13.氷の魔法剣
「すみません。落ち着きました」
リリカが皆に謝る。しかし、
「ゲイルの呼び名があまりに面白くて、っふふ、っと、もう大丈夫です」
と、吹き出すのを抑えている。謝ってはいるが、反省している訳では無いようだ。
「お前な……迷宮内なんだから、自重しろよな」
「まぁまぁ。喧嘩しないでね」
額にぴくぴくと青筋を立てているゲイルを、アリスが宥めていた。そこに、苦笑したヴァイスが横から声を掛ける。
「変わりにちゃんと警戒はしてたから。まぁ、特に何も無かったけど」
「そうだね。ただ、多分そろそろ……」
ヴァイスの言葉に頷きつつ、アリスが広間を見渡した。
他の三人も、何だろう、とアリスの視線を追う。
すると、アリスは広間中央付近を凝視し、表情を引き締めていた。
「……やっぱり、来たよ」
広間中央に、突如小さな蒼い魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣は複数の図形と
広間中央に浮かんだのは、召還陣だった。陣が一際強く光った後、そこに何処からともなくスライムが一体出現した。
「あれが、魔物が沸くって事ですか」
驚きつつ言うヴァイスの言葉に、アリスが頷いた。彼らは師匠より迷宮の事も多少は教わっている。今の召還陣の事も聞いた事があった。
「そう。ああして、一定感覚で
うんざりした様な表情をして、彼女は続ける。
「これが
「面倒くさいな、それは」
「まぁねぇ」
「それじゃあ、今度は私が倒そうか」
そういって、今度はアリスが前に出た。
ヴァイスが心配して、彼女に声を掛ける。
「先輩、大丈夫ですか」
「大丈夫、スライムくらいなら、逃げる必要もないし」
そう言って一度笑みを見せた後、スライムに向き直り、ふぅっと息を吐く。そのまま、スライムに対してスッと自然に右手を向けた。
一瞬その右腕が蒼く光り、その周りにキィィっと甲高い音と共に氷の礫が三つ出現する。その礫は、すぐさまスライムへと向けて撃ち出された。
風を切って飛ぶその氷の弾丸は、三つ共が吸い込まれるようにスライムに直撃した。一瞬で冷却されたのだろう、礫が着弾した箇所がビキィ!と音を立てて凍りついた。更に、その箇所を中心としてピキピキと凍結が広がっていく。
結局、その凍結が全身に広がってしまったスライムは、そのまま成す術無く粉々に砕け散ってしまった。
ぐっと両手を握りガッツポーズをとるアリスを、リリカが驚いた様子で見つめる。
「今のは、無詠唱、ですか? 凄いですね、先輩は」
特に意識せずに放った無詠唱魔法を褒められた事に、アリスが逆に驚いたような、照れたような表情を見せて、
「ふぇ、あ、ありがとう。……まだ一年だし、無詠唱はまだ習わないんだっけ」
「そうですね。むしろ、詠唱はしっかりするように、と」
「まぁ、無詠唱はそんなメリットが有る訳でもないし。出来るなら、詠唱はした方が良いと思うよ」
先輩らしく説明をするアリスに、ゲイルが質問を投げる。
「なんだ、詠唱無しでも、魔法って発動するのか?」
「発動するよ。というより、詠唱はもともと補助的な役割を持ってるだけで、必須では無いからね。」
「先輩は、魔法に詳しいんですね。魔道具もそうですけど、魔法についても、教えて頂けると嬉しいのですが」
「うん、良いよ。ただ、ここではちょっとね。また沸くと面倒だし」
そういって、アリスは頬に手を当て、うーんと考えながら、皆を見回す。
「……まぁ、皆なら大丈夫かな。どうせだから、二層まで行っちゃおうか。そこの結界部屋で、説明するよ」
「あぁ、最初の結界がある広間ですか」
この一層の最初の広間も、学生が休憩していたのをヴァイスは思い出す。二層の広間も同じなら、安心して話もできそうだ。
「それじゃ、一層はさっさと突破しちゃおう」
アリスの言葉に、皆が頷く。
そして、リリカがヴァイスに対して笑顔を向け、
「じゃあ、ヴァイスは、先輩を抱えて行って下さい」
「……了解」
ヴァイスは拒否したかったのだが、リリカの言葉を聞いたアリスが自分に向けて両手を伸ばしてニコニコしているのを見て、渋々了承した。
とは言っても、彼も恥ずかしいだけで嫌な訳では無いのだ。むしろ年頃の男としては役得であるとも思っている。
また、アリスが嫌がっていない以上、断るわけにもいかず。そもそも、急いで突破するのなら当然走る訳で、彼女を置いて行く訳にもいかない。
結局、頬が熱くなるのを我慢しつつ、彼はアリスを抱き抱えたのだった。
