16.武技

「それじゃあ、どうしましょうか。そろそろ戻りますか?」


 話が一段落した所で上がったリリカの問いに、ゲイルが首を振って、


「いや、せっかく二層まで来たんだ。ここの魔物とも戦っとこうぜ」

「そうだね。先輩、二層には何が出るんですか? まさかまたスライムじゃないですよね」

「うん。二層はマッドドッグだね」


 ゲイルの言葉に続いてヴァイスがアリスに問い掛けると、彼女はそれに答えた。

 訓練迷宮二層の魔物。それは、マッドドッグである。


 マッドドッグは犬型の魔物だ。牙をむき出した口から常にダラダラと涎を垂らし、目は血走っている、名の通りの狂犬である。

 通常の犬と違い知性は無いに等しく、人を見かけると問答無用で襲い掛かってくる。

 常に数体で群れており、動きは素早い。大きさは、立ち上がると大人の胸ぐらいまであり、圧し掛かられると逃げるのは困難だ。

 とは言え冒険者にとっては、そこまでの敵ではないのだが。


「……また、スライムと比べると難度が上がるんだな」


 ゲイルが、一層で戦っていた他の学生を思い浮かべて顔をしかめた。

 ゲイル達ならば問題は無いだろうが、スライムに手を焼いていたような者達には、マッドドッグは辛い相手だろう。

 防御力ならスライムが数段上だが、マッドドッグは素早く、攻撃が当てにくい。基本群れているし、囲まれでもしたら一気に苦しい状況となるだろう。

 しかし、そんなゲイルに対して、アリスは頷きつつも、


「まぁね。でも、一応段階踏んでいるんだよ」


 と、特におかしな事でも無いといった風で答えた。

 ここは練習用の迷宮である。それならば、魔物の配置にも意味があるのだ、とアリスは言う。


「一層のスライムは攻撃の練習用。魔物に対して、ちゃんとした攻撃が出来るようになる事が目的だね。それで、二層からは本番ね」

「本番ですか」

「マッドドッグは素早いからね。攻撃もそうだけど、ちゃんと相手の攻撃を防御出来るようになる事が大事ね。それと、敵は群れているから、こっちもちゃんとパーティーで動けるようになる事」

「集団戦って事か」

「そう。ちゃんと前後衛に分かれて、前衛が後衛を守って、とかね」


 アリスの話に、納得したような顔をする三人。この階層では、冒険者として最低限の戦闘能力が求められる事になる、と言う事なのだろう。

 

「まぁ、みんななら大丈夫だよね? マッドドッグくらい、囲まれても薙ぎ払えそうだし」

「そりゃあ、正直そんなに強い訳じゃねぇしな。素早いだけだろ、あれ」

「……やっぱり、一年としては規格外だよね、君たちは」


 当然のように言い放つゲイルに、若干呆れたような顔でアリスは呟いた。

 そんなアリスに苦笑しつつ、ヴァイスが立ち上がり声を掛ける。


「それじゃ、行ってみましょうか。ゲイルも油断しないで」

「わかってるって。」


 そう言いつつ、ヴァイスに続いて皆も立ち上がる。

 四人は簡単に装備等の確認をすると、マッドドッグと一戦交えるべく結界部屋を出て行ったのだった。


 ◆


「ふむ、いるな。部屋に四体だな」


 ヴァイス達は二層の通路を進み、最初の部屋で早速マッドドッグと遭遇した。

 部屋の入り口からゲイルが中を確認すると、中央辺りでマッドドッグが四体地に伏せていた。


「どうする? つっても、適当でも問題無いだろうが」

「いや、前衛が守らないと、リリカちゃんが危ないんじゃない?」

「……まぁ、センパイは大丈夫だろうが」


 咎めるように言ってくるアリスに、ゲイルが苦笑しながら目を向けた。

 彼女は既にヴァイスに抱えられている。もうそこが定位置のようだ。彼女に関しては、たとえ囲まれようとヴァイスが上手く回避するだろう。

 

「あの程度なら、私も大丈夫ですよ」


 そういって、リリカは腰の細剣を抜いた。

 手入れの行き届いた銀色の刀身がきらりと光る。機能性重視なのか特に装飾も無いシンプルな剣が、彼女の性格を現しているようだ。


「気にはなってたけど、剣も使えるんだ」

「私たちの師匠は戦士ですからね。最初は、こっちを習っていたんですよ」

「へぇ、そうなんだ」

「ええ。ただ、途中で魔法が使える者も居た方がいいんじゃないか、と言う話が出まして」

「俺は魔法が苦手だし、ヴァイスは無理だしな。リリカがその役になったんだよ」


 三人は村でも行動を共にしていたのだが。三人共戦士だとバランスが悪いと言う事になり、リリカが魔法を使う事になったのだった。

 基本的に、パーティー内の戦士と魔法使いの比率は同じくらいが良いとされている。

 実際、魔法使いだけ、というのは言うまでも無く。戦士だけというのも、敵によっては都合が悪い。スライムのように物理に強い魔物と戦う際に、苦労するのが目に見えているのだ。


