそ、が! ぐうぅおおお!」


 ブラッドが、苦々しく呻きながらも、地を踏みしめ剣を押している。どうやら一年相手に力で競り合う事になろうとは、ついぞ思っていなかったようだ。その顔が驚きと屈辱で歪み、射抜くような目でゲイルを睨みつけている。

 対してゲイルは、冷静であった。まるでまだ余力を残しているような様子で、押してくるブラッドの剣を己の剣で受け止めている。それは、ブラッドの力を見定めているかのようで。

 こうして、二人の眼前で両者の大剣がギリギリと音を立てていたのだが。その膠着も長くは続かなかった。


「っおお!」


 ゲイルが短く気合を発して、一気に剣を押し出した。後ろ足を蹴り飛ばし、身体ごと相手へとぶちかます。

 その気合に乗って、ゲイルの身体を覆う魔気が、一瞬だけ膨れ上がった。

 

「っなに!」


 ブラッドが驚愕の声を上げている。全力で剣を押していたと言うのに、ゲイルの踏み込みを抑えきれずに逆に押し返されてしまったのだ。

 その両の大剣から火花が散り、音と共にブラッドの剣が上方へと弾かれる。その剣に釣られる様に、彼の身体もがぐらりとよろめいた。


「おらあ!」


 その隙を逃さぬように、ゲイルが大剣を斜めに切り下ろす。風を切る、というよりは空気の層をぶち抜くような爆音を鳴らして、その大剣が無防備なブラッドへと襲い掛かる。


「この、やろうがあああ!」


 ブラッドが自らに振り下ろされる剣を見上げて、搾り出すような声を上げていた。

 その声に反応したかかのように、ブラッドの首元から蒼い光が溢れ出した。それは彼の目の前で魔法陣を形成し、突き進むゲイルの剣を真正面から受け止める。まるで金属の壁を打ち付けたような音と共に光が散って、ゲイルの大剣がそこで動きを止めた。

 しっかりと受け止められた剣を見て、ブラッドの表情に余裕が戻ってきた。予想外だった脅威を、しかし上手い事やり過ごせた事に、興奮したような声を上げている。


「ひゃ、ははははは! どうだ! これが有る以上、てめえの剣は俺にはとどかねぇよ!」


 ブラッドが、優越感に酔いしれている様子で、笑い声を上げていた。その障壁がある以上、自分に負けは無いとでも思っているようだ。

 それは、ある意味正しい判断だ。彼が使う物理障壁マテリアルシールドは対物理に特化した障壁であり、魔法には無力である反面、剣や槍等物理的な攻撃に対してはかなりの強度を誇っている。

 敵がこれを使ってきた場合は、戦士はほぼ無力となってしまうため、後衛の魔法使いに攻撃を任せるのが定石となるのである。

 故に、戦士相手の一対一の決闘では、これはかなりの脅威となるのだ。いくら何でも有りの冒険者とは言え、決闘でこれを使えば白い目で見られるのも仕方ない程である。


 しかし、そんな。下手すれば詰む可能性すらある状況で、ゲイルはその笑みを崩さずに。むしろ本気で楽しそうに。


「それが、どうした! まだお楽しみは、こっからだろうが!」


 障壁そんなものはお構い無しと言った様子で、ゲイルは大剣を叩き下ろしたのだった。


   ◆


 陽が地平線へと沈んでいき、空が赤から青へと変わりつつあるグラウンドで、二つの大剣が舞い踊っている。その重量を感じさせない勢いで、二つの鉄塊が空を抉り線を引く。

 ゲイルとブラッド、この二人の戦闘スタイルはとても良く似ていた。両者共に、その膂力に物を言わせた豪快な剣。常人には振る事も難しい大剣を、魔気にて強化ブーストした身体能力を武器に、縦に横にと振り回す。

 先のヴァイスとの決闘とは違う、重く響くような撃音が両者の間で幾度と無く響き、それが二人の周囲の大気までも打ち振るわせている。剣がぶつかる度に光の円が広がって、尾を引く紅い光を装飾していた。

