第18話 百瀬亜依2
出会ってすぐにお互いがお互いを好きになるのではないか。
そんな茉莉花の考えはどうやら杞憂だったようで、授業中に教科書を見せるために机をくっつけている時以外は、百瀬と王崎が二人で話をしている様子はなかった。
入学してクラスの顔ぶれに慣れた時期に、新たに登場した転校生へ興味津々な女子生徒達が毎休憩話しかけているためだ。お昼休憩も、お弁当を食べる暇がないほど質問攻めにあっていた。休憩が終わる五分前に、詰め込むように食べている姿に、茉莉花は不覚にもかわいいと思ってしまった。くるくると表情をかえ、ちょこちょことした姿がなんとなく小動物を連想させるのだ。
そう感じているのは茉莉花だけではないようで、共にいる女子生徒達の視線もどこか生暖かい。
百瀬がそうして女子生徒達に囲まれている一方、王崎は王崎で、男子生徒達と行動を共にしていた。
そのため、二人の接点は今のところ授業中のみなのだ。
今も同時に数人から話しかけられてあわあわと目をまわしている百瀬を、茉莉花は後ろから眺めた。
百瀬はすでに王崎に惹かれている。
授業中、王崎のことをすごく意識しているのが後ろからでもよくわかった。あの人に優しく助けられ、あんな綺麗な顔で微笑まれたらそりゃあ惹かれるのも無理はない。
しかし、まだ恋にはいたっていない。
王崎だって今の段階では彼女のことをただの転校生としか認識していない。
『スイートチョコレート』でも、ヒロインとヒーローがくっつくまで、色々な障害があった。
そもそも、こんなにすぐにお互いが好きになったら、物語として成立しない。
現状を分析し、知識を思い浮かべ、二人が今すぐにどうこうなるわけがないのだと、茉莉花は自分に言い聞かせ、息をついた。
一時間目が始まる前の、二人の姿を見て少し動揺してしまったが、今はまだ大丈夫だ。
「あー、もう無理」
心を落ち着けていると、後ろを振り返ってきた結衣が茉莉花の机につっぷした。
「午後の授業って、午前より何倍も疲れるぅ」
「そんなこと言って、さっきの時間寝てたでしょう。後ろからまるわかりだったわよ」
「五月病だし、おなかいっぱいだし、いい天気であったかいから仕方なーい仕方なーい」
くぐもった声でだらだらと寝ている結衣の肩をトントンと叩く。
「ほら、もう後はホームルームして掃除したら放課後だから」
「そうしたら部活の時間だっ」
ぱっと起き上がる彼女に茉莉花は苦笑した。
活発そうな見た目通り、体育大好き部活大好きな彼女のこういうわかりやすいところは好きだ。
「今日はもっとタイム縮めるぞ」等と意気込む結衣は陸上部で、短距離走を得意としているらしい。
部活中は肩までの髪をまとめているようだが、それが億劫らしくベリーショートにしようか迷っているのだとか。
背中まで髪を伸ばしている茉莉花とは正反対だ。
といっても、運動部でもない茉莉花は髪が長くて鬱陶しいとは感じない。
さらりとまとまったストレートの髪はおろしていても日常生活の中で特に不便を感じないし、所属している家庭科部の活動時も結んでいれば支障はない。
部活届けを出す直前まで、運動神経がいいのだから運動部に入ればいいのにと周囲に言われ続けていたが、茉莉花は今の部活を気に入っている。
確かに宮本茉莉花として運動は得意だが、部活にはいって専門的にする程どの種目も興味が持てなかった。
王崎のいるバスケ部のマネージャーも考えたが、ギャラリーの女子生徒の数を見てやめた。もともと運動部員たちが活動し体育館に熱気がこもっているというのに、更に熱気を発する観客がいるとなると今の季節はともかく、夏は恐ろしいことになりそうだ。
残りは文化部だが、合唱部や吹奏楽部は運動部と同じくピアノやバイオリンを一通り弾けるとはいえ、専門的にするほどではない。
美術、書道、写真、華道、茶道、演劇、科学…。どれもしっくりとこない。
そもそも、宮本茉莉花が得意なことではなく、茉莉花が好きなこととは何か。
思いついたのが料理だった。毎朝一手間かけたお弁当を楽しんで作っているし、味も毎回結衣に強請られるくらいには美味しく作れる。
そうした経緯から、茉莉花は家庭科部へ入部したのだった。
しかし、入部届けを提出してから思い出したのだが、『スイートチョコレート』でも宮本茉莉花は家庭科部に入部していた。
漫画通りに行動しないと決意していたわりに、不可抗力とはいえ委員長にはなるし、家庭科部にも入部してしまった。
挙句の果てには、実ることのない恋だから絶対好きにならないと固く誓っていた王崎のことを、好きになってしまった。
見事に順当に漫画通りの行動をしてしまっている自分に、茉莉花は頭を抱えたくなった。
いやでもさっきも考えた通り、今のところ二人が好きになるとかないしね。
先の展開をなるべく考えないようにし、茉莉花は無理やり意識を部活へ向けた。
家庭科部の今日の活動は、料理だ。
入部して一ヶ月。
活動内容の一つである裁縫をする気配は、今のところ、感じられない。
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