第39話 王崎栄司と百瀬亜依の勉強会
ねぇ、あれみて。
素敵…。
テスト期間になってからというもの、よく囁かれる言葉だ。
ひそひそと噂をされているのは、佐古一高校で最も有名な2人、王崎栄司と宮本茉莉花である。
いつも物静かに本を読んでいる高嶺の花の宮本茉莉花が親しげに話すのは王崎栄司くらいだし、もともと2人は学級委員長としてよく一緒に行動していた。
しかしそれにしても、このところ登校後の朝礼までの時間やお昼休憩、ちょっとした10分休憩でさえ、2人が一緒にいる姿を見かける。
単なるおしゃべりをしていることもあるようだが、大半は色んな教科の勉強をしているようだ。
お昼休憩の今も、お弁当を食べ終えた宮本茉莉花の机の上に教科書とノートを広げてテスト勉強をしている。
一言、二言と穏やかに言葉を交わし微笑み合っている2人にとっては、テストなんて余裕のはずだ。きっとテストを機に、範囲を超えた高度な質問をし合っているのだろう。
凡人な脳のつくりをしている百瀬には、どんな質問をしているのかさっぱり予想もつかないけれど。
「亜依ちゃん?どうしたのぼーっとして」
「…ううん、別になんでもない」
「ふーん?ずっとお箸くわえたまま動かないから不思議に思ったんだけど」
「あはは、なんか食べてるうちに食欲なくなっちゃって」
考え事をしながらお昼を食べていることを察した遠藤に声をかけられ、百瀬は隠すように笑う。
とっさにでた言葉ではあったが、実際満腹というわけでもないのにこれ以上食べようという気持ちは湧かなかった。
一段目のおかずには、黄色い卵焼き、パリパリに焼いたウィンナー、昨日の夜ご飯の残りのほくほくのじゃがいもコロッケ、ブロッコリーのサラダやらが残っていたし、二段目のふりかけご飯は半分ほど残っている。見慣れたメニューで、いつもなら美味しい美味しいと次々に口に運んでいるはずだ。
それなのになぜか急に全てが魅力を失ったかのように感じる。
卵焼きの色が色褪せた黄色に見えるし、ウィンナーもコロッケもくたびれた様に感じる。ブロッコリーはなんだか人工的な緑色に見えてくるし、さくさくふりかけご飯は、ザラザラとした粉がかかった青白い米粒の集合体に思えてくる。
作ってくれたお母さんに悪いな、と思いつつ百瀬はお弁当箱を重ね、片付け始めた。
「まだ残ってたのに…」
「今はちょっと食べれそうになくて。ごめん美奈子ちゃん、私ちょっとトイレ行ってくるね」
お弁当箱をナプキンでキュッと包み、お弁当袋にいれながら遠藤に断りをいれて、教室を逃げるように出て行く。
目的も行く当てもないため、口実にしたトイレにとぼとぼと足を引きずるようにして向かう。
お昼休憩がおわるギリギリの時間だと、友達同士で来る女子生徒で混雑しているトイレも、まだ時間が早いためか誰もいない。
誰もいないことをいいことに、鏡の中の自分に向かって大きなため息をこぼした。吐いた息で鏡の中の自分の姿が一瞬曇る。
やっぱりお似合いな2人だな…。
私なんかじゃ、王崎君には釣り合わない。
でも、好きなんだよね。
ぐるぐるとからまわりする思考に、再びため息をついたところで小さな足音が入り口から聞こえてきた。
そこには、まさに悩みの元凶の宮本茉莉花がいた。
相変わらずの澄まし顔の彼女は、鏡の前で悩んでいるクラスメイトなんて眼中にもないようで後ろをさっと通り過ぎようした。
「み、宮本さん!」
反射的に名前を呼ぶと、ほっそりとした足をぴたりと止めて彼女は百瀬を見つめてきた。
「えーっと、その…」
何か用か、等と言いたげな瞳に言葉を詰まらせる。
百瀬の存在などまるで意識していないような彼女に対して、とっさに呼び止めただけなのだ。続く言葉が見つからないのも当然である。
もごもごと意味のない言葉を発音していると、静かな声で告げられる。
「特に用がないのであれば、いいかしら。教室に待たせている人がいるから」
「あ、王崎君…」
「よく知ってるわね」
よく知ってるも何も宮本さんと王崎君が最近今まで以上に一緒にいることなんてこの学校の生徒なら誰でも知ってるよ。
なんだろう。
さっきまで、2人の姿にちょっとショックを受けてたけど、なんだかだんだんむくむくとしたよくわからない気持ちがぶわりとわいてきた。
「私、負けないから!」
表現しようのないエネルギーに任せて人差し指を突きつけて宣言すると、脈絡のない百瀬の言葉に宮本茉莉花は無表情ながら小首をかしげた。
別に彼女に意味が伝わってなくてもいい。
宣言することで満足した百瀬は、ふん、と鼻息荒くトイレから出て力強い足取りで教室へ向かった。
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