 その迫力ある光景は、ヴァイスの剣技とはまた別の意味で見学者達を魅了し、一部の者達が声援を上げている。

 マリアとシャルロットの教員二人も、感心したような顔で決闘を見守っていた。

 しかし、ただ一人、リリカだけが。


「まったく、あのお馬鹿。完全に楽しんでますね。さっさと決めてしまえば良いものを……」


 と、不満げな、それと同時にどこか羨ましそうな顔で、剣を振るうゲイルを見つめていた。


   ◆


「おらおらおらあ!」

「くっそが、調子に、のってんじゃ、ねぇええ!」


 調子を上げて楽しげな声を上げながら、ゲイルが剣を振り下ろし。先程の余裕は何処へ消えたのか、それを忌々しげにブラッドが受け止めている。両の剣が拮抗して火花を散らすが、ゲイルがそれを叩き折るかのように力を込めて振りぬいた。

 込められた力を抑えきれずブラッドの剣が弾かれて、防御の開いた所に向けてゲイルがすかさず切り返すのだが、その穴を埋めるかのように障壁が発生する。

 障壁と剣が激突し、衝撃で空気が歪む。それ以上は無駄だと悟ったゲイルが剣を引いて、一瞬、別の方向から更に叩き込んだ。


 確かに、二人の戦闘スタイルはよく似ている。しかし、似ているのはあくまでその型だけであり、実力に関しては、明らかにゲイルの方が上であった。剣速も、その威力も、ゲイルが数段上だった。それは単純に、今まで剣を振った回数の差であった。真面目に訓練を積んだ者と、そうでない者の、その歴然とした実力差。

 その差を、ブラッドは魔道具で埋めていた。ゲイルが放つ斬撃の回転に付いて行けずに、その隙間に打ち込まれる剣を、魔道具が生み出す物理障壁で凌いでいる。

 ゲイルが三度剣を振れば、ブラッドは一つを剣で受け、受け切れない二つを蒼き障壁が弾き返す。

 ゲイルの凄まじい剣圧に得物を弾かれ、返す刀でぶちこまれる斬撃を、辛うじてと言った様子で魔法陣が受け止める。


 こうしてしばらくの間、好き放題に暴れる紅き暴風の如き剣線と、それを必死に受ける紅蒼の光とが、決闘の舞台場で乱舞を繰り広げていた。

 その光と音の中で、決闘者の声が響き渡る。


「おら、どうしたセンパイ! 守ってばかりじゃ勝てねぇぞ!」

「なめんじゃ、ねえよ! この屑がぁ!」


 ゲイルの挑発に対して、ブラッドが怨嗟の声を上げ、己の剣を無理矢理に薙ぎ払った。力の限り、両手で握り締めた大剣を、半円を描くように勢いよく振るう。

 それに対して、ゲイルも真正面から剣を叩きつける。若干振り上げ気味に振られる剣に、同じく横からぶちあてた。二つの剣が激突し、音と光を撒き散らし。やはり弾かれたのは、ブラッドの剣だった。


「おおおお!」


 ブラッドの剣を弾き返し、無防備になった所でゲイルが更に一歩を踏む。横に振った勢いに乗せて剣を振り上げ、脚が地を打ち鳴らすのに合わせて振り下ろす。自らの体重を乗せて、渾身の力で剣を叩きつけた。

 紅く輝く魔気が剣に巻きつき、光となって打ち下ろされる。そこに滑り込むように、蒼い魔法陣が煌いた。

 ゲイルの武技アーツ「剛剣」と、物理障壁が真っ向から激突し、甲高い音と光の激流が辺りにあふれ出す。その眩い光に、周りの見学者が思わず目を逸らした。そして次の瞬間、一際大きな音が鳴り響き。その音に彼らが視線を戻すと。

 ゲイルが舌打ちしながら、健在の障壁から飛び退いている所であった。


「ちっ、結構頑丈だな! よっぽど良い道具持ってんな、この成金が!」

「はっ、何とでも言え! 平民には真似できねぇだろうが!」


 悪態を付くゲイルに、ブラッドが返す。離れた距離を保ちつつ、二人は様子を見るように睨み合っている。

 しかし、何処かブラッドの方が落ち着きが無く、ゲイルの方は余裕がありそうに見えた。


 いくら物理障壁と言えど、その強度にも限界はあるのだ。その限界を超える攻撃を受ければ、障壁は破れ貫かれてしまうのである。

 そして、今の攻撃はかなり危なかった。ゲイルの剣に魔気が集まっているのを見て、思わずブラッドは最大限の出力で障壁を張ったのだが、それでも破られる一歩手前であり。その結果に、ブラッドは盛大に肝を冷やしていたのだ。

