第37話 役者が揃った2

発端は、当然のごとく主人公である百瀬だった。


家庭科部の部長の部活休止宣言によってようやくテストの存在を知った時、百瀬は茉莉花に対して、誰がどうみてもわかりやすく焦っている表情で大丈夫だと告げた。

しかし、一晩あけてもそのパニックはおさまらなかったのか、あるいは家で少し勉強してみて余計に絶望を感じたのか、翌朝百瀬は登校するなり目や鼻から色んなものを垂れ流して文字通り遠藤にうおんうおんと泣きついた。


ヒロインどころか、女の子のする顔じゃない。


そう思ったのは茉莉花だけではないようで、茉莉花の席へ振り返って話をしていた結衣も百瀬の姿に釘付けになっていた。


「すごっ。漫画みたいなリアクションしてる」

「笑ってるけど、結衣こそテスト大丈夫なの?」

「あー私のこと馬鹿にしてる。まぁ茉莉花の予想通りそんなに頭良くないけどね。勉強嫌いだし」


テスト前だと部活休止で走れないしストレス溜まるよ、と愚痴りながらも結衣の視線は号泣している百瀬と遠藤に向いている。


「補習になるとそれだけ部活にも出れなくなるし、大会にも響くから、陸上部は放課後集まって先輩に勉強教えてもらってるんだよ。だから赤点とるようなことはないよ」

「皆で集まって勉強かぁ。そういうのいいわね」

「茉莉花の場合は、誰かと勉強するなら先生役になるんじゃない?あ、王崎君は別か。茉莉花も王崎君も頭いいからハイレベルな勉強会できそうだね」

「王崎君と勉強だなんてそんな」


王崎と二人きりで放課後に勉強。

思わず想像してしまい、一瞬で頬に熱が集まり下を向くが、王崎が百瀬のところへ来たと言う結衣の言葉にさっと顔をあげた。


どうやら泣きつかれた遠藤が王崎に百瀬のことを頼んだのだろう。

そこには微笑む王崎と顔を真っ赤にしながらペコペコと頭をさげる百瀬の姿が見られた。


『スイートチョコレート』でも、そういえば確かにテスト前に百瀬が王崎に勉強を教えてもらっていたようなことが仄めかされていた。

百瀬が勉強を教えてくれたお礼として王崎とデートをする話がメインだったため、実際に漫画として描かれてたのは、テスト前に百瀬が王崎に勉強を教えてくれるように頼むところから、いきなりテスト返却に場面が飛んでいたのだ。

恋愛漫画で勉強するシーンを入れても仕方ないので、いきなり場面が飛んでしまうのは無理もないが、そのため二人が具体的にどのような会話をしながら勉強をしていたのか茉莉花は知らない。

だが知識はなくても、想像はつく。

茉莉花の脳裏に、部活終わりの放課後にお菓子を手渡す百瀬と優しく微笑んだ王崎の姿が浮かぶ。

きゅっと心臓が鋭い痛みを訴えた。


いやだ。あんな光景、見たくない。

どうしよう。

今から声をかけて混ぜてもらおうか。


どうしよう、どうしようと気持ちが焦るばかりで空回りしている茉莉花の思考を、すっとシトラスの爽やかな香りが遮った。

香りを辿ってみると、茉莉花の横を通った速水がずかずかと百瀬達のところへ割り込んでいた。


「はっなんだよ、テストくらいでびーびー泣いて焦るなんてアホみてぇ」

「なっ、テストくらいって何よ!けーちゃんのばか!人が困ってるのにそんな言い方しなくてもいいじゃん!」


先ほどまで顔を赤くしてもじもじと照れていた百瀬が、速水を恐れる遠藤の制止も聞かずに彼を睨んだ。

かわいらしい顔の百瀬にいくら睨まれても全然怖くないのだろう、速水は怒っている彼女を更にからかった。


「いくら切羽詰ってるって言って他人にお前のバカさ加減を披露しなくてもいいんじゃねーの。ま、まぁ俺は別に今更驚いたりしねぇけどな」

「バカさ加減ってひどいっ。それに王崎君はそんなこと思わないもん」

「はぁ?そこじゃねぇよバカ。俺が言いたいのは…」

「あーまたばかって言った!けーちゃんだって頭よくないくせに!」


あの速水君がすごい喋ってる。

百瀬さん、速水君のことけーちゃんって呼んでる。


ざわざわと教室がどよめく中、茉莉花も別の意味で驚いていた。


あの速水君が、百瀬さんが転校してきた時には声もかけられなかった速水君が、王崎君と百瀬さんを二人きりにしないために割って入っている。

憎まれ口しか叩いてないが、それでも彼にしては大きな成長だ。

それに比べて自分はどうだろう。

焦るばかりで何も行動できていない。

何をしているんだ私。こんなんじゃ、駄目だ。


よしっ、と心の中で気合を入れ、茉莉花も決心した。


自分も今から声をかけて、王崎君と百瀬さんの勉強会に混ぜてもらおう。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。要は、速水君も一緒に勉強したいってことだろう?」

「えっ王崎君!?」

「い、いや一緒にっていうかそもそも俺が…」

「でも奇数だと少し難しいかな。遠藤さんも一緒に勉強しないか?」

「へっ、私!?ううん、嬉しいけど遠慮しとくね。人に教えられるほど余裕ないし、それだと王崎君の負担増えるだけだし」

「そんな、別に気にしなくてもいいいのに。でもそうだな…。あぁ、茉莉花ちゃん!」

「えっ」


決心した矢先に突然話を振られ、茉莉花は思わず声を漏らした。

クラス中の視線を感じながら、手招きされるままに王崎達のもとへ行く。


「今、百瀬さんと速水君と一緒に勉強会をしようって話してたんだけど、どうかな?」

「えっ」


茉莉花と、そして百瀬と速水の声が重なった。

王崎のにこやかな顔。

百瀬の不安そうな顔。

速水の驚いた顔。

周囲の緊張を孕んだ顔。

王崎の一言により、様々な思いが茉莉花に向けられているのをひしひしと感じる。


思わぬ展開だが、返事は決まっている。


皆が固唾をのむ中、茉莉花は王崎に頷いた。


「ありがとう。是非参加したいわ。三人とも、よろしくね」

「本当?よかった。こちらこそよろしく。百瀬さんと速水君もよろしく」

「うぅ、よろしくね王崎君、茉莉花ちゃん」

「おぉ」


けーちゃんのばか、と顔に出しながら百瀬は肩を落とした。

速水は速水で複雑な表情のまま曖昧に返事をした。

にこにこと笑顔なのは王崎くらいなものだ。


ともあれ、百瀬を発端に、こうした経緯から『スイートチョコレート』で何かとともに行動していた4人が集まったのだった。

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