4.もう一人の最弱
(うーん、まだ手が痺れるな……)
模擬戦での事を思い出しながら、ヴァイスは一人、図書館への道を歩いていた。
模擬戦は、あれから数合打ち合っただけでヴァイスの手が痺れてしまい、そのまま剣を弾き飛ばされてしまった。
ゲイルは強靭な腕力を武器に大剣を振り回す、いわゆるパワーファイターであり、スピード自体は遅い方だ。
そのため、魔気を纏われても、なんとか動きを目で追える。しかし、剣撃の威力が半端無い事になっており、ヴァイスの力ではまともに受けるのも困難だった。
結果、ゲイルが魔気を纏った場合は、何合か打ち合うだけで、上手く力を流せずにヴァイスの剣が砕けるか、弾き飛ばされて終了する、というのがお決まりのパターンとなっていた。
魔気を纏った相手に魔気無しでも数合持つあたり、ヴァイスの身体強化と剣技も相当なレベルではあるのだが、何の慰めにもならないだろう。
(もうゲイルには勝てそうに無いな……隙を付くにしても手の内を――それこそ奥の手すら知られてるし。魔法は使えない以上、今まで通り身体を鍛えるしか無い訳だけど……)
考え事をしながら、ヴァイスは学生が疎らになった道を歩く。
時間はもう夕方、今日の講義はすべて終わっていた。
学生達は基本的に、講義後は自由時間だ。友人と遊ぶ者もいるが、大体は自主訓練として迷宮に行ったり、学園のギルドで依頼を受けたりと、見習い冒険者らしい時間を過ごしている。
特に、今日ギルドカードをもらった一年は、ほとんどがギルドに行ってしまった。今日いきなり依頼を受ける猛者はいないだろうが、せっかく見習いとはいえ冒険者になったのだ。とりあえず雰囲気だけでも味わえれば満足なのだろう。
レイドンに付いてまわり、ギルドにも入った事もあるヴァイス達にとっては、今更はしゃぐ様な事でも無いので、ギルドに顔を出す事はせず、それぞれ別行動を取っていた。
(ゲイルは迷宮に潜るために、装備を見に購買に行ってもらって、……リリカは今日は魔法の訓練だったっけ? ……まぁ、さっさと本を返して、ゲイルと合流しよう)
二人の予定を思い出しつつ、ヴァイスは借りていた本を返すため、図書館へ向かっていた。
返す本はもちろん勇者の物語である。もともとこの手の本が好きだったのだが、自分に才能が無いと知ってからは手当たり次第に読むようになってしまった。
いいかげん子供っぽいなとは思っているのだが、物語の中の勇者達に、自分を重ねて夢想するのは、時間を忘れるほどに楽しかった。
(現実逃避だよな……諦めたと思っていたけど、心のどっかでまだ未練があるんだろうか……)
軽く自己嫌悪しながらも、ゲイルを待たせても悪い、と。ヴァイスは早足で図書館へと急いでいった。
◆
冒険科の図書館は、普通科の図書館とは違い、資料庫のようなものだ。
魔物の図鑑や世界地図、各地域の資料に歴史書。魔法について書かれた魔術書なんかもあった。娯楽関係の書物はほとんど無いのだが、そんな中唯一あるのが、勇者の冒険を物語仕立てに記した本である。過去の英雄達の伝記等と一緒に置いてあるのだ。
冒険者志望の学生の中には、ヴァイスのように勇者に憧れる者は少なくないので、一定の人気はあるようだった。
(本を返して……今日は借りるのはやめとくか)
図書館に着いたヴァイスは、本を返すために受付へ向かう。
そこには顔馴染みになった司書の女性が、椅子に座り本を読んでいた。
「こんにちは、ミーナさん。本の返却をお願いしていいですか?」
声をかけると、ミーナは読んでいた本から顔を上げて、ヴァイスに微笑んだ。
「こんにちは、ヴァイス君。返却ね? じゃあ本を貸して。……結構厚いのだったのにもう読んだの? 本を読むのもいいけれど、勉強もしないとだめよ?」
まるで世話焼きのお姉さんのような事を言ってくるミーナに、ヴァイスが苦笑する。
「大丈夫ですよ、ちゃんとやってます」
「ならいいけど……じゃあ、また何か別の本、借りていく?」
「今日はやめておきます。友達を待たせてるので、本を選ぶ時間が――」
