10.迷宮探索開始
冒険科には、訓練用の迷宮が存在する。
それは、冒険科の敷地内の外れ、周りを魔物避けの結界で覆われた場所にある。
迷宮入り口前は石畳のちょっとした広場となっており、中央には小さな噴水が設置されている。
一見すると、ただの小さな公園のようだった。しかしその脇に、石造りの門を備えた、同じく石造りの地下へと続く階段が設置されていた。
この階段の先が、迷宮なのである。
そして、現在その広場には幾つかの学生のグループが待機しており、その中にヴァイス達四人の姿も見えた。
今日の講義は既に終わっていて、今は自由時間中である。四人共装備を整えており、今から迷宮へと潜るようだった。
「それじゃ、皆。準備は良い?」
アリスの言葉に、他の三人が頷いた。
彼らは、いつもの学園の制服の上に其々防具を付けている。
皆似たようなもので、ゲイルが金属製の胸当て、篭手にすね当てを付けている。他の三人は皮製だ。
武器は、ヴァイスが身長半分ほどの片手剣を腰に差し、ゲイルはそれより一回り大きい両手剣を背負っている。リリカは細身の細剣を腰に差しており、そして、アリスは素手であった。
「先輩は、武器を持たないんですか」
ヴァイスが心配そうにアリスに問い掛ける。それに対し、アリスが苦笑しながら。
「肉弾戦は出来ないからね。むしろ邪魔になっちゃうんだよ。そもそも、私の場合は、遠距離から魔法を使うしか無いから」
と、なんだか申し訳なさそうに答えた。しかし、その後表情を引き締めて。
「大丈夫、さすがに低階層の魔物相手なら、皆が苦戦するような事は無いよ」
アリスは自身満々にそう言った。何も心配は要らない、とでも言いたげである。
そんな彼女を見ながら、ヴァイスは昼の会話を思い出していた。
◆
昼休憩の時間、アリスの身の上話を聞いて、皆で色々と話し込んだ後。
リリカが、アリスに視線を向けて口を開いた。
「先輩にお願いがあるのですが。よろしいですか」
「へ? 何、私に出来る事なら、大丈夫だよ」
突然、お願い、と言われたアリスは一瞬驚いた様子を見せた。が、直ぐに表情が緩んでしまった。
後輩から頼られるという事に、まんざらでもない様子である。
「実は、私達最近ギルドカードを貰ったのですが。そろそろ一度迷宮に潜ろうかと思いまして」
リリカの話を、アリスが頷きながら聞いている。
「それで、先輩に案内をお願いしたいのです。二年なら、潜った事もあると思いまして」
「それは……」
ヴァイス達三人は学園の迷宮に潜った事は無いので、そこがどういう所なのか詳しくは知らない。
本来、こういう情報は学園の教員であるマリアらに聞くべき事だろう。
しかしヴァイス達は、アリスとの仲を深める目的で彼女に案内を頼む事にしたのだ。
迷宮には学園の課題で潜る事もあるので、アリスでも何度か潜った事はあるのだろう、と彼らは予想していた。
そのため、普通に引き受けてくれるのでは、と思っていたのだが。
「……案内は出来ると思うけど。正直言って、私は足手まといだよ?」
リリカの話を聞いたアリスが、先程とは一転して、その表情を曇らせて言った。
案内自体は問題無い様なのだが、自分の力不足を心配している様子である。
そこに、すかさずヴァイスがフォローに入る。
「大丈夫です。もしもの時は俺がいます」
そう言って自分の胸を叩くヴァイスを見て、アリスは笑みを浮かべた。昨日の彼とのやり取りを思い出したのだろう。見蕩れるような、柔らかい微笑みである。
「……そうだったね。ありがとう、頼りにしてるね?」
「任せてください」
そう言って、微笑み合う二人。これで二人きりならば、良い雰囲気になっていたのだろうが。残念ながら、横から声が掛けられる。
「すみませんが、二人の世界に入らないでください。……そういう事は、私達のいない時にお願いします」
ヴァイスとアリスが声の掛かった方にパッと顔を向けると。リリカがジトッとした目を向けて、ゲイルはニヤニヤと笑っていた。
「いやー、ダチって言うより、もう恋人みてぇだな。何時の間にそんな関係になったんだよ」
「恋人!? いや、違うから!」
ゲイルがからかうような言葉を掛け、それをヴァイスが慌てて否定した。アリスは、赤くなって俯いている。
そこに、場を鎮めるかのようにリリカが手を叩いた。
「はいはい、ゲイルも茶化さないでください。……それで、迷宮の事ですが。今日にでも潜ってみよう、という事になっていまして。もし先輩の予定が空いているのでしたら、今日の講義後にでも行ってみたいのですが」
リリカの話に、アリスが少し考えて。
「今日ね。……いきなりガッツリ下を目指す、とかじゃないよね?」
「そうですね。まずは様子見ぐらいです」
アリスが方針の確認をしてくる。それに対し、ヴァイスが答えた。
彼らもいきなり下層まで行こうとは思っていない。まずはどんな所か、感じを掴みたい所であった。
「わかった。それなら大丈夫。今日でも行けるよ」
アリスが三人を見渡しながら言った。その言葉に、リリカがホッとしたように答える。
「そうですか。ありがとうございます。……じゃあ、講義後、迷宮前広場に集まる、という事でよろしいですか」
リリカが皆に確認してくる。それに対し、三人は頷いたのだった。
◆
そうして、四人は講義後、各々装備を整えて迷宮前に集まっていたのだ。
