21.嵐の前の日常・戦士組

 アリス達が冒険科の図書館にて魔法の研究をしていた頃。同じく冒険科のグラウンドにて。

 学生が戦闘訓練を行う為に、かなりの広さを誇るそのグラウンドでは、講義が終了していると言うのに、自主訓練を続けている学生の姿がちらほらと見られた。

 そしてその一角から、男の掛け声と共に、金属のぶつかり合う甲高い音が響いていた。

 ヴァイスとゲイルの二人である。

 二人は剣技の訓練中であった。訓練用に刃の潰された剣を用いて、お互い正面から打ち合っている。

 

 ヴァイスの長剣とゲイルの大剣がぶつかり合い、火花を散らす。その剣戟の鋭さから、打ち合いの度に弾ける音が彼らの周囲の空気を震わせている。

 斬り下ろし、斬り上げ、払い、突き。お互いの剣を見極め、相手の斬撃を己が剣で打ち払う。

 両者は互いに一歩も譲らず。剣の方が潰れるのではないかと思える程の、激しい剣戟を繰り広げていた。


「ぉおらぁ!」


 膠着状態を断ち切るように。ゲイルが雄叫びを上げ、力任せに大剣を横薙ぎに振るった。風を切る、というには生ぬるい、むしろ大気を叩き割るような破裂音と共に、大剣が横一直線に薙ぎ払われる。

 ゲイルを中心に、その大剣の届く範囲は等しく薙ぎ払われる暴風域。そこに足を踏み入れるのならば、相応の代償が必要となるだろう。

 それは、彼が暴風の剣テンペストと呼ばれるに相応しい一撃であった。


(ちょっと、甘いよ!)


 しかし、その剣を見極めたヴァイスが、その身を前方に倒し姿勢を低くした状態で、真っ直ぐに其処へと踏み込んでいった。

 大振りの剣は破壊力がある分、その太刀筋を読まれやすい。そして、そんな剣はヴァイスには通じない。あくまで剣技の訓練であるため、ゲイルが魔気を纏っていない今なら尚更だった。

 正面から突っ込んでいくヴァイスに向かって、横からゲイルの大剣が凄まじい速度で襲い掛かる。


「はあっ!」


 迫り来る大剣に対して、ヴァイスは両手で構えていた長剣をすくい上げる様に振り上げた。

 一瞬、剣の擦れ合う音が響き、更に高い音と共に両者の剣が弾かれた。ゲイルの剣筋は上方向へとずらされ、ヴァイスの剣は下へと戻される。


「んなっ!?」


 そして、更に身を低くしてその大剣を潜る様にかわしたヴァイスを見て、ゲイルが驚きに目を見開いた。ヴァイスは更に地を蹴り、ゲイルの懐へと飛び込んでいく。

 

「っふ!」


 鋭い吐息とともに、ヴァイスの剣が奔った。その剣が、大剣を振りぬいた状態で動けないゲイルの胴へと吸い込まれて――直前で、ぴたりと止まった。


 一瞬の静寂の後。負けを悟ったゲイルがその大剣を降ろし、天を仰いだ。


「うおー、何だ今のは! なんで潜れんだよアレを!」

「いや、今の結構分かりやすかったし」


 驚いた様子に声を上げるゲイルに、ヴァイスが頬をかきつつ答えた。


 ゲイルの持つ大剣は破壊力がある分、攻撃が大振りになりがちである。彼も魔気を纏っていれば強引に剣速を上げる事も出来るのだが、純粋な剣技のみではそうもいかない。その重量に、まだまだ振り回されている部分があった。

 対してヴァイスの長剣は、破壊力に関しては大剣に劣るものの、振りの速度はかなりのものだ。また、ヴァイスの剣技と動体視力をもってすれば、大剣相手でも弾いて軌道をずらすぐらいは出来るのである。

 

「……っはぁぁ、まだ勝てねぇか。もっと訓練しねぇとなぁ」

「そりゃ、簡単には負けれないよ。経験の差があるし」


 ゲイルは悔しそうな顔で頭をがりがりと掻いていた。それを見て、ヴァイスは苦笑しながら答えた。


 ヴァイスがゲイルと出会ったのは、彼らが五歳位の頃だ。そして、ゲイルがヴァイスの父親から本格的に剣技の指導を受け始めたのが、それから約四年後。

 対してヴァイスは、物心付いた頃には既に玩具の剣を与えられ、父が訓練しているのを横で眺めるのが日課であった。幼馴染達と会う前には、既に簡単な訓練を受け始めていたのだ。