そう言いつつ、図書館内を見渡す。すると、ちらほら居た学生達が、こちらを見ていたのに気付いた。ヴァイスの名前に反応したのだろう。皆ヴァイスと目が合うと、スッと逸らされてしまう。
ヴァイスは思わずため息が漏れた。
「今日も有名人ね」
ミーナも苦笑いでそう言った。
ミーナはこの冒険科内じゃ珍しく、冒険者では無い。自身は戦闘とも無縁の生活をしているので、ヴァイスに対して特に偏見は無かった。なので、こうして奇異の目で見られているヴァイスを、少し心配しているのだった。
「悪い意味で、ですけどね……」
そう言いながら、改めて図書館内を見渡すと……自分以外にも、視線を集めている者がいる事にヴァイスは気付いた。
「あぁ、今日は彼女も来ているのよね」
ミーナもそちらに視線を向ける。
その少女は、図書館の並べられた机の端の席に座り、一人で静かに本を読んでいた。
肩で切りそろえられた銀髪が、窓から差し込む夕日を反射してキラキラ輝いている。同年代の子と比べると小柄で、華奢な体付き。肌は雪のように白く、顔付きは幼さを残しているが人形のように整っている。笑顔ならばとても愛らしい表情を見せてくれただろうに、残念ながら今は無表情だった。しかし、それがどこか冷たい神秘性を纏っている。
そして、身体強化が使える冒険者には珍しく、彼女は眼鏡を掛けていた。小柄な少女にはどこかアンバランスな、知的な印象を与える髪と同じ銀色のフレームの眼鏡が、少女に不思議な魅力を与えていた。
「彼女も心配なのよね。友達もいないみたいだし、なんとかならないかしら……って、何ジーっと見てるの。やっぱり気になる?」
少女に見とれていたヴァイスは、ミーナの言葉に我に返る。完全に目を奪われていた事に気付いて、頬が熱くなった。
ミーナがニヤっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「まぁ気になるわよね、彼女可愛いし。それに……」
しかし、その笑みはすぐに消え、真面目な顔で少女に目を向けた。
「同じだものね、ヴァイス君と」
「……正確には、反対、ですけど」
周りからの視線などまるで無関心に本を読み進める銀髪の少女。
彼女の名は、アリス・クラディス。アルディア学園冒険科二年の魔法使い。
ヴァイスにとって初めて会った同類で、学園にとっては一人目の"無能"。
ヴァイスとは真逆の、気力を持たない少女であった。
アリス・クラディスは学園内では有名人だった。入学したばかりのヴァイス達にも、彼女の噂は耳に入り、彼らを心底驚かせた。
彼女は気力を持たない。ゆえに身体強化は使えず、そもそも素の身体能力も低い。
その代わり、魔力の扱いは長けていて、ほぼすべての下級魔法が使えるらしい。ただし、当然の如く魔気は使えないので、上級魔法は一切使えない。
彼女はもう二年、同級生は皆魔気を使えて、上級魔法を使える者もちらほら出始めている。対して彼女は下級しか使えない。間違いなく、彼女も、ヴァイスと同じく最弱の学生だった。
そのため、彼女は周りから敬遠されていた。冒険者は実力主義だ。命を掛けて魔物と戦うのだから、弱い者は仲間には入れられない。避けられても仕方が無いのだ。
アリスは、ヴァイスと同類だった。自分と同じ様な者が他にいるとは、夢にも思わなかったヴァイスとその友人達は、彼女の存在を知って驚いた。
そして、ヴァイスは、そんなアリスに興味を抱いたのだ。自分と同じ境遇で、さらに同じ冒険者を目指す彼女は、いったいどんな人なのだろうと。
それからというもの、アリスを見かけては目で追い、話しかけてみようかと思案し、結局話せず見送る、という男としては少々情けない行動を繰り返していたのだった。
彼の父も、冒険に関しては色々と教えてくれたのだが、年上の女の子に声を掛ける術などは教えてはくれなかったのだ。まぁ、ヴァイスがそんな事で悩む事になるとは、彼の父も想像だにしなかったのだが。
「話しかけないの?」
ミーナが固まってしまったヴァイスに話しかける。
「きっかけが無いんですよね。共通の話題とかあれば……」
「そんなの、力の事で良いんじゃないの?」
