18.奇妙な戦闘様式の可能性・後編
「先に来る奴はさっきと同じ突きで、次の奴にはカウンターを!」
「了解!」
ヴァイスは右側の二体へと駆け出しつつ、アリスに戦闘の指示をする。それにアリスも肯定の言葉を告げた。
二人はとりあえずの戦い方として、ヴァイスが行動の舵を取る事と決めていた。そもそも動くのはヴァイスであるのだし、敵の動きを把握できる彼が主導権を握る方が良い、との判断であった。
身体強化が出来ないアリスでは、敵の攻撃を見切るのは難しい。そのため、ヴァイスが敵の動きを観察し、行動を決める。そして攻撃できそうなタイミングでアリスに指示を出すのである。
アリスは魔法を使う為に精神を集中し、ヴァイスの指示を待つ。そして指示あらば即座に攻撃を行うのだ。
◆
「おお、結構やるもんだな。……で、どうした?」
広間の入り口でヴァイス達の動きを見ていたゲイルは、感心したような声を上げる。そしてその後、横に居るリリカへと声を掛けた。彼女は、相変わらず真剣な表情でヴァイス達の戦闘を見つめていた。
「何か気になる事でもあんのか?」
「いえ」
不思議そうに問い掛けるゲイルに対して、リリカはそう言って首を振り、
「ただ、魔法を使う身として、純粋に驚いているんです。あの
と、ヴァイス達から目を離さずに言った。
その言葉に、ゲイルは少し驚いたように目を見開く。
「ほう、結構便利そうなのにな。なんで人気無いんだよ?」
「まず、魔力消費が大きいからです。魔法剣を維持し、かつ操作するには結構な量の魔力が必要となります。それに、魔法は発動者から離れるほど魔力の消費が飛躍的に上昇しますから。前衛の後ろから、その先に居る敵に向かって剣を操作していたら、直ぐに魔力が無くなりますよ」
「……魔法ってそんな制限があったのか」
「そうですよ。でなければ、わざわざ自分の傍に弾を生成して発射したりしないでしょう。敵の傍に弾を作れば良いんですから」
「でもよ、
「私の
リリカの言うとおり、敵陣中心で発動させるような広域殲滅魔法も存在するが、全てが上級魔法に分類される。
例えば、リリカが取得を目指している上級の
これらは上級の名に恥じない程の威力を持つが、その分消費魔力も甚大である。
「要は、踊る魔法剣系は後衛の魔法使いには相性が悪すぎるんですよ」
「なるほどなぁ。確かに、普通は魔法使いは後ろに居るもんだからな」
「さらには素の魔力消費量が多いせいで、戦士にも使われません」
リリカの説明に対し、ゲイルが納得した様に頷いている。
「それに、ああいう系統の魔法は、そうとう集中していないと上手く魔法が続きません。少なくとも魔法発動中に発動者は動けないはずです」
「なおさら近接戦闘なんか無理って事か」
「
「ただ飛ばすだけならあまり魔力は食わないし、イメージするのも楽と」
「そうですね。普通は、あんなに敵に接近した状態で操作魔法なんて使いませんよ。集中が切れます。私でも魔法より剣を使いますよ」
実際に、この踊る魔法剣系に使い手がほとんど居ない理由には、その難度の高さも上げられる。物体を操作し続けるというのは、物体をただ敵に向かって発射するのと比較にならないくらい難しいのである。
アリスがそれをすんなりと使えるのは、彼女の優れた魔力操作能力の賜物であり。また、その見た目が格好良いから隠れて練習していた、という彼女らしい理由からだった。ゲイルが知ったらネタにされるのは間違いない。
ゲイルはそうした理由を知ってか知らずか、マッドドッグに近接戦闘を挑んでいるヴァイス達に目を向け、その特異さに苦笑する。
その横に居るリリカも、その視線に若干の呆れたような色が浮かんでいた。彼らが提示した戦法だというのに、薄情なものである。
「あんな戦い方は極めて特殊です。普通ではありません。しかし」
リリカの表情に真剣さが戻り、
「普通ではないからと言って、弱い訳ではありません。あの二人には、存外合っているかもしれません」
「そうだなぁ。あの剣はかなり強そうだしな」
「魔法剣は実際の剣と違って、欠けたり折れたりする事は無く、切れ味は凄まじいものがあります。さらに氷結等付加効果も乗る。普通の剣より遥かに強力です」
「ヴァイスは総合的な戦闘能力はともかく、純粋な攻撃力はそこまで高くないからな。そこに、防御はできないが攻撃力のある魔法剣。確かに上手いこと噛み合ってるかもな」
魔気の無いヴァイスは、純粋な力勝負では魔気を使える者の相手にならない。例えば腕相撲なら、一瞬で勝負は付いてしまうだろう。
その力の低さは、そのまま攻撃力の低さに直結しているのである。
この攻撃力の低さがアリスの魔法で補えるのなら、上位の魔物相手にも多少は通じるかもしれない。
