24.冒険者の決闘
冒険科校舎の前に、訓連用のグラウンドが広がっている。ヴァイス達が良く訓練を行っていた場所だ。
運動がしやすいように整地されたそこは、通常の学園で言う運動場のような場所である。
そのグラウンドは、通常の訓練の他、集団戦の訓練等にも使われる為、そこそこの広さを誇っていた。冒険科の校舎は通常の学園と比べると小さいが、その校舎よりは断然広い。
通常の運動場ならば、遊具等が設置されていたりもする訳だが。そこは訓練場、ただただ土の地面が広がっているだけであり。隅の方に、倒した丸太を加工したような椅子が、少しばかり並んでいるだけだった。
そんな広場の一角で、なにやら数十人の学生達が集まっていた。一年の大半と、二年が十数人。三年は、そのほとんどが校外で活動している為、その姿は見えなかった。
どこから情報が漏れたのか、もしくは誰かが流したのか。
この学生達は、ヴァイスとブラッドの決闘を観戦しにやって来た、いわゆる野次馬であった。
さすがの冒険科も、決闘場のような施設は無かった為に、このグラウンドで決闘を行う事となったのだが。結構な数の学生が、それを見に来ていたのだ。
そのほとんどが、ヴァイスの無謀さに呆れるような顔をしていたが。一部、先の広場での騒動を知っているのだろう、神妙な顔付きで居る者もいた。
そんな中、ブラッドとヴァイスは、その学生達から離れた場所にて、お互い睨み合う形で対峙していた。
二人共、既に決闘の準備は整えている。
ヴァイスは金属製ではあるが軽めの胸当てに、皮製の篭手、脛当てと、動きやすさを重視した装備を制服の上から身に付けていた。
対してブラッドは、少し重そうな金属製の装備を身に付けている。彼は体格が良く、魔気も十分に使えるので、これくらいでも動きに支障はないのだろう。
但し、それらの装備はやたらと装飾過多で、あまり実用的には見えなかった。彼に対して良い感情を持たない一部の学生は、それがいかにも貴族としての浅はかな見栄に思えて、内心呆れていた。
しかしヴァイスは、相変わらずブラッドが身に付けていた装飾品の数々を、警戒するように見つめている。
あれらが魔道具ならば、決闘でも使用する可能性がある。もちろん、何の力も無い飾り物の可能性もあるが、警戒するに越した事は無い。
そんなヴァイスに、ブラッドがにやつきながら声をかけた。
「よう、良く逃げなかったなぁ、無能」
「……逃げる訳無い、と言ったと思うけど」
ヴァイスが素っ気無く返せば、ブラッドはそれを鼻で笑い、
「逃げた方がお利口だったんじゃねぇか? ボコられるだけだぜ? 客も結構集まってるしよぉ、恥ずかしい目には遭いたくねぇだろ?」
と、少し離れた所でこちらを眺めている学生達を、軽く見回しながら言った。
それに対してヴァイスも、面倒そうに目を伏せ一度息を付き。
顔を上げて、ブラッドを真っ直ぐに見据えて、口を開く。
「そんな事、やってみないとわからないだろう」
「はっ! 無能が、俺に勝てるかよ。夢見てんじゃねぇぞ」
吐き捨てるようにブラッドが言った。
ブラッドは本気で、ヴァイスは無様に負けるしかないと思っているのだろう。それはヴァイスも感じていた。
それは妥当な評価だ。魔気の使えないヴァイスが、魔気の使えるブラッドに勝つ方法など、普通に考えればありえない。
しかし。
「
と、ヴァイスは不敵に笑った。それは、強者の余裕ではなく、弱者の覚悟だ。
およそ勝ち目は無いと分かっていても、この横暴な強者に一矢報いてやるという。弱者の、決死の覚悟だった。
「ふん、お前らは本当に口は達者だぜ。その減らず口も、すぐにきけなくしてやるよ」
そう言って、ブラッドの目に剣呑な光が宿った。それを見て、ヴァイスも口を結び、精神を集中させる。
もう、二人に語る事は無い。
後は、目の前の敵を打ち倒すのみ。
