5.少年の迷いと少女の素顔

 その日の夜。ヴァイスは自室で一人、今日の出来事を思い返していた。部屋の明かりは既に消えており、窓から月明かりが差し込んでいる。

 今日は本も借りていないので、昨日夜更かしした分速めにベットに入っていたのだが、なかなか寝付けずにいた。


(今日はギルドカードをもらって、Fランクになれて……見習いとはいえ冒険者になれたんだな……)


 今は机の中にしまってある、ギルドカードを思い出した。

 実際の所Fランクなら、一定の戦闘力があればギルドで登録申請するだけでもらえるのである。

 ヴァイス達の実力なら直ぐにでも貰えたのだが、学園だからこそ学べる事もあるし、同年代の学生と交流するのも良い経験になると父親に勧められて、学園に来たのだ。そして一ヶ月。ヴァイス達にとっては今更な、冒険者としての基本的な事を教わって、ようやく見習いになれた。

 はたして、この学園に来た意味はあったのだろうか。単に遠回りしているだけなのではないか。ヴァイスは自問する。


(まぁ……自分の力に対する客観的な評価を把握はできたかな。村ではそんなに避けられたりはしなかったし。気力だけでもいけると思ってたけど、甘かったかなぁ)


 ヴァイスはこれまでの学園生活を思い出した。入学してからまだ日は浅いが、良い思い出は少ない。むしろ嫌な思いをした事の方が多かった。

 魔力が無い事を皆に知られてからは、同級生や先輩から避けられ、影口を叩かれ、直接文句を言われる事もあった。


 曰く、お前のような無能が冒険者になっても、周りに迷惑を掛けるからやめろ、と。


 実は村でも、特に父親から似たような事をいわれた事があった。だが、それは自分を心配しての事だと分かっていたので、ヴァイスもそこまで気にはしていなかった。もちろん無茶をする気も無かったし、父親達を心配させる気も無かった。

 しかし、ここでは心配等でなく、明確に悪意を持って言われるのだ。邪魔だ、目障りだと。


 正直鬱陶しいし、なんでパーティーでもない他人にそこまで言われなきゃならないんだ、ともヴァイスは思う。しかし、彼は自分が弱い事も良く分かっていたので、特に反論はしていなかった。

 幼馴染のゲイルはそんな事があれば直ぐにキレていたし、リリカも内心は不満そうだったが、ヴァイスはむしろ、これが世間の自分に対する正しい評価なのだと認識していた。

 思えば、村では甘やかされていたもんだ、と懐かしく思う。


 実は、これらの文句には、魔気も無しにそこそこ戦えるヴァイスに対する妬み嫉みが含まれているのだが、そんな事は彼らが知る由も無い。


(でも、冒険者は昔からの夢だし。いまさら別の道も思いつかない。気力だけでもある程度戦えるようになって……危ない橋を渡らなきゃ、世界も回れるよな、きっと。ランクもCぐらいならいけるだろうし)


 ヴァイスは、今度は未来に思いを馳せた。

 今のヴァイスの目標は、冒険者となって世界を巡る事だ。本の中に出てきた様々な土地を、国を、世界を自分の目で見る。

 それは、勇者のような活躍を諦めた少年に残された、ささやかな夢だった。


 そして、彼が次に考えたのが、おそらくこの学園に来てからの一番の収穫。

 図書館で静かに本を読んでいた銀髪の少女、アリスの事であった。


(あとは、先輩の事も知れたしな。自分と同じ境遇の人が居るとは思わなかった。――明日は話せるのかなぁ)


 学園で知った自分と同じ存在。年上とは思えないほど小柄で、可憐な少女。

 未だに話しかける事も出来ていないが、明日こそは何か話せるだろうか。

 ヴァイスは暗い部屋で寝返りを打ちながら、図書館での話を思い出した。


(勇者の本を読んでいる、か……。どんな本を読んでいるんだろう。本なんて魔道書ぐらいしか読んでる所見た事ないけど。というかいつも一人で居るしなぁ、いきなり話しかけて迷惑がられないか? う~ん……)


