第19話 熱烈な視線
次の授業にテストがあるため。
次の授業の予習を家でやって来なかったため。
前の時間に出された宿題をするため。
休憩時間だけではおしゃべりが尽きず、ルーズリーフをまわして会話するため。
内職の事情は人それぞれだ。
皆、ばれないようにノートの下に隠したり、引き出しに必要な道具を入れこそこそ書き込んだりと、独自の工夫をしている。
内職だけではない。
授業の受け方は人それぞれだ。
眠気に耐えようとしているものの、耐えきれずに首をガクガクと揺らしている生徒。
窓の外の景色を眺める生徒。
本来あるべき姿の、教科書とノートを出しキチンと前を向いて授業を受けている生徒を除いて、様々な行動をしている生徒達に共通しているのは、「先生には今のところばれていない」という意識だ。
しかし、前に担任の萩原が言っていた通り「前からは全て見える」のだ。
英語の授業中、あてられた茉莉花は壇上に立ち、一瞬教室を見渡した。
数センチしかない壇上に立っただけで、前から後ろまで教室全体がよく見渡せる。
どう取り繕っていても、真面目に授業を受けている生徒とそうでない生徒は前から見るとその違いがよくわかる。
今まで授業中に内職をしたことも、寝たこともないが、この光景を見ると改めて真面目に授業を受けようと茉莉花は決意し、白いチョークを手に取り黒板に向かった。
Kenta wrote an interesting mystery novel.
He is in spite of the Thirteen years old, who won the various awards.
Not only Japanese newspapers but also foreign newspapers was covered widely in the media, which caused a sensation on a global scale.
黒板に文章を書き込んだところで、先生に説明も求められたため、パンパンとチョークの粉を振り落としながら再び前を向く。
「問題では、Not only Japanese newspapers but also foreign newspapersの箇所が、Not only Japanese newspapers and also foreign newspapersとなっていました。Not onlyというのは、Not only A but also Bのイディオムのため、andをbutに修正しました」
教室を見渡しながら解説をし、ついでにNot only Japanese newspapers but also foreign newspapersの箇所に赤いチョークで線をひき、先生の反応を伺う。
「はい、正解。このイディオムは今回の単元の重要なポイントだから覚えとくように」
書き込んだ解答に赤いチョークで丸がつけられたことを確認した茉莉花は自分の席へ戻り、隣の席へちらりと視線を向けた。
前から見えたのは、寝ている生徒や内職をしている生徒だけではない。
速水のこの仏頂面も壇上からよく見えた。
百瀬が転校してきてからずっとこの調子である。
整った顔立ちをしかめているのはいつものことだが、速水は百瀬が転校してきてからというもの、授業中も休憩時間も常にじっと彼女のことを見つめている。
百瀬と隣の席になれなかったことに対してショックを受けている、だけではない様子だ。
速水と百瀬が一度も話している姿を見ていないことから、おそらくまだ百瀬は速水の存在に気づいていないに違いない。
つまり、速水は彼女に自分の存在を気づいて欲しくて、穴が開きそうなほどずっと見つめているのだろう。あるいは、話しかけたくても話しかけられないヒロインと喋っている人物を羨んでいるのかもしれない。
ヒロインが転校してきてから数週間は経っており、すでに暦は六月になっている。
それにも関わらずまだ話しかけられてないなんて…。
呆れを通り越して憐れである。
気持ちはわからなくもない。
久しぶりに会った幼馴染に対してなんて声をかけるべきか。
どのタイミングで声をかけるのか。
人の目がたくさんある休憩時間にかけるのは勇気がいる。
人目を避けて早朝に声をかけるにしても、彼女は登校しているのか。
放課後もお昼も友達と会話している彼女達に、割って入り話しかけるわけにもいかない。
学校の外まで着いていくのは論外だろう。下手したらただのストーカーだ。
もしも隣の席であったなら、話しかけるチャンスは今より格段にあったはずだ。
そもそも、話しかけたところで彼女は自分のことを覚えているのか。
そうした考えがぐるぐると頭の中でまわり続け、何も行動せずにただ見つめるといった結果になったのだろう。
しかし、ぶすぶすと思いっきり視線が刺さっていたにも関わらず、百瀬はよく気がつかないものだ。
隣の席の王崎でさえ、今はあまり気にしていないようだが、最初のうちは速水を振り返って首をかしげていたのに。
茉莉花も、横から見ていても強烈な視線を送っていると百瀬が転校してきた日から思っていたし、壇上から見るとより一層この眼力が苛烈だと実感した。
ヒロインが鈍感っていうのはセオリーだけど、こんなあからさまに見られていても気づかないのはむしろ尊敬できる。
ヒロインってすごいなぁなんて月並みな感想を抱きながら、茉莉花は百瀬の背中を眺めた。
実は、壇上で教室を見渡し発覚したことは、速水の視線だけではなかった。
ここ数週間、茉莉花はずっと自分に向けられている視線を感じていた。
王崎ほどではないが、男女共に視線を集めるのはいつもことだ。しかし、そうした視線は一時的なものであり、常に向けられているものではない。
ここ数週間向けられている視線は、常にではないものの長期間に渡っている。
例えば、朝教室に入った時。授業中あてられ起って解答した時。移動教室へ向かう時。お弁当を食べる時。
そして特に視線が強くなるのは、王崎と話している時だった。
始めは王崎のことが好きな女子生徒かと思っていたが、それにしては視線に悪意がない。嫉妬の類ではなく、憧れや尊敬といった好意的な視線を向けられているため、茉莉花は混乱していた。
だが、先ほど壇上でクラスを見渡し視線の持ち主と目が合い、ようやく視線の正体を知ることができたのだった。
ヒロインだったのかぁ。
壇上で目が合うとすぐに慌てて目を逸らされたが、数週間視線を感じ続けていたのだ。それが同じ視線の持ち主だと断言できる。
そういえば確かに『スイートチョコレート』には、ヒロインは王崎が気になっているものの、その隣には既に王崎にお似合いの女子生徒がいることにショックを受けるって描写があった。
茉莉花は手元のノートに目線を落とし、その描写を思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます