11.魔造迷宮

 階段を下りた先は、小さな広間となっていた。

 四方の壁には、照明用の魔道具が設置されている。

 しかし、数が十分でないのか、光量が足りないのか。陽の光も届かないその広間は、全体的に薄暗かった。

 そして、その広間の正面に、石作りの大きな扉が設置されていた。どうやら、そこが迷宮の入り口のようだ。


「結構薄暗いんですね」

 

 辺りを伺いながらヴァイスが言う。それに対し、アリスが肩越しに振り返りながら、


「訓練用とはいえ、迷宮だしね。明かりがあるだけ良い方だよ」

「そういえば、そうですね。普通、迷宮に照明がある、という保障はないですよね」


 自分の考えが甘かった事を自覚して、ヴァイスが恥ずかしそうに頬を掻いた。

 どちらかと言うと、迷宮には照明なんて無い方が普通だろう。ただ、持ち運べるぐらいの小型照明の魔道具等もあるため、実の所そこまで苦労するものでも無いのだが。


 四人はその広間内を、ゆっくりと扉前まで足を進める。

 そんな中、アリスが皆に対して質問を投げかけた。


「皆は、迷宮については、知ってるんだっけ?」

「入った事は無いですが。親父から、少しは教わっています。確か、基本的に二種類あるんですよね」

「そう、自然迷宮ダンジョン魔造迷宮ラビリンスね」


 そもそも、迷宮とは何か。簡単に言ってしまえば、魔物の生息している拠点の事だ。

 多くの魔物が住み、知能のある魔物なら罠等も存在する、危険地帯である。


 そして、この迷宮は、大きく分けて二種類に分類する事が出来る。それは、自然迷宮と魔造迷宮である。

 自然に出来ていた洞窟などに魔物が住みついて拠点化した物が、自然迷宮と呼ばれている。それに対し、迷宮核ラビリンスコアと呼ばれる古代魔具アーティアファクトにより、何者かが人為的に作り出した物が魔造迷宮だ。

 実際の所、迷宮と言えばほとんどが後者を指し、厄介なのも、圧倒的に後者である。


「この訓練迷宮は、魔造迷宮。前回大戦時、魔王が拠点として各地に魔造迷宮を作ったんだけど。それらの一つからコアを回収して、それを調整して作られた物なんだよ」


 アリスの言葉に、三人は頬を引きつらせた。それはつまり、元は魔王の迷宮と言う事だ。


「それって、危険じゃないんですか? 暴走とかしないんですかね」

「いや、大丈夫だと思うよ。きちんと調整はされているらしいし。この迷宮も、もう十年以上使われてるしね。そもそも、魔王が封印されたのを切っ掛けに、各地の魔造迷宮の機能が弱まったらしいんだよ。今では、そこまで脅威でも無いみたい」


 アリスの言葉に、ふーんと、ヴァイスが頷く。彼女が心配いらないと言うなら、それは真実なのだろう。

 そこに、今度はリリカが質問を返した。


「この迷宮は、地下何階まであるのですか?」

「ここは、十階までだね。練習用だから、あまり深くはないよ」


 質問に答えたアリスのその言葉に。ゲイルが己の足元の地面を見つめながら、


「十階でも、結構深いような気がするんだが。この地下に、そんなにデカイ迷宮が広がってるってのか?」

「魔造迷宮の中は、コアの力で異界化してるからね。現実の広さはあまり関係ないんだよ」


 簡単に言うアリスの言葉に、ゲイルが目を見張る。


「異界化って。凄ぇ話だな」

「コアは古代魔具だから。まぁ、出来ない事も無いよ」

「魔道具って、凄いんですね」


 そう話をしつつ、四人は扉前に着いた。

 かなり大きな扉であった。高さは大体ヴァイス達の身長二倍程。横幅は、人が四、五人は並んで通れそうだ。


「それじゃあ、行くよ」


 そう言って、アリスが扉に右手をかざす。

 アリスの右腕が蒼い光を放ち、それが目の前の扉に吸い込まれる。すると、扉に蒼い紋様、魔言列マギグラムが浮かび上がり。音を立てながら、扉がひとりでに開いていった。

 開いた扉の先から、冷たい空気が吹き出て来る。中は同じく薄暗く、今一様子が分からない。

 この先は、異界なのだろうか。先程のアリスの言葉を思い出し、ヴァイス達は喉を鳴らした。

 

