第51話 奇妙な打ち合わせ

ジュワジュワジュワと四方八方から聞こえる蝉の声とべたつく暑さを振り払うように、制服の白いワンピースの裾をふわりと靡かせながら校門をくぐった茉莉花は、上履きに履き替えた後、体育館に向かった。

校舎は日が当たらないせいか、ひんやりとした空気がノースリーブから出た腕を冷やした。

夏休み中の学校は、授業をしている先生の声も、休み時間のようなざわつきもなく、しんと静まり返っていた。けれども、どこからか吹奏楽部の練習の音が聞こえてきたり、蝉の声に交じって部活中の生徒の声が聞こえるため心地のよい静けさを感じられる。

窓の外の運動場を見ると、野球部が滝のような汗を流しながら練習をしている。キン、という気持ちのいい金属音の後に「二塁!」「抜けたーっ」「まわれまわれ!」等の声が響いた。


クラスメイトの前野君と西岡君、野球部だったよね。あの中にいるのかな。

うちの学校、確か今年も地区予選止まりだったはず…。秋の大会に向けて気持ちを切り替えて頑張ってるんだなぁ。


そんなことを考え、茉莉花は到着した体育館の入り口にそうっと近づいた。

クーラーがない体育館は熱気がこもっており、少しでもその熱を逃がそうと申し訳程度にしかない小窓も、入り口のドアも全て開けっぱなしになっていた。換気扇のゴオォと音をたてているが、外も内も暑い中、効果はさほど見込めないだろう。

普段は体育館の二階や入り口に女子生徒達が詰め掛けているそうだが、さすがにこの暑さの中、まして夏休み中に見物するほどの猛者はいないようだった。


中の生徒に見つからないように、入り口のドアから顔を少しだけ覗かせた茉莉花は「うぅっ」と言葉にならない呻き声をひっそりと漏らした。


視界の先には、キュッキュッというシューズと床の摩擦音を激しく鳴らしながら、ボールをドリブルする王崎がいる。

女子生徒達が詰め掛ける原因である王崎も、いくら少女漫画のヒーローだからといえどこのむっとした暑さの中汗一つ流さないわけもなく、先ほど見かけた野球部員と同じくらい滝のような汗をかいていた。

しかし、流石と言うべきか、彼は走るたびにキラキラと汗を光らせながら敵のゴール目掛けてボールを運んでいる。

手にしていたボールを味方にパスをしたと思ったら、そのまま王崎のチームは前にパスを繋ぎ、最終的に王崎が教科書にのっているお手本のような綺麗なフォームであっという間にゴールに向かってボールを投げた。

ポス、という軽い音を立ててネットからボールが落ちると同時に、ビーッと試合終了を告げる電子音が鳴った。


部活内でのミニゲームだったようだが、どうやら王崎達のチームが勝利を収めたようだ。嬉しげに仲間とハイタッチする太陽のような笑顔が眩しい。


そのまま休憩に入ったのか、王崎は壁際に移動しタオルで顔を拭いた後「ふーっ」と息をつきながら水分補給をしていた。

そこへ、先ほど敵側だった恐らく先輩であろう人達が王崎のところへやってきて、彼の頭をわしゃわしゃとかきまわしている。茉莉花の場所から声は聞こえないが得点を入れたことか、連携の上手さか、もしくはブザービートについて褒められているのだろう。けらけらと笑う先輩達に囲まれ、髪をぐしゃぐしゃにされた王崎は教室ではあまり見せない照れたような顔をしていた。


そこまで目撃した茉莉花はドアから顔を引っ込めて、両手で顔を覆って何とか心を静めようとした。


やっぱり王崎君のお誘い断っといてよかったかも…。


自分の選択は間違いではなかった、と呼吸を整えているとワンピースのポケットがぶるぶると震えた。

ポケットから取り出して見ると、自習室に着いたとの速水からの連絡だった。

直ぐ行く旨を返信した茉莉花はもう一度だけそろっと体育館の中を覗いた。


休憩が終わったのかキリっとした精悍な顔つきでコートに立っている王崎がいて、またしても茉莉花は「うっ」と小さく呻いた。

床に置いていた鞄を手にし、頬の熱さと、こんな調子で後数時間後にちゃんと王崎と対面できるのか、という不安を振り切るようにパタパタと小走りでワンピースの裾を揺らめかせながら、体育館を後にした。

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