第15話 親睦ウォーク7

コートに、緊張を孕んだ異様な静けさが訪れていた。

茉莉花の攻撃で跳ね返ったボールをキャッチした外野から、王崎へパスがまわってきてからというもの、王崎は外野の正面の男子生徒とひたすら前野を挟んでパスを続けている。


「これ、とれないだろ…」


誰かがポツリと呟いた。

茉莉花もその呟きに心の中で同意した。

というのも、王崎と外野のパスは顔の横に投げる高いボールと、地面と並行に足元へ投げるボールが織り交ぜてあるのだ。

高すぎても低すぎてもとりにくいボールを、混ぜながら、しかもスピードも威力もそこそこあるときたら、いくら前野でもそう簡単にはとれないだろう。


しかし、いつまでもこのパスを続けるわけにもいかない。

そろそろ勝負にでるはずだ。

茉莉花が二人を見つめていると、王崎達が前野を挟んでパスしている最中、ちらちらと前野の横に立っている男子生徒達に視線を送っているのに気がついた。


まさか、前野と同じようにカーブを投げて横にいる男子生徒達をあてようとしてるのだろうか。

当の前野をみると、一瞬だけニヤリと口の端をあげていた。


気づかれてる!


茉莉花が王崎へ声をかけようとした瞬間、王崎が今まで以上に大きく腕を振ってボールを投げた。

同時に前野が横に体をむけボールをとろうと両手を伸ばした。


「どうせカーブだろ!わかってしまえば、こっちのもの…!?」


前野の得意げな表情が、言葉の途中で驚愕に変わっていった。


王崎の投げたボールは、カーブではなく、真っ直ぐだったのだ。

ボールは、体勢を崩していた前野の肩に強く当たった。


「…ま、前野を当てた!」

「王崎君かっこいい〜!」

「野球部でもないのに…はんぱねぇな」

「視線はフェイントだったのか…」


ざわつくコートの中、前野が悔しげに言った。

そんな前野に王崎は晴れやかな表情で笑う。


「さっき茉莉花ちゃんにカーブ投げただろ。皆はもちろんだけど、投げた本人でさえもあのインパクトは中々抜けてないんじゃないかと思って、フェイントかけたんだけど嵌ってよかったよ」

「くっそー。こうなったら外野からバンバンあててやるからな!」


そう言い捨て、前野は外野へと向かった。


しかし、前野の意気込みとは裏腹に、陣地にいた残りの敵メンバーは、前野を失ったことに動揺を隠せず次々と当てられていった。

そして、


「よっしゃ、最後のひとりっ!」


ずっと気配を殺していたために最後まで残っていた男子生徒が、あっけなく堀田に当てられた。


「やった!」

「勝った〜!」

「前野なしで勝ったぞ!」


今までの試合は、前野がいるかいないかで勝敗が決まっていたと言っても過言ではなかった。

しかし、今回は真っ向から前野をうちやぶり勝利を掴み取ったのだ。

ぴょんぴょん跳ねながら抱きついてくる結衣を抑えながら、茉莉花はクラスメイト達に囲まれている王崎の姿を見つけた。

彼は目が合うと、人ごみから抜け出し茉莉花の方もとへやってきて片手をあげた。

茉莉花があわせて片手をあげると、王崎は軽くハイタッチをした。


あまり男っぽさを感じない王子様みたいな綺麗な顔だけど、やっぱり男の子なんだ。


手を重ね、茉里花は王崎の手が大きいことに気づいた。


「やったな!前野なしで勝つことができた」

「王崎君のおかげだね!すごかったよ」


かっこよかった、という言葉はのみこむ。


「茉莉花ちゃんもすごかったよ、前野のカーブキャッチしてさ。それに最後のフェイントは、実は茉莉花ちゃんのボールを参考にしたんだ」

「私のは偶然。王崎君こそ、ほんと今日一番のMVPだよ」

「あはは、野球部でもないのにヒーローインタビューされちゃうか」

「今日のヒーローだもん」


そう、ヒーロー。

今日だけのヒーローではない。

王崎栄司は『スイートチョコレート』のヒーローだ。

宮本茉莉花の、焦がれるヒーローだ。


そして、茉莉花が好きになってしまった、ヒーローだ。


照れたように笑った王崎に、くしゃりと頭を撫でられ、茉莉花は頬を染めた。

イケメンにされているから、ドキドキしているのではない。

王崎にされているから、こんなにもドキドキしているのだ。


自然と王崎の姿を探してしまう。

遠目に彼のかっこいい姿を見るだけで胸がいっぱいになる。

笑いかけられるとドキドキする。

話しているとこちらの心臓の音が聞こえるのではないかと緊張する。


今まで、こんなにドキドキするのはイケメン相手だからだと、頑なに思いこもうとしていた。

いや、最初は確かにそうだったはずだ。

それなのに、この一ヶ月の間一緒に過ごすうちに彼にドキドキすることが多くなっていった。

今日なんて、一体一日で何回顔を赤らめただろうか。


友達として適切な距離を保とうとしていた。

絶対に好きになんてならないつもりだった。


しかし、王崎の笑顔を見て、認めざるを得なかった。

もう自分の心を誤魔化せそうにない。


茉莉花は、宮本茉莉花と同じように、好きになってしまったのだ。


ヒロインと結ばれる、ヒーローのことを。

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