 しかし、そんなヴァイス達を見て、アリスがクスっと笑い。


「緊張しなくても大丈夫。下層とかならともかく、上層部は本当に練習用だから。魔物も、強いのは出てこないよ」


 さぁ行こう、とアリスは迷宮内に足を踏み出した。

 それに、三人は慌てて付いていく。本当に、見た目に反して、先輩らしいアリスであった。


 ◆


 扉を抜けた先は、扉と同じくらいの広さの通路が続いていた。

 石作りの通路に、等間隔に照明が設置されている。しかし、先の広間と同様、その明るさは十分とは言えず、足元が確認し辛いくらいに薄暗い。

 しかし通路の先の方には、明るい光が見えた。どうやら、この先には明るい部屋があるようだった。


 その通路を、アリスが特に警戒も無く歩いていく。


「ちょ、先輩! 危ないですよ、俺たちが先を歩きますから」


 後衛の魔法使いが先を歩くなど、魔物が出るような危険な場所ではありえない。いくらここが訓連用の迷宮だと言っても、危険がまったく無いという事はないはずだ。

 そのため、ヴァイスが慌ててアリスに声を掛けたのだが。アリスは笑って手招きしている。


「大丈夫、ほら、こっち」


 そう言って、アリスは先に進んでいく。ヴァイス達三人も慌てて後を追ったのだが。

 直ぐに、先程見えた光に近づいた。やはり、そこは部屋になっているようだった。


「ほら、ここは安全だから」


 そう言って、広間内に入ったアリスが振り向いた。

 そこは、想像してたよりも大きめの広間となっていた。今まで歩いていた通路よりは明るく、迷宮内にも関わらずどこか安心できる空気が満ちていた。

 中央には黒い石柱が立っており、正面の壁に二つ、左右の壁に一つずつ通路が伸びているのが見える。

 また、その広間内には、何組かの学生グループの姿も見えた。それぞれ、なにか話をしていたり、休憩したりしている。

 

 アリスが中央の石柱に近づいた。それを見た三人も後に続く。

 石柱は、よく見ると表面に蒼い紋様が浮かび上がっているのがわかった。先程の扉と同様、魔言列が彫られているようだ。


「これは結界の魔道具。各階層の最初の部屋は、こんな感じになっていてね。魔物は近づけないようになってるの」

「そうだったんですか。びっくりしましたよ」


 納得したようなヴァイス達に、アリスが、ごめん、と笑う。そして、


「じゃあ、先に進む前に、簡単に説明するけど」


 そう言って、先の通路に目を向ける。


「ここから通路を少し進むと、小さな広間に出るの。その広間を抜けて、通路を進んだら、また広間。そうやって、一番奥の階段まで、一定感覚で広間があるんだよ。」

「……また、えらく単純な構造だな」

「だから、練習用なんだよ。二層目まではそんな感じ。罠も無いし、どっちかというと、魔物と戦う戦闘訓練用、と言った方がいいかも」

「という事は、魔物は出るんですね」

「出るには出るけど。皆には、拍子抜けかもしれないよ」


 そう言ってアリスが苦笑した。


 ◆


 四人は、今度こそ、ヴァイスとゲイルの前衛組が先頭となり、正面の二つの通路の内一つを選んで先に進んでいく。

 すると、アリスの言葉通り、直ぐに次の広間が見えてきた。

 その広間から、何か物を打ち付けるような音が聞こえてきた。


「ん? 誰か、戦ってるのか?」


 ゲイルが呟いた声に反応したヴァイスが、音も無く駆け出し、広間の入り口に近づく。そのまま、広間内の様子を伺った。


「あれは、……スライム?」


 広間内には、学生が一体の魔物を取り囲み、武器で殴りつけているのが見えた。ヴァイスは学生達には見覚えがあった。どうやら、おなじ一年のようだ。

 そして彼は、囲まれているその魔物にも見覚えがあった。

 

