17.奇妙な戦闘様式の可能性・前編

 二体のマッドドッグが駆けて来るのを見て、アリスが悲鳴を上げる。


「うわぁ、二体もこっち来たよ!」


 魔法使いとしては、たとえ雑魚でもこういう素早い相手に複数同時に近寄られるのは避けたい状況である。悲鳴の一つも上がるだろう。

 しかしそんなアリスに、ヴァイスが優しく諭すように話しかける。


「大丈夫です、俺が全て回避しますから。先輩は落ち着いて、あいつらを倒すのに専念してください」


 そう言われて、アリスは徐々に落ち着きを取り戻した。その言葉が嬉しいのか、それとも慌てたのが恥ずかしいのか、その顔を若干赤く染めて、


「……そうだね、ありがとう。ヴァイス君を信じるよ。私も、ちゃんと倒して見せるから」


 そう言って、マッドドッグへと視線を向けるアリス。

 ヴァイスもその言葉を聞いて、彼女をしっかりと抱き抱えつつ、迫り来る敵を睨みつけた。


 アリスに信じると言われたのだ。ならば自分は、それに答えなければならない。ヴァイスは何時も以上に気合が入っているのを感じていた。

 ヴァイスはその勢いのまま、気力を全身へと行き渡らせて身体強化を発動する。マッドドッグの動きを完璧に見切るべく、特に瞳に気力を集中していた。


 マッドドッグは二体共が同時に突撃を仕掛けてきた。狂っている筈なのに、不思議と連携が取れているのだから驚きである。

 しかし、ヴァイスのその瞳は敵の動きを完璧に捕らえていた。

 通常の戦闘と違い、今は攻撃を意識する必要が無い。ただ回避するだけなのだ。いくらマッドドッグが素早くとも、たとえヴァイスに魔気が使えなくとも。ただ攻撃を避けるだけならば、彼にとっては難しい事では無いのであった。


 一方、アリスの方も、真剣な表情でマッドドッグの動きを追っていた。

 彼女は身体強化が出来ない為、動体視力も生身の状態だ。そのため、素早い敵の動きを追うのも一苦労だった。

 しかし、彼女の心は不思議なくらいに落ち着いていた。先ほどの様に焦る気持ちは一切無い。それは、彼女自身の言葉通り、ヴァイスを信じているからだ。

 ヴァイスなら、攻撃を受ける事は無いと。自分を守ってくれると。そう信じているからである。


 マッドドッグ達は走りながら左右へと別れ、ヴァイス達を挟み込むように突進を仕掛けてきた。

 アリスは二体を同時に追う事を早々に諦め、その内一体に狙いを絞り、そちらへと意識を集中する。氷剣を操作し、自分達の傍へと待機させ、敵を待った。


「てぇーい!」


 マッドドッグが氷剣の射程内に十分近づいた所で、アリスは気合を入れて氷剣を右から左へと半円を描くように薙ぎ払った。氷剣はアリスの意思を受け、凄まじい速度で空を切る。

 アリスが何度も言っていたように、魔法はイメージが大事である。氷剣の操作に関しても、イメージがしっかりしているならその通りに剣は動いてくれるのだ。

 完全に意識を攻撃のみに割り振り、普段以上に集中していたアリスの操る氷剣は、マッドドッグの動きを遥かに超えた速度で敵へと襲い掛かった。

 辛うじて反応したマッドドッグがその攻撃を回避しようと動いたが、既に遅く。勢いよく滑空する魔法の氷剣が、その進路上に居たマッドドッグを凍り付かせながら切り飛ばした。


