第38話 役者が揃った3
何かはわからないけど、何かひっかかる。
今朝の出来事を振り返った茉莉花は、速水に問題を解かせながらもやもやとした小さな違和感を抱いていた。
彼のくるくると小さく渦巻いているつむじをじっと睨んで、今度は過去ではなく現状の分析を試みる。
まずメンバー。
『スイートチョコレート』では、王崎栄司、百瀬亜依、速水慶吾、宮本茉莉花が一緒に行動していた。いつの時期からそうなっていたのか記憶が定かではないが、これは現状と一致している。
一致してるのはいいけど、改めてみるとすごい4人組ね。
王崎君に恋してなかったら近寄ってなかったのに。
漫画の展開的に4人が傍にいるように描かざるを得なかったのだろうが、だいたい各々が各々に対して恋心やら敵愾心やらを抱いているのにも関わらず共に行動するなんて、少女漫画というよりもはや昼ドラ的設定だ。遠くから見るにはいいだろうが、自ら進んで関わりたくない輪なのは誰の目にも明らかである。
渦中の人である茉莉花は唇を尖らせた。
当の王崎は百瀬に問題を解かせ、合間に自身も勉強しているようで真剣な表情で英語の教科書を目を通している。
人の気も知らないで。
私は勉強どころじゃないっていうのに。
おーい、なんてふざけて心の中で呼びかけていると不意に王崎が茉莉花の方へ顔をあげた。
急にぴったりと重なった視線へビクリと震えた茉莉花に、彼はぱっと光が灯るような笑顔を浮かべひらひらと小さく手を振ってきた。
さっと顔に熱が集まるのを感じながら、茉莉花もおずおずと遠慮がちに手を振り返す。
その返しに一層眩しく笑った王崎は、ぐっと顔の横で拳を作った。
がんばろうね、ってことかな。
親睦ウォークの時みたいだと、心臓を跳ねさせながら返事のジェスチャーをしようとすると、茉莉花の横から声があがった。
「王崎君、終わったんだけど見てもらってもいいかな?」
「ああ、もちろんだよ」
あっけなく外された視線に、茉莉花の心臓は途端に元の位置におとなしく収まり、体温もさがった。
王崎も数秒前と一転して、再び笑みを消し右手に赤ペンを持ち、ころころとした小さい文字を追っている。その彼を、向かい側から頬を染めた百瀬がじっと見つめている。
今王崎君は百瀬さんの先生なんだから彼女が声をかけるのは当然のことで、むっとするのはお門違い…いやでも私は王崎君のことが好きなんだからこういう感情を持つのは当然のはず。
悶々と考えているうちに、はっと気付いた。
そう、これだ。違和感の正体。
胸のつっかえがとれた茉莉花は右手の拳を左手の掌にポンとのせた。
「なんで昔の漫画みたいなリアクションしてんだよ」
いつから見ていたのか、顔を上げた速水につっこまれた茉莉花は顔を赤くした。
「これは、別になんでもない」
「眉間に皺寄せてたかと思えば真顔で納得したポーズとるし、変なやつ」
「もう、いいから問題解きなさいよ」
茉莉花の反応にくすりと笑い、おざなりな返事をしながら速水は再び問題に向き合った。
真顔はデフォルトなんだから、仕方ないの。
笑おうが泣こうが照れようが、基本的にこの涼しげな宮本茉莉花の顔はほんの少ししか変化しないんだから。
速水の言葉に心の中で弁解する。
こんな風に余計なことを言ってくる速水も、そして王崎と百瀬の様子に悩む茉莉花も『スイートチョコレート』では勉強会には登場していなかった。
百瀬は王崎と2人きりでテスト勉強をしていた。
勉強会の開かれる経緯も、今日のような遠藤が王崎に口利きをした後、速水が無理やり乱入して王崎が茉莉花を誘うようなおかしな展開ではなかった。
違和感の正体は、この勉強会の始まり方だったのだ。
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