第4話 初陣
「朝飯まだ~?」
みなみは、ぼさぼさ頭と緩んだ顔にぴったりフィットした実にしまりのない声で、ダイニングキッチンに入ってきた。
食卓には四人が揃っていた。
「なんて、顔をしているんだ」
「朝の挨拶はきちんとしろ」
「顔くらい洗ってきなさいよ」
「みなみ君・・・・・・・・・・・・・・・・・ズボン履いて」
真っ赤になった真が、顔を背けながら指さす先に立っているみなみは、下半身はパンツ一枚で、一部の盛り上がりが、イヤでも目に止まるのであった。
「さっさと出て行きなさいよ。このおバカ~!」
きいろの強烈なキックと供に、キッチンから叩き出された。
「いただきます」
みなみが、四人から要求された項目を全て完了させた上で席に着き、食卓に全員が揃ったところで、食べ物を食する前の挨拶を交し合った。
「うまいな」
「ほんと、お袋の朝飯に匹敵するぜ」
「いい味だ」
「これなら、いつお嫁さんになってもおかしくないね」
「あ、ありがとう」
四人からの称賛の言葉に、真は顔を真っ赤にしながら返事をした。
「それにしてもあんなことがあったっていうのに、よく寝ていられたものだ」
「俺も昨夜は全然寝付けなかったぜ」
「あたしも、お肌に悪いったらないわ」
「わたしもあんまり寝られなかった」
朝食が済み、食後のコーヒーを口にしている四人は、唯一安眠を得られたみなみを避難するように言った。
「おいおい、俺だって、なにも考えていないわけじゃないぞ。俺なりに考え事をしていたんだ」
「みなみが考え事だって~?」
「信じられないわ。今日、雪でも降るんじゃないかしら」
武ときいろは、コーヒーを噴出しそうになるのを必死に堪えながら言葉を発した。
「それでなにを考えていたの?」
四人に中で、比較的冷静だった真が、率直に尋ねた。
「俺達が乗る巨大ロボットの名前だよ」
みなみは、自身満々の強い口調で言い張った。
「・・・・・・・・・・・・・」
その解答に、四人は表情を硬くしたまま無言になった。
「ちょっとでも感心した俺がバカだったぜ。よくそんなくだらないことを一晩中考えていられたもんだな」
「くだらないだと~? 武、お前正気か! 自分が乗る巨大ロボットに名前が無くていいのかよ。それとも武専用ロボとかの方がいいっていうのか」
みなみは、武の意見に対する反論を力説し。
「個別の名前が無いのはどうかと思うけど、そんなもんは後から考えればいいんじゃないの?」
「こういうのは、初めが肝心なんだよ」
「で、お前の考えたロボットの名前はどんなものなんだ。一応、参考までに聞いておこうじゃないか」
北斗は、あからさまな不満を顔全体に出しながらも、両腕を組んで座り直して、みなみの意見を聞く姿勢を取った。
「よくぞ聞いてくれた。俺のロボットはエースレッド、武のはキングイエロー、北斗のはグリーンジャック、きいろのはホワイトクイーン」
相手を指差しながら、それぞれの名称を述べていった。
「どういう経緯で、そんな名前になったんだ?」
武が、微妙な表情を浮かべながら質問する。
「お前等でも理解しやすいように、ロボットの色とトランプの上位四枚を組み合わせたんだ。いいだろ」
みなみは、両腕を組んで、うんうんと頷いた。自分の考案した名前によほど満足しているのだろう。
「わたしのは?」
真が、信じられないといった表情で、自分自身を指さしながら尋ねた。
「あ・・・・・・・・・・・・・・・・」
みなみは、しまったといった表情で一語を発したきり黙った。
「わたしのこと忘れていたんだ~。ひどい・・・・・・・・・」
真は、泣き出しそうになった。ロボットの名前とはいえ、一人だけのけ者にされてしまったのだから、当然だろう。
「わ、忘れていたわけじゃないぞ。咄嗟に出てこなかっただけだ」
「じゃあ、なに?」
「ブルーハワイ」
「それは酒だぜ」
「ブルーマウンテン」
「それはコーヒーだろ」
「エメラルドブルー」
「それは海よ」
「やっぱり、忘れていたんだ~。こんなことなら、みなみ君の朝ご飯作ってあげるんじゃなかった~」
溢れる涙を隠すように、両手で顔を覆った。
「考える。考えるって、五機の中で一番カッコいい名前考えるからっ! とりあえずブルロボって、仮名で我慢してくれ!」
「ロボットの名前はよくわからないけど、なんか、物凄くカッコ悪い気がする・・・・・・・・・・・。どんな意味?」
手をどけた真が、超が付くほど不満いっぱいの表情を浮かべながら説明を求めた。
「青いロボット、ブルーロボットだと長いから、その略称」
「おいおい、それはないだろ」
「仮名にしても最低過ぎだ」
「巨大ロボットについては、あたしもさっぱりだけど、いくらんでもブルロボは無い気がするわ」
ブルロボという仮名に真だけでなく、他の三人も否定の言葉を口にしていった。
「お前らもぐちゃぐちゃ言うな! 絶対にいいのを考えるから、今だけは、それで勘弁してくれ」
みなみは、物凄くバツの悪い顔をしながら言い訳した。
「わかった。ただし、今日中にいい名前考えてくれなかったら、明日の朝ご飯抜きだからね」
恨みをたっぷり込めた視線を向けながらの命令であった。
「承知しました」