「やった! って、ふぇ!?」


 マッドドッグを倒した事に喜びの声を上げるアリスだったが、その直後自分の身体が物凄い勢いで後ろへと飛ぶ感覚に悲鳴を上げた。

 そして更に、その目の前をもう一体のマッドドッグが牙を剥いて通り過ぎるのを見て息を呑む。

 アリスは肝を冷やしながらも、ヴァイスが敵の攻撃を回避したのだと理解した。そこへ、ヴァイスから声が掛かる。


「先輩、追撃を!」

「分かった!」


 その言葉に、アリスは素早く意識を切り替える。氷剣を再び操作し、先ほど通りすぎたマッドドッグへと視線を向ければ。

 そこには、突撃をかわされた為だろうか、体勢を崩し隙を見せるマッドドッグが居た。

 その姿を見た瞬間に、アリスの頭の中でイメージが完成する。先程と同じように氷剣を薙ぎ払い、硬直している敵を切り裂く。ただそれだけだ。


「やあぁぁ!」


 そのイメージ通りに氷剣は宙を舞い、体勢を立て直そうと動いていたマッドドッグへと飛翔する。

 マッドドッグはそれに気付いた様だったが、回避する間も無くその身を凍てつく冷気と共に切り裂かれたのだった。


「よし、上手くいきましたね。ナイスです、先輩」


 敵が動かない事を確認したヴァイスが、緊張を解きつつ話しかける。それに答える様にアリスも魔法を解いた。魔法が解かれたために、氷剣は砕けるように霧散する。


「ふぃー。うん、やったね。ちょっと緊張したよ~」


 そう言って、アリスが笑顔を見せた。彼女のその笑顔に釣られるように、ヴァイスも口元を緩めていた。

 二人して無事に戦闘を終えれた事に安心し、一息ついた所に、他の二人も近づいてきた。


「全員特に問題は無いな。ヴァイス達も思ってた通り、結構やれるみたいだな」

「そうだね。ただ……」


 アリスを地面に下ろしつつ、ヴァイスがゲイルに答える。

 ヴァイスはそのまま、アリスを苦笑した表情で見ながら、


「あんまり全力で動いてると、先輩が大変かもしれない」

「あ~、そうだね……眼鏡が飛んじゃいそうだったし」


 アリスも苦笑しつつ、自分の眼鏡を外してくるくると回し見る。


「なるほどな、センパイの負担、か。まぁその辺はお前が調整するしかないか?」

「うん、もっと余裕を持って動いた方がいいかもしれないね」


 と、戦闘を無事に終えた安心感からか、多少和やかな空気で感想を話していた三人であったが、そこに一人、何か考えるように真面目な顔をしていたリリカがその口を開いた。

 

「……次の部屋で、ヴァイス達だけで戦ってくれませんか?」

「どうした、なんかあったか?」


 リリカの態度に、ゲイルが訝しげな表情を見せるが、当のリリカは軽く首を振って言葉を続ける。


「いえ、たいした事では無いですが。二人の戦闘方法で実際の所どこまで戦えるのか、見ておいた方が良いと思いまして」

「うーん、まぁマッドドッグくらいなら、数体囲まれても問題なさそうだけど」


 腕を組み考えるような表情を見せながら答えるヴァイスを、アリスが心配したように見上げながら、


「大丈夫?」

「大丈夫です。あいつらくらいなら全部回避できますから。確実に一体ずつ倒せば何とかなりますよ」

「……周りをぐるっと囲まれたら?」

「飛び越えます」


 自信満々に言うヴァイスに、アリスの顔が少々引きつる。

 ヴァイスの事は信じているのだが、自分には出来ない芸当のためその姿が想像できないのだ。


「センパイはその氷剣を使いながら、他の魔法は使えないのか?」

「出来ない事はないと思うけど。練習しないと難しいかも……」


 自信が無さそうなアリスに、ゲイルが手数を増やす提案をする。しかし、アリスは眉を寄せ悩みながらも、否定の言葉を告げた。

 二つの魔法を同時に使うというのは、つまりは二つの現象を同時に頭の中でイメージすると言う事だ。それも魔法を発動できるほど鮮明なイメージを同時に、と言うのだから実現はかなり難しい。

 ゲイルは簡単に聞いているが、実際は高位の魔法使いであってもそんな芸当は出来ないのだ。

 そもそも、一般の魔法使いは、彼らがそうであったように、基本的に魔法には詠唱が必要だと思っている。無詠唱は特殊な才能が必要だと思っているのだ。そのため、異なる魔法を同時に使う、という発想自体なかなか出ないのである。


「とりあえずは氷剣だけで大丈夫でしょう。そもそもあれは結構強い魔法ですから」

「そうなんだ。……先輩、どうしますか? 俺は練習の為にも悪くないと思いますが」

「危なくなりそうなら、私たちも直ぐ加勢しますから」

「うーん、わかったよ。じゃあ、行ってみよう」


 アリスは未だ自信無さげな様子だったが、練習が必要だと言う言葉には一理あるとも思い、結局の所リリカの話に頷いたのだった。


 ◆


「おっと、四体いるな。どうする?」

 