「二人共、準備は良いですか」
二人の会話が止まった頃を見計らってか、傍らに佇んでいた人物が、静かに口を開いた。
その人物とは、教員のマリアであった。
いつもの優しげな表情は隠れており、今日は凛とした、冒険者としての顔でそこに立っていた。
彼女は、この決闘の監査役だ。
実際、学生の間で、こう言った決闘は特に珍しい事では無いのであった。
流石は冒険者志望と言ったところか、冒険科の学生には血気盛んな者が多いのだ。そのため、学生同士の衝突も、よくある事なのである。
その為、こう言った事が起こった場合、教員が監査役として間に入る事となっていた。
「冒険者の決闘は、ルール無用。どちらかが負けを認めるか、戦闘続行不能になったら、そこで勝敗が決定します」
マリアは二人を見回しながら、説明を行う。
これは、普通の冒険者が決闘する際と同じである。徹底的な実力主義である冒険者の決闘には、ルールと呼べる物は無いのである。
武器も自由。道具の使用も自由。ただ、お互いの力をぶつけ合うのみ。
当然の様に、これでは死者が出ることもありえるのだが。決闘はお互いの合意の下行われる為、この時相手を殺したとしても、罪には問われない事になっていた。
しかし、彼らはまだ学生である為に、多少の措置が加えられている。
「ただし、あなた達はまだ見習いです。武器は、訓連用の物を使用してもらいます」
二人は、訓練時に使用する殺傷力の低い武器を持っていた。
ヴァイスはいつもの刃の潰された長剣で。ブラッドは、ゲイルが使っているような大剣だった。
「本来なら、あまりに殺傷力の高い魔法も使用禁止としますが、あなた達なら関係ありませんね」
決闘者が魔法使いの場合、強すぎる魔法は禁止対象となっている。ただ、学生でそれ程の魔法を使える者はほとんど居ないので、ほとんど有名無実化している状態だ。
戦士であるヴァイス達には、特に魔法を使えぬヴァイスには、一切関係無い話である。
「それでも、負傷は避けられません。そこで、シャルロット先生にも来て貰っています。例え重傷を負っても、彼女になら治して貰えるでしょう」
マリアがちらりと、ヴァイス達の奥側へ目を向けると。その先には、学生達に混じって、マリアと同じ
ふわふわとした美しい金髪を、肩辺りまで伸ばしており、顔は森人類の例に漏れず美形。唯、その大きく深い青色の瞳は、目じりが少したれ気味で、彼女の優しい気性が良く現れているようだった。
その髪の間から伸びている、種族の特徴でもある長い耳も、心持ち下へと垂れている。
エルフのために実際の年齢はわからないが、人間なら二十歳くらいの外見であるマリアと比べると、まだ少し幼いような風貌をしていた。
彼女の名は、シャルロット・リヴァー。マリアと同じく、冒険科の教員でランクA冒険者。聖王国ではトップクラスの、類いまれなる治癒魔法の使い手だ。
シャルロットは、マリアが視線を向けている事に気付くと。およそこの場には不釣り合いな、和やかな笑顔でもって、ヴァイス達に手を振った。見ているだけで癒されるような、暖かい雰囲気が放出されている。
しかし、すでに決闘へと意識が向いている二人はそれに気付かず。マリアも、多少呆れたような目を向けるだけだった。
無視されたような形になってしまったシャルロットが、ショックを受けたような表情を見せた。はぅっ、という小さな悲鳴も聞こえてくる。
そのまま、涙目で肩を落として、いじけたような仕草を始めてしまった。
本当の年齢はともかく、どうやら精神年齢は低そうだ。
こんな状況でもマイペースなシャルロットに対して、いよいよ呆れたような目を向けたマリアであったが。気を取り直すように軽く首を振って、厳しい表情を見せた。
「……ただし、下手をすれば命を落とす事もありえます。決して無理はしないように。速めに負けを認めなさい」
