23.決闘に向けて

「……それで? 決闘を受けた、という事ですか?」


 沈痛な面持ちで頭を抑えつつ、リリカが口を開いた。

 それに対して、対面に座っていたヴァイスが頷きを持って答える。


「どうしてそんな事になってるんですか……」


 リリカは途方に暮れた様に、盛大に溜め息を付いた。



 あの、ブラッドとヴァイスの決闘の宣言後。

 ブラッドはそのまま取巻きと共に広場を去り。広場内は奇妙な沈黙に支配された。

 周りの反応は様々だった。無関心を貫く者、去っていったブラッドを睨みつけていた者。所在なさげに戸惑っている者。

 驚いた事に、ヴァイス達を心配そうに見ている者まで居た。

 アリスも掛ける言葉に迷っているようで、悲しそうにしながらもその瞳を泳がせて居たのだが。


 それからすぐに、ゲイル達が戻ってきたのだった。どうやら備品の件は不問とされたらしく、談笑しながら広場へと来たのだが。

 その広場内の妙な空気に顔をしかめつつ、どうやらその中心がヴァイス達である事に嫌な予感を覚えつつ。彼らはヴァイス達と合流した。

 そして、ヴァイス達から事情を聞いたのだが。

 その内容に、二人は驚きを隠せなかった。



「撤回は、出来ないのですか」

「今更無理だよ。それに、撤回するつもりも無い」


 リリカの問いに、ヴァイスが答える。その瞳は強い意思が宿っている。何と言われようと、撤回する気は無い様だ。



「まぁ、気持ちも分からんでもないがな。まったく、タイミング悪かったなぁ」


 ゲイルが悔しそうに言った。自分達が居れば、また別の対処が出来ただろうに。

 もしくは、自分が決闘をすれば問題なく勝てるだろうにと、ゲイルは思ったのだが。

 いまさらそんな事を言っても、仕方が無い事も理解していた。


「それで? 勝てそうなのかよ」

「……分からない」


 ゲイルが探るような目でヴァイスに聞けば。彼は首を振りながら曖昧な答えを出した。

 相手が魔気を使える以上、正直な話勝ち目は無い。そんな事はヴァイスにも分かっているのだが、簡単にそれを認めたくはなかった。

 そもそも決闘を行うのだから、最初から負ける気で挑む訳にもいかないのだ。


「彼は、魔気を普通に使えるから。いくらヴァイス君でも勝てないよ……」


 しかし、隣ではアリスが辛そうに呟く。彼女はすっかりうな垂れていた。

 もうすでに頭も冷えていたヴァイスは、そんな彼女の姿に、流石に罪悪感を感じて、


「……すみません、勝手な事をして」


 と、アリスに謝罪の言葉を掛けたのだが。彼女は首をふるふると横に振った。


「ううん。謝るのは私でしょ。……多分、私のせいだもんね。なんか、ヴァイス君凄い怒ってたし」

「先輩のせい、では無いですよ。悪いのはあいつです」


 そう、少し不機嫌そうな顔でヴァイスは言う。ブラッドとのやり取りを思い出すと、また頭に血が上りそうだった。

 そこで、ゲイルがからかうように口を開く。


「まぁ正しくは、センパイのため、だよな」

「茶化さないでよ」


 ヴァイスがじろりとゲイルを睨めば。彼は苦笑しながら謝っていた。


「まぁ、冗談は良いとして。で、実際どうなんだよ。センパイは勝てないっつってるけど」

「うーん……」


 ヴァイスは、殴りかかってきた時のブラッドを思い出した。

 とっさの事で身体強化も発動してなかったようだが、そもそもの体捌きがそこまで上等だとは思えなかった。

 動きに無駄が多く、狙いもバレバレだったのだ。故に、簡単に拳を受け流せたのである。


「確かに魔気は纏えていたけど。動きはそんなじゃ……むしろ素人並みだったと思う。きっと、訓練自体は真面目にやってないんじゃないかな」

「……確かに、そうだったかもしれないけど」


 講義中のブラッドを思い出して、アリスは言った。戦闘訓練時は、常に面倒そうな感じで。真面目に講義を受けている様子は無かった。


「なるほどな。つまり、付け入る隙はあると言う事か?」

「……そうだね。その隙さえ逃さなければ、多分」


 ヴァイスが、勝利への道筋を探るように考え込むが。


「でも、やっぱり魔気相手じゃ、無理だよ……」


 隣で、アリスが悲痛な声をもらした。彼女も魔気を使えない分、その差は良く分かっているのだ。

 魔気の使えない自分達が、使える者相手に戦闘で勝つという光景が、彼女にはまったく想像できないでいた。


「……あれを使うのですか?」


 唐突に、リリカが口を開いた。アリスはその言葉の意味が分からず首を傾げるが、他の二人は分かっていたようで。


「……使わなきゃ勝てないと思う。だから、チャンスがあれば使うさ」

「そうか、無茶はすんなよ」

「分かってるよ」


