12.スライムとテンペスト

 四人は広間を抜けるため、先の通路へ近づいた。

 ゲイルが先行し、念のため通路内を確認する。通路内には魔物はいないようだった。

 その事を三人に伝え、全員で広間を抜け出した。


「とりあえず、先に進もうか」


 アリスの言葉に、リリカが頷く。しかし、ゲイルが後ろの広間を見ながら、


「あいつらは何やってんだ?」


 ゲイルの視線の先には、未だスライムを叩いている学生達の姿があった。

 学生達はスライムに向けて武器を振り下ろしている。しかし、弾力のある身体に弾かれて、コアにまで攻撃が届いていないようだ。

 そんな彼らをみて、ゲイルは呆れたように声を漏らす。


「なんでてこずってんだよ。あんなのに」

「いや、あの子達、一年だよね? 普通はあんな感じだから」

「そうなのか? 冒険者目指してたんなら、あれくらい一撃だろ?」

 

 アリスの言葉に、心底不思議そうにゲイルが答える。

 しかし、アリスは首を振って、


「普通は、冒険科に入った時点で戦える人って、あんまり居ないんだよ。……そう言う人は、学園なんか来ないで直接冒険者になるから」

「……あー、確かにそうだが」


 アリスの言葉に、不本意ながらも納得できたようにゲイルが頷く。


「珍しいのは、君達の方だよ。戦えるならまだしも、二人は魔気まで使えるし」

「……やっぱり、珍しいのですか。一年に他に使える人が居ないので、薄々とは感じてましたが」

「そうだね。……君達は知らないかもだけど、二人も有名なんだよ。一年で魔気が使える、大型新人みたいな感じで。パーティーに勧誘しようと思っている人も居るみたいだし」

「うげっ、まじか」

「ヴァイスだけに、気を付けて、なんて言えませんね」


 ゲイルが面倒臭そうに声を上げた。リリカもうんざりしたように肩を落としている。

 そんな二人に、アリスが声を掛ける。


「まぁ、気にしないでいいんじゃない。良い意味な分、私達よりはましだよ」

「そうでもない気がしますが。……ところで、ヴァイスは大丈夫ですか」


 さっきから言葉を発さないヴァイスに、リリカが目を向ける。

 未だに、アリスはヴァイスに抱き抱えられている。アリスは、ヴァイスの首に手を回し、ほとんど抱きついているような形だ。

 彼の反応が面白くて、ついつい悪乗りが過ぎたようである。最初の申し訳なさそうな雰囲気は何処に行ったのだろうか。


「大丈夫だけど……先輩、そろそろ降りません?」

「えー」


 未だ顔を赤くしているヴァイスの言葉に、アリスが不満げな声を上げる。本当に、申し訳無さそうな彼女は何処に行ったのだろう。


「いっそ、そのまま戦えばいいんじゃねぇか?」

「いや、冗談言わないでよ。無理だよ」

「そうか? 結構本気なんだがな。スライム相手ならともかく。素早い奴とかが相手だと、強化がまったく出来ないのは正直心配だぞ。前衛が守れりゃ良いが、万が一もあるしな」

「……うぅ、ごめんなさい」


 ゲイルの言葉を受けて、アリスが肩を落として謝っている。浮かれていた事も反省しているようだ。

 それを見たゲイルが、ばつが悪そうに、


「ああいや、なんだ。その分魔法は得意なんだろう? 誰だって得手不得手はあるしな。得意なもんで戦えばいいんだよ」

「そうですね。ゲイルはほとんど魔法使えませんもんね。接近戦しか出来ませんね」


 余計なことを言うリリカに、ゲイルがうるさい、と声を上げている。

 ヴァイスは、アリスを抱える己を見下ろして、


「とはいえ、これじゃ剣も振れないよ」


 当然の如く、両手は塞がっている。武器を振る事は出来ないだろう。


「そこは、お前は逃げに徹して、センパイが魔法を撃つとか」

「スライムとかなら、私も一発で倒せるよ!」


 アリスが手を上げて主張する。自分も役に立つ、とでも言いたげである。

 確かに、スライムはその身体の性質上、物理攻撃よりは魔法が有効だ。いくら最弱とはいっても、魔法使いの敵では無いのであった。


「それは緊急時で良いんじゃないですか? どの道スライム相手なら、万が一、なんてないでしょう」

「まぁ、それもそうだが」


 リリカの言葉に、ゲイルは頷く。さすがにスライム相手に抜かれるゲイル達では無い。

 ヴァイスはほっとした様に息を吐いたのだが。リリカは言葉を続けた。


「ただ、緊急時は、冗談抜きでその方法が良いでしょうね。ですから、平常心を保てるよう、今の内に慣れておいたほうが良いでしょう」

「え、結局そんな話!?」


 自分の味方をしてくれると思ったリリカの思わぬ追撃に、ヴァイスは悲鳴を上げる。

 

