3.魔気

「いや~マリアセンセイもなかなかの迫力だったな。ランクAは伊達じゃないってか?」

「親父の一個上って事だし、人を見掛けで判断するのは良くないね」


 ヴァイスとゲイルが居るのは、戦闘訓練用の校庭である。

 座学が終わった後は、戦闘訓練の時間だった。訓練は戦士と魔法使いに分かれて行われるため、リリカは居ない。


 二人は訓練用の剣を持っている。ヴァイスは長剣サイズ、ゲイルは両手用の大剣サイズだ。

 他の学生達もそれぞれに武器を持ち、二人組で向かいあっている。どうやら、今日は模擬戦を行うようだ。

 

「よぉし、お前達、相手はいるな! わかっていると思うが、これから模擬戦を行う! 怪我をしてもすぐ治癒術で治してもらえるから、死ぬ気で戦え!」


 スキンヘッドの凶悪面をした、パッと見山賊にしか見えないような大男が声を張り上げた。名はルガート。見た目はアレだが彼も立派な冒険者、そして学園の教員だ。

 全身は鍛え上げられた筋肉で覆われており、素手でも魔物を殴り殺せそうな――実際やろうと思えばやれるのだろうが――屈強な肉体をしている。

 見た目通りの優秀な戦士であり、戦士志望の学生達の戦闘訓練を担当していた。

 ちなみに、魔法使いの方の訓練はマリアが担当している。そちらは別の訓練施設で魔法の指導が行われているはずだ。


「お? お前は相手がいないのか? なら先生が特別に相手をしてやろう!」


 出遅れて一人残ってしまい、途方に暮れていた学生が、ルガートの言葉を聞いて青ざめた顔をブンブンと横に振るがもう遅い。ガハハと豪快に笑うルガートに、首根っこを捕まれズルズルと引きずられて行った。


「アレとやって訓練になるのか……?」

「先生も、マリア先生と同じでAランクらしいし……手加減はしてくれるよ」


 二人は引きつった表情で、拉致された不運な学生を見送っていた。


「まぁ、とりあえず俺らもやるか」

「了解」


 気を取り直すように言葉を吐いて、二人は其々の得物を構えた。

 特に合図等は無い。学生達はまだ学園に入って一ヶ月。本格的な訓練よりも、まずは戦闘自体になれる事が大事なのだ。

 周りがそれぞれ好き勝手に剣を振るい始めた中、ヴァイスとゲイルは向き合い、戦闘準備を整え始めた。

 ゆっくりと息を吐き、呼吸を整えて。二人はいつものように全身に「気力」を巡らせる。それに伴い、感覚が研ぎ澄まされて、四肢に力が漲るのを感じた。


「それじゃ、いくぜ!」


 先に動いたのはゲイルだった。大剣を両手で上段に構え、気合と共にヴァイスに突進する。ヴァイスとゲイルの距離は約五メートル、それを一足で詰め寄り、その勢いのままヴァイスに向かって剣を振り下ろした。

 一般人には回避する事すら困難であろうスピードで振り下ろされるそれを、ヴァイスは冷静に見極めて、それに自身の剣をぶつける事で横へと受け流した。僅かに太刀筋がズラされて、ヴァイスの左側面の地面に、ゲイルの大剣が轟音と共に叩き付けられる。

 その反動で動きが止まるゲイルに向かって、お返しにと今度はヴァイスが切り込んだ。その長剣が閃いて、横薙ぎの形でゲイルに襲い掛かる。


「チッ!」


 驚異的な反応速度でゲイルが上半身を逸らし、迫る剣をすんでの所で回避した。そのせいで体勢が崩れるが、そのまま強引に上半身を捻り大剣をヴァイスに向かって振り上げた。

 叩きつけられていた剣が地を抉りながら飛び上がり、風を切りながら一直線にヴァイスへ向かう。

 それに対して、ヴァイスは横薙ぎを回避された時点ですぐに剣を戻しており、その剣でぶつかってくる大剣を今度は難なく受け止める。ゲイルはかなりの馬鹿力だが、体勢が崩れていたためかその威力は低かった。


「ふっ!」

 

