25.奥の手

 決闘開始から、しばらく時間が経過した。それでも、ヴァイス達二人の剣戟は続いていた。

 ブラッドは相変わらずに剣を振り回し、ヴァイスがそれを流すように剣を振る。

 隙を付いては、ヴァイスが剣を叩き込み、それをブラッドが無理矢理に剣をぶつけて弾き返す。

 ブラッドの紅い剣とヴァイスの銀の剣が、空を走り線を描く。その紅の線と銀の線が幾度と無く衝突し、辺りに光と音を振りまいていた。


「綺麗……」


 その言葉は、誰の物だっただろうか。

 決闘を見ていた学生達の中に、その姿に見惚れる者が出ていた。特に剣を使う者に、思わず呆けさせる程の衝撃を与えていた。

 彼らが見ていたのは、ヴァイスだった。その剣を振るう、ヴァイスの姿であった。


 ヴァイスは、無能と呼ばれる彼は、強大な敵を相手に、それでもなお雄雄しく立ち回っていた。

 長剣一本を自在に操り、敵の斬撃を華麗に掻い潜り。力強く大地を踏み鳴らし、気迫のこもった声を上げる。


 ヴァイスのその剣技は無骨ながらも、見る者を引き付ける美しい物だった。

 無駄な動きが一切無く、派手さには欠ける実直な剣。極限まで研ぎ澄まされた、どこまでも真っ直ぐな清廉な剣。

 出鱈目な紅い線を引くブラッドの剣とは一線を画する、流れるように空を切り裂く銀の線。


 それは、己の才能の無さを諦めず、一途に訓練に明け暮れた末の剣であった。

 ただただひたすらに、来る日も来る日も剣を振り続けた、その結果はてであった。

 それは、冒険者になるべく訓練を積む彼らが、目指すべき一つの終着点。血の滲む程の努力と、気の遠くなる程の時間を捧げた、その先。

 そんな完成形を、同じ年代の学生が体現していた事に、自らが無能と呼んでいた者がそれを成していた事に、彼らは大きな衝撃を受けていた。

 しかし。


「くそが、ちょこまかと! 無能の癖にうぜぇんだよ!」


 その剣を、ブラッドが無理矢理にぶち壊す。その魔気を纏った身体が大剣を横に薙ぎ、ヴァイスの剣技を真っ向から否定する。


 ヴァイスの剣技は、確かに一流だった。その剣技は、誰の目から見ても、本物であった。

 しかし、それでも届かない。

 常人なら絶望してしかるべきの圧倒的な才能の無さは、普通の才能との間に絶対的な壁を作っていた。

 けして超える事の出来ない程の、目も眩む程の高さの壁が、そこにはあったのだ。


 ヴァイスは、ただの大振りに過ぎないブラッドの剣を受けきれずに弾かれ、幾度となく体勢が崩れていた。

 それを見事な体捌きと足運びで持って整えて、隙を突き標的へと真っ直ぐに振り下ろす剣は、力任せに振るわれる剣により簡単に防がれていた。


 それは、奇妙な光景だった。

 明らかに技量はヴァイスの方が上なのに、唯紅い光を纏っただけのブラッドの稚拙な剣技が、ヴァイスの剣技を無理矢理に押さえ込んでいる。

 それは、圧倒的な力を持った巨人が、剣を振るう人間を、上から押さえ付けているかのようだった。

 そんな巨人に対して、巧みな剣技など、一体何の役に立つというのだろうか。


 周りの人間から、溜め息が漏れた。それは、諦めのような音色で。彼らは、思う。

 やはり、無能は、無能なのだ、と。


 しかし。


「これは……」


 その光景に、驚き目を見張っている者がいた

 それは、教員のマリアだった。

 彼女は、決闘開始の合図をした後は、彼らの邪魔にならぬよう後方に下がって……アリス達の隣で、決闘を観戦していた。


「気力だけで、ここまで戦うとは……」


 彼女は、まるで信じられないものを見るような目で、ヴァイス達を見ていた。

 普通、魔気を纏った者と、気力しか使わない者が戦うならば、すぐに勝負は付いてしまうものだ。それくらい、魔気の力は大きいのだが。

 その為、気力しか使えない筈のヴァイスがここまで粘っているのに、マリアは驚愕していた。

 そんな彼女に、ゲイルが言葉を掛けた。


「センセイは、限界強化オーバーブーストって知らないのか?」

「いえ、それくらい知ってますよ」


 マリアが、当然と言うように返した。なぜならそれは、一定以上の冒険者なら誰でも知っているはずだからだ。

