15.古代魔法
「そういや、魔法についてはなんとなくわかったが。無詠唱とかはどうなるんだ?」
「あー、そうだね。次は詠唱についてね」
二人して一通り騒いだ後。
ゲイルが先程の戦闘時での疑問を持ち出した。それに対して、アリスも思い出したように説明を続ける。
「まず、魔法を発動するには強いイメージが必要な訳だけど、詠唱を唱えるのはそのイメージを補強するためなの」
「補強ですか?」
「そう。例えば……剣、といわれて何を連想する?」
アリスの言葉に、三人は其々自分の得物を思い浮かべる。ヴァイスは無意識に、腰に差していたそれに手を触れていた。
「今、剣といわれて頭にイメージが描けたと思うけど、それは剣という言葉とそのイメージが結びついているから。剣というのはこういう物だ、と覚えているからなの。だから、言葉を聞いただけですぐにイメージを思い描けた。魔法の詠唱も同じ理屈なんだよ」
三人はアリスの説明を真面目な顔で聞いている。それを見ながら、アリスも話を続けた。
「例えば、さっき私が使ったのは
「確かに、魔法名を聞くだけでも、なんとなくどういう魔法か想像できますからね」
魔法に詳しくないヴァイスでも、その名前だけで魔法の現象がなんとなく想像ができた。
リリカの
「そういう事。だから、魔法名はなるべく分かりやすい物がいいとされてるね。ただ、詠唱はあくまでイメージを補強するための物で、詠唱がないと魔法が発動しない、という訳では無いんだよ。頭の中でイメージさえハッキリと描ければ、無詠唱でも問題なく発動するの」
それが難しいんだけどねー、とアリスは苦笑する。
魔法を発動させるには、詳細なイメージを浮かべ魔力を操作する必要がある。そして、それは魔法名を叫んでいた方がよっぽどやりやすいのである。
無言で、頭の中だけでイメージを整えるというのは、意外と難しい事なのであった。
「という事は、訓練をすれば誰でも無詠唱で使えるようになるのですか。……無詠唱の方が良いんですかね?」
という疑問を、首を傾けてリリカが聞くが、アリスは手を頬に当てつつ考えて、
「いやー、そうでもないよ。さっきも言ったけど、威力が上がったりとかのメリットが有るわけじゃ無いから。隠れて行動してる時ぐらいじゃない? ちゃんと役に立つのって」
「なるほど」
アリスの言葉とおり、無詠唱にはたいした利点は無い。威力が上がる訳でも無く、消費魔力が減るわけでも無い。せいぜい発動速度が速くなるくらいか。
慣れてない者なら、詠唱を行わなかったために魔法が発動しない、という場合もあるので、よほど腕に自信でもない限りは無詠唱を使ったりはしない。
アリスは特別魔力操作が上手いため、簡単な魔法なら無詠唱で放てるのだが。なにかメリットを求めている訳ではなく、唯単に詠唱が面倒臭いから省いているだけなのであった。
「でも、そういう理屈なら、魔法名って決まってる訳じゃないんですかね。分かりやすければ、好きにして良い様な気がするんですが」
「そうだね。省略も出来るよ。私なら、
アリスが、右手を誰も居ない方へと突き出しポーズを取った。本人は気合を入れているようだが、迫力は無く、なんだか可愛らしい。
「勝手に氷属性になるんですか? それって、得意属性だからなんですかね」
アリスが以前、得意属性は氷だと言っていたのをヴァイスは思い出した。
「勝手にって訳でもないけど、まぁ近いかなぁ。ちなみに、得意属性って言っても、才能とかがある訳じゃないよ。単にその人にとって、その属性が想像しやすいってだけ。リリカちゃんみたいに練習してそれが得意になる事もあるし。逆に見たことが無いとかでうまく想像できないと、その属性は使えない」
人によって得意属性は違う。それは生まれつきの物ではなく、今までの人生経験による物が大きい。
例えば、鍛冶師や料理人等、火が身近な人間は火が得意属性になるし、漁師等は水が得意属性だったりする。
