20.嵐の前の日常・魔法使い組

 ヴァイスがアリスを仲間達に紹介して、試しにと一緒に迷宮へと潜った日から、数日が経過した。

 アリスは学園では基本的に単独行動していた事もあって、自然とヴァイス達と行動を共にするようになっていた。

 彼らはこの数日、図書館で勉強したり、新しい戦闘法を訓練したり、比較的平和な時間を過ごしたのであった。

 

 ◆


 ある日の午後。

 アリスとリリカの二人は、図書館へとやって来ていた。二人して、熱心な様子で本を読んでいる。

 リリカが読んでいる本は分厚く、装丁は傷だらけの古臭い本だった。彼女の前にある机の上には、同じような本が山積みされている。

 対してアリスの読んでいる本は、比較的新しい本だった。机の上には、リリカと同じような古い本と、今彼女が読んでいるような新しい本が乱雑に積まれていた。

 これらの本は、アリスの好きな勇者の本などではなく、すべて魔道書だ。魔道書とは、魔法について様々な事が書かれた本である。

 机の上に詰まれた本は、魔法の歴史や研究書、過去の魔法使いの手記や、比較的新しい物だと基本魔法の解説書など、その取り揃えは実に多彩だ。

 アリス達がこんな本を読んでいる理由は、言うまでも無く魔法関連の勉強の為である。


 しばらく無言で魔道書を読んでいる二人であったのだが。ひと段落したのか、リリカがぱたんと本を閉じた。長い間読みふけっていたのか、両手を上に上げて、うーんと伸びをしている。

 その後、熱心に読書を続けているアリスに向かって声を掛けた。


「先輩は、どうですか。捗っていますか?」

「むぅ、ぼちぼちかなぁ」


 本から目を離さずにアリスが答えた。

 それを聞いたリリカが、質問を続ける。


「ちなみに、先輩のお目当てはなんなのですか?」

「久しぶりに固有魔法オリジナルを考えようかなぁと。まぁ使えないんだろうけど」

「へぇ、何か構想はあるんですか?」


 興味が沸いたのか、リリカが突っ込んで聞いてくる。

 アリスは、その目をキラキラさせて自分を見てくるリリカに、落ち着きの無い妹の相手でもするかのように、やれやれといった感じで顔を向けた。

 

 ここ数日、同じ魔法使いのためにリリカと一緒に居ることが多かったアリスは、彼女に抱く印象を思い直していた。

 ヴァイス達三人でいる時には、基本的にはリリカが他の二人を制御している所があった。比較的マイペースなヴァイス達の手綱を握るのが、リリカの役割に思えていた。

 そのため、リリカの事を年に似合わず落ち着いた、冷静な女性だと思っていた。その容姿も相まって、まるで深窓の令嬢……と言うには気が強そうであったが。とにかく、育ちの良いお嬢様のように思っていたのだ。

 しかし、こうして二人でいると、意外と好奇心旺盛で年相応な面が見えてきたのだ。心を配る必要のある二人がここに居ない事と、アリスの姿に似合わず頼りになる人柄に、素を見せているのだろう。

 アリスは、迷宮での爆笑していたリリカの姿を思い出し、柔らかく微笑を浮かべながら彼女に答えた。

 