そうゲイルは考え、降ってわいたヴァイスの戦闘力向上に口元を緩めていたが、リリカはあくまで冷静なままで言葉を続ける。
「どちらかと言うと、対人とか、知能のある魔物相手の方が有効かもしれません」
「……なるほど。それもありかもな」
「えぇ」
リリカの確信めいた言葉に、ゲイルも何かを思いついたような頷きで答えた。
そこまで言うと二人の会話は止まり、無言でヴァイス達の戦闘に注目しだした。
◆
「まずは、突き」
アリスは落ち着いて氷剣を操作し、その鋭い切っ先を駆けて来るマッドドッグへと向けていた。イメージは先程と同じ。氷剣を真っ直ぐに突き出し、敵を貫くだけだ。
そのイメージを頭の中で固めて、後はタイミングだけだ。相手の間合いの外でこちらの間合いギリギリを見極め、攻撃に移る。それを判断するのは、ヴァイスの驚異的な動体視力。
「……今です!」
「やあぁ!」
ヴァイスの合図に、アリスは反射的に氷剣を動かした。
すぐ傍に待機していた氷剣が、爆発するような驚異的な初速で撃ち出され、マッドドッグを刺し貫いた。
まともに氷剣の突きを受けて、絶命し崩れ落ちるマッドドッグだったが。その影から更にもう一体がヴァイス達に向かって飛び掛ってきた。
「遅い!」
ヴァイスが突っ込んでくるマッドドッグを冷静に見据えて、横へ短く跳躍して飛び掛ってくる敵を回避した。
飛び掛ったマッドドッグも、それを回避したヴァイスも、同時に地へと着地する。その際に、多少だが踏み込みの反動による衝撃で体勢が崩れていた。
本来ならば、攻撃の後にも、回避の後にも。肉体的にも、精神的にも、隙が生じるはずである。どれだけ修練を積んだ所で、その隙が完全に消える事は無いのだろう。
しかし、
「先輩!」
「まかせて!」
攻撃と防御で役割を分担しているヴァイス達に、そのような隙は意味を成さなかった。
ヴァイスが地へと着地する前には、既に敵に突き刺さっていた氷剣は抜き放たれており、そのままもう一体へと飛んでゆく。
ヴァイス達の回避動作での着地硬直を完全に無視し、しかし相手の攻撃動作の隙を狙うようなタイミングで、氷剣が横殴りに振られたのだった。
◆
「……うへぇ、ありゃ反則だな」
マッドドッグを相手に無難に戦闘をこなしている二人を見て、半笑いでゲイルが呟く。
それは、近接戦闘を行う者にとっては脅威だろう。
隙が隙とならず、防御から攻撃へと即座に転じてくる。おまけに、攻撃は魔法の為に予備動作も一切見られない。
「想像したら恐ろしいですね。結構な速度で剣を振っているのに、本人はしっかりと構えを取ってこちらを見据えているのですから。隙なんて無いですよ」
当たり前の話だが、本来剣を振るのは自分自身の腕である。当然全力で剣を振ろうものなら、その分体勢は崩れるのが普通だ。しかし
相手の攻撃を回避する為に、しっかりと腰を落とし、こちらを油断無く見つめている状態で、上下左右に剣が振られるのである。それもかなりの高速で、だ。
「完全に役割分担してますね。普通に前衛後衛がやっている事ではあるんですが、あそこまで完全に任せるわけでは無いですし」
「確かに、どっちかに集中できるのは楽かもなぁ。俺だって、全力で逃げ回るヴァイス相手じゃ、攻撃を当てるのは苦労しそうだな」
ゲイルが状況を想像してか、苦笑しながら答える。しかし、何かに気付いた様に表情を引き締めて、
「ただまぁ、欠点もあるわな」
「欠点ですか?」
「センパイを庇う為にか、回避動作が大きくなっている。アイツの得意な、攻撃を見極めてギリギリで避ける、何て事は難しそうだ。それに、あの状態じゃアレも使えないだろうな」
「……そうですね。まぁ、アレは使わないならそれに越した事は無いのですが」
「そうだな。ただ、奥の手が使えないってのもな。……センパイが少しでも身体強化が使えるならなぁ」
「それは言っても仕方ないでしょう。そもそもそれが使えないから、あんな事になっているんですから」
「まぁなぁ」
リリカに非難するような目を向けられ、ゲイルはばつが悪そうに頭を掻いた。ゲイルも、他意があってそんな事を言ったわけではなく、単に言葉について出ただけだ。
だが、その言葉で思い出したように、リリカが話を変えた。
「先輩の気力が無い件。どう思いますか」
「なんだ、急に」
口を滑らせた事をまだ突くのか、とゲイルは半目でリリカに目を向けるが。彼女の真剣な眼差しに、一瞬考えてから、
「……記憶が無いってのがキナ臭いな。ヴァイスの様に生まれつきってんならまだ良いが。そうでないなら、あきらかにヤバイ事が関わってるだろうな」
と、同じく真剣な表情で答えた。それを聞いたリリカも頷いて、彼の言葉に続く。