 更には、ブラッドの手持ちの魔力もそろそろ底をつきそうだった。彼の持つ魔力は、己の分と、貯蔵ストックの魔道具の分。魔道具は両腕に一つずつ持っているのだが、既に片方は魔力が尽きて光を失っていた。

 普段ろくに訓練もしないブラッドは、その余り有る魔力を貯蔵に当てていた訳だが。障壁の連続使用によって彼の想像していた以上の魔力が失われていた。


 ――このまま、長期戦となれば。自分が、負ける?

 ブラッドの心の奥底に、そんな想像が生まれて、それを否定するかのように、彼は虚勢を張っているのだ。


 対してゲイルは、自分の武技まで防がれたと言うのに、やはり変わらず余裕であった。相も変わらず、自分の勝利を欠片も疑っていないような、そんな調子でいる。

 実際に、このまま戦闘が続けば。そう遠くない時間にブラッドは魔力が尽きて、障壁が張れなくなるだろう。そうなれば、ゲイルの勝利は間違いない。


 このままの調子で戦闘を維持して、相手が力尽きるのを待てば、それで終わる。

 ヴァイスの仇は取れて、アリスの約束は撤回。すべて円満に解決し、気持ちよく家路につく事が出来る。

 しかし。


「……それじゃぁ、面白くねぇよなぁ」


 独り言のようにゲイルは呟き。

 いきなり、ブラッドへと突っ込んでいった。蹴り飛ばした地が砕けて弾け、それを後ろに前傾姿勢で突進していく。

 前触れ無く飛んできたゲイルに対して、慌てた様子のブラッドが、剣では無く初めから障壁にて彼を迎え撃つ。


 前方に出現した魔法陣に向けて、ゲイルが突進の勢いを乗せた剣を叩き付けたのだが、やはりその障壁を破れずに。そのまま反動でゲイルの大剣が上方へと浮き、それを見たブラッドが口角を吊り上げる。

 しかし、


「そんな魔道具かりものの力で、思い上がってんじゃねえ!」


 ゲイルが、浮き上がった剣から右手を離し、左手一本で剣を支えて。その離れた右手を握りこみ、肘を後ろに引いた。

 そして、その後の行動に、誰もが目を剥く事となる。


「おらあああ!」


 ゲイルが、その蒼い障壁に向かって、右の拳で殴りつけたのだ。

 前傾姿勢で左足を蹴って右足を踏み、身体を左周りに捻りながら、腰からかち上げ気味に拳を打ち出した。勢いよく放たれたその拳を、拒絶するかのように魔法陣が火花を散らす。


「はぁ!? 馬鹿か、そんなもんで破れる訳がねぇだろ!」


 ブラッドが嘲笑を浮かべてゲイルを罵倒する。現に障壁はばちばちと音を鳴らして、ゲイルの拳を受け止めていた。

 「剛剣」が通らないのに、ただの突きが通る筈が無い。それは、紛れも無い真実であり、当たり前の事実である。

 しかし、それは。あくまでただの突きだった場合であって。


 次の瞬間、ブラッドの表情は凍り付く事となった。


破壊ブレイク!!」


 一閃。ゲイルが上げたその声と共に、まるで氷が砕け散るかのように、魔法陣が砕け散った。蒼い光の欠片が、まるで舞う花弁のように拡散し、そのまま宙へと消えてゆく。

 そんな幻想的な光景の奥で、ブラッドが驚愕の表情を見せていた。


 今度は、ゲイルが笑う番だ。ゲイルが勝ち誇ったかのように、口端を吊り上げた。かち上げた右手を、今だ掲げ上げていた剣に添えて。両手で握った大剣を、そのまま斜めに振り下ろす。信じられない物を見たかの様に、思わず硬直しているブラッドに向かって、その剣を叩き込んだ。


 風を切る音の次に、金属の板に何かが叩きつけられた様な音。そして。


「ぐあああああああ!?」


 鎧の右肩辺りに大剣を叩きつけられたブラッドの絶叫が、辺りに響き渡った。

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