第33話 お菓子の行方
王崎にもう先約済みなの、と思わず茉莉花は言ってしまったものの、家庭科部で作ったお菓子をあげる相手なんて今のところ結衣以外いない。
家庭科部で作るお菓子は大体2、3人分になる。
さすがに結衣一人にあげるには量が多いだろう。
だが、他に毎回受け取ってくれるほど親しい友人もすぐには思いつかない。
かと言って、自分や家族で食べるのも味気ない。
どうしたものか、と頭を悩ませながらパウンドケーキの材料と器具を机の上に用意する。すると、隣で同じく準備をしていた百瀬が話しかけてきた。
「茉莉花ちゃん、他に材料持ってきたんだ」
「ええ、型を小さいものにして二種類つくろうと思って」
「へえ~。何つくるの?」
「チョコ生地とバター生地のマーブルパウンドケーキと、洋酒漬けされたドライフルーツのパウンドケーキよ。百瀬さんは?」
2種類作るために用意する材料も倍になる。
あっという間に茉莉花の机の上が小皿でいっぱいになった。
対照的に百瀬の机の上はすっきりとしている。
「私は基本のバター生地のパウンドケーキ!だから材料がシンプルなんだよね。型も学校にあるものだし」
「今回はパウンドケーキがテーマだけど、バター生地はマフィンやマドレーヌにも使うから基本をしっかりとすれば、それらも作ることができると思うわ。それに、基本と言ってもバター生地は奥が深いのよ」
茉莉花の言葉に、百瀬が小首を傾げた。
「前の黒板に書かれたレシピにあるように、バター生地は基本的にバター、砂糖、小麦粉、卵4つの材料を同じ分量使うでしょう。この配合をフランス語でカトルカールっていうのだけれど…まぁそれは置いといて。この4つの材料と分量を同じように使っても、作り方を変えるだけで味や食感が変わるの」
「作り方?」
「一般的なのは、シュガーバッター法ね。適度に膨らみ、しっとりとやわらかい口当たりになるのが特徴。もう1つはフラワーバッター法。シュガーバッター法に比べて大きく膨らんでキメも細かいふんわりとしたパウンドケーキになるの。卵と小麦粉の分離が起こりにくいし、私は百瀬さんにはフラワーバッター法をおすすめするわ」
「失敗しにくいんだ!お料理上手な茉莉花ちゃんが言うなら間違いないね。フラワーバッター法で作る!フラワーってなんかかわいいし」
フラワーは小麦粉のことだよ、とツッコミたかったがえへへと笑い周囲にお花を飛ばしている百瀬の雰囲気を崩すのも憚られ、茉莉花は心の中にそっとしまった。それに、英語の発音はどちらも同じだし、まあいいだろう。
ボールに常温に戻したバターに砂糖を加え、ホイッパーですり混ぜていく。
作業をしながら、茉莉花は百瀬に手順を教えた。
「私は今シュガーバッター法で作っているから、バターと砂糖を混ぜているけど、百瀬さんはバターに小麦粉を少しずつ入れて混ぜてね。その時に空気をよく含ませること」
「はーい」
茉莉花の指示に明るく返事をした百瀬はボールに材料を入れた。
その姿を横目に茉莉花も白っぽくなったバターに空気を含ませ、少量の卵を混ぜた。ある程度ホイッパーで混ぜた後はハンドミキサーで混ぜ、数回に分けて卵を混ぜてクリーム状にしていく。
「混ぜたら、卵と砂糖を加えてよく混ぜてね。卵は数回にわけて入れた方が分離が起きないから」
「卵は少しずつね。気をつける」
作業をしながらのため百瀬の顔は見ていないが、いつもはくるくると変わる表情がきっと今はきりりと引き締められているのだろうな、と茉莉花は手を止めずに思い浮かべた。
小麦粉を加えて混ぜたプレーンな生地の上に、同時に作っていた少量のチョコレート生地を入れ、プレーン生地で包み込むようにゴムベラで整える。
そこからすくうように大きく混ぜ、生地がマーブル状になったところで型に入れた。後はマーブルパウンドケーキは焼くだけである。
続けて、ドライフルーツパウンドケーキを作るためにボールに入った洋酒漬けされたドライフルーツをフォークでほぐした。ドライフルーツが全体に散らばるように、ほぐしたドライフルーツを生地の入ったボールに入れ、底からすくって大きく混ぜる。
「茉莉花ちゃん、生地できたんだけどこれそのまま型にいれちゃっていいの?」
「黒板にも書いてあるけれど、そのまま入れて焼くとくっついて取れなくなってしまうから、型にバターを塗るか、クッキングシートを使うべきね」
生地に馴染んだところで、型に生地を入れようとした茉莉花は百瀬を手招きし、クッキングシートを敷いた自分の型を見せた。
「オーブンに入れたし後は待つのみだね。茉莉花ちゃんに見てもらったし、今回はきっと大成功のはず!」
子供のようにわくわくした様子でオーブンを覗き込む百瀬に茉莉花はくすりと笑った。
王崎君を好きってところではライバルになるんだろうけど、こういう天真爛漫なところとか、嫌いになれないんだよね。
彼女が作ったお菓子は王崎へ渡る。
それはわかっているし、本来ならライバルに初心者にも作りやすい方法等アドバイスなんてするはずがないのだが、こうしてライバルだと知っているはずの茉莉花を慕ってくれ、一生懸命努力する彼女の姿を見ると自然と力を貸したくなる。
人に好かれる人、とはまさに百瀬のような人物のことを指すのだろう。
『スイートチョコレート』に描かれていた宮本茉莉花に比べて、クラスメイトとも親しいし、百瀬よりずっと多くの才能に恵まれているはずなのに、茉莉花は百瀬を羨ましく思った。
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