逆に、例えば家が火事に遭い、炎が苦手となると、火属性の魔法が使えなくなったりもするのだ。
結局の所、得意属性というのは、その属性をどれだけ明確にイメージできるか、という事なのである。
そのため、リリカのように鍛錬で得意属性を得る事も可能なのであった。
「ふーん。センパイが氷なのは、なんか理由があるのか?」
「ええっと、私は……」
アリスが少し照れくさそうに視線を逸らしながら、
「氷のバラって知ってるかな?私、子供の頃読んだあれが好きで、ね」
「ああ、あれですか」
アリスの話に反応できたのは、やはりヴァイスだった。
灼熱の砂漠地帯に咲くという、氷で出来たバラの花。その氷は溶けることが無く、永久に美しい姿を保っている。それを見つけた者には永遠の幸福が訪れるという、伝説の花。
もちろん実在する物ではなく、御伽噺の中に出てくる宝物である。いわゆる想像の産物だ。
勇者の物語の中に、このバラを探す冒険者の話があって、そこそこの人気を得ていたのだった。
聞いた事もない単語に一瞬呆気に取られたゲイルだったが、ヴァイスが反応したのを見て、
「やっぱり、センパイもヴァイスと同類だな」
「もー! 笑わないでよ。子供っぽいのは分かってるんだから」
「良いじゃないですか。氷のバラなんて神秘的で。実在するのなら見てみたいですね」
「! そうだよね、良いと思うよね! 綺麗だと思うんだよなぁ、氷のバラ」
頬を膨らませたアリスに、リリカからフォローが入る。こういう物は、女性の方が共感を得られるらしい。
それに機嫌を直したアリスを見て、ゲイルはやれやれと肩をすくませたが。ふと気付いたように口を開いた。
「でも、詠唱って魔法の名前だけだったか? リリカの……なんだっけ、らいとにんぐなんとか」
「
リリカが呆れたように呟いた。それを聞いて、ゲイルが思い出したように手を打って、
「それだ。あれって、何か名前を言う前にごちゃごちゃ言ってなかったか?」
そんな漠然とした疑問に対して、アリスが言いたい事を察したように、
「あぁ、強い魔法になると、
「前奏呪文?」
「そう、詠唱には二種類あるんだよ。まず、魔法を発動するための詠唱、まぁほとんどが魔法の名前なんだけど、それが
「ほお、何か違うのか?」
「前奏呪文も役割は同じ。より詳細なイメージを描く為に唱える物だよ。規模の大きい魔法にはこれがあるのが多いね」
アリスの言うように、この二つに役割的な違いは無い。どちらもイメージを補強する為の物である。
前奏呪文は上級魔法等の大きな現象を発現させるために唱える物で、発現させたい現象をより細かく口にするのだ。実際に口に出すことで、イメージを整理し纏める事が出来るようになる。
「ようするに、これこれこういう現象を起こしたい! と事前に唱えるのが前奏呪文だよ。起動呪文よりも更に詳しく言葉にする感じね。」
「……なんだか面倒臭そうだな」
「そうだね。強い魔法ほど詠唱が長くなる傾向があるから、そういうのになると発動するのも大変だよ。この辺は
本当に面倒臭そうな顔をするゲイルに、苦笑しつつアリスが言えば。またも聞きなれない言葉が出てきた事に、ヴァイスも若干疲れたように、
「なんだか、また知らない言葉が出ましたね……」
「うん? あぁ、古代魔法?」
「はい。普通の魔法とは別物なんですか」
「そう。文字通り昔の魔法。今とは根本的に違うんだけど」
アリスはなにやらうーんと考えながら、
「……これは魔道具とも関係する話なんだけどね」
「魔道具と、古代魔法が、関係してるんですか?」
「そうそう。えーっと、まず
その言葉に、ゲイルが頷いた。
「それくらいは知ってるぜ」
「うん、じゃあ、なぜこれに魔力を通すと魔法と似た現象が起こるか、は知らないんだよね?」
「あー、そうだな。それはわからん」
ゲイルの言葉に続いて、他の二人も首を横に振る。それを見たアリスが説明を続けた。
「魔言列は、古代っていうか、むしろ原初の言葉なんだよ」
「原初? 最初の言葉って事ですか?