「先輩を助けるのでしょう? 毎回恥ずかしがっていては務まりませんよ」

「うぐっ、それはそうかも知れないけど」

「そう言う訳で、そのまま行ってみましょう」

「マジですか……」


 ヴァイスが呻き声を上げた。しかし、リリカの目は本気であったし、言ってる事も納得できてしまった。

 こうなっては、ヴァイスに逆らう術は無いのであった。


 ◆


 一悶着ありながらも、四人は結局、そのまま通路を進む事にした。前方から、ゲイル、リリカ、アリスを抱き抱えるヴァイス、の順である。

 ヴァイスは、慣れる為だとなるべく平常心を保ちつつ歩いている。腕に伝わる柔らかい感触は、全力で無視している。

 こうして歩く四人の前に、すぐに次の広間が見えてきた。

 ゲイルが先行し、中の様子を伺う。


「……今度は、人は居ねえな。スライムはいやがるが」

 

 その言葉通り、広間には人はおらず、代わりにスライムが二体居た。


「人が居ないなら、今度は倒そうか」

 

 アリスの言葉に皆が頷き、警戒しながら広間に入った。

 入ってきた人間に反応したのか、スライムがズリズリと身体を引きずり近づいてくる。


「とはいえ、どうする。正直、俺だけでもいけるぞ」


 ゲイルが背負っていた剣に肩越しに右手をかけ、引き抜くように振り上げる。そのまま、己の眼前に振り下ろした。

 風を切る音と共に振り下ろされた剣は、地面と水平になった所でビタリと止まり、風圧だけが地面に叩きつけられる。

 ゲイルは、いつの間にか紅い魔気を纏っていた。己の身長に近い大きさの大剣を、右手で軽々と扱っている。その剣と視線は、真っ直ぐにスライムを捕らえていた。


「わー、凄いね……」


 アリスが初めて見るゲイルの魔気に、圧倒されたような声を漏らした。二年にもなれば魔気を纏える者は多いが、子供の頃から鍛えられてきた彼は、年季が違っていた。


「で、どうするんだ?」


 ゲイルが敵から視線を逸らさないまま、そう聞いてくる。他の二人も、アリスに目線を向けていた。それに対し、アリスがうーんと考えた後、


「皆の力を見たいから、とりあえず一体ずつ倒してもらって良い?」

「了解」


 ゲイルが短く返答しながら剣を両手で握り、肩に担ぎ直す。腰を落とし、前傾姿勢を取りながら、


「じゃあ、まず一体っと!」


 声と共に、ゲイルが地を蹴った。 

 一瞬で、先頭のスライムの傍まで詰め寄り急停止。その勢い全てを剣に乗せて振り上げる。


「うぉおらあ!」


 肩に担いでいた剣が、縦に綺麗に半円を描き。そのまま前方のスライム目掛けて振り下ろされた。

 その魔気により強化された膂力と巨大な大剣の質量による一撃は、物理には強いはずのスライムの身体をそのコアごと叩き潰し、そのまま下の石畳にまで亀裂を入れる。

 ズンッという重い音と共に、地面が揺れた。

 ゲイルは宣言通り、スライムを一撃で撃破したのだった。


「それでは、次は私ですね」


 そう言って、リリカが一歩前に出た。

 すぅっと息を整え、目を閉じ精神を集中する。すると、リリカの身体から蒼い光が溢れ、その身体に纏わり付いた。

 