準備を終えて、いざ迷宮に潜ろう、という時、アリスが皆に向かって口を開いた。
「じゃぁ迷宮に行く前に、まずはギルドカードを同期させとこうか」
「同期?」
アリスの言葉をヴァイスが聞き返す。それに対し、アリスが首を傾げて。
「あれ、まだその辺は説明されてないんだっけ? 仲間のギルドカードを登録しておくと、お互いの位置が分かったりするんだよ」
「へぇ、便利ですね」
リリカが感心したように呟いた。ヴァイスの父親のギルドカードを見た事はあったが、詳しい機能などは聞いていなかった。
「……そう言えば、俺達まだギルドには行ってなかったっけ」
「え、そうなの? それなら、知らない訳だね」
今更ながら、まだギルドには顔を出していない事を思い出し、ヴァイスが呟いた。それに対してゲイル達も、そういえば、と気付いたような顔をする。
「先に行っておいたほうが良いですかね?」
ヴァイスが申し訳なさそうにアリスに確認する。それに対し、彼女が苦笑しながら。
「いや、良いよ。今日は見学みたいなものと考えれば。私が教えれる所は教えるから。まぁ、また後でギルドには顔を出しておこうね」
「すみません、先輩」
仕方ないな、という感じで話すアリスに、ヴァイスが謝罪の言葉を口にした。彼女はそれに、別に良いよ、と返している。
「それじゃ、ギルドカードを出して。起動したら、お互いカードを近づけて」
そういって、アリスは自分のギルドカードに魔力を通す。一瞬、ギルドカードが淡く蒼い光を放ち、その金属プレートの表面に文字の羅列が浮かび上がった。
そこで、アリスがふと思いついたように。
「……そう言えば、ヴァイス君は、これどうしてるの? 魔力が無いと、起動できないんじゃ」
「あぁ、それは」
そういって、ヴァイスは右手人差し指に付けた指輪を見せた。
それは、銀色のリングに、小さな蒼い宝石の付いた指輪であった。
余計な装飾は一切無い。ただリング部分には、幾何学模様、
「魔力を一時的に貯めておける魔道具です。これに、リリカかゲイルに魔力を込めてもらって、それを引き出してるんですよ」
「あぁ、
「そうなんですよ。こう、念じたら、うまくいったんですよね」
そう言って、ヴァイスが何やら念じると、指輪が蒼い光を纏った。
そのまま、ヴァイスが自分のギルドカードに指輪を近づけると、問題なくギルドカードが起動する。
アリスの物と同様に、そのプレートに文字がびっしりと浮かんだ。
そのカードを、アリスに見せながら。
「こんな感じです。ただ、自分に取り込んだりはできませんが」
基本的に、魔力や気力は他人に譲渡する事はできない。他人の力を取り込むと、自分の力と反発して拒否反応が起こるのである。
ならば、魔力の無いヴァイスなら他人の魔力を取り込めるのではないか、と昔試した事があったのだが……結果は失敗に終わっていた。
その時は、リリカの魔力を取り込んだのだが、何故か拒否反応が起こってしまったのだ。身体の中に取り込んだ魔力が暴走し、大変な目にあったのだった。
「それと、その魔力を使っても、魔法は使えないんだよなー。魔道具は特に問題なく起動するのにな」
「それはそうだよ。魔法と魔道具は根本が違うから。魔法は、自分の魔力じゃないと」
ゲイルの疑問の声に、当然の事とでも言うように答えるアリス。そこに、三人から視線が向けられる。
「あれ、どうしたの」
「魔法と魔道具の現象って、何が違うんですか?」
「……その辺は教わってないの? 確か、お父さんに鍛えてもらってたんだよね?」
ヴァイスが質問を投げるが、逆に、アリスが不思議そうに質問を返した。
彼女にはすでに、ヴァイスの父親が冒険者だった事、そして、三人は彼に鍛えてもらっていた事を話していたのだ。
「師匠は戦士だったからな。魔法は、ハッキリ言って苦手だったんだよな」
「あれ、でも、リリカちゃんは魔法使いだよね?」
「魔法に対しては、何と言いますか、かなり力技で。ひたすら、イメージと共に魔法を唱える、そうすれば発動する! という様な感じでして」
「確かに、それは力技かも」
リリカの話に、アリスが苦笑するような声を上げた。ヴァイスの父に対して、豪快なイメージが沸いてくる。
しかし、そういえば、とアリスが過去の講義を思い出しながら呟く。
「まぁ、学園でも、そういう概念はあまり教えなかったっけ。まずは魔法が発動する事が大事だし。理論に対しては二の次、というか」
「そうですね。今は、基本的な魔法の発動練習ばかりですね」
アリスの呟きに、リリカが賛同する。
実際、魔法は手順を守れば、理論等知らずとも発動はする。アリスは常日頃その手の本も読んでいるので、その辺りに詳しいのだが。
冒険者でも、知らない者は普通にいるのだった。
「まぁ、その辺はおいおい話すね。ここで話込んでても時間が勿体無いし。まずは、ちょっと潜ってみようか。……じゃあ、ギルドカード出して」
そう言って、アリスがギルドカードを差し出す。三人がそれをならい、全員でギルドカードの同期を行った。
「これで良し。じゃあ、行ってみよう!」
アリスが元気よく声をあげ、皆がそれに続く。
こうして、四人は迷宮へと続く階段を、意気揚々と下りて行ったのだった。
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