 単純な話、これだけヴァイスとゲイルには、剣を振る事に費やした歳月に差があるのだ。冒険科の学生の中では、ゲイルもかなりの実力者だが。ヴァイスは文字通り年季が違うのだった。


「ま、剣技に関しては、お前は一流だしな。そう楽には追いつけないか」


 ヴァイスは真面目で、訓練をサボるような事はしなかった。魔法が使えない事を知った後もそれは変わらなかったし、むしろ魔法を使えないのなら、もう自分には剣しか無いと、一層訓練に励むようになった。

 その気力操作の才も手伝ってか、ヴァイスの剣技は既に学生のレベルを超えていた。

 しかし。


「あはは……」


 ヴァイスは曖昧に笑うだけだった。その通りだと、自信を持って答える事は出来なかった。


 ヴァイスは身の程を弁えているのだ。

 その長い年月によって培われた技も、血反吐を吐いて身に付けた力も。

 たった数か月の訓練でゲイルが覚えた、あの紅き魔気の前に霞んでしまった。

 冒険科の学生もそうだ。今まで剣など振った事も無かったであろう者でも、魔気を使えるようになれば、自分の数段上へと登ってしまうだろう。

 しかし、それは他の誰かのせいではない。魔気の使えぬ自分のせいだ。故に、自分は”無能”と呼ばれるのだ。


 理不尽だと世界を憎んだ事が、無いとは言えない。自分の才能の無さに絶望した事も、無いとは言えない。

 それでも、ヴァイスはその事を、きちんと受け止めるつもりでいたのだ。

 諦めるのではなく、もっと前向きに。弱くてもやりようはあるのだと。強者の真似は出来なくとも、弱者として出来る事もあるのだと。

 そう考えれるようになったのは、間違いなく、彼女との出会いのおかげであった。


「じゃぁ次にいくか。今日はあれをやってみるんだろ」

「そうだったね。わかった、やろう」


 そんな彼の気持ちを察してか、空気を切り替えるように言うゲイルに、ヴァイスも軽く応えた。

 ゲイルのこういう所が、ヴァイスには有り難かった。


「じゃ、ちょっと待ってて」


 ヴァイスは剣を鞘にしまうと、それを邪魔にならない所へと置きに行った。そして代わりに、人の頭より更に一回りはある石を持ってくる。


「結構でかいな。センパイはもっと軽いんじゃないか?」

「訓練だしね、ちょっと重めにしとこうかと」

「センパイが見たらまた怒りそうだな」

「またって。怒られてるのはゲイルくらいじゃない?」

「そうだなー、センパイはヴァイスには甘いしなー」

「いや、そんな事は無いと思うけど」


 軽口を叩きつつ、二人は準備を行う。

 これから二人がやる事は、ある戦闘法の訓練である。先の迷宮探索にて戦果を上げた、ヴァイスがアリスを抱えて、彼は回避に専念する戦い方だ。

 あの時は思いつきのためいきなり本番であったが、それでもなかなかの動きが出来ていた。

 とは言え、あの時は相手が雑魚であったため、慢心せずちゃんと訓練をすべき、と言うのが彼らの考えであった。


「んじゃ、とりあえず、今日は魔気無しな」


 そう言って、ゲイルが構えを取る。なにぶん彼らにとっても始めての訓練だ。最初は慣らしの意味も込めて、軽く流すつもりだった。

 ヴァイスも少し距離を取り、両手で岩を抱えた状態で構えを取った。構えといっても、両手は封じられているので、足を肩幅に開き、すぐ動けるように気持ち重心を落としている位だが。

 正直言って、間抜けな格好だ。周りの学生が、白けた目を向けてきている。

 しかし、これは彼らにとって必要な事である為に。二人は、至極真面目に訓練を開始した。


「いよっと!」


 ゲイルが、まずは軽くと剣を振りあげ、一歩踏み込む。そしてそのまま素直に上段から振り下ろした。練習なのでフェイントも何もない。普段のヴァイスなら難なくかわせる剣だ。