「そう。この世界が出来てから、その上で初めて生まれた言語」
三人が驚いたような顔を見せた。
魔言列が古い言葉だとは知られているが、まさかそれほど昔の、創世の頃の話だとは思わなかった。
「そして、これが一番重要な事なんだけど」
そう言って、アリスが真面目な顔をする。そんな彼女を見つめる三人。
「この原初の言葉を、世界は理解しているんだよ」
「理解って。読めるって事ですか? 世界がこの言葉を。……本当ですか?」
「本当。だから、魔言列で魔法が発現するのは、その言葉を読んだ世界が、魔力を対価にその現象を引き起こしてくれているから、なんだよ」
「……つまり、魔道具の現象は、世界が起こしていると」
「そう言う事。だから、召還みたいな魔法では出来ないような事も、
アリスが両手を組んで、お祈りするようなポーズを取る。
「根本的に違う、か。昔の人は凄いですね」
「まぁ、今みたいに誰でも魔法が使えるって訳じゃなかったらしいけどね。一部の人しか使えなかったみたい」
「ほう、なんでなんだ?」
「その辺は良く分かってないんだよねぇ。何か理由があるんだろうけど」
「へぇ。今は使える人はいるんですか?」
「
そういった所で、アリスが言葉に詰まる。なんだろう、とヴァイスが問うのだが、
「? どうしたんです?」
「いや、まぁ。……魔王が使えたらしいよ。魔王の強さの秘密は、ほとんどそれだったらしいし」
「そういや、魔王も森人類だったっけか」
アリスが言い辛そうにした事に、三人が納得する。
もう何十年も前の話だと言っても、魔王の話を話題に出すのは躊躇われる。彼らはその時代に生きた訳ではないが、それでも気軽に話せるような話題ではない。
いわゆる、禁句とも言える物だった。
そんな話が出たからなのか、会話に嫌な間が出来てしまった。アリスも気まずそうに苦笑している。
そこで、魔法についていくらか理解できたリリカが、空気を変えるように、まるで何でも無かったように口を開いた。
「なるほど、大体分かりました。ありがとうございます、先輩」
「……うん、良いよ、これくらい。でも、図書館とかで調べた方が、もっと詳しく分かるかもよ」
「そうなんですか。……じゃあ、後で行ってみます」
「あ、じゃあ一緒に勉強しようか。……私も、試したい事が出来たし」
リリカが礼を言い、アリスが答えた。
リリカはもっと魔法について学びたい様子だった。
今回の話を聞いて、魔法はもっと色々出来そうだと、好奇心が沸いてきているらしい。
アリスもそうだ。試したい事と言うのは、
そんな彼女達を、魔法が使えないヴァイスは少し羨ましそうに見ていたのだが。諦めたように薄く笑うと、自分の指輪を指でなぞった。
こんな小さな魔道具に世界が働きかけているとは、面白いモノだな、とヴァイスは思う。そして、魔力が使えない自分を、世界が助けてくれているような、不思議な感覚が湧き上がった。
「……まだまだ、知らない事は多いな」
「そりゃそうだろ。世界は広い。俺らが知らない事なんか山ほどあるさ」
何を当たり前の事を言っているんだ、とでも言いたげなゲイルに、ヴァイスは思わず苦笑してしまう。
「そうだね。本だけじゃわからない。いろんな事があるんだろうな」
「ま、お前が読んでる本は、ほとんど創作だろ。世界を知るんなら、もっと現実的な、歴史書やら伝記なんかも読んだ方がいいんじゃないか」
「あはは、そうかもね。でも、そういう堅苦しそうなのは苦手なんだよね」
もっともらしいゲイルの指摘に、ヴァイスは苦笑する。
勇者の物語も、現実の出来事を綴った物が沢山あるのだが、それでも創作の方が多いのは事実である。
それよりも、ゲイルの言った書物の方が現実に役に立つのだろうが、ヴァイスの好みでは無かった。
「……でも、本で読むだけじゃなくて、やっぱり、自分で見てみたいな」
そう呟いて、ヴァイスは自分の今後について改めて思う。
いつか人並みの冒険者となり、この広い世界を巡る事が出来るようにと。そのために、今後も努力しようと。
そう、決意を新たにするのだった。
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