 ヴァイスがゲイルの剣を押し返す。火花が散りつつ大剣は弾き返され、その隙にヴァイスが返す刀で斬りつけた。


「おぉっ!」


 今度はゲイルが力任せに弾かれた剣を引き戻し、迫るヴァイスの剣に叩き付けた。二人の剣がぶつかり、甲高い音と共に光が散った。

 そのまま膠着した二人は一瞬視線を交わし、同時に地を蹴り互いに距離を取る。仕切り直しとでも言うように呼吸を整え、互いに剣を構え直した。

 そして一呼吸後、掛け声と共に二人同時に相手へと踏み込んでいった。


 二人の剣は訓練用のため、刃が潰されてはいるが、それでもまともに食らえばただではすまないだろう。しかし、二人は怯む事無く剣を振るっている。実際怪我をした所で、学園には優秀な治癒術使いの教員が居るためあまり問題は無いのだが、痛い事には変わりない。

 しかし、二人は子供の頃から訓練として幾度と無く戦っている、いわばライバルでもある。どちらかが怪我をしても恨む事では無いし、そもそもお互い手を抜いて勝てる相手ではない事は分かっているのだ。故に、模擬戦を行う時は二人とも本気である。

 まぁ、何度も戦っている内に、技術は上達し寸止め等も上手くなっていて、今では模擬戦で怪我する事は少なくなった訳だが。


 こうして二人はしばらくの間、剣を打ち合っていた。

 二人の剣の腕はほぼ互角に見えるが、実際はヴァイスの方が上である。豪快に大剣を振り回すゲイルの剣筋をヴァイスは完全に見切っており、時に受け、流し、隙をみては切り掛かる。

 次第にゲイルが押され始め、そして遂にヴァイスの剣が、僅かな隙を見せたゲイルの首筋に向かって走り――寸前でピタリと止まった。


「っ! ……はぁー、また負けか。純粋な剣術じゃまだ勝てないな」


 ゲイルが頭をガシガシと掻きながら、悔しそうに呟いた。


「さすがに、その状態じゃ簡単には負けれないよ。手加減しているようなものだし」


 対してヴァイスも、勝っているにも関わらず苦笑しながら、ゲイルに声を掛けた。


「手加減、てわけじゃないんだがな……。じゃあ次は、全力出すか?」

「お手柔らかに」


 ヴァイスの返事を聞くと、ゲイルは頷き、構えを整える。

 瞬間……ゲイルの体の中で何かが生まれ、外へと溢れた。

 ぶわっ、とゲイルを中心に風が巻き起こり、身体からは紅い色の淡い光が溢れ全身を包む。ゲイルから感じる威圧感が膨れ上がった。素から長身のゲイルの身体が、一回り大きく見える。

 周りの学生も手を止めて、驚いたような顔をヴァイス達に向けている。


「あれが……魔気?」


 学生の誰かが呟いた。ゲイルの体で生まれた力。その身に纏う紅いオーラの呼び名。

 それは冒険者のような、戦闘を生業とする者にとっての必須技能。

 この世界の生物なら、誰もが持っているはずの力。冒険科でも優先的に教え、一年の内にはほぼ皆が習得できるはずの力。


 しかし、その誰もが持つはずの力を……ヴァイスは持っていなかった。

 其れこそが、この少年が、「無能」と呼ばれる由縁であった。


 この世界に生きる者たちは、その身に二つの力を持っている。

 一つは「気力」。この世に生きる者が己が体内にて自ら生成する力。

 一つは「魔力」。世界に満ち溢れる力をその身に取り込み、自分の使える形に変換する事で得られる力。


 生物はこの力を使って、特殊な現象を発生させる事が出来るのだ。

 「気力」は、体内に循環させる事で、身体能力が強化される「身体強化」が発現し。

 「魔力」は、世界に影響を与える「魔法」を発動する事ができる。

 普段の生活においても役に立つ力であったが、事戦闘に関しては、これらの能力は大変有用であり、これをどれだけうまく扱えるかが戦闘能力に直結する。ゆえに冒険者等は、もちろん素の肉体を鍛えるのも大切だが、同時にこの力の鍛錬に時間を費やしてきた。


 そして、この「気力」と「魔力」を体内で混ぜ合わせる事で生まれるのが、「魔気」である。

 「魔気」を生成するのは簡単ではなく、厳しい訓練が必要になるが、逆に言えば訓練さえ積めば誰でも習得することが出来る技能だ。

 この「魔気」が何の役に立つかと言うと、「魔気」を纏うことで、「身体強化」および「魔法」が強化されるのである。

 なんでも己と世界を繋げるとか、自己と世界の融合だとか、全と個の統一だとか……そんな今一学生達には理解できない理由でパワーアップするらしい。

 これがなかなかに強力で、身体強化は人外の身体能力を発揮する事が出来るようになるし、魔法に至っては、この魔気の有無で下級、上級と使える魔法が分けられているぐらいだ。


