14.魔法

 ヴァイス達は迷宮二層の最初の広間にて、休憩を取っていた。

 スライムを薙ぎ払いつつ一層を素早く突破し、最奥の部屋にあった階段で二層へと降りてきたのがつい先程の事。

 階段を降りた先にあったこの広間も、一層と同じ結界の魔道具が中央に設置されていた。広間内は他の区域と比べると明るい。結界の効力か、不思議と落ち着ける雰囲気が漂っている。

 

 四人は広間の隅にて、円陣に座って話を始めた。

 その広間は立地や結界から、おそらく休憩地点として設置されている事が予想できるが、椅子等は無かった。

 とはいえ、仮にも迷宮にそこまで期待する者はいない。冒険者は依頼によっては野宿する事もある訳で、彼らも冒険者を目指す者。地面に直接腰を下ろす事にもあまり抵抗は無いのである。


「それじゃあ、えっと。魔法について説明する? あくまで私が知ってる範囲で、だけど。」


 アリスが他の三人を見渡しながら言えば。それに答えるように三人も口を開いた。


「そうですね。私達は魔法に関してそんなに詳しく無いので」

「だな。魔道具とかも、正直よくわからん」

「まぁ、ただ使えるから使うだけ、って感じだしね」


 三人の台詞を聞いて、アリスが少し不思議そうに首を傾げながら呟く。


「……戦士の二人はともかく、リリカちゃんとか、結構強い魔法使ってたのに」

「原理を知らなくても、手順を守れば魔法は発動するのですよね。小さい頃から、訓練はずっと続けてますから」


 確かに、とアリスが頷いた。

 基本的に魔力の操作さえ出来るなら、後は練習さえすれば簡単な魔法は使えるようになる。

 そのため、魔法は使えるけどもその発動原理を知らない者の方が、実の所多数派である。そこまで把握しているのは、魔法使いでも上位レベルの者ぐらいだ。

 当然、辺境の村等には魔法に詳しい者などはいなかった。彼らの師匠も、戦士のため魔法には詳しくない。

 ただ、幸いな事に簡単な魔法を記した書物などはあったため、リリカはある程度独学で魔法の練習をしていたのである。

 

「そう言う事なので、せっかく学園に来たのですし、その辺も知りたいとは思っていたのですよ。それなのに、講義ではまだ教わりませんし。ですので、ご迷惑でなければ、ご教授願えないかと」

「そっかー、わかった。本当は先生とかに聞くのが良いのかもしれないけど。……まぁ先生達も忙しいしね」


 アリスは納得したように頷いた。

 そして、さて何から話そうかと少し思案しつつ、三人に対して口を開く。


「じゃあ、まずは魔法の前に魔力の説明かなぁ……皆は、魔力とは何か、分かる?」

「魔力は、世界に満ちるエネルギーを吸収し、自分が使えるように変換した物……ですよね」

「そうだね。一般的には、そういう考えで良いと思うよ」


 リリカの答えに、アリスが頷く。

 生物が自ら生み出している気力と違い、魔力は体外、つまり世界に満ちているとある力を取り込んで、体内で変換する事で得られる物だ。

 この魔力変換を、生物は呼吸のように自然に行っている。

 そこまでは一般的に知られているのだが。そもそもその力が何なのか、なぜその力で魔法が発動するのか。そこまではあまり知られていない。

 しかし、それらをある程度把握しているアリスが、皆に聞かせるように話を続ける。


「ちなみに、この世界のエネルギーを魔力の素として魔素マナと読んだりするんだけど。この魔素を使って、世界は理を維持しているの」

「理、ですか?」

「そう。例えば、氷が暖かくなると水になったり、水が冷たくなると凍ったり。物が燃えたり風が吹いたり。そういう自然現象が魔素をエネルギーとして動いてる。世界が世界として正しく動くためのエネルギー源が魔素なんだよ。だから、仮に魔素が無くなると、世界は崩壊するとも言われている」

「うわ、怖えぇ」


 ゲイルが引きながら呟くのをみて、アリスは苦笑しつつ話を続けた。


「まぁ、魔素は世界に満ち溢れてるから、そう簡単に無くなったりしないと思うけど。で、リリカちゃんが言ったように、これを私達は自分が使える魔力として変換する。世界を動かしているエネルギーを、自分が使えるように変化させている。言い方は悪いけど、エネルギーを盗んでいる様な物なの」