マリアは二人を、しかし特にヴァイスを見つめながら、そう言った。
彼女は、二人の戦力差を正しく理解している。そんな彼女は、ヴァイスが負ける事をほぼ確信しているのだった。
ヴァイスも、そんな彼女の評価を分かっているのだが。それに対して嫌な気持ちはなかった。
自分が弱い事など嫌と言う程分かりきっているし、優しいマリアが、自分を心配してそんな厳しい態度を取っている事を、彼は理解していたのだった。
「それでは、始めますよ」
マリアの言葉に、ヴァイスは構えを取った。長剣を腰の前辺りで両手に持ち、切っ先は下段に、軽く斜めに構えている。両足は前後に肩幅ほど開き、動きやすいように重心を落としている。
対してブラッドは、構えらしい構えは取らなかった。ただ大剣を片手で肩に担ぎ、ほとんど棒立ちの状態だ。
それは、完全にヴァイスを舐めている証だった。しかし、それを見たヴァイスには、焦りも動揺も無く。ゆっくりと呼吸を整え、精神を集中していた。
「ヴァイス君……」
そんなヴァイスの姿を見て、アリスが心配そうに名を呼んだ。
マリアの後方、学生の一団とは、ヴァイス達を挟んで反対側に、アリスらは居た。
彼らは、なるべく面倒事を避けるために、学生達からは距離を取っていたのだ。また、なるべく近くに居たいという事で、他の学生達よりは近い場所に居たのだった。
「気持ちは分かるが。心配しすぎだぞ」
「……無理だよ。胸が痛くって。まるで自分の事みたい」
ゲイルが諭すように言うが、アリスの態度は変わらなかった。ヴァイスの事を思うと、胸が張り裂けそうな気持ちだった。
出来るなら、こんな事今すぐにでもやめさせたいと、そう思っていた。
「……何かあったら、邪魔したりは出来ないのですかね」
「んな事出来るわけねぇだろ、落ち着けよ」
リリカが物騒な事を呟いたので、ゲイルが呆れたように返した。リリカの目は据わっており、本当にやりかねない雰囲気を纏っている。
そんな、決闘を行う本人よりも落ち着きの無い女性陣に対して、ゲイルが口を開いた。
「これは、アイツの戦いだ。アイツが一人でやるしかねぇんだよ。今回ばっかりは、俺らに出来る事は何もねぇんだ」
と、彼女達を宥める様に、しかし自分もどこか悔しそうに、言葉を吐き出した。
その言葉を聞いて、他の二人も、押し黙るしかなかったのだった。
マリアが、すっと右手を上げた。そして、他の学生達にも聞こえる程に、高らかに声を上げた。
「……これより、ブラッド・ビリアン対ヴァイス・エイガーの、決闘を開始します! 両者、冒険者として、全力を尽くしなさい!」
そして、その右手を正面に振り下ろした。
「……始めっ!」
その声と共に、ヴァイスの、決して負けられぬ無謀な戦いの。
その幕が、切って落とされたのだった。
「おおお!」
決闘の開幕と共に、ブラッドが、まるで見せ付けるかのように身体から魔気を吹き出した。
彼を中心に、紅い光が立ち上っていく。
そして彼は、そのまま地面を抉るほどの踏み込みでもって、ヴァイスへと突撃した。
「おらぁあ!」
ブラッドが突撃の勢いのまま、力任せに大剣を振るった。凄まじい勢いで、剣が紅い軌跡を描きながら疾走し、ヴァイスへと襲い掛かる。
その剣を、ヴァイスの長剣が受け止めた。両者の剣が激しくぶつかり、甲高い音と共に火花が散った。
ブラッドの剣は、速く、強く。ヴァイスは受け止めきれずに、剣ごと後方へと弾かれた。
「しゃぁああああああ!」
その光景にブラッドは気分を良くしたのか、高揚したような声を上げ、ヴァイスへと追撃を行った。弾かれ間合いの開いたヴァイスを追い掛ける様に、一歩踏み込みつつ、両手で握った大剣を右へ左へと振り回す。
それを、ヴァイスはやはり己の長剣で受け止め、しかし弾かれていた。ブラッドが剣を一振りする度に、両者の間で激しい火花が発生し、同時に金属音が空気を振るわせている。そしてその度に、ヴァイスは剣を弾かれて、そのまま後方へと押しやられていた。