 そのため、上位の冒険者はほぼ皆魔気を使えるし、冒険科でも1年の内から教えられる事になる。

 そして、ゲイルとリリカはレイドンの指導を受けていたので、入学前から魔気を纏う事が出来たのであった。


 しかし、ヴァイスはと言うと、ゲイル達よりも数年早く父親から鍛えられていた筈なのに、魔気を纏う事が出来なかった。

 正確には、ヴァイスの身体には魔力が”存在しない”のだ。誰もが出来る、というより息を吸うように自然に行っているはずの魔力変換を、なぜかヴァイスはまったく出来ないのである。

 そのため、ヴァイスは魔法が使えず、当然の事ながら魔気も生成する事が出来ないのだ。

 そのかわりなのか、気力の扱いに関しては非凡な才能を見せていたのだが、魔気の圧倒的な力の前では焼け石に水だった。


「相変わらず、すごい迫力だな……羨ましいよ」


 ヴァイスは賞賛を述べるが、嫌味に聞こえたゲイルは喜ぶ事はできない。


「何だよ、全力でやらないと訓練にならないって言ってたのはお前だろう」

「素直な気持ちだよ。また腕があがってるんじゃない? きっともっと強くなれるよ、ゲイルは」


 まるで自分は違うとでも言うようなヴァイスの言葉に、ゲイルは僅かに眉を顰める。

 確かに魔気の使えないヴァイスは、どれだけ訓練を積もうと、魔気が使えて、同じ指導を受ける同級生達の間では最弱を貫く事となるだろう。

 今はまだ、他の同級生は魔気を纏えないのでヴァイスが上だろうが、おそらくすぐに抜かれてしまう。普通ならやる気を無くしたり、卑屈になってもおかしくは無いが……、ヴァイスは違う筈だった。


 幼い頃、自分の力を知った時は、それはそれは落ち込んだそうだが、根が楽観的なのもあってか直ぐに持ち直していたらしい。

 魔気が使えないのは痛いが、気力の扱いやそれによる体術自体はかなりの腕前だし、実際ゲイルにも勝っている。このまま訓練を積んでいけば、上位の魔物でも相手にしない限り、死ぬ事は無いぐらいの力を付けるだろう。

 そもそも、魔気を使わずとも、一般人よりはよほど強いのである。特別危険な仕事を選ばなければ、冒険者でも十分やっていける筈なのだ。


 確かに、勇者のような目覚しい活躍は出来ないだろう。しかし、それは当の昔にあきらめが付いていた。

 たとえ歴史に名を残すような偉業が果たせなくとも、自分に見合った冒険が出来れば良い。物語の中で無く、自分の足で世界を見て回れればそれで良い。別に世界で最強なんかにならずとも、魔物は倒せるし、それで村の人は喜んでくれたのだ。ならば、それで良い。


 そんな事を言って、村ではヴァイスも明るく過ごしていた。もしかしたら本音を隠していたのかもしれないが、少なくともゲイルにはそう見えていた。

 だから、最近のヴァイスの言動には、違和感を覚えていたのだ。村ではそうでもなかったのだが、学園では周りから好きに言われているせいで、卑屈になっているのかもしれない。

 心配に思って無言となったゲイルを見て、ヴァイスが苦笑しながら、剣を構える。


「気にしすぎだよ。俺も弱いままでいる気は無いから。強い相手と戦うのは良い練習だよ。そっちはつまらないかもしれないけど」

「……いや、魔気にはまだ慣れてないしな。これで動くだけでも訓練になるだろ」


 ゲイルは気を取り直し、ヴァイスに向き直る。ヴァイスが剣を構えるのを見て、魔気を纏ったまま大剣を上段に構えた。


「それじゃ、行くぜ!」


 気合を入れつつゲイルが腰を落とし、一瞬のタメの後一気に飛び出した。踏み込みの反動で後ろの地面が爆ぜる。

 先ほどとは比べ物にならない速度でせまる紅の弾丸となったゲイルを、視覚に強化を集中する事で辛うじて目で追いつつ、ヴァイスは剣を握り締めた。

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