 それが何か分かっている前提で話を続けているヴァイス達に対して、それを知らないアリスが口を開いた。


「あれって何?」

「ヴァイスの、奥の手ですよ」

「……そんなのがあるの?」


 アリスが更に不思議そうに言うが。それに対して、リリカがアリスを手で示しつつ答えた。


「先輩が無詠唱を使えたり、操作系の魔法が上手かったりするのと同じですよ」


 アリスは納得したような顔をする。ヴァイスも気力の操作が得意だと言う話も、何度か聞いた覚えがある。

 ならば、奥の手と言える技もあるのだろうと得心するが。


「何をするの? 奥の手って」

「それは、見てのお楽しみです」

「ええ~」


 はぐらかすヴァイスに、少し不満そうな声を上げるアリス。

 もったいぶらずに教えてくれればいいのに、とアリスは口を尖らせるのだが。


 これは、ヴァイスが意地悪だからとか、もったいぶっている訳ではなく。

 この奥の手が、実はかなりの危険が伴う技のために。アリスを心配させぬようにという配慮からだった。


 そして、事情を知っているゲイルがヴァイスの意を汲んで、さっさと話題を逸らす事にした。


「つうか、他にも気になる事があんだけどよ」

「何?」


 反応したヴァイスに、腕組みしたゲイルが疑問をぶつける。


「相手は貴族だろう。ぶっ飛ばしても大丈夫なのか?」


 ゲイルのもっともな疑問に、ヴァイスが苦い顔をした。その事は彼も気掛かりだったのだ。

 先程の広場でのブラッドの横暴に対して、周りの学生達も我慢している様子だった。そのため、やはり貴族相手に喧嘩するのは問題があるのだろうか、とも思っていたのだ。

 しかし、それは意外な所から否定される。


「それは、多分大丈夫でしょう」


 口を開いたのは、リリカであった。


「彼は、ビリアン家の息子でしょう?」

「そうだね、ブラッド・ビリアンだったよ」

「知ってんのか?」


 ゲイルの言葉に、リリカは頷きで答えた。

 リリカは辺境の地とは言え領主を親に持つ、立派な貴族である。そのため、同じ貴族の情報も、ヴァイス達よりは多く持っているのであった。

 中でも同じ冒険科の貴族の事は、事前に一通り調べていたのであった。


「ビリアン家は古い貴族ですが、そんなに力はありません。完全な貴族主義の為、王からも睨まれていたはずです」


 リリカは己の知識から思い出すように、考えながら話を続ける。

 ビリアン家は歴史も古く、聖王国の貴族としてはかなり古参である。そのためなのか典型的な貴族主義的な思想を持った家でもある。

 貴族主義とは、貴族には平民の上に立ち、彼らを指導する役目がある、という思想である。古い家ほど、この貴族主義の思想持ちである場合が多いようだ。


 この思想のために、平民出の勇者が王に即位する事になった際、貴族主義の者達は大いに反対したのである。そしてビリアン家当主も、この反対側に回っていた者の一人だった。

 そのために、王が無事即位した後、貴族主義者は王から目を付けられる羽目になっていた。

 おそらくは、ブラッドの平民を見下すような言動も、この貴族主義の思想から来ているのだろう。


「それなら、ヴァイスが勝ったりしたらまずい事になるんじゃねぇの?」

「いえ、確か今の当主は、面子ばかり気にする小心者、と言う評価だったかと思います。加えて、ブラッドは確か五男でしたかね」

「あー、じゃあ跡取りとかではないんだ。まぁ、それなら冒険科には居ないか」

「ええ。これが長男とかなら面倒でしたが。仮にブラッドを決闘で下しても、ビリアン家から何かして来る事は無いでしょう。むしろ」


 リリカは少し、嫌なモノでも見るような顔で続けた。


「家の面子のために、彼を切り捨てるかもしれませんね」

「……微妙にやりづらくなる情報だなぁ」


 リリカの厳しい言葉に、ヴァイスは眉をひそめたのだが。そんな彼をリリカが諌める。


「何を甘い事を言っているんですか。そんなんじゃ負けますよ」

「分かってるって。本気でやるさ。本当に、アイツには負けたくは無いんだよ」

「それなら良いですけど」


 真剣な眼差しで言うヴァイスに、リリカもそれ以上言葉をかける事は無かった。

 そこに、アリスがやはり心配そうに顔を歪めながら、


「もう、今更駄目って言っても聞かないんだろうけど。せめて、無理はしないでね」


 と、ヴァイスを見上げた。

 彼は一瞬答えに迷い。無理をしなければ勝てないだろう事を良く理解しているために、一瞬言い淀み。

 それでも。


「分かってます。無理は、しませんから」


 と、無理矢理笑顔を作ったのだった。

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