 それに対して、ヴァイスは気力を瞳に集中した。身体強化を発動し、ゲイルを動きを見極める。


(攻撃を考えないで良いからかな、何時もより良く見える)


 ヴァイスは完璧に太刀筋を見切り、すっと左へと身体をずらした。ただ一歩、横へと移動するだけだ。反撃を考える必要も無いので、楽なものである。

 そんな彼の身体の右端すれすれの空間を、ゲイルの大剣が真上から切り取った。切り取られた風が荒れ、ヴァイスの身体に吹き付ける。

 芸術的と言っていいほどの、完璧な回避動作だ。ヴァイスは自分の動きに、満足そうな顔をするが。

 それを見たゲイルが、思わずと言った感じでブッと吹き出した。


「って、ぅおい! 今のは駄目だろ!」

「へ?」


 ゲイルの突っ込みに、ヴァイスは不思議そうな顔をする。

 一体なにがまずかったのだろうか、首を傾げるヴァイスに対して、


「普通はセンパイをこう、横に抱き上げてんだろ。今みたいにギリギリだと、センパイに当たんだろうが」

「あ」


 人を抱きかかえる仕草をしてみせるゲイルを見て、ヴァイスも気付いた様だ。彼の口から間の抜けた声が漏れた。

 アリスを抱き抱えているのなら、彼女の身体はヴァイスの胴体よりも、横にはみ出る事になるわけで。

 ヴァイスが自分の身体ギリギリにかわした場合、まず間違いなく、アリスには攻撃が当たってしまう。


「今の、下手すりゃ顔面直撃だぜ」

「うわぁ」


 ヴァイスが青い顔をする。自分が攻撃をかわせても、先輩に攻撃が当たっては何の意味も無い。

 むしろ身体強化が出来る自分が攻撃を受けるべきなのに、と。彼は頭を抱えたくなった。


「この間の迷宮じゃ出来てたじゃねえか」

「いや、実際に先輩が居るのとは違うからなぁ。こう、守らないとって言う意識が……」

「なんだ、センパイの感触がないとヤル気が出ないってか?」

「違うから!」


 呆れたように半目で見てくるゲイルに対して、ヴァイスは顔を赤くして叫んだ。

 ゲイルの言いたい事はヴァイスにも分かっているのだが、実物が無いとイメージしづらいのも事実だ。

 もうちょっとわかりやすいように、こんな丸い石ではなく、横に長い物を持ってくればよかったか、とヴァイスは思った。


「つうか、気にはなってたんだけどよ。迷宮じゃあ、かなり回避がでかくなってたよな。実際、センパイも考慮して、ギリでかわすとか、出来るのか?」


 迷宮での戦闘を思い出しつつゲイルが聞いてくる。それにヴァイスは、眉にしわを寄せて、うーんと考えて。


「いや……それは、難しいんじゃないかな。先輩に動かれると間合いが狂うし」

「そりゃそうか。んじゃ、やっぱり余裕を持って回避した方がいいか」


 ゲイルも腕組みしながら考える。そもそもがアリスを守る為の戦法なのだから、なるべく安全重視の方が良い。


「魔法剣は普通の剣よかリーチがあったろ。だからちょっと間合いを離して……槍ぐらいの間合いで戦うのがいいんじゃねぇか」

「そうだね。ちょっと離れる感じかぁ、槍は使った事が無いから分かりづらいけど」

「まぁ、少しやってみようぜ」


 ゲイルが先程と同じように剣を構えた。ヴァイスも頷き、間合いを取る。


「いくぞ?」

「いつでも良いよ」


 言うが早いか、ヴァイスの言葉を皮きりにゲイルが踏み込んだ。右足を一歩大きく踏み、そのまま縦に斬り下ろす。

 それに反応し、ヴァイスも動いた。


 彼は、今まで回避する場合は、その動体視力を武器になるべく間合いを離さぬように攻撃を回避する事を選んでいた。

 力で劣る分技術を武器に、多少の危険は承知の上で。ゲイルの様に真正面から力でねじ伏せるような真似が出来ない彼は、相手の隙を狙って反撃する型を重視していた。


 しかし、アリスとペアを組んだ時、攻撃は彼の領分ではない。考えるのは防御だけで良い。

 攻撃のために危険を冒す必要は無いのだ。唯々、安全だけを突き詰めれば良い。


 ゲイルの斬り下ろしを見ながら、いつもなら自分も踏み込む所を、ヴァイスは逆に後方へと地を蹴った。

 瞬間、ヴァイスの居た空間を、大剣が縦に切り裂いた。後ろへと跳躍したヴァイスに、風を切る音と風圧が届く。


(ここでも、あの氷剣なら届くよな)


