第13話 親睦ウォーク5
周囲の声を無視した西岡は、前野の弾丸のように飛んでくるボールに真正面で受け止めようとしている。
ドッ、と鈍い音をたてながらお腹を抱えて蹲った彼に周囲は固唾をのんだ。
誰もが見守る中、西岡はゆっくりと顔をあげる。
そして周囲に見せびらかすように片手でボールを持ち上げた。
「ストレートの球っていうのは、軌道さえ読めちまえば受け止められるんだよ!だははは!」
「おおお!すげぇ!」
「伊達に野球やってねぇな!」
「前野敗れたり~!」
「このままバンバン当てちまえよ西岡!」
周囲からのやんややんやの喝采に、西岡は前に出て敵のチームに向けてボールを構えた。
「……」
しかし、西岡は沈黙したまま数秒経ってもボールを投げようとしない。
周囲がざわつき始めるとともに、くるりと身体を方向転換した西岡はそのまま陣地の中心に一歩一歩ゆっくりとした足取りで戻り、真顔で王崎にボールを手渡した。
「そういえば俺、受け止めることはできてもボールを投げるのは苦手なんだった。後頼むわ」
野球ボールくらい小さければ投げやすいんだけどなぁ等とボヤキながら、西岡は王崎の背中を押し、前衛に立たせた。
「そういえばって…」
任された王崎はマイペースな西岡に苦笑した。
しかし、直ぐに表情を引き締め前衛に立ち、少しステップを踏みながら腕を大きくふるって外野の正面にいる男子生徒とパスを始めた。
前野ほどではないものの、スポーツ万能な王崎のボールはスピードがある。スナップをかけているのかくるくると高速で回転もしており、敵の男子生徒達は顔の横を行きかう高めのパスを止めるタイミングがなかなかつかめないようだ。
外野の男子生徒から幾度目かのパスをもらった王崎は、ボールをキャッチした後、腰の辺りまで腕を落とした。そして、そのまま素早く頭上までボールを振りかぶり、陣地の真ん中でパスの応酬を眺めていた敵の男子生徒の肩目掛けて投げた。
遠心力をフル活用したそのボールはパスの時以上のスピードで男子生徒の肩に直撃し、傍にいた男子生徒をも巻き込んだ。
「王崎君かっこいい~!!」
「すごーい!!」
「二人いっぺんにあてちゃった!」
王崎の投球に、味方の女子生徒はもちろんのこと、敵チームの女子生徒達まで騒ぎ立てた。
騒がれてる当の本人は、あまりの勢いに跳ね返ってきたボールをキャッチし、敵チームが立て直す前に、縦の遠心力を使ったボールを投げ、敵チームの男子生徒をまた一人外野に送り込ませた。
「おい、うろたえるなよ!こっちには前野がいるんだ」
「ああ、ボールをどうにか止めさえすればこっちのもんだよな」
「おう、任せろ。ボールがきたら、俺がさっきの三人分くらいすぐにあててやるよ」
前野の言葉を中心に、混乱していた敵チームの男子生徒達は落ち着きを取り戻した。
冷静になった敵チームを見て、王崎は当てようとするボールではなく、また顔の高さで投げる素早いパスに切り替えた。
そのパスの勢いに、ついさっき王崎に対してきゃあきゃあと騒いでいた敵チームの女子生徒達は今度は恐怖できゃあきゃあと騒ぎながら前へ後ろへ移動した。
男子生徒達もボールを奪おうと機会を伺っているようだが、スピードもキレもある高めのボールを取ることは容易ではない。
繰り広げられるボールの応酬に、とうとう女子生徒達の中にはボールについていけなくなる者がでてきた。
王崎にボールがまわってきても、逃げ遅れて王崎の傍に取り残されてしまったのだ。
体を硬直させ、怯えたように目を閉じた女子生徒に向けて、王崎はボールを振りかぶる。
そして次の瞬間、ポスッという今までのスピードや威力とは比べものにならないほど優しいボールが女子生徒の足に当たった。
「…王崎君かっこいい~」
男子生徒を当てた時にも出てきた言葉が、また呟かれた。
呟きこそしなかったものの全く同じ感想を自然と抱いていた茉莉花は、再びボールを持った王崎の後姿を見つめた。
威力はなくとも、ラインギリギリで当てたために、ボールは跳ね返ってころころと転がってきたようである。
勢いのないボールを投げたっていうところもだけど、腕や体を狙わずあまり当たっても痛くない足を狙ったってところも優しいなぁ…。
皆、王崎の背中に隠れてきゃあきゃあ言っていたけど、やっぱ守られるより敵として優しく当ててもらったほうが絶対いいに決まってるわ。
茉莉花は敵チームの女子生徒を羨んだ。
とはいえ、強力なボールを投げる前野や、ものすごく人気のある王崎以外の男子生徒は、基本的に女子生徒に当て難そうなため、勝つためには女子生徒にも攻撃でき尚且つ守ってくれる王崎が味方のほうがいいのだろうが。
それでも三回とも王崎と同じチームで優しく当てられる機会などなかった茉莉花には羨ましい話である。
「ナイスだ王崎!後は任せろよ」
王崎の拾ったボールを、サッカー部の堀田がさっと奪い取った。
ずっと前線で敵を挑発し、ボールがきたらジャンプしたり大仰に体を捻って避けていた堀田は活躍する機会を眈々と狙っていた。
敵チームの男子生徒は王崎のおかげで少なくなっているし、試合の流れもきている。
投げて活躍するなら今しかないと掘田は感じていた。
「西岡や王崎ばっかりじゃねぇってところ見せてやるよ!」
「いけー堀田!」
「ゴール決めろよサッカー部」
声援を背に、堀田は野球のピッチャーのようにオーバースローのフォームで勢いよくボールを放り投げた。
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