 いつものように悩み出した所で、ヴァイスは頭を振って気持ちを切り替えた。このままでは、また寝坊してしまう。


(やめやめ。せっかくミーナさんが教えてくれたんだ。明日図書館に居たら、話してみる! ……それじゃ、早く寝よう)


 ヴァイスはやはり微妙に逃げ道を残した決心をしつつ、思考を解いた。

 まだ季節は春を過ぎた頃、少しだけ開けた窓から、月明かりとともに涼しい風が入ってくる。

 ヴァイスは身体を仰向けに直して、一度伸びをする。柔らかい風をその肌に感じながら、彼の意識は徐々に闇へと落ちていった。


   ◆


 翌日、学園の講義と訓練が終わると、ゲイル達に今日は用事がある事を伝えてから、ヴァイスは昨日の宣言通り図書館へと足を運んでいた。


 今日もアリスが居たら話しかける、と心に決めてはいたのだが。やはり話した事もない女の子に自分から話しかけるのは、なかなかに勇気が要る事だった。これが女性の扱いになれた者なら問題ないのだろうが、ヴァイスは今まで訓練一筋で恋人もおらず、遊びなれているとは到底言えない。

 そのため、彼の足取りは軽いとは言えなかった。


 ちなみに女性ならリリカがいるが、彼女は幼馴染の、むしろ兄妹のような関係だ。

 昔はヴァイス達の後ろを付いてきていたのに、今ではすっかり自立してしまって、まるで向こうの方が姉のようだ。


 ともあれ、あまり気乗りせず普段より足が重いヴァイスだったが、とうとう図書館の前まで辿り着いてしまった。

 普通科と比べると立派でもなく、大きくも無い、しかしどこか歴史を感じさせる古臭い建物を見上げて、ヴァイスは期待と不安が入り混じった表情を見せた。


(さぁ、果たして先輩は居るんだろうか……何かすごい緊張してるし。なんなんだろうな、これ)


 魔物と向き合った時よりよほど緊張している自分に、ヴァイスは苦笑する。いくら女慣れしてないといっても、果たしてここまで緊張するものなんだろうか。


(まぁ、居ると決まったわけじゃないし? ……もう、なるようになれだ。)


 半分やけになって、ヴァイスは図書館に突入した。入ってすぐに、受付に座っているミーナと目が合う。

 ミーナはニコリと笑って、昨日アリスが座っていた読書スペースの方へと目配せした。

 それだけで、今日もアリスが来ている事を悟ったヴァイスは、もう観念したように一つ溜め息をついた。そして、そちらへと目を向けて。

 ――その先の光景に、目を奪われてしまった。


 そこには、昨日と同じようにアリスが席に座り、本を読んでいたのだが。いつもとは様子が違っていた。

 いつもはまるで人形のように無表情なアリスが、今日ははっきりとその感情を見せていたのだ。


 いったい何の本を読んでいるのか分からないが、随分と熱中しているようだった。

 ページをめくる度に、柔らかい笑みを浮かべたり、くすっと微笑を浮かべたり、むぅ~と眉を寄せたりしている。

 そこには、いつもの人形のような、どこか冷たさすら感じさせる雰囲気を完全に崩した、むしろ明るい年相応の少女の姿があった。


(……いったい、何が?)


 普段とあまりに違う空気を纏うアリスを目撃して、ヴァイスは思考が止まっていた。しかし、視界の端でミーナが手招きしているのが見えたので、彼は半分呆然としながらそちらへと歩いていった。


「どう、本当だったでしょ。勇者好きって」

「え?」

「本よ、本」


 ミーナの言葉を受けて、ヴァイスはアリスへと目を向けた。ここからはかなり距離があるので、彼女が何を読んでいるのかは分からなかった。


部分強化ポイントブースト


 ヴァイスは目に気力を集中させて、視覚を強化した。

 生物は気力を自分の身体に巡らせる事で、身体能力が強化される身体強化が発動するのだが、気力の扱いが上手くなると、身体の一部のみに気力を集中させ、部分的に強化する事が可能となる。これが部分強化ポイントブーストだ。