 と、振り下ろされた大剣の、その間合いの一歩外で地を踏みながらヴァイスは思った。アリスと一緒に戦った時を思い出し、氷剣の動きを思い出す。

 剣の長さは長剣程であったが、宙を浮遊している分攻撃可能範囲は想像以上に広かった記憶があった。

 それを思い出しながら。今度、最大で何処まで届くのかを確認しておこう、とヴァイスは思っていた。


 一方ゲイルは、普通に距離を取って回避したヴァイスをみて、少し驚いた顔をした。やはりヴァイスがこういう回避を取るのは珍しい事のようだ。

 しかし、気を取り直したように表情を引き締めた。下ろした剣を左脇に引きつつ、今度は左足で地を蹴った。


「おお!」


 左足を踏み込み、身体を捻りながら斬り上げる。大剣が地面を削りつつ、その重量を感じさせない勢いで振り上げられた。

 しかし、その斬撃もヴァイスは軽く間合いを取って回避した。まったく問題ないようで、その表情には余裕が見てとれた。

 それを見て、ゲイルが少しムッとしたような顔をした。

 

 回避に専念するヴァイスに攻撃を当てるのは至難だと、ゲイルも分かってはいたのだが。こうも簡単にかわされると面白くは無い。

 ゲイルは軽く流す気でいたのを忘れたのか、割と本気で剣を振り始めた。


 ゲイルが縦横無尽に剣を振り、それをヴァイスが回避する。ギリギリではなく、距離を広く取ってかわしていく。


「ふっ、こんなろっ! 逃げんな!」

「いや、逃げるから! なんかムキになってない!?」


 急に上がった剣速に、ヴァイスは驚きつつ答えるが、やはり剣が当たる事は無い。

 そこで、ゲイルの背筋に寒いモノが駆け上がってきた。

 この間合いだと自分の剣は届かない。しかし、あの氷剣は普通にこちらに届くはずだ。しかも、今の様にヴァイスが回避中であろうと、お構い無しに飛んでくるはずだ。

 迷宮であの戦い方をみて、こえぇとは思ったのだが。これ程か、とゲイルは思った。


「ちぃっ! やっぱきついか! 厄介だなこりゃ!」


 ゲイルが舌打ちをしつつ、更に剣を振る。それでも、ヴァイスを捕らえる事はできない。


「ちょっと、落ち着いて! あんまり速いと当たるから!」

「うるせー! 全然余裕そうじゃねぇか!」


 と、二人は騒ぎながらも訓練を続ける。ゲイルの剣速が更に上がるが、ヴァイスも素早く回避していく。

 結局、二人が動きを止めるまで、ヴァイスは剣をかわし続けたのだった。


 ◆


「はぁ、はぁ、……結局、当たらねぇ、か」

「はぁ、……いや、当たったら、マズイ、から」


 二人して息切れしたように肩を上下させながら、ヴァイス達は会話を交わした。


「……で、どうだよ。なんか感想あるか?」

「ええっと」


 呼吸を整えつつ、ゲイルが聞けば。ヴァイスも、今の訓練を反芻しつつ、


「……両手を使えないのが、結構難しいかな? 思ってたより動きづらい」


 と、ヴァイスは両手をふらふらと振りながら答えた。


 本来、両の腕は身体の均衡を調整する役割も果たしているので、それを封じられていると思いの外動きづらいのである。

 両手が自由な状態で全力疾走するのと、両手を封じた、ヴァイスのように何か物を持った状態で全力疾走するのと。果たしてどちらが楽なのか。

 想像すれば誰でもわかる事だ。


「やっぱり、練習しないときつそうだなぁ、これ」

「そうか。結構余裕そうに見えたぞ」

「いや、軽くなら大丈夫だけどね。真面目に動くのは、慣れないと駄目かな」


 ふむ、と、ゲイルは頷くように答えて、


「まぁ、感じがつかめたならよかったんじゃねぇか。後は訓練していけば慣れもするだろ」

「そうだね」

「他には? なんかあったか」


 更に聞いてくるゲイルに、ヴァイスは少し考えて、