それは、はたから見れば、ヴァイスが押されているようにしか見えなかったのだが。
当のヴァイスは、冷静にブラッドの剣を見極めていた。
確かに、ブラッドの剣は速く、重い。濃密な魔気が全身を覆い、かなり質の高い身体強化が発動出来ているようだった。
しかし、と。ヴァイスは思う。
(思った通りだ。これなら、ゲイルの方がまだ強い)
ブラッドの剣は、およそ剣技と呼べる物ではなかった。ただ、魔気により強化された膂力でもって、好き放題に武器を振り回しているだけだった。
そこには構えも型も思想も無く。陽動も変化も奇襲も無い。故に、ヴァイスにとっては、その剣は非常に読みやすい物であった。
襲い掛かる剣筋を見極め、そこに己の長剣を当てる。ヴァイスは、最初から剣で受け止める事なんて考えていなかった。
魔気による単純な力の差は、気合で何とかなる程度を超えている。まるっきり勝ち目が無い事を、ゲイルとの訓練を通して、ヴァイスは誰よりも分かっていたのだ。
故に、やる事は、受ける事ではなく、流す事。相手の剣に沿う様に剣を当て、その軌道をずらすのだ。
他の学生達から見ると、押されているのはヴァイスだった。しかしその実、ブラッドの攻撃は、ヴァイスには一発も当たっていない。
幾度剣を振ろうとも、叩けるのはヴァイスの剣だけで、その身には一歩届かない。
「くそ、うぜぇ!」
苛立つように、ブラッドが剣を思い切り振り上げた。ヴァイスの剣ごと叩き切ろうというのだろうか。そのまま右足を踏み鳴らし、全力で大剣をヴァイスに向けて振り下ろした。
しかし、それはあまりに隙だらけで、
(ここだ!)
それを完全に見切ったヴァイスも、逆に踏み込んだ。剣で受けずに、体捌きのみで大剣を回避するのだ。彼は長剣を左肩に担ぎ、身体を左にずらしながら前へ出た。
物凄い勢いで、ブラッドの大剣がその身の右側を掠め、風圧が身体に叩きつけられるが、それでもヴァイスは前へと突貫した。
何の抵抗も無かった振り下ろしは、そのまま地面に直撃し、轟音と共に大地を振るわせる。
「なに!」
ブラッドが驚愕に目を見張った。それに対して、ヴァイスは長剣を、そのまま左上から右下へ、袈裟懸けに叩き込んだ。
ヴァイスも気力のみではあるが、しっかりと身体強化を発動しており。その剣速は一般人からしたら驚異的であったのだが。
それでも、魔気に比べたら、遅く。ヴァイスの巧みな剣技でもって加速するも、それでも遅く。
「おおおお!」
ブラッドが吼え、全身全霊で地に叩きつけた剣を引っこ抜くように引き戻した。そのままそれを、ヴァイスの剣と自分の間に滑り込ませる。
隙を突き、必殺の拍子で振るったヴァイスの剣は。たったそれだけで、あえなく受け止められた。
「くそがぁ!」
ブラッドはそのまま、体勢を崩したままに、無理矢理剣を横に薙ぎ払った。
「ちっ!」
自分の剣を受けられたのを見て、ヴァイスも咄嗟に地を蹴った。剣同士が擦れ合う音を鳴らし、凄まじい力で押し返してくるのを、ヴァイスは抵抗せず、その力を受けて後ろへと飛んだ。
瞬間、瞬く光と共に二人の間で音が弾けた。ブラッドが剣を薙ぎ払い、それに弾き飛ばされる形で、ヴァイスが後方へと吹っ飛ばされる。
「ヴァイス君!?」
アリスが驚き声を上げるが。ヴァイスは、特に問題無く、地を滑る様に着地した。
「大丈夫だ、あれ位ではまだ負けねぇよ」
ゲイルが声を掛ける。その声に応えるかのように、ヴァイスは何事も無く構えを取り直した。
しかし、それを見ても。アリスは安心する事は出来ず。
「ヴァイス君……」
そう、彼の名を呟いて。両手を祈るように握り締めたのだった。
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