◆
四人は、一層を突破するために走り出す。
途中の広間にて、続々とスライムと遭遇するのだが、もはや雑魚に用は無かった。ヴァイス達は適度に散開しつつ、各自が問答無用で敵の排除に掛かっていた。
「おらっ!」
あるスライムは、暴風の如く振るわれるゲイルの大剣に薙ぎ払われて、その身体を飛び散らせる。
「
あるスライムは、リリカに雷球を打ち込まれて、全身を丸焦げにされた。
そして、
「
彼らに倣い、ヴァイスに抱えられたアリスが魔法を唱える。
アリスの氷弾がスライム目掛けて放たれるが、惜しくも命中する事無くスライムの直ぐ傍を抜けて行ってしまった。
慌てるアリスに、ヴァイスが問い掛ける。
「先輩、どうしたんですか」
「わーん、動いてるから狙いがー!」
どうやら、自分達が自力では再現不能な速度で移動しているために、いつもと勝手が違っているようだ。
アリスがし止め損ねたスライムに、横から雷球が撃ち込まれる。リリカがフォローに入っていた。
ヴァイスがリリカに礼を言いつつ、アリスに声を掛ける。
「魔法を撃つ時は、スピードを落としましょうか」
「いや、それは勿体無いというか。せっかくだし、この状態を生かしたいんだけど」
アリスの言葉に、ヴァイスは考える。確かに、魔法を撃つ度に足を止めるのも良い手とは思えなかった。
ゲイルの言葉ではないが、自分が回避に専念しつつ、アリスが魔法で攻撃できるなら、戦力的にもそちらの方が有用だろう。
そうヴァイスは結論付けて、別の手を探す事にする。
「先輩、別の魔法は? 移動しながらでも、もっと当てやすいのがありませんか?」
「当てやすい、当てやすい……」
アリスはうんうん唸り、何か良い案が無いか考える。
「……なら、これとか!」
何か思いついたらしいアリスが、右手を進行方向に伸ばした。その右腕に魔力が集まり、蒼い光を放つ。そして、
「
アリスの言葉と共に、魔力が空中で大きな氷塊へと姿を変えた。そして、その氷塊は音を立てながら圧縮されて、そのまま砕け散る。
その砕けた氷塊の中から、一振りの長剣が出現した。その剣は氷で出来ているようで、透き通った刀身は美しく、ひやりとした冷気を帯びていた。
魔法の氷剣が舞い踊るかのように自身の周囲を浮遊するのを見たヴァイスの口から、感嘆の声が漏れる。
「おおー、格好良いですね」
「でしょ? これなら、適当に振り回しても……ごめん、ヴァイス君。スライムに近づいて!」
アリスの言葉を聞いて、ヴァイスが前方にいたスライムに向けて加速した。氷剣も彼の後を追うように飛んでいく。
十分にスライム近づいた後、速度を維持したまま軸をずらしてその横を通り過ぎた。その際に、
「ええーい!」
アリスの気合の声と共に氷剣が舞う。剣が、彼らを中心として半円を描くように、まるで見えない腕で振り抜かれたかのように飛翔する。
結果、すれ違い様のスライムを氷剣が捕らえた。
魔法の氷剣の切れ味は凄まじく、スライムを一切の抵抗無く切り裂く。さらに、その身に帯びる冷気により、分割されたスライムを瞬時に凍結させた。
「うん、これならまだ当てれるよ」
「そうですか。威力も十分ですし、結構良いかもしれませんね」
無事スライムを撃破できたため、二人から笑みが漏れる。
しかし、それも束の間、アリスが心配そうな顔で、
「でも、接近しないといけないから、注意しないと」
「まぁ、俺が回避に専念するんで、問題ないでしょう。格上とかでなければ、何とかなりますよ」
「……そうだね」
ヴァイスが自信ありげに答え、それを信頼するようにアリスが頷く。
そこに、少し先行しているゲイルから声が掛けられた。
「わりぃ、一匹頼むぞ!」
ゲイルの言葉に前を向くと、進行方向にまたもスライムが出現していた。
敵は三体。一人一体ずつ倒す、という事だろう。
「わかった! 先輩、行きますよ!」
「了解! ……せーの! そこ!」
アリスに声を掛けた後、先程と同じようにヴァイスがスライムへと突撃する。十分近づいた段階でスライムを回避し、すれ違い様にアリスが氷剣を振るう。
容易く切り裂かれるスライムを見て、二人は十分な手ごたえを感じていた。
スライムとは言え、簡単に撃破している二人をみて、ゲイル達も、
(半分冗談だったが、ありゃ意外とイケルか?)
(
と。この特異な戦い方に、意外な可能性を見出していたのだった。
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