「盗んでいる、ですか……」


 リリカが苦笑いを見せる。対して、横でゲイルはその言葉に納得したような顔を見せた。


「なるほどな。世界を動かしているエネルギーを拝借し、それを元手に、自分で世界を動かすわけだ」


 ゲイルの言葉に、アリスが笑顔で手をぱちぱちと鳴らした。


「そのとうり。それが魔法。世界を動かしている力を使って、自分のイメージを通して世界に干渉する。世界を、自分の思い通りに動かせるんだよ」


 アリスの説明に、ヴァイスが驚き答える。


「そう聞くと、魔法は何でも出来るように思えますね」

「理論上はね、そうらしいけど。でも、世界に比べると人なんてとても小さいから、それ相応の干渉しか出来ないんだよ。あんまり規模の大きい現象を引き起こそうとしても、世界の理に負けて否定キャンセルされる」

「理に負ける……?」

「世界は正しい形で在り続けようとしているから。魔法はそれを強固なイメージ力と魔力で一時的に捻じ曲げて発動するけど、規模が大きくなるほど世界の反発も強くなっていくの。結果的に、ある一定以上の規模になると、魔法を発動する事は出来なくなる。これが魔法の限界だね」

「へー……」


 皆は感心したような声を上げた。これは、魔法の理論としては初歩の方だが、使うだけの者達は知らない事なのだ。学園でもギルドでも、教える事はほとんど無い。

 使える物は何でも使う、冒険者らしいと言えばらしいのだが。


「ちなみに、魔気を纏うと自分と世界とにある種の繋がりが出来るらしいの。それで限界のハードルが下がって、更に規模の大きい魔法を発動させる事が出来るようになるんだよ」

「それが、上級魔法という事ですか」


 リリカの問にアリスが頷いた。


「でもそれなら、さっきのヴァイスの言葉じゃねぇが。簡単な事なら何でもできるってのか?」

「そうだねぇ。簡単な事なら、割と色々できると思うよ」

「その割には、攻撃魔法って少ないよな」

「学園で今習っているのは、各属性の弾丸バレット系に、ウォール系ですか。もう少ししたら爆裂ブラスト系に入るみたいですが」

「あぁー」


 そんな言葉に、アリスは納得したような顔を見せた。そして、彼らの疑問に答えるべく口を開く。

 

「結局、色々な魔法があっても、その中で使われる魔法ってのは限られてくるんだよ。使いやすかったり、効率が良かったり。イメージし易くて簡単だったり。攻撃魔法とかは特にそうなんだけど」

「……確かに。弾丸系だけでも結構戦えますからね」

「そうそう。そうやって、時間かけて研究されていくうちに、使われる魔法も減ってきたんだよ。そして、最後に弾丸系みたいに、一部の魔法を残して他は廃れていった。こうして残った魔法は、基本魔法ベーシックって呼ばれている」


 聞きなれない言葉に、リリカがそのまま聞き返す。


「基本魔法ですか。初めて聞きました」

「まぁ、ほとんどの人が、そもそも基本魔法しか使わないしね。学園でもこれしか教えないし」

「その話なら、基本魔法以外もあるのか?」

「後は魔法使いが自分で考えた魔法。固有魔法オリジナルって呼ばれてる。まぁ、癖があって使いづらいのが多いし。イメージもその人じゃなきゃ出来ないってのもあるんだよね」

「他の人には出来ないんですか?」


 ヴァイスの疑問に、アリスが当然とでもいうように答える。


「複雑な現象になるとイメージするのも大変なんだよ。例え単純な現象でも、人によっては難しかったりするし。例えば、火とか水とかなら、割と誰でもイメージ出来るけど。雷とかは、見た事無い人とかはイメージしづらいし。リリカちゃんもよく雷属性なんか使えるね。難しい方だよ、アレ」