「記憶を奪う魔法はありますが誰でも使えるものでは無いですし、常識的な人間なら使う事を躊躇います。気力を無くすなんて事はそもそも聞いた事もありません。本当にそんな事に関わっているなら、まず間違いなくまっとうな話ではないでしょう」
「そうだな。……センパイと関わると、こっちまで面倒事に巻き込まれるかもな。それが心配なのか?」
問い掛けるゲイルに、リリカは肯定も否定もしなかった。ただ、マッドドッグと戦闘を続けるヴァイス達を見ている。
ヴァイス達は首尾よく三体目のマッドドッグを切り伏せ、残り一体のマッドドッグへと剣を向けていた。
二人は慌てる様子も無く、真っ直ぐ敵を見据えている。二人の戦い方は、お互いの信頼が必要不可欠になるだろう。少なくとも、急造のペアでは上手くいくはずは無い。
しかし、二人はついこの間初めて話をした間柄だというのに、まるで長年連れ添ったパートナーの様にそこに立っている。互いに互いを信じきっている様子だった。
出会ったばかりのアリスを信じてしまっているであろうヴァイスに、別の意味で心配になってくるゲイルだったが。同時に、それも仕方の無い事だとも思う。
アリスは、自分達には到底成れない存在なのだ。魔気が普通に使える自分達には、望んでも成れない存在なのだ。
そしてそれは、おそらくはヴァイスが心の奥底で願っていた存在なのだろう。だからこそ、あんなに簡単に信頼しているのだ。
そう考えた所で、ゲイルはふっと笑みを浮かべる。
「まぁ、少なくともセンパイは悪い奴じゃ無い。俺らを騙してるって事は無いだろう。それに、今更あの二人を引き離すのは無理だろ」
「私も、そんな事は考えていませんよ。先輩が悪い人で無い事も分かってます」
「んじゃ良いじゃねえか。何かあってもアイツなら大丈夫だろ。仮にアイツには無理なら、俺たちも居るしな」
「私達でも手に負えないかもしれませんよ」
本当に、アリスの記憶を誰かが奪ったのなら。その者は、気力を無くすような芸当が出来る者だという事だ。
そんな相手が出てきたら、自分達でもどうしようも無いかもしれない。
そう、リリカは考えているのだろう。その事を察したゲイルは、少し考えてから、
「なら、そうだな。例の聖女サマに頼めばいいんじゃないか? 孤児院の子供の事なんだ。力になってくれるだろ。五英雄なら、そうとう強いんだろうしな」
「……他力本願ですね」
「良いんだよ。俺らに出来る事なんざたかが知れてんだ。分不相応ってな。つか、いつもヴァイスに言ってんだろう。一人で無理すんなって」
「……そうですね」
ゲイルの物言いに、リリカの表情に笑みが浮かんだ。きっと自分は心配しすぎなのだろう、と彼女は思う。
ゲイルの言う通りだ。聖女ローラなら、あの慈愛に満ちた英雄なら、自分の孤児院の子供の事を助けるのは当然の事だろう。
彼女は、五英雄の一人。魔王を封印した、この時代の生ける伝説だ。ならば、心配する様な事は無い。
人に頼りきるのは良くないが、自分に対処できないなら、人に頼っても良いはずなのだから。
そう考えをまとめたリリカが、無意識に気を張っていたのに気付いて、その緊張を解いた。
そこでふと、思う。
「……聖女ローラは、本当に何も知らないのでしょうか」
「なんだよ、ホントに急だな、毎回」
「いえ、聖女ローラは五英雄でしょう。同じ五英雄のアルバート王や、学園の理事長とも繋がりがあるはずです。この国の事で、彼らに分からない事なんてそうそう無いでしょうに」
「なんだよ、ますますキナ臭いな。他国の関連か? もしくは、知ってても黙ってるとかか?」
「そうですね……」
俯き、口元に手を当て考え込む姿勢になったリリカ。
思考の海へと沈みそうになった彼女だったが、その頭頂部に、ゲイルが軽く手刀を落とした。
「痛っ!」
「その辺にしとけ。どうせ考えたってわからんだろ。もし黙ってるなら、何か理由があんだろう。俺らが今悩んでも仕方ねえよ」
「そうですが……」
頭をさすりながら、涙目になったリリカがゲイルを見上げるが。彼はヴァイス達の方に視線を向けて、リリカに示すように言った。
「それに、もう終わるぞ」
と、その言葉に釣られてリリカがヴァイス達を目で追えば、
「よし! 倒したよ~」
最後の敵を氷剣で刺し貫いて、気の抜けるような勝ち鬨を上げるアリスと、怪我も無く終わった事に何処と無くホッとした様なヴァイスの姿があった。
「まぁ、色々と気になる事はあるかもしれないが。今日の所は、そろそろ引き上げようぜ」
「……そうですね。魔法の事も聞けましたし」
そう言って、ヴァイス達の方へと歩き出したゲイルを、リリカは早足で追いかけていった。
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