「やっぱり踊る氷剣アイシクルエッジの強化版かなぁ。ヴァイス君と一緒に戦うなら、この方面に行った方が良いと思うし」

「なるほど。具体的には、何か考えているんですか」

「まず、単純に本数を増やしたいよね。あとは剣を大きくしたり、他の装備を出せたら面白そうだけど」

「二本同時操作とか、難しそうですね」


 リリカがその状況を想像して、苦笑するが。アリスは、いやいやと首を振って、


「確かに難しいけど、練習すれば出来そうなんだよね。同じ剣を二本くらいなら、下級魔法わたしでも出来そうだし」

「そうなんですか。やっぱり先輩の魔力操作は凄いですね。ヴァイスも気力操作は上手いのですけど、やっぱり何か関係があるのでしょうか」


 関係というのは言うまでも無く、アリス達が気力や魔力単体しか持っていない件だ。どちらか一方しか持たない分、その操作が上手いのだろうと、リリカは考えていた。

 しかし、それはアリスでも答えを持たない為、曖昧な表情を浮かべて、


「どうなんだろうね。確かに理由はそれしか思いつかないけど。……リリカちゃんは、何を見てるの?」


 と、話を変えた。

 それに対して、リリカは自分の読んでいた魔道書をアリスに向けて、


「私は、雷系の上級魔法を覚えようかと」


 と、さも当然と言うような表情をしているリリカを見て、アリスは苦笑する。


「まだ一年の最初で、もう上級を覚えるんだね。君達のほうがずっと凄いから」

「そうですか?」

「二年でも、上級使える人って、まだ少ないからねぇ」


 その言葉を聞いても、今一ピンと来ていないようなリリカ。

 ――やっぱりこの子も、似た者同士だよねぇ、とアリスは人知れず思っていた。


「雷属性の上級って、何を覚えるの?」

「まずは地を覆う雷陣ライトニングサークルですかね。範囲攻撃を増やしたいので」

「へぇ、そっちなんだ。雷属性の上級って言うと、地を覆う雷陣それ天を覆う雷轟サンダーフォールが定番だけど」


 地を覆う雷陣は、戦場を覆う程巨大な雷の円蓋を作り出して、広範囲に電撃を降らせる魔法だ。

 対して、天を覆う雷轟は、まるで天が落ちてきたかのような錯覚を受けるほどの、幾重にも束ねた強烈な落雷を見舞う魔法である。

 前者は範囲重視、後者は威力重視の、雷属性上級の基本魔法ベーシックだ。

 ただ、このレベルになると、基本魔法と言いつつ使用者は限られてくる。特に雷属性は使い手が少ないので、これらを使える魔法使いも、そう多くは居ないだろう。


「今の所、天を覆う雷轟が必要になるような強力な魔物と戦う予定はありませんので。範囲魔法なら下級の魔物相手でも、集団戦で使える場合もありますから」

「なるほどね、確かにそれはそうかも」


 リリカの話に、アリスは納得したように頷く。下級魔物相手だと、威力重視の上級魔法は完全にオーバーキルである。

 しかし、リリカやゲイルなら、上級の魔物相手でも戦えるくらいになれるだろうに、ちょっと勿体無いんじゃないかな、とアリスは思うのだが。


 そこで、ふとリリカが何かに気付いて。


「ん? 先輩、これは」


 と、リリカが、アリスの前に詰まれた本のうち一冊を指差した。それは魔道書としては比較的新しい物で、その背表紙には、『治癒魔法』の文字が見えた。


「あぁ、こっちもね、すこしやっとこうかと思って」

「先輩も、治癒魔法を使えるのですか?」

「少しはね。何せ孤児院うちには聖女が居ますから。昔、ちょっと教えてもらってたんだよ。それに子供達がよく怪我をするから、簡単な治癒ヒーリングなら良く使うんだ」


 と、アリスは言ってから、


「もって事は、リリカちゃんも?」

「えぇ、ヴァイス達が良く怪我をしますし、魔法使いは私だけですからね。とは言え私も、簡単なモノしか使えませんが」


 そう言いつつ、リリカは興味があるのか、アリスの持ってきた本をごそごそと漁り、それぞれの題名を口に出して確認している。


「『治癒魔法初歩』、『一歩上の治癒魔法』、『一流の治癒術師になるまで』……色々ありますけど、結構新しい本が多いですね」

「治癒魔法は、医学関係の進歩に合わせて変化してきたからね。魔法の中では新しい方なんだよ」


 治癒魔法は通常の魔法と比べて難度が高い。それは、人体を治療するイメージ、というのが難しいからだ。

 擦り傷を治すような、下級の簡単なモノならともかくとして。上級にもなると、人体構造に対する深い理解が必要になってくる。医学的な知識が必要になるわけだ。

 そのかわり、優れた治癒術師の使う上級魔法は、人体欠損すら治癒できる程強力な魔法となるのである。


「あれ、でもこれは、かなり古いですね」


 と、リリカが一冊を本の山から抜き出す。その古ぼけた魔道書を眺めて確認すると。


「……これは!?」


 リリカが、仰天したような表情を見せて、音を立てながら立ち上がった。


「わ、ちょっと、静かに静かに!」


 と、アリスが慌ててリリカを抑えに掛かる。リリカの口を手で押さえ、もごもご言っている彼女が手にした本に視線を落とし。


「ああ、それかぁ」


 と、納得したような声を漏らした。

 その後、リリカが落ち着くのを待ってから、二人して椅子へと座りなおした。


 アリスが、意外そうな顔で口を開く。


「リリカちゃんも、知ってるんだ、これ」

「それは、治癒魔法を使う身としては、一度は考えますので」


 アリス達は、二人してその魔道書に目を向ける。

 それは、希う彼方の命リザレクション、死者蘇生の魔法に関する書物であった。


「まぁ、知ってると言っても、詳しく知ってる訳では無いですが。……確かこれって、禁術でしたよね」

「そうだよ。魔法発動者の命を代償に、死者を甦らせる魔法だからね」

「……そんなモノが、学園の図書館にあるんですか」


 禁術に関する書物が存在すると言う事に、そしてそれを一学生が閲覧できると言う事に、リリカは盛大に引いているのだが。それに対してアリスが、


「学園と言っても、冒険科は特殊だから。それにこれは、一部の写しだからね。これだけ読んでも、魔法は使えないよ。ちなみに、原典はしっかり禁書指定されてて、王城の禁書保管室にあるらしいけど」