 普段全身に回す気力を集中する事で、強化効率は格段に上がる。もちろん他の部位は強化されない訳だが、色々と応用が利き、上手く使えればかなり便利な強化方法だった。

 しかし、これには気力を上手くコントロールする必要があるために、発動に若干のタメが必要になる。

 ただ、ヴァイスは気力の扱いは抜群に上手いので、常人には真似できない速度と精度で、部分強化を発動できるのだ。


 ……まぁ、いくら発動速度が速くとも、魔気が無い以上、最高出力で大いに劣るのだが。

 

 ともかく、ヴァイスは今回もごく自然に、無意識とも言えるほど滑らかに視覚を強化し、アリスが読んでいる本に注目した。

 詳細まで分からない程の距離があるにもかかわらず、アリスの持っている本の表紙をヴァイスはハッキリと認識できた。

 たしかに、題目から勇者の物語のようだと予想できた。ただ、それはヴァイスも知らない本であった。随分新しいように見えたので、新作なのだろうか、と彼は思う。


「ああいう本、普段は借りて行くのよね。だからどんな感じなのか知らなかったけど……ちゃんと楽しんでもらえてるみたいね。よかったわ」

「普段借りてるのに、今日はここで読んでいるんですか?」


ミーナの言葉に、ヴァイスが疑問を口にした。


「あ~、アレね、最近出たんだけどね。新しい本だからしばらくは貸出し無し、って言ったの。だから読むなら図書館で読んでね~、って」


 にやっと悪い笑みを浮かべるミーナに、図書館にはそれなりに足を運ぶヴァイスは、更に疑問を深める。


「……普段アレ系のが貸出し無し、なんてありましたっけ?」

「無いわよ? 貸出せないのは魔道書とか貴重な物の方ね。普通の本は制限無いわよ。まぁ、無くしたりしたら弁償だけど」

「えー……」


 悪びれも無く告げたミーナに、ヴァイスは若干引いていた。


 そう、これが昨日ミーナが思いついたお節介の正体だ。


 昨日ヴァイスが帰った後で、ミーナはとある本、つまりは今アリスが読んでいる本が書庫にある事を確認した後、アリスに話しかけていたのだ。明日新しい本が入るから、よかったら明日も顔を出してね、と。

 そして今日、ミーナの思惑通りにとことこやって来たアリスに、本を差し出したのだ。新しいから貸出しは出来ない、時間があるなら図書館で読んでいって、という言葉付きで。

 アリスは最初迷っていたようだが、ミーナが「絶対面白いから!」と何時にも増して勧めるので、興味が沸いたのかその本を手に取っていた。

 今のアリスの様子から、実際に面白かったようではある。


「どう、今なら少しは話しかけやすいんじゃない?」

「まぁ、いつもの無表情で話しかけるなオーラが出てる時よりはいいですけど。ただ、いつもと違いすぎて違和感がありますよ」

「……どっちかというと、今が素よ。いつもの方が無理してるわ。なぜかは、言わなくてもわかるでしょ」

「……」


 ミーナから少々非難するような視線を向けられ、ヴァイスは押し黙ってしまう。たしかに、わざわざ言われなくても、彼にはなんとなくは想像できたのだ。

 彼女が自分と同じように周りから疎まれているのなら、いくら根が明るくとも、普段から明るく振舞う事は難しいんじゃないか。おまけに、彼にはゲイル達が居るが、彼女は今の所一人で居る場面しか目にしていない。こんな状況では、無感情の人形になったとしても仕方が無い。

 そう、ヴァイスは思い。動揺に揺れていたその瞳に、力が戻る。


「分かったなら、話しかけてあげてよ。君なら友達になれると思う」


 そう言うと、ミーナはアリスの方に顔を向け、なんでもないように一言呟いた。


「……君の事も、避けたりしないわよ」

「――え?」


 ドキリ、と。ヴァイスの心臓が跳ねる。嫌な感じの悪寒が、突然に背を走った。


 ヴァイスは、ミーナの言葉に、自分でも気付いていなかった不安の正体に唐突に気付かされたのだ。

 それは、アリスに話しかけるのを躊躇していた本当の理由。知らない女の子だとか、先輩だとか、アリスの雰囲気とか、それらに隠されヴァイスすらよくわかっていなかった本音が、その姿を現した。