 ヴァイス達は二層を進み、マッドドッグが居る広間へと辿り着いた。

 先程と同じくゲイルが通路から広間内の状況を確認し、皆に報告する。

 それを聞いて、アリスは少し緊張したような様子を見せた。そんな彼女に比べて落ち着いているヴァイスが口を開く。


「四体なら大丈夫だよ。じゃあ、行きますよ、先輩」

「う、うん。わかった。頑張ろうね」


 アリスが緊張しつつも答えるのを見て、ヴァイスも力強く頷いた。

 万が一のためにゲイル達にも戦闘の準備をしておくように伝えると、ヴァイスはアリスを抱き抱えて、広間内へと突入した。


「落ち着いて、さっき言った通り一体ずつ確実に倒して行きますよ!」

「了解! 舞って、|踊る氷剣(アイシクルエッジ)!」


 ヴァイスの言葉に、アリスも弱気な気持ちを振り切るように声を上げる。彼女の魔力が美しい氷剣へと変化し、走るヴァイスの傍を並走するように飛翔する。

 そんな彼らに気付いたのか、マッドドッグ達も動き出した。先の戦闘と同じように、弾ける様に散開する。そのままヴァイス達を囲む気なのだろう。


「離れたな……このまま突っ込んで、まず一体倒しましょう!」

「わかった、狙いは真正面の奴ね!」


 敵の動きを見て、二人は即座に対応を決める。

 ヴァイスにはたとえ四体に囲まれようと突破する自信はあったのだが、わざわざ包囲を待つ気はなかった。

 アリスの事を考えると、効率よりも安全性を重視した方が良いと思ったからだ。

 彼一人ならば、マッドドッグ達が攻撃してきた所をまとめて返り討ちにすれば良い訳だが。それよりも散開しているうちに数を減らす方が安全な手であるのは明白であった。


 ヴァイスはそのまま正面方向に居る一体へ走る。アリスを気遣って全速ではないが、それでもかなりの速度で突っ込んでいく。

 それに気付いたマッドドッグも、特に怯む事も無く自らヴァイス達へと駆け出した。

 互いが互いを倒す為に、まるで引き寄せられるように一直線で詰め寄る両者であったが、


「先輩、今です!」

「いっけー!」


 先に動いたのはヴァイス達であった。牙と爪での近接戦闘しか出来ないマッドドッグと比べて、踊る氷剣のほうが攻撃可能範囲は広いのだ。

 アリスの叫びに反応するかのように、氷剣が動いた。いままでの薙ぎ払いとは違い、剣先を敵へと真っ直ぐに向ける。

 それは所謂突きであった。薙ぎ払いよりも攻撃範囲は狭いが、敵に届くまでの時間は圧倒的に速い。今回は敵もこちらへと突っ込んでくるので、範囲の狭さは問題にはならなかった。

 敵へと走る二人から、それを遥かに超える速度で氷剣が射出された。それはまるで空間を切り裂くように大気を割り、風を纏いながら弾丸のように突き進んでゆく。

 己の敵へと全速力で駆けていたマッドドッグには、未だ攻撃の届かない位置から放たれた不意の射撃に反応する事も出来なかった。

 そのまま、氷剣はマッドドッグに正面衝突の形で、全身を貫通する勢いで深く突き刺さる。そこから刃が跳ね上がり、敵を真っ二つに分割した。


「次は……」


 即座に凍りつき、血飛沫も上げずに崩れ落ちるマッドドッグを確認したヴァイスは、次の敵へと目を向ける。

 残った三体のマッドドッグは広間内に広く散開していたが、仲間がやられたためなのか一斉にこちらへと駆け出してきていた。

 倒した一体を正面として、一体が左側、二体が右側に居る。一番近いのは右側の二体の内の一体だった。


「次に行きます! 先輩は剣を戻して!」

「分かってるよ~! 来て!」


 刃を跳ね上げた反動のためか、くるくる回転しつつ上空へと上がってしまった氷剣に手を向け、こちらへと呼び戻すアリス。

 その魔力に惹かれる様に氷剣がこちらへと飛んでくるのを見つつ、ヴァイスは次の標的へと意識を向けたのだった。

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