 そして、知っているからこそ、続くリリカの言葉に、更に驚かされた。


「ヴァイスは、限界強化を使ってるですよ。だから、気力だけでもあれだけ戦えているのです」

「えぇ? 彼が、限界強化をですか? そんな、馬鹿な……」


 限界強化。それは言葉通り、身体強化を限界まで引き上げる技能である。


 そもそも、身体強化とは。気力と呼ばれる、生き物が生成しているエネルギーを身体に流す事で、身体能力が強化される現象の事だ。

 そして、一度に多くの気力を流す事で、強化の倍率も上がっていく。つまりは、気力は燃料であり。一度に多く使えばその分良く燃える、と言う事である。

 しかし、何事にも限界というモノはある。身体強化もそうで、強化できる限界が存在するのだ。それは訓練を積む事で引き上げる事も出来るが、それは素の身体能力が上がった為であり、基本的に限界は一定の所で存在する。

 ようは、身体強化にも上限があり。逆に言えば、その上限まで気力を注げば、今の己にとって最高の身体能力を発揮できるのだ。

 しかし、実は、これが結構難しいのだ。


 なぜならば、強化を強くするという事は、その分気力を消費する事になり。上限まで強化する際には、膨大な気力を一気に消費してしまうからだ。

 気力は、常に体内において生成され続けている物で、身体強化を発動しても、気力が直ぐに尽きるという事は基本的に無い。気力の消費速度よりも、回復速度の方が速いのが普通だからである。

 しかし、気力は無限に生まれる物でもない。使い続ければ回復速度は徐々に落ち、やがて尽きてしまう。とは言っても、食事や休息を取れば、また回復するようになるため、本来はそこまで心配する事でもないのだ。

 ただし、上限まで強化した際には、話が違ってくる。消費される気力が膨大すぎて、回復が間に合わなくなってしまうのだ。

 結果的に、この上限まで強化を施した場合、たった数秒で気力を使い尽くしてしまうのである。

 たとえ強い力が得られても、数秒しか持たないのでは、戦闘に耐えれるものでは無い。

 長く戦闘を続けるのなら、気力を管理して適切に強化を行うべきなのだ。


 それでも、瞬間的に強力な力を得られるので、この方法を活用する者は存在する。

 そして、この強化方法が、限界強化と呼ばれているのだが。


「ヴァイスは、他の奴より気力の回復速度が圧倒的に速い。さらに、気力の操作が上手いからか、気力の消費効率も抜群に良い。そんな訳で、アイツは、普通の奴なら数秒しかもたねぇ限界強化を、数分維持することが出来るって訳だ」

「そんなに、ですか」


 マリアが驚愕する。彼女も冒険者となって長いが、そんな芸当は聞いた事が無かった。


「俺達は、あれを限界駆動オーバードライブと呼んでる。限界強化の上位版って事だ」

「……なるほど。確かに、それなら魔気相手でも、多少は戦えるかもしれません」

 

 マリアが、考えるように口に手をあて、呟く。実際の所半信半疑ではあるが、ヴァイスがあそこまで戦えている事を考えると、納得出来てしまう。

 ただし、それでも。

 マリアが首を軽く振り、そして前を向いて言葉を続けた。


「しかし、戦えるだけで、勝てるとは思えません。制限時間がある事にも変わりないのでしょう? ……このままでは、彼は結局負けてしまいますよ」


 そんな事、言われなくても分かっているのだろう。

 ゲイルが、フッと笑みを浮かべて、言葉を返した。


「いや、アイツには、奥の手がある。たぶん、それを狙ってるんだろう」

「奥の手? ですか」

「そう。限界駆動の更に上だ。ただし、リスクがでかい。使えるのは、せいぜい一戦闘で一回だけだ。それで決める気だろうな」


 リスクという言葉に、アリスが反応して顔を上げるが。ゲイルは、それには応えなかった。



(くそ、わかっていたことだけど。限界強化でも、届かないか!)


 上限まで強化を発動し、ヴァイスは剣を振るう。これが、自分の限界だ。それでも、奴には届かない。

 ならば、と。彼は思う。

 限界でも、届かぬのなら。全力でも、掴めないなら。その限界を、越えるしかない。


(すみません、先輩。やっぱり、無理します!)