 気付けば単純な話だ。つまりは、アリスにまで避けられるんじゃないか、と思っていたのだ。

 未だに話した事も無いのに、避けられるも何も無いと思うが、それが言い様もない不安となり心の奥底にへばり付いていた。


 ヴァイスは、アリスの存在を知るまで、自分のように魔気を使えない者は世界でも自分一人しか居ないと思っていた。それぐらい、魔気が使えない、魔力が無いという事は異常な事だった。

 ヴァイスの周りには少なくない人が居てくれたにもかかわらず、その事で彼は常に心の何処かで孤独を感じていた。


 だから、アリスの事を知った時、彼はとても驚いた。そして不謹慎にも、同じくらい喜んだのだ。

 自分と同じ異質の者がいる。それは、この孤独感を消し去ってくれるのではないか。その者は、世界には居ないと思っていた、自分の事を真に理解してくれる人なのではないか。

 だから、彼はアリスと接触しようとしたのだが。同時に、無意識の内に、不安にも思ってしまったのだ。


 彼女も、他の者達のように、自分を避けるのではないか、と。

 

 それを自覚して、ヴァイスは背筋にゾクリとした悪寒を感じた。唯一の理解者足りえる者にまで避けられたら、自分はどうなるのだろうか。

 アリスに話しかけようと思っていたのに、その決心は萎み、足が竦む。暗い不安が心を覆ってしまう。

 ヴァイスは、その場から一歩も動けなくなってしまった。


 しかし、そんなヴァイスに、ミーナが呆れたように声を掛ける。


「なーにびびってるのよ。大丈夫よ。言ったでしょう、君を避けたりしないって」


 ハッとした様に、ヴァイスはミーナへと顔を向ける。

 いつの間にか、ミーナはヴァイスの顔を覗き込むように向き直していた。その瞳がヴァイスの目を正面から射抜く。口調は軽いが、その目は真剣であった。


「……そう、でしょうか」

「そうよ。というかさっき、彼女の事想像できたんでしょ、いつもは無理してるって。なら、避けられる事は無いって、想像できるでしょうに」


 ヴァイスはもう一度想像してみる。彼女はいつも一人だ。友人が居る自分ですら孤独を覚えているのに、さらに一人なら、どうだろう。正直想像もしたくない。寂しく無いわけが無い。

 そんな時、自らと同じ境遇の者が居て、話しかけられて……避けるのだろうか。


「ほら、彼女を見なさい。勇者の物語を夢中になって読んでる。表情もコロコロ変わって……あれが本来の彼女。本当は明るくて優しい子なのよ。それがいつもは一人で、寂しい思いをしてるの。君も男なら、手を差し伸べてあげなさいよ。……きっと、君が一番適任なんだから」


 ミーナから懇願するような目を向けられて、ヴァイスはアリスを見た。


 アリスは、変わらず勇者の本をキラキラした目で読んでいた。その姿が、昨日の無表情に本を読んでいる姿と重なって見えた。

 今の姿が、本来のアリスだと言うのなら。いつもの姿が、無理をしていると言うのなら。自分がすべき事はなんなのか。しなければならない事はなんなのか。

 こんな所で、ウジウジと情けなく悩んでいる必要があるのだろうか。


 ふいに、ヴァイスは子供の頃の事を思い出した。ゲイルやリリカと出会った時の事を。あの二人に初めて話しかけたのは、確か自分だったのではないか。

 あの頃は何も怖い物はなかった。後先考えずに自分の正しいと思う事をやっていた。魔気は使えずとも、魔法は使えずとも、そんな事はすぐにどうでもよくなった。そんな小難しい事よりも、目の前で困っている者を助ける事の方が、よっぽど大事だったはずだ。


