第40話 王崎栄司と百瀬亜依の勉強会2
宮本さんに負けないぞ、と気合いを入れたもののとりあえず今一番にしなくてはいけないのは、テスト勉強だ。
彼女のように頭の出来が良いわけではないので、努力で補うしかない。
とにかくまずは彼女と同じスタートラインに立たなくては。
メラメラとやる気を出した百瀬は、その晩早速教科書とノートを広げて自宅で勉強しようとした。
テスト勉強は今まで前日かテスト週間直前の土日に詰め込んでやってたから、こんなに余裕持って取り組むなんて久々かも。
しかしそんな少し清々しい気持ちは、勉強を始めて数分しか持たなかった。
歴史はまだいい。暗記科目だ。生物も今の所暗記で乗り切れる。
問題は英語、古文、数学だ。
教科書に基本的な文法や公式は載っているが、当てはめ方がわからないし、ノートはところどころ抜けている。
早々に壁にぶつかった百瀬は、放課後、転校してきて初めて図書館に足を運んだのだった。
「参考書ってこんなに種類あるんだ…」
棚にずらりとならんだ古文の参考書に百瀬は顔をしかめた。
勉強を始める前にこんなことで悩む羽目になるとは。
参考書なんかに頼らずいっそ幼馴染の速水に甘えたくなってきたが、ダメだダメだと百瀬はそんな自分を叱咤する。
幼い頃は百瀬より背も低く泣き虫で、いつも後ろをついてまってきた幼馴染は、今や百瀬よりもずっと背が高く、泣き虫の面影を感じさせない精悍な顔つきになっていた。
成績だって百瀬より良いため、予習や宿題に関して既に何回かお世話になっていた。
クラスの皆とわいわいするような性格にはなっていないため基本的に一人でいるが、昔のように百瀬の後ろについてまわらなければ何も行動できないような小さい男の子ではなくなっていた。
昔の面影を感じさせない幼馴染だが、ただ、優しいところは変わっていない。
百瀬が頼めばテスト前の集中して勉強したいこの時期でも、きっと快く勉強を教えてくれるに違いない。しかしそれに甘えてはいけない。
けーちゃんがあんなに成長したんだもん。
私だって何でもかんでもけーちゃんに頼るわけにはいかないよね。
よし、と気合いを入れなおした百瀬は、本棚の上の段から順に目を通した。
『語呂合わせ古文』、『読んで覚える古典文学』、『小学生でもわかるはじめての古文文法』…。うん。小学生でもわかる、なんて少し恥ずかしいがレベル的にはこれが丁度いいかもしれない。
「んーっ」
棚の上段にある『小学生でもわかるはじめての古文文法』を取ろうと、百瀬は背伸びをした。
「あと、ちょっ、と」
爪先立ちで足をぷるぷると震えさせながら右手を伸ばすが、本の背に指がかするだけで、中々上手く取ることができない。
「これかな?」
ふ、と背後に熱を感じたと思ったら、甘い声とともにすらりと長い指が棚から本を抜き取った。
「はい。どうぞ」
驚いた百瀬が振り返ると、微笑みを浮かべた王崎が本を差し出した。
「お、王崎君!あの、ありがとう…」
「いや、むしろ驚かせてごめん」
ぱっちりしてる目がいつも以上にまんまるだ、と王崎は笑みを漏らした。
それに百瀬は顔を赤らめ、胸の位置で参考書を抱きしめた。
王崎は百瀬が抱きしめている参考書を指差して問いかけた。
「それ、テスト勉強に使うの?」
「え、う、うん。教科書でわかんないところがあって、それで参考書で勉強しようと思って」
話しているうちに段々と恥ずかしくなってきた。
よりにもよって王崎に『小学生でもわかるはじめての古文文法』なんてタイトルの参考書を使ってるところを見られるなんて。
「私頭良くないから、こういう参考書くらいがちょうどいいのかなって。恥ずかしいところ見られちゃったなぁ〜えへへ。」
早口で言い切り、誤魔化すように笑うとふわりと優しく頭を撫でられた。
「恥ずかしくなんてないさ。俺は百瀬さんのそういう一生懸命なところ、好きだよ」
「すっ…!」
好き。
もちろん恋愛の意味は含めていないと理解しているが、わかっていても反応してしまう。
きゃあきゃあと内心で騒いでいると、王崎が更に爆弾を落としていく。
「1人でも頑張る百瀬さんも好きだけど、もしよければ、俺と一緒に頑張らない?」
「へ?」
「せっかく俺たち隣同士の席だし、放課後一緒に勉強しよう」
王崎君と二人っきりで勉強…。
「い、いいの!?王崎君と勉強したい!」
彼と仲良くなれるまたとないチャンスだ。
気持ちが更に高揚し、身を乗り出して力強く頷くと、王崎が笑った。
「ははっ、そんなに喜んでもらえて俺も嬉しいよ」
からりと太陽のように笑う王崎は、やはり物語に出てくる王子様のようだ。
綺麗だな、と思うと同時に王子様の横にいるお姫様のように綺麗な女子生徒の姿を思い出した。
先ほどまでの熱が引いていくのを感じながら、百瀬は口を開いた。
「…でも、よかったの?ここ最近宮本さんと勉強してたんじゃない?」
「あぁ、よく知ってるな。でも大丈夫だよ。約束してるわけでもないし、俺も彼女もお互いなんとなく流れで休憩時間に少しテスト勉強の補足をしてるだけで放課後は一緒にいないから。心配してくれてありがとう」
「そうだったんだ…」
王崎の返答にふぅ、と肩をなでおろす。
てっきり放課後もずっと一緒にいるものだと身構えていたから、なんだか拍子抜けしてしまう。
「今日はもう空いてないだろうから、明日から放課後自習室を使って勉強しようか?」
「お願いします!頑張ります!」
「ああ、頑張ろう」
頑張ろう。
勉強も。
王崎君との関係も。
宮本さんには、負けない。
百瀬は決意を秘めた瞳をきらりと輝かせた。
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