 それは、ゲイルのとは違う色の魔気であった。

 魔気は、気力を得意とするか、魔力を得意とするかで、色が変わる。

 ゲイルのように気力の操作が得意な戦士は、紅く。リリカのように魔力の操作が得意な魔法使いは、蒼くなる。

 これは、魔力の色が蒼、気力の色が紅である事が関係している、と考えられている。魔力と違い、気力は単体では身体の外に出せないため、想像でしかないのだが。


 ちなみに、両方バランスよく得意な者は、色が薄くなっていくようだ。

 リリカの魔気は、ゲイルと比べると色が薄い。ゲイルはほとんど真紅と言っていいくらい濃いのである。


雷の槍撃ボルトランス


 リリカが右手をスライムに向け、魔法を唱えた。


 リリカの伸ばした右手の先に、拳大の雷球がバチバチと音を発しながら出現する。

 それは次の瞬間、パンッ、と乾いた音と共に弾け、其処から一条の閃光が残った一体のスライムに向かって走った。

 その閃光は、刹那の時間で敵に辿り着く。瞬間、バヂンッ!、と大きな音を立て、スライムの体を光が貫通した。

 まるで槍でも突き刺したように、スライムに風穴が空いていた。その穴周辺は、高温により焼け爛れたようになっていた。その穴の開いた場所にあったはずのコアも跡形もなく消滅していた。


 ◆


「二人共、完全にオーバーキルだよね……」

「力を見たい、とか言うからじゃないですか」

「まぁ、そうだけど」


 移動も無いのに抱えられっぱなしはさすがに悪いと思ったのか、地面へと降りていたアリスが呟き、それにヴァイスが答えた。

 会話していた二人の下に、ゲイルが戻ってくる。リリカも一息ついてこちらを向いた。


「お疲れ様」

「おう」


 ヴァイスの言葉にゲイルが返事をする。相手が相手だ、ほとんど疲れてはいない。


「すごいね、二人共。魔気も綺麗に纏えてるし。ゲイル君は、ただの振り下ろしだったのに、凄い破壊力だったよ。さすがは暴風の剣テンペストだね。リリカちゃんも……」


 アリスも二人に言葉を掛ける。しかし、途中に一つ、聞きなれない言葉があった。

 前後の言葉より嫌な予感がしたゲイルが眉を顰めながら、アリスの言葉を遮った。


「ちょっと待て。……なんだ、暴風の剣って」

「え? ……あぁ、知らないんだ。ゲイル君の呼び名だよ。なんか、大剣をブンブン振り回してるからって」


 それを聞いたゲイルが、目を剥いて大声を上げた。


「マジか!? なんだその呼び名! かってに変な名前付けてんじゃねぇよ!」

「わー、私じゃないから! 付けたの私じゃないから!」


 ゲイルに詰め寄られたアリスが、慌てて声を上げた。

 もちろん言い出したのはアリスではなく。模擬戦でヴァイスと戦っているゲイルの姿を見て、誰かが言ったのが広まったのだ。


「……ぷっ、くふふ」


 騒ぐ二人に、何処からか押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

 不思議に思ってそちらを見たアリスの目に、お腹を押さえ震えているリリカが映る。


「リリカちゃん?」


 アリスが心配して呼びかけるが。突然堰を切ったように、リリカが笑い出した。


「ふふふふ! あはははは! 何ですかゲイル、暴風の剣って!? カッコいいですね、羨ましいですよ! あはははは!」


 どうやらつぼに入ったようで、ゲイルを指差しお腹を抱えて爆笑しているリリカ。笑いすぎて僅かに涙目になっているようだ。


「うふふふふ! 暴風の剣! てんぺすとですか! お腹痛いです、笑わせないでください!」

「おま、笑いすぎだろ! こっちは何も面白くねぇよ!」

「あははははは!」


 怒鳴り声を上げるゲイルだが、リリカは止まらない。暴風の剣が相当お気に召したようだ。

 そんなリリカを、アリスが信じられない物を見ているように、呆然としながら、


「どうしよう、リリカちゃんが壊れちゃった」

「いや、リリカは昔からあんなですよ。ああ見えても、俺達の幼馴染ですからね」

「そうなの? なんだか、どっかのお嬢様みたいな雰囲気だったのに」

「実際お嬢様ですよ。俺達の村の、領主の娘ですから。ただ、小さい頃から俺達と修行とかしてた訳ですし。普通のお嬢様よりは固く無いですね」

「そっかぁ」


 アリスは、やはり不思議な物でも見るような目でリリカを見ている。当のリリカは相変わらず大爆笑中である。

 ああなったらしばらく止まらない事を知っているヴァイスは、リリカが落ち着くのを待つ事にした。

 幸い、今回の矛先はゲイルなので、彼には悪いが暫く放って置く事にする。

 迷宮の中なのに、緊張感無いなぁ、と思いつつ。彼らの変わりに、念のため周囲の警戒を始めたヴァイスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る