 と、苦笑しながら言った。さすがに、いくら冒険科といえど、禁書は置いていないらしい。


「はぁ。先輩は、これを覚えたいんですか?」


 と、リリカがちょっと深刻そうに聞いたのだが。アリスは苦笑を濃くしつつ、右手を顔の前で振って否定する。


「いや、さすがにこれは。まぁ、何か参考になるかなぁ、と思って持ってきただけだよ」

「そうですか、驚きました。……先輩は、この魔法の仕組みとかも、ご存知なんでしょうか?」

「この魔法って、希う彼方の命リザレクション?」

「はい」


 驚きから気を取り直したリリカが、今度は打って変わって興味深げな、キラキラと輝く、まるで子供のような目をアリスに向けてきた。

 どうやら、この子は自分の事を、魔法に関しては何でも知っている、教師のようだと思っているのかな、とアリスは考えた。

 確かに知ってはいるのだが、仮にも禁術である以上、簡単に教えてよいものか、とアリスは思案する。

 禁術とは、使うのを禁止されているのであって、知るだけならそこまで問題は無い。

 幸い、リリカの様子から、単純に興味があるだけで、使いたいとか言う訳ではなさそうだ。そもそも、教えた所で誰でも使えるようになる魔法でも無い。当然アリス自身も使えない。

 それでも、とアリスは悩んだのだが。


「……禁術ですし、さすがに先輩でもご存知無いですか」


 と、ちょっと落胆したようなリリカの表情を見て、アリスの心に火がついた。


「いやいや、知ってるから!」


 可愛い後輩に頼られてるのに、それに応えないとは何事か! とアリスは息をまく。今までの学園生活が残念であったために、過剰反応になっているのは否定できない。 


「えーっと」


 アリスは、一応周りを見回した。図書館には相変わらず人は疎らにしか居らず、アリス達の近くには誰も居ない。大きな声でも出さない限り、他人に聞かれたりはしないだろう。

 それを確認してから、アリスは口を開いた。


「で、何が知りたいの? 仕組み?」

「そうですね。なぜ命を代償にするのでしょうか。魔法は、イメージがしっかりしていれば発動するのでしょう。魔法の限界で発動しない、なら分かりますが。命を代償にすれば発動する、と言うのがどうにも」


 と、リリカが疑問を口にする。それに対して、アリスが答えを示す。


「死んだ生命を生き返らせると言うのは、今生きている者にとっては禁忌なんだよ。それを無意識に理解しているから、人を生き返らせる、と言うイメージを正確には作れない。そんな事ができると、心の底から信じる事ができないんだよ」

「……しかし、命を代償にすれば、可能なんですよね」


 不思議そうな顔をするリリカに、アリスが続きを話す。


「それは、要するに言い訳なの。自分の命を対価とする事で、バランスを取るんだよ。これほどの代償を払うのだから、人を生き返らせる事も可能だと、自分を納得させる」

「それで、希う彼方の命は発動する、と」

「そういう事。まぁ、本当に心の底から、その人が生き返りますようにと、こいねがわないと発動しないんだけどね」

「なるほど」


 ほう、とリリカが溜め息を漏らした。

 どうやら、好奇心は満たされたらしい。アリスも安堵から、ふいー、と息を漏らす。


「先輩は、本当に博識ですね」

「いや、これも、聖女せんせいからの知識だからね。あと、禁術なんだから、あまり周りには言ったりしたら駄目だよ」

「わかりました」


 リリカが見本のような良い返事をする。そして、図書館の本棚へと目を向けて、


「しかし、禁書の写しまであるなんて。学園の図書館と馬鹿には出来ませんね」

「まぁ、ここは普通の学園の図書館とは全く違うんじゃないかな」


 アリスも、同じように数ある本棚へと視線を向ける。


「何か、面白いモノがあるかもしれませんね。もうちょっと、しっかり見てみましょうか」


 と、わくわくしたような様子でリリカが立ち上がる。


「え、リリカちゃん?」


 アリスが止める間も無く、リリカは本棚の森の中へと姿を消してしまった。


「……変な物を持ってこなきゃ良いけど」


 そう言いつつも。アリスは、クスっと顔を綻ばせるのであった。

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