「うーん、後は……蹴りで攻撃とかできれば、幅が広がりそうだとは、思ったけど」

「格闘なんてほとんどやってないだろ? 難しいんじゃないか」

「まぁね。それに、せっかく役割を分けてるのに、俺まで攻撃してもね」


 と、ヴァイスは苦笑する。せっかく思考を防御に割り振っているのだから、余計な事は考えたくなかった。

 とはいえ、蹴り位使えたら、とっさの時に何か役に立つかもしれない、とも思ったのだ。


「いっその事、魔道具を使うか? 貯蓄ストックの指輪を使えば、魔道具なら使えるだろ」

「魔道具ね……何を使うの?」

「確か、障壁シールドの魔道具とかあっただろ。回避出来ないときの保険になるんじゃねぇか?」


 ゲイルが名案だとでも言うように、笑顔で声を上げるが。


「うーん、面白いけど、お金が無いよ。戦闘用の魔道具は高いしね。特に障壁とか、滅茶苦茶高くなかった?」

「……そういや、そうか」


 ヴァイスの答えに、ゲイルは頭を掻いた。

 魔道具は基本的に高価な品だ。量産されている生活用の物は割と安く出回っているが、戦闘用は数もまだそれほど出ていない。

 特に、障壁等の身を守る用途に使える物は、貴族などの戦闘に縁遠い者にも需要が有るために、かなりの高額品となっている。

 残念ながら、田舎から出てきた学生に、手の届く物ではなかった。


「まぁ、それはおいおい考えればいいんじゃないかな。慌てる事もないでしょ」

「そうだな。まだ学園でも、訓練くらいしかやれる事ねぇしなぁ」

「二年からは、学外の依頼も受けれるんだっけ。それまでは我慢だね」

「だなぁ。一年の内は基礎訓練ばっかとか。まぁ基礎が大事なのは身を持って知ってるけどよぉ」


 ゲイルがつまらなさそうに溜め息をつく。そんな彼をみて、ヴァイスは苦笑していた。

 一年の講義は、みっちりと基礎訓練で詰まっている。入学当時ヴァイス達は、なんで今更こんな事を、と思ったものだが。

 アリスに普通の学生達の事を聞いて納得していた。そして、一年の間は退屈しそうだな、とも思っていた。


(まぁ、他にもやりたい事はあるし。良いかな)


 ヴァイスは思う。退屈な時間でも、アリスと一緒なら他にやれる事もあるだろう。

 さっきの戦闘法の訓練をしたり、もう一度迷宮に潜ったり。孤児院にも顔を出したいし、聖女にも会ってみたい。

 それに、アリスの事をもっと知りたかった。もっと、仲良くなりたいと思った。それには、時間はいくらあっても足りないだろう。

 退屈だという事は、つまりは時間には余裕があると言う事で。ヴァイスには、むしろ都合が良い様に思えたのだ。


(今日はあまり時間は無いけど。明日は、どうしようか。一緒に訓練でも、誘ってみようかな)


 浮かない顔をしていたゲイルの横で、精一杯浮かれた顔をするヴァイス。

 それをちらりと見て、ゲイルは少し呆れた目をするが。まぁ良いか、と軽く溜め息をついたのだった。


 こうして二人は、これから続くであろう、退屈で平穏な日常を、それぞれに思い馳せていた。

 それは、今図書館で魔法の研究をしているであろうアリス達も同じであった。

 少なくとも、ヴァイス達が一年の内は。こんな日常が続くのだろうと。そう、彼らは思っていた。


 しかし。

 彼らは、忘れていた。

 ヴァイスとアリスは、異例で、異様で、異端で、異常だという事を。

 そんな者が二人も集まって、厄介事が起こらない訳が無い、と言う事を。


 そして。

 厄介事どころか、彼らの人生を左右する程の大事おおごとの。それどころか、国を揺るがす程の大事件の。

 その切っ掛けともなる出来事が、すぐ傍まで迫っている事を。

 彼らは、知るはずも無いのであった。

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