 自分を悲壮な様子で見つめているアリスを想い、それでも、彼は覚悟を決めたのだった。



「いい加減にしろや、うぜぇんだよ!!」


 こう着状態に嫌気が差したのか、ブラッドが吼えた。

 そのまま、思い切り剣を振り払い、ヴァイスを弾き飛ばした。


「っく!」


 ヴァイスが吹き飛ばされ、大きく地を滑る。体勢が崩れてしまい、片膝を付いた状態で静止した。


「無能がぁ! これで、潰れろ!」


 ブラッドが、そのまま剣を大きく振り上げる。魔気が剣に集中し、甲高い音を発し始めた。

 体勢を立て直そうとしていたヴァイスが、その光景に警戒から目を細める。

 ブラッドの身体から溢れる魔気が、掲げる大剣に纏わり付き、紅く脈打つように瞬いた。


(間違いない、アレは武技アーツだ!)


 ヴァイスはその剣の様子から確信する。

 何を使うか分からないが、きっとブラッドの大技であろう。ヴァイスは、咄嗟に瞳に気力を集中し、彼の動向に注視した。


「おらぁぁ!」


 ブラッドが、決闘が始まって以来最高の気合を込めて、剣を振り下ろした。空気が破裂したような爆音と共に、剣は一直線に大地へと落ちる。

 渾身の力を込めて振り下ろされた剣が、地面を叩き割った。その驚異的な力はそれだけで収まらず、衝撃波となって、ヴァイスに襲い掛かる。


「あれは、破山ですか!?」

「危ない、ヴァイス君!」


 武技「破山はざん」。剣を地に叩きつけ、発生させた衝撃破を相手にぶつける、地属性魔法と剣技を合わせた武技だ。

 発せられた衝撃波の威力は凄まじく、飲み込む物全てを破砕する、強力な武技である。


 そんな強力な武技を使える事に驚いたアリス達が、思わず叫び声を上げていたが。

 しかし、当のヴァイスは落ち着いていた。地面を抉りながら凄まじい勢いで向かってくる力の波と、それを放ったブラッドを、ヴァイスは冷静に見据えていた。


 ブラッドは、流石に武技を放つのは消耗するのか、振り下ろした剣をそのままに動きを止めていた。これほどの大技だ。すぐさま次の行動はできないだろうし、……そもそもこれで決まったとでも思っているのだろう。その顔には、薄く笑みが浮かんでいた。


 そんなブラッドを見極めて、ヴァイスは思う。

 これは、好機チャンスだ、と。


(今だ!)


 ヴァイスの身体の気力が、緻密に操作され。彼の両脚へと集中する。

 両脚に過剰な強化が働き、脚自体が膨らむような錯覚を受ける。

 踏みしめた大地から音が鳴り、込められた力が逃げ場を求めて暴れだした。


 これが、ヴァイスの奥の手。試行錯誤と研鑽を重ねた末に生まれた、彼だけの固有技能オリジナル


(これが、無能の底力だ。思い知れ!)


