第14話 親睦ウォーク6

「よっしゃ……あ?」


堀田の堂に入ったフォームに周囲は歓声をあげかけた。

しかし、フォームに反してボールはひょろひょろと歪んだ放物線を描いて前野の前に着地した。


「……」


敵味方関係なく訪れた沈黙からいち早く脱したのはボールの目の前にいた前野だった。


「なんだそのフォーム!」


わざとゆっくりとボールを拾い上げた前野は、片手で口を隠しながらぷっと堀田を笑った。


「めちゃくちゃすごいボールを投げると見せかけといて!」

「投げ方は雰囲気合ったよな、投げ方は」


敵チームの笑う姿に、堀田は少し顔を赤くしながら叫んだ。


「うるせぇ!今のはわざとに決まってるだろ」

「いやー思いっきり素だったけどな。ドンマイドンマイ堀田」

「王崎みたいに女子には騒がれなかったけど、俺達はお前のそういうところいいと思うぞー」

「ここぞって時にやらかす堀田な」

「思わず歓声あげかけたけど、むしろここで成功してたら堀田じゃない」

「安心したわ」


味方であるはずの男子生徒達からそう声をかけられ堀田はますます顔を赤らめた。


「お前らフォローになってねぇから!後王崎はその生温い目やめろよぉ!」


愉快な人だ。


一連のやりとりを眺め、茉莉花も堀田に生温い視線を送った。


「…まぁ、堀田のやらかしはそろそろおいといて。反撃するぞ!」


顔を引き締めた前野が声をあげた。

その言葉に敵チームが活気付く。


前野が頭上まで大きく振りかぶり、風を切るようにしてボールを投げた。


「さっきも言っただろ!どんなに速くてもストレートなら受け止められるんだよ!」


投げられたと同時に、前野の正面に立ちボールを受け止めようと両手を出しながら西岡が言った。

それに前野はにやりと笑う。


「…ボールが曲がってる!」

「正面じゃない、横に来るぞ!」

「手首を上下に捻って回転をかけたのか!」


ボールはストレートの時と同じ威力を保ちながらも大きく曲がり、西岡から少し離れた場所にいた茉莉花のもとへ向かってきた。

誰もが危険を知らせる言葉をかける前に、そのボールは茉莉花めがけて真っ直ぐ飛んでくる。

周囲の息をのんだような空気を感じ取りつつ、茉莉花は両足を肩幅に開いて腰を落とした。目線はボールからそらさずに、両手をお腹の位置に構え、衝撃に対する心構えをする。


ドキドキと緊張する間もなく、光のように飛び込んできたボールをバコッという音を立てながら、茉莉花はお腹と両手でその衝撃を抱え込んだ。

ボールはお腹と掌で押さえ込んでもなお、茉莉花から逃れようとキュルキュルと回転している。

しかし摩擦にぐっと耐えて前傾姿勢を保っていると、次第に動きを止めていった。


ボールが完全に止まった後姿勢を正すと、周囲を見渡すまでもなく、視線が突き刺さっていることに茉莉花は気づいた。

あの王崎ですら、目を見開いてこちらを凝視している。


な、なにこの空気。

もしかして、とっちゃいけない雰囲気だった?

前野君VS西岡君の戦いなのに部外者が捕るなよ。そこは避けろよ、って意味の視線なのこれ。


「…えーっと…」


視線に耐え切れなくなった茉莉花は、胸元にボールを両手で抱え意味のない言葉を漏らした。

その声が、まるで金縛りをとく呪文だったかのように、敵チームも味方も皆ハッと空気を揺らした。


「…宮本さん、すっげぇ!!」

「ただでさえ強力なボールを、あんな不意打ちで捕るとか真似できねぇわ」

「待って、ほんとギャップありすぎじゃない?」

「だから言ったでしょ!茉莉花はこう見えて運動も得意だって」

「今井さんまた自分のことのように得意げになってるし」


男子生徒も女子生徒もガヤガヤと騒ぎ出したが、どうやら悪い意味ではないようだ。

茉莉花は胸を撫でおろした。


「茉莉花、このままの流れであてにいきなよ!」


男子生徒に混ざって前線に立っていた結衣が、茉莉花を前線まで引っ張った。

興奮さめやらない様子に圧倒された茉莉花がまごついていると、結衣が茉莉花の背中をバシンと叩いた。


痛っ。渇いれるとか、結衣いつの間にそんな熱血になったの。


頭にチラリとB組の担任の武田の姿がよぎる。

武田と結衣が二人で竹刀を持ってジャージにハチマキを巻いて立っているところまで浮かんでしまったため、茉莉花は慌てて雑念を振り払った。

視界の端にうつった、山の木々を見て頭を抱えながら一句詠もうとしているB組の生徒の姿も意識から排除する。


敵は、多少男子生徒がこちらより少ないだけで、人の立ち居地はあまり差異はない。


前衛には男子生徒数名。

中衛には前野他男子生徒数名。

後方四隅には気配を殺そうとしている男子生徒と固まって逃げている女子生徒達。


狙いどころはもちろん、後方か四隅にいる集団。

いくら運動ができるからとはいえ、前野や王崎のような強力なボールは投げられないため、後ろにいくまでにボールがキャッチされる可能性は結構高いだろう。

となれば、狙うところは前のどちらかの隅だ。


茉莉花は落とさないように気をつけながら片手でボールを持ち、顔を右に向けた。

ヒッという小さな悲鳴を聞かなかったフリをして、目線をそのままに膝とつま先は左に向ける。

前線に立っている男子生徒達が右よりに動こうとする姿を視界に捉えながら、円盤投げの要領で茉莉花はボールを投げた。


遠心力を使って投げられたボールは、右…ではなく左方向へ真っ直ぐと向かう。


「フェイント!?」


前野の驚くような声に茉莉花は口の端を持ち上げた。

視線であたかも右に投げるフリをしつつ、体はターゲットの方向へ向ける。

遠心力によって投げられたボールは、体の向きの方向、つまり視線とは逆の左へと飛んでいく。

ボールをキャッチされないための作戦だ。


スピードも威力もさほどないボールだったが、不意打ちの攻撃に体が反応し切れなかったのか、ボールの先にいた女子生徒はあっさりとアウトになった。


「おお~!」

「作戦勝ちだ!」

「できると信じてたよ!茉莉花!」


だからなんで熱血キャラなの。


結衣の様子に心の中でツッコミを入れながら、陣地の真ん中に戻ろうとすると、先ほどから前衛にいるままの王崎と目があった。

さっきは驚愕に見開かれていた目は、今は楽しげに彩られている。

王崎はグッジョブと言わんに親指を立て、茉莉花に向かって口パクをしてきた。


な・い・す。


茉莉花のボールが外に跳ね返ったのか、外野からボールがまわってきたために、王崎は直ぐに茉莉花から視線を外した。

当然、敵を倒そうと前を見ているために王崎のキラキラした笑顔は見えない。

ボールをキャッチしたことの興奮も、フェイントが成功した高揚感も既におさまっている。


それなのに、何故か茉莉花の心臓は高鳴ったままだ。

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