第23話 マドンナ4

頭の中で、電子的な音階がぐるぐると流れている。


ポーン。ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド。ポーン。ド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ・レ・ド。ポーン。ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド…。


かわいらしい音とは裏腹に無常にもどんどんテンポが速くなり、感情を含まない声が容赦なく回数をカウントしていく。


俗にいうシャトルランにおいて、百瀬は二ヶ月前の四月の体力測定で、45回という数字を出したばかりだ。

平均か、もしくは少し平均を少し下まわるか。

勉強も並みの百瀬だったが、運動神経や体力もこれまた平均的であった。

そのため、運動部所属の女子生徒や、体力や運動神経のある女子生徒と共に体育の授業を受けると、能力的にも体力的にも彼女達についていけなくなるのは至極当然のことと言える。


ドスッドスッと音をたてながらドリブルをする宮本茉莉花を、数人の女子生徒達が追いかけている。

敵チームはボールを奪おうと、味方チームは彼女のフォローをしようと動いている。その度に彼女達のシューズが体育館の床を激しく擦り、キュッキュッと甲高い音をたてた。

宮本茉莉花の敵である百瀬も、彼女を追いかけていたがいつも最後尾で皆より数テンポ遅れてシューズの音を鳴らしていた。


センターラインより百瀬達のチームのゴール側に少し近づいた場所で、宮本茉莉花は二人にマークされ、味方にパスを出した。パスを受けた味方はドリブルをし、百瀬達のチームのゴールを目指し移動していたがすぐにボールを奪われてしまう。

最後尾から一気に先頭になった百瀬だったが、すぐに逆走した皆に追い抜かれ、一瞬にしてまた最後尾となった。


ボールを追いかけて宮本茉莉花達のチームのゴールへ向かって走っていると、いつの間にか先頭へいた彼女が百瀬のチームメイトからボールをカットし、再び百瀬達のチームのゴールを目指し走ってきた。


ボールを奪われないよう味方にパスをしたり、フェイントをかけながら移動した彼女は3Pラインに足を踏み入れると、躊躇なくボールを放った。


ボールは綺麗な放物線を描き、リングにもバックボードにも当たることなく、ポスッと軽い音をたてて、ネットを通り抜けた。


「宮本さん、ナイッシュー!」

「やった、私達の勝ちー!」

「今日これで何点目よ」

「これで文化部とかもったいなさすぎ」


ハイタッチをしながらコートを後にし、笑いあう彼女達の姿を百瀬は肩で息をしながら眺めた。


今日の体育のバスケでは、敵チームも味方チームも何の偶然か、運動部所属であったり、体力や運動神経に恵まれている生徒ばかりが集まっていた。

文化部所属で体力も運動神経も並みの百瀬は当然ついていけず、結果常に集団の最後尾でひたすらコート内を往復して走るだけとなった。


綺麗で優しくて賢くて、そしてやっぱり運動もできるパーフェクトな人。


未だ荒い息を整えながら、百瀬は数日前の自身の予想があっていたことを痛感した。


今の試合と、その前の試合、二試合連続で活躍しているにも関わらず涼しい顔でチームメイトと談笑する彼女。

かたや、今一試合目で次に試合を控えているにも関わらず、喋れなくなるほど体力が損なわれている自分。おまけに点を入れるどころかボールに触れることすらなく、ただひたすらシャトルランをしていただけだ。


あまりの違いに、百瀬は肩を落とした。


「それでは試合を始めます」


ようやく息が整ったころ、試合が始まった。

今度の相手は、文化部所属の生徒ばかりのため、先ほどのように激しい展開にはならないだろう。

百瀬のチームメイトもどことなく、先ほどより空気がゆるくなっている。


審判のトスアップを百瀬のチームメイトが押し出し、百瀬のチームメイトが敵のゴールを目指して走り出した。

敵との攻防が比較的激しくないためか、百瀬も今度はきちんとボールを追うことができている。

これならいつパスがきてもおかしくないな、等と考えながらも先ほどの試合を思い出し、百瀬はコートの外でチームメイトと座っている宮本茉莉花に目線を移した。


楽しそうに皆とおしゃべりしてるけど、やっぱり王崎君と話してた時とは全然違う。あの時の宮本さん、かわいかったなぁ。


綺麗で優しくて賢くて運動もできて、好きな人の前ではかわいい人。


王崎君が宮本さんを好きなのかはわからないけど、今好きじゃなくてもきっとこれから好きになるに決まっている。

少女漫画の主人公みたいな女の子だ。

好きにならない訳がない。


二人が笑いあう未来を想像すると、胸がツキンと痛む。

こんな恋心を持っていたって無駄だ。

叶うわけないし、彼の隣には彼女がお似合いなのだから。


百瀬がため息をつくと、焦ったような声が聞こえた。


「百瀬さん、危ないっ」


声に反応して、顔をあげたと同時に何かが顔にぶつかってきた。


鈍い音がどこか遠くで鳴ったと認識すると同時に、衝撃と熱さと重さを刹那に感じながらも、百瀬の意識は黒く塗りつぶされていった。

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