「その力が原因で、彼女は避けられてるわけですし。それを話題にするのはちょっと、嫌がられないかと……」
「……なんというか、繊細と言うか……」
ミーナが呆れた様に呟くが、これは仕方が無い。
自分に置き換えてみても、魔力が使えない事に興味を持ちました、と言われたら微妙な顔をするだろう。それにアリスは二年。この学園に一年もいたのだ。色々と嫌な思いもしてきただろう事は想像に難くない。そのため、その話題から入るのは躊躇われた。
「しかし、他に共通の話題といったら……勇者かしらね」
「勇者?」
うーんと悩んだ後呟いたミーナの言葉を、ヴァイスが聞き返す。
「彼女も好きなのよ、勇者の本」
「へ? 本当ですか?」
「本当。幾つか本借りてるから」
予想外の話だった。そんな所まで似ているとは、とヴァイスは驚いた。確かに、それなら話すきっかけにはなりそうだが。
「どう? 話しかけるの?」
「……残念だけど今日はやめておきます。友達を待たせてますし」
ミーナが情報をくれたにも拘らず、ヴァイスはゲイルをダシに断ってしまった。話しかけてはみたいのだが、まだまだ彼には心の準備が必要だった。
「あら、そういえばそんな事言ってたわね。もったいないわね。……じゃあいつ話しかけるの?」
笑顔でそう言ってくるミーナに、内心を見透かされているような気がして、ヴァイスは焦ってしまう。
「い、いや、そんな急ぐ事でもないですけど。……明日とか、もしまた図書館に居たら、頑張ってみますよ。……それじゃ、そろそろ行きます」
「そ? わかった、頑張んなさい」
早口でまくしたてるように別れの言葉を告げ、図書館から逃げるようにそそくさと出て行くヴァイスを、ミーナが手をひらひらと振って送り出す。顔もガタイも悪くないのに、自分より一回り以上小さい少女に話しかけるのを躊躇う姿は、少々頼りない。
しかし、そんな彼の後姿を、銀髪の少女が密かに目で追っていたのを、ミーナは横目で確認していた。
(まったく、意外にヘタレよねぇ、もし居たらって……逃げ道も作っちゃって。もっとガンガン行けばいいのに。まぁ、これで話すきっかけが出来たら良いけど)
ヴァイスが出て行った出口を見ながら、ミーナは思う。
(あなた達の力は、学園で噂になるくらいなのよ? 君が彼女の事を知ったように、彼女も君の事を知ってるに決まってるでしょう。変に考えずに、話しかければいいのよ)
(……まぁ、それはあの子も一緒よね)
ちらりと、アリスに目線を向けた。アリスはいまだに、ヴァイスが去った図書館の出口を見ていた。相変わらず表情は読めないが、その目は、どこか寂しそうに見える。
(こっちは何に遠慮してるのかしらね。ヴァイス君は良い子だし、仲良くなれると思うんだけど……でも、自分から話しかけるのは難しいか)
一年の最初の内は、魔気の事もあまり知られてないせいか、アリスの周りも人が居た。しかし、学生が魔気を使えるようになり、その重要性を認識するにつれて、アリスは避けられるようになっていった。
それどころか、一部の馬鹿に心無い事を言われる事もあったようだ。講義や課題等で迷宮に潜る時は、一人では危険なのでどこかのパーティーに組み込まれているようなのだが、それ以外だと、最近は一人で居る所しか見た覚えが無かった。
(こんな状況じゃ、自分から動くのは怖い、かなー。元々は明るい子だったのにね……まぁ、こういうのは男の子が動くべきでしょ。ヴァイス君には頑張ってもらわないと)
ミーナは、そう一人で結論付けながら、読んでいた本に視線を戻し、……ふと、思い出した。
(そういえば新しい本が入ってたわね……ふむ、もう少しお節介掛けてみようかしら。……ふふふ、逃げ道なんてお姉さんが潰してあげるわよー)
何か思い付いて、意地の悪い笑みを浮かべたミーナは、本を閉じて立ち上がった。読んでいた本を受付に置き、ついこの間新しく入荷した、まだ箱から出してもいないある本を確認する為に、書庫へと歩き出したのだった。
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