「それは……」

「あはは……」


 アリスが意外そうな顔をみせると、なぜかヴァイスが苦笑した。その後に、リリカが言葉を続ける。


「あれはヴァイスに言われたのですよ。魔法を使うなら雷属性にしろって」

「へっ?」


 その言葉に、アリスはきょとんとした顔でヴァイスの見た。視線を向けられたヴァイスが、恥ずかしそうに。


「いや、当時好きだった勇者に、雷属性魔法を使うのが居まして。それで」

「あぁ! あったね、有名なの。でも、随分無茶振りしたねぇ」

「幸い、私達の故郷は、普通に雨も降って雷も見たことがあったので、なんとかできるようになったんですが。相当練習しましたけど」

「ごめんって」


 ジト目を向けるリリカに、ヴァイスが謝っている。


 実際の所、リリカは当時かなり苦労したのだった。最初はイメージが上手く出来ていなかったため、魔法の発動すらしなかった。

 雨の降る日は、雷を見るためにじっと空を見ていたものだ。火や水ならともかく雷は目にする機会が限られるため、その僅かな機会に目を凝らしていたのだった。

 そんな苦労の甲斐があってか、一度魔法が発動した後は、割とすんなり雷魔法を使えるようになった。その後は特に問題もなく、魔法の訓練を続ける事になる。


「まぁ、良いんじゃないかな。攻撃魔法としては、雷は優秀だし」


 アリスがフォローする様に口を挟んだ。

 彼女の言うように、雷属性は攻撃に関しては優秀だ。攻撃速度はかなりのものだし、威力も高い。複雑な動きは出来ないが、単純な攻撃力では他の追随を許さないだろう。

 また、イメージしづらいためか、使い手も少ない。雷属性使用者は貴重なのである。


「しかし、固有魔法か。ヴァイスは好きそうだな、そういうの」


 話題を変えるように言ったゲイルに、ヴァイスが苦笑いで答える。


「う、それは子供っぽいって事?」

「まぁな。勇者とか好きなやつは、そう言うのも好きなんじゃねぇの。自分専用の武器とか、魔法とか」

「いや、嫌いじゃないけどさ。というか、俺は魔法使えないから……」


 否定しきれないヴァイスが、肩を落として言う。

 英雄や勇者の話には付き物の、専用装備や固有能力。英雄願望のある者にとって、それらは憧れの的だ。

 自分ももし魔法が使えたら、間違いなく固有魔法を作りまくっていただろう。

 そうヴァイスは思い、子供っぽいとも思いつつ、ゲイルの言葉を否定できなかった。


「センパイも、何か固有魔法ってあるのか? センパイも勇者好きなら、そう言うの好きなんじゃないか」


 ゲイルは、今度はアリスに向かって、からかうようにニヤニヤしながら声を掛けるが、


「そりゃ私も、本当は好きだけど」


 と表情に暗い影を落とすアリス。

 ゲイルは、何か地雷を踏んだか? と一瞬冷や汗をかき、ニヤニヤ顔のまま固まってしまった。

 そこに、半分俯いたままアリスが言葉を続ける。


「どうせ考えても、弱いのしか自分じゃ使えないし。使えもしない物を考えてって、馬鹿にされるから。……今は、あんまり考えないよ」


 何か思う所があるのか、そう言って更に暗くなるアリス。

 しかし、そんな彼女に、妙に軽い感じで声が掛けられる。


「なんだ、そんな事か」

「そんな事って……」


 簡単に言うゲイルに、アリスが非難めいた声を上げた。しかし、ゲイルはそのまま言葉を続ける。


「別に、俺らはんなこと馬鹿にしねぇよ。今使えなくても、いつか使えるようになるかもしれねぇし。つうか、好きなら別にいいじゃねぇか。人の事なんざ気にせず、好きにやりゃいいんだ」

「好きに?」


 そう、ゲイルがあっけらかんと言い放った。その言葉を聞いて、アリスは困惑したような顔を見せる。

 そこに、他の二人も続けて、


「先輩の話からすると、魔法は色々と可能性があるみたいですし。試行錯誤するのは良い事なんじゃないですか。何かの役に立つかもしれませんし」

「そうだね。魔気が無くとも、魔道具とか、何か手もあるかもしれないし。それに、人に迷惑掛けているわけじゃないんですから。気にしないでいいですよ」


 そう言って笑う二人。特に似た境遇のヴァイスは、熱がこもっているようだった。そして。


「そうそう。だからセンパイも、どんどん固有魔法を作りゃいいんだよ」


 調子を取り戻し、またもニヤケ顔でゲイルが言った。

 それを見て、アリスは不満そうな顔で。


「……馬鹿にしないなら、なんでそんなニヤニヤしてるの」

「使えないのを馬鹿にしてるんじゃなくて、そう言う事を考えるのが好きな、子供っぽい所をからかってんだよ」

「……むー! そっちの方がタチ悪くない!?」


 悪びれずに言うゲイルの言葉を聞いて、アリスが両手を振り上げぷりぷりと怒り出す。それを見て、ゲイルは笑い声を上げた。

 彼は人をよくからかうが、本気で傷つけたりしたいわけではない。

 からかうのが好きだという悪戯好きな所ももちろんあるが、場を和ませようと言う気持ちも多分にあるのだ。

 さっきはアリスが本気で落ち込んでしまったので若干焦っていたが、怒られるくらいなら丁度良いのである。


「もー! 子供っぽいとか言って、君は私のこと、先輩だと思ってないよね!? たった一歳とはいえお姉さんなんだよ、私!」

「そんなことねぇよ。ちゃんとセンパイだと思ってるって」

「何か軽いよ! 気持ちこもってないよね!」


 と。そうやって騒ぐ二人を見て、ヴァイスとリリカは、やれやれ、といった感じで若干疲れた顔をしていた。

 ここは結界があるから良いとしても。やっぱり緊張感ないなぁ、と思うヴァイスであった。

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