「それじゃ、苦戦する事もないだろうし、まずは適当に相手するか」


 ゲイルの言葉に、他の三人は頷いて答える。その後全員で部屋内へと意識を向け、


「行くぞ」


 先頭をゲイルとして、四人は部屋内に突入した。ゲイル、リリカ、ヴァイスとアリス、の三組が適度に距離を取りつつ中央のマッドドッグへと駆ける。

 突如現れた侵入者に気付いたマッドドッグ達が、唸り声を上げながら立ち上がった。


「さて、どう出る?」


 ゲイルが不敵に笑いつつ、背負っていた剣を抜く。当然その身体は既に魔気を纏っていた。ただそこに居るだけで、息苦しい程の威圧感を与えているだろう。

 マッドドッグ達はその場から弾けるように散開した。そのまま、ヴァイス達を囲むように素早く地を駆ける。


「どうやらバラバラに来る様だな。大丈夫か?」


 その動きを見て、ゲイルが足を止め後ろに居る者達に声を掛けるが、


「こっちは大丈夫です」


 走り回る敵に対して、油断無く剣を向けるリリカが答え、


「問題ないよ」

「まかせて。|踊る氷剣(アイシクルエッジ)!」


 同じく鋭い視線を敵に向けるヴァイスと、氷剣を操作するアリスが答える。

 ゲイルは彼らの実力を知っているので、聞くまでも無かったかと苦笑しつつ、自身も敵に集中した。


 先頭に立つゲイルに対して、一体のマッドドッグがそのまま正面から突撃して来た。

 一応攪乱のつもりなのか、左右に跳ねながら、それでもかなりの勢いで突き進んでくる。これが普通の一年だったなら、その動きに翻弄されていたのだろうが。


「見えてんだよ」


 ゲイルは魔気により通常よりも強化が施された瞳で、マッドドッグを見据えていた。

 そのまま、彼は大剣を上段に構え、敵を待ち受ける。

 相手が突っ込んでくるのなら、返り討ちにすれば良いだけだ。自分から動く必要も無い。


 自らの身長程もある大剣を掲げて立つ姿は堂々としており、一切の隙も見当たらない。

 体からは紅い魔気が立ち上り、その光は掲げた大剣へと纏わりついている。まるで剣自体が紅く光っているかのようだ。


 普段己の肉体から外に出せない気力が、魔気となったことで身体を離れ、武器等に纏わり付く事で発動するそれは、武技アーツと呼ばれている技術だ。

 あまり魔法を使わない戦士が使う、魔法と武術を融合させた技である。

 とはいえ、ある一つを除いて魔法が苦手なゲイルが使うのは、至極単純な強化武技。

 身体と共に武器も強化し、威力と剣速を上げる「剛剣」である。


 攻め入る者を躊躇させるほどの威圧感がゲイルから放たれているが、残念ながら正気を失った犬にはそれを感じ取る事は出来なかった。

 狂気に囚われ一心不乱に獲物へと襲い掛かるその魔物は、自分がどれほどの危険を犯しているのか想像もする事無く、自ら死地へと飛び込んでいく。


「ガウゥ!」


 マッドドッグが鋭く吼えて、疾走の勢いをそのままにゲイルに飛び掛る。涎を散らせながら、その口を大きく開けて突っ込んできた。

 その飛び掛りも、かなりの速度だったのだが。


「ふっ!」


 ゲイルが短く気合をいれ、剣を振り下ろす。紅き光を纏った剣はその大きさにまるで見合わない速度で振り下ろされた。

 風を切り裂く音と共に、一筋の緋色の光線と化したその剣は、真正面からマッドドッグへと突き進む。

 その驚異的な速度に、マッドドッグは反応する事すら出来なかった。悲鳴を上げる暇さえ無く、一刀のもとにあっけなく両断されたのだった。


「残念だが、こんなんでも振りは速いんだよ」


 そう言いつつ、大剣に付いた血を振り払うゲイル。顔には余裕の笑みが浮かんでいた。


 ◆


 ゲイルがマッドドッグを叩き切った頃、残る三体は其々一体がリリカ、二体がヴァイス達へと向かって行った。

 リリカは眼前に迫り来るマッドドッグを睨み、何やら考え込むような表情をしていたのだが。


「……結構、難しいですね」


 と苦々しく呟いた。

 どうやら、無詠唱の魔法を試していたらしいのだが、あまり練習もしていないためにうまく発動しないようだ。


「まぁ、たまには剣も使わないと、腕が鈍りますね」


 そう言って、リリカは敵に対して半身で剣を構えた。

 豪快なゲイルと違い、優雅で洗練された構えを見せるリリカ。およそ魔法使いとは思えない姿に、元々戦士として鍛えられてきた事実が透かして見える。

 彼女も魔気を纏っていた。その薄い蒼の魔気は、彼女の剣にまで纏わり付き、幻想的な光を放つ。


「雷よ、我が剣に宿れ」


 そう呟く彼女の声に反応したかのように、光は電撃となり剣を走った。帯電しているように剣がパチパチと閃光を放つ。

 これも武技の一つ、「属性剣」と呼ばれる技だ。

 厳密に言えばこれは魔法なのだが、あくまで武器での攻撃に付随する物として、武技扱いされているのだった。

 

 青白い電撃を放つ剣を敵に向かって構え、リリカは意識を集中させる。魔気による身体強化によって、素早いマッドドッグの動きも遅く見えてくる。

 ゲイルにしたのと同じように、マッドドッグがリリカに向かって無警戒に飛び掛るが、それに合わせるように彼女も動いた。

 

「遅いですよ」


 リリカは冷静にマッドドッグの動きを見極め、その素早い飛び掛りを左へ剣を引きつつ最小限に身体を右へとずらして回避する。そしてそのすれ違いざまに、引いた剣を前方へと振りぬいた。

 雷を纏い、それ自身が雷速の如き速度で走る剣は、容易くマッドドッグを切り裂いてゆく。更に、剣を通してその傷口から容赦なく電流が流れ込んだ。

 小さく悲鳴を上げながら、マッドドッグは受身も取れずに地面へとその身を叩きつけられる。

 その身に流れた電流の為か身動きも取れず、結局その一撃により、マッドドッグはそのまま息絶えたのだった。


「久しぶりでしたが、意外と動けますね」


 リリカは自分の動きに満足したようだ。自分の剣を見ながら、ホッとしたような微笑を浮かべていた。

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