「……はぁ」


 ヴァイスは溜め息を一つ吐いて、首を軽く振った。


 ――思えば、随分と自分は弱虫になったものだ。いや、大人になった、と言えばいいのだろうか。

 人の心配より自分の心配をするのは当たり前の事だ。面倒事は避けるのが普通で、厄介事に進んで首を突っ込むのは頭の良い事では無い。


 しかし、勇者ならどうするだろうか。自分の憧れた勇者なら。子供の頃、自分もそう在りたいと夢見た勇者なら。

 自分には、勇者になれるような実力が無い事は百も承知だ。もう、そんな夢を見れるような子供でもなくなった。


 しかし、勇者で無くとも出来る事はあるはずだ。一人の女の子に手を差し伸べる事ぐらい、勇者で無くとも出来るはずだ。


 無能と呼ばれる自分にだって、出来るはずだ。


「……ありがとうございます」


 幾分か迷いが晴れたような顔を見せて、ヴァイスはミーナに礼を言った。


「べっつにー。礼を言われるような事はしてないわよ。そんな事言ってる暇があるならとっとと行きなさい」


 ミーナはそう返して、微笑を浮かべながらひらひらと手を振った。それを見て、ヴァイスは苦笑する。しかし、すぐにその表情を引き締めて、アリスの方へ向かって歩きだした。

 相変わらずアリスは本を読んでいる。そこに近づくにつれ手、ヴァイスの心臓の鼓動が早くなるが、彼はそれを抑えて思考を回転させる。


(なんて話しかける? やっぱり本の事か? ……あぁもう緊張してきた! もうなるようになれ!)

 

 ヴァイスはいろいろと考えるが上手い話が浮かばずに、結局いつものように楽観的に考え特攻した。例え迷いは晴れても、慣れない事はやはり緊張するのだった。彼を責める事は出来ない。

 そして、遂にヴァイスはアリスの直ぐ傍まで辿り着く。アリスはまだ彼に気付いていない。

 ヴァイスは決死の覚悟でもって、その口を開いた。


「あの、何の本を読んでいるんですか?」


 ヴァイスの声が若干震えているのはご愛嬌だ。何の本なのかなんて分かりきっているのにそう聞くのも、状況を知っている者からしたら間の抜けた話だが、彼ももうかなり一杯一杯である。心臓は煩い位バクバクと鳴り響いている。


 しかし、そんな彼の勇気を神はあざ笑う。いったい何処まで世界は彼に冷たいのだろうか。


 ヴァイスの問に、アリスは反応しなかった。

 アリスの名誉の為に告げるが、決して彼女は無視した訳ではない。本に熱中しているのもあるし、ヴァイスの声がちょっと小さかったのもある。そもそもアリスが、寂しい事に、誰かが自分に声を掛けるという事態をまったく想定していないのも大きい。

 ともかく、声を掛けたのに反応が無いという状況に、最近の周りの環境のせいでガラスのように脆くなっていたヴァイスの心に、ビシッとひびが入る。

 周りから、いつものようにヴァイス達の様子を伺っていた者達から、クスクスと嘲笑が漏れた。無能が無能に話しかけて無視されている! とでも思われているのだろうか。


 ヴァイスは堪らず、ミーナに顔を向けて助けを求めた。先ほどの様子は何処へやら、完全に涙目である。

 しかし、ミーナはこの期におよんで自分に出来る事は無いと思っていた。今の彼女に出来る事は、頑張れーと念を送り手を振るだけだった。

 もはや誰も助けてはくれない。自分でやるしかないのだ。ヴァイスはあわや砕けそうな心を必死に抑え、いまだ本を読み続けるアリスに声を掛ける。


「あのっ!」


 緊張からか、今度は声が大きくなってしまった。


「ひゃい!?」


 その声に反応して、肩をビクッと跳ねらせながら、アリスが上擦った声を上げた。その後キョロキョロと辺りを見渡し、直ぐ傍に居たヴァイスに気付いて顔を上げた。

 二人の視線が交差する。ヴァイスの顔を認識して、眼鏡の奥のアリスの瞳が驚きで大きく見開かれた。


 これが、無能と呼ばれる二人の、初めての接触だった。

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