 ヴァイスは、力の限りを超えて、大地を蹴り飛ばした。



「はっ! これで終わりだ!」


 ブラッドは己の勝利を確信し、衝撃波に飲まれゆくヴァイスを見ていた。

 自分に逆らう愚か者が、自分の技によってぼろぼろに裂かれる姿を想像し、口元が釣り上がった。

 その愉快な光景に、集中力が途切れ、……隙が生まれてしまう。


 その隙は、彼にとって致命的なものとなった。

 次の光景に、その不可思議な光景に。ブラッドは、反応する事すら出来なかった。


 乾いた音が炸裂したかと思うと、その音と弾け飛ぶ地面を残して、ヴァイスの姿がその場から掻き消えた。

 一瞬にして、音は二回。一回目は前方、二回目は左後方。そして。


「っがぁ!?」


 強烈な衝撃が、ブラッドの後頭部に突き刺さった。予想外に貫いてきた激痛に、ブラッドが悲鳴を上げた。

 突然の事に受身が取れず、ブラッドはそのまま前方に回転。顔面から地面に叩きつけられ、それでも勢いは止まらずに。身体中を打ちつけながら吹き飛んでいった。


「! 今のは、なに?」


 目の前の状況に追いつけずに、アリスが声を漏らした。マリアも驚いた表情をしている。

 逆側で観戦していた学生達も、同じような表情だった。

 周りの者達からは、体勢を崩していたヴァイスに、あの武技を回避する術はないように見えた。

 しかし、次の瞬間。ヴァイスはその場から音と衝撃波を残して消え、刹那、ブラッドの後方に、彼の後頭部を蹴り飛ばす形で出現したのだ。


「やった、決まったでしょう、今のは!」


 リリカが声を上げて喜ぶ。そこに、未だ理解が出来ていないアリスが声を掛けた。


「いまのは何なの? あれが奥の手?」

「そうですよ。今のがヴァイスの奥の手、限界突破リミットブレイクです」

「えぇ、りみっと……?」


 聞いた事の無い言葉に混乱するアリスに、リリカが説明する。


「あまり知られていないのですが、身体強化が発動する時、厳密に言えば、二種類の強化が掛かるんですよ」

「二種類?」


 理解できないと、首を傾げるアリスに、興奮した様子でリリカは続けた。


「えぇ。純粋に力を強化する純粋強化と、身体の強度を上げる耐久強化。この二種類が、強化の内訳なんです」

 

 リリカが目の前で指を二本立てながら、説明を行った。


「単純に力を強化しても、その強化された力に身体が付いていかず、逆に傷付いてしまうんですよ。だから、同時に身体の強度も上げるんです。この二種類のセットで、身体強化なんですよ」

「そんな事、聞いた事もありませんよ」


 マリアが不信そうに言うが、リリカは自信満々に続けた。


「それはそうでしょう。おそらく、世界で私達しか知りません。私達の師匠が、ヴァイスと一緒に研究した結果分かった事ですから」


 その言葉に、マリアはますます不信がったのだが。、しかし、実際にそれを目の前で実証されたのだ。少なくとも、彼女の常識の範疇では、魔気を、魔法を使えない者に、あんな動きは不可能だった。

 そこに、押し黙っていたゲイルが、口を開いた。


「俺達はこの二つを無意識に強化している。というより、そもそも個別に意識する事自体ができねぇ。だが、アイツは違う。アイツは、意識的にこの二つを操作できる。そして、耐久強化を無視して、純粋強化一本に絞る事で凄まじい力を生み出す技、それがヴァイスの固有技能、限界突破だ」


 それは、凄まじい技能だろう。気力だけで、あんな瞬間移動じみた行動が出来るのだから。そんな事は、他の誰にも真似出来ないだろう。

 しかし、アリスが何かに気付いた様に、声を上げた。


「でも、そんな事したら。ヴァイス君の身体は……」

「そうだな、元々身体を守る為の耐久強化を無視するんだ。それ相応の反動が身体に掛かる。……今ので、脚はイッちまったかもな」


 ゲイルが苦々しい顔でヴァイスを見ていた。アリスも先程からヴァイスを見ていたのだが、様子がおかしかった。

 ヴァイスは、決闘中常に冷静でいた彼は、苦悶の表情を浮かべていた。額からは汗が流れ落ち、その場に片膝立てた状態で、立ち上がろうとして出来ないような状態でいた。

 それこそ、限界を超えた代償であった。

 彼の両脚は、今の高速移動によって、まるで筋肉が千切れてしまったような激痛を訴えていた。

 ヴァイスは、その痛みを堪える様に歯噛みし、それでも必死に立ち上がろうとしていた。


「でも、いまので勝負は付いたでしょう。問題は無い……」

「いや」


 ヴァイスが勝ったと思っているのだろう、嬉しそうに言うリリカの言葉を、ゲイルが遮った。

 リリカとは対照的に、厳しい表情を続けていたゲイルが、口を開く。


「……まだだ。まだ、終わってねぇ」


 ゲイルの言葉に、リリカ達は驚いたように、彼の視線を追えば。

 その先の光景を見て、更なる衝撃を受ける事になった。


「くそっ、くそがぁ……!」


 ブラッドが、起き上がってきたのだ。彼はあちこちに怪我を負っているようだが、それでも、戦闘に支障は無いぐらいの勢いで立ち上がった。

 その顔を真っ赤に染め、目は血走っている。般若のごときその表情から、ブラッドが怒り狂っているのがわかった。


「そんな……、完全に入っていたでしょう? なぜ起き上がれるのですか!」


 リリカの声が、その場に響き渡った。それは、他の者の思いと同じであった。

 そして、次の瞬間。


「きさまっ、殺す、殺してやる!!」


 怨嗟の言葉を放ったブラッドの身体から、濃密な魔気が、竜巻のように吹き上がった。

 今までと比べて、より多くの魔気を纏い。彼の両の瞳が、紅く輝いていた。

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