 魔造生物スライム。古の時代、ある魔法使いが作り出した魔物らしいのだが、今では世界中で見られるかなり有名な魔物である。

 ぶよぶよと弾力のある半透明の丸っぽい身体を持ち、中心には核となる石が透けて見える。

 その身体を粘性の高い液状に変化させ、対象を包み込み、消化し取り込む事で栄養を得ているそうだ。


 こう聞くと恐ろしく思えるが、全体的に動作が遅く、消化速度もかなり遅い。おまけに知能も無く、行動は単純。

 一般人でも走って逃げ切れるくらいであり、一般人にもそこまで脅威には思われていない。冒険者にとっては、ハッキリ言って雑魚扱いである。


 ヴァイス達の後ろを付いて来たアリスが、スライムを指差して、


「あれが、この一層の魔物ね。私の言ったとおり、皆なら問題ないでしょ?」

「確かに、あれは拍子抜けかもな……」

「まぁ、ここは先客がいるみたいだし。彼らに任せて、先に進もうか」


 そう言うアリスに、三人は頷く。苦戦している様なら手を貸すのも良いのだが。彼らも、仮にも冒険者を志す者だ。スライム相手なら苦戦し様が無いだろう。

 ヴァイス達は、アリスの言葉通り学生が戦闘している広間の端を抜けて、先へと進む事にした。

 四人はなるべく戦闘の邪魔にならない様に、すばやく駆け出した。しかし、アリスが一人出遅れる。


「わ、ちょっと、待って」


 身体強化が使えないアリスは、全力で走っても普通の村娘と同じ位の速度しか出ない。

 対して、魔法使いのリリカでも、身体強化すればかなりの速度が出る訳で。

 全員で走れば、アリスが遅れるのは当然の事である。


「っと、すみません、先輩」


 ヴァイスが素早くアリスの元に戻り。ちょっと考えた後、謝りながらもアリスを抱き抱えた。


「あぅ、面倒お掛けします……」

「いや、良いですよ」


 申し訳無さそうに謝るアリスに、ヴァイスが苦笑しながら答えた。そしてそのまま駆け出し、ゲイル達に追いつく。

 遅れてきた彼らを見て、ゲイルが吹き出した。


「ふっ、何か様になってんな。それで学園を走り回ってたわけだ」

「お姫様みたいですね。先輩、羨ましいですよ」


 からかってくる二人に対して、アリスが頬を膨らませ、


「もう、からかってるでしょ、二人共。……って、ヴァイス君?」


 二人に抗議の声を上げていたアリスだったが、ふと、ヴァイスの様子がおかしい事に気が付いた。

 彼は、特になんでもない様子を取り繕っていたのだが、……その顔は真っ赤に茹で上がっていた。


 抱き抱えているのだから、当然の如くアリスの顔が直ぐ近くにある。

 さらさらと流れる銀髪。眼鏡の奥のパッチリとした宝石の様な碧色の瞳。うっすらと赤みが差す頬に、ぷるんと艶めかしい唇。それらが、本当に直ぐ傍にあるのだ。

 更には、密着した身体の柔らかさと暖かさに、ヴァイスは己の心臓が物凄い速さで脈打っているのを感じていた。

 前回アリスを抱えて走った時は、他の要因に気を取られていてあまり意識せずに済んでいたのだが。

 年の近い少女と密着していると言う事実に、火が出るほど顔が熱くなっているヴァイスであった。


 そんなヴァイスの様子を見て、彼の心境をなんとなく悟ったアリスはと言うと。柔らかい笑みを浮かべて、彼の胸に手を添えた。そのまま、耳元で囁く様に、


「ごめんね、ヴァイス君。重くない?」

「ちょ、大丈夫、大丈夫です!」

「くすっ、ありがとう」


 そう言って、顔を更に赤くして慌てるヴァイスを、同じく頬を染めて悪戯っぽい眼差しをしたアリスが見つめている。

 どうやら、年下の男の子が自分を意識してくれているという状況に、少々照れながらも満更でもないようだ。

 アリスは自分の体型にあまり自信を持っておらず、女性的な魅力に欠ける、と思っていた。そのため、ヴァイスのこういう反応は素直に嬉しかったのである。

 今まで無かった経験に、少々暴走気味のようである。


 そんな、外見に合わない大人びた表情を見せているアリスを横から見ていた二人が、


「……意外と、オトナだよな、センパイは」

「実際に、私達より年上ですから。一年とはいえ、お姉さんですよ。……外見はそう見えませんが」

「見た目と差が激しいわな。結構しっかりしてるみてぇだし。つかあいつ、このままじゃ尻に敷かれるんじゃね?」

「ヴァイスなら、それぐらいで丁度良いのではないですか。少々積極性に掛けるというか。ヘタレですし」

「ちょっと、そこ! 好き勝手言って、後で怒るよ!」


 こそこそ話す二人だったが、ヴァイスの耳にはしっかり入っていて。彼が抗議の声を上げている。

 しかし、顔が真っ赤ではいまいち迫力は無い。そんな彼を、アリスもいまだに笑顔で見ている。慌てるヴァイスを、可愛いとでも思っていそうだ。


「ああ、なんだ、悪かったよ。んじゃま、さっさと部屋を抜けようぜ」


 あんまりからかうのも悪いか、とゲイルが謝罪した。

 実際、ヴァイスにはあまり余裕は無さそうだ。馬鹿やってないで、とっとと部屋を抜けた方が良いだろう。

 そう判断して、ゲイルとリリカは速度を上げて広間の出口へ向かう。

 彼らに続いて、ヴァイスも腕の中のアリスを気遣いながら、通路へ急いだのだった。

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