「それで、その問題は後で考えるとして、みなみ、どうしてあいつの言うことなんか信じたのよ。せっかくの五人揃っての夏休みが変なことになったじゃない」
「まだ、そのことを蒸し返すのか? 昨日階段を降りるところで、納得したんじゃなかったのかよ。俺はあのおっさんが困っているように見えたから、助けたくなった、それだけのことだ」
「おっさんって、セロのこと?」
「あいつ、おっさんじゃないのか?」
「あんな得体の知れない者におっさんもなにもないじゃない」
「そうか、俺はあいつの頼み方が、誰かに似ているような気がしたんだよな~。そうだ。真だ」
みなみは、真を指差した。
「わたし、おっさんじゃないし」
真は、おもいっきり頬を膨らませながら言い返した。
「別に真がおっさんって意味じゃなくて、言い方がそんな感じだったんだよ。ああ、思い出した。初めて会った時にあんな風に頼まれたんだ。なにがあったんだっけ?」
「わたしが、近所に住んでいるノラ犬が怖くて、どうしていいのかわからなくて助けを求めたんだよ」
「そうだったな。あれがきっかけで、俺達の仲間に入って、一緒に遊ぶようになったんだ」
「あの時ノラ犬に咬まれたのに、平気な顔をしていたよね。傷跡まだ残っているんでしょ?」
「これか、家に帰ったら狂犬病になるかもって、大騒ぎされて、すぐに病院に連れて行かれたな。結局のところなんともなかったけど」
右の二の腕にくっきり残っている歯形を見せながら説明した。
「そのせいで、変になったんじゃないの?」
きいろが、さらっと酷い質問を投げかける。
「んなわけねえだろ。俺は昔からずっとこうだよ」
「つまり、昔からバカってことね」
「なにを~!」
「バカな無駄話は、そのくらいにしてくれ。とりあえず、今後のことについて考えよう」
北斗が、場を仕切り直すように言った。
「どうするもこうするないだろ。いつ呼び出しがあるのかわからないんだぞ」
「ある種、セロの一方的な呼び出しってことになるわけよね」
「その間、何をするかってことを議論するのか」
「訓練とか練習とかした方がいいのかな?」
「巨大ロボットの訓練なんて、現物がないんじゃやりようがないだろ。せいぜい、DVD見るしかないぞ」
「それも意味が無いと思うがな」
「ともかくだ。セロの呼び出しがあるまでは、夏休みを謳歌するしかないんだよ。こういうのは楽しんだもの勝ちだぜ」
みなみは、どこから来るのか分からない自身に満ち溢れた表情できっぱりと豪語した。
「・・・・・そうね。いつまでも昨日のことを引きずってせっかくの夏休みを台無しにしたら意味が無いわよね。あたしも突っかかって悪かったわ」
きいろは、素直に自身の非を認めた。
「わかってくれればいいさ」
みなみは、きいろの謝罪を素直に受け入れた。
「それで、今日はいったい何をするの?」
「タイムカプセル掘り出すんだっけか?」
「バカ! それは最終日だろ」
「せっかくのサプライズ計画を台無しにしやがって~」
武と北斗が揃って、みなみを非難していく。
「つい、忘れちまったんだよ。それで今日はなんだっけ?」
「今日は海へ行くんだろ。だから、うちにある巨大スイカを取りに行ったんだぜ」
「あのでっかい箱、スイカだったの?」
「親父の親戚が送ってきたんだよ。食べるの大変だから、この時に使うと思って取っておいたのさ」
「木刀は、僕が用意するよ」
「二人は水着、持ってきているよな」
「もちろんよ。ここに来る時点で、持ってこないわけないじゃない」
「う、うん」
「それじゃあ、海に繰り出そうぜ」
みなみの号令を受け、各自準備をして、海に向った。
空は晴天で入道雲が沸き立ち、日の光を受けた海と砂浜がきらきらとした輝きを放つといった夏の海特有の風景が広がっていた。
夏休み真っ最中ということもあって、海水浴客もけっこう来ていた。
「おっまったせ~」
海パン着用の三人の前に、きいろがやってきた。
きいろの水着は、ビキニタイプで、肌の露出もさることながら、ボディラインを堪能するにも十分なデザインに周囲の目を引いていた。
「・・・・・・・・」
それらの要素に魅了された三人は、言葉を失い、立ち尽くしていた。
「どうよ。このボディの美しさは?」
三人がどういう心理状況にあるのか知った上での質問だった。
「ごっつあんです」
みなみは、バカな一言しか返せず、他の二人は無言で、その言葉に賛同していた。
「真は?」
「まだだぜ」
「来たみたいだよ」
北斗が、顎をしゃくった先に真が立っていた。
真の水着は、スポーツ選手が着るようなデザインだった。
「なに、その水着?」
微妙な表情のきいろが、ストレートな質問をぶつけた。
「学校指定のスクール水着・・・・・・・・」
真は、か細く覇気の全く感じられない声で返事をした。
「自分用のは無いの?」
「う、うん、住んでいるところ海無いし、わたし泳げないから」
「お前、まだかなづちだったのか?」
みなみの質問に対して、真は頷くことしかできなかった。
「かなづちはともかく、水着はわたしが選んであげる」
「そ、そんなの着られないよ」
真は、顔を真っ赤にして、うろたえた。
「大丈夫よ。露出が少なくても、きっちり可愛く見えるものをバッチリ選んであげる。貸し水着屋はどこ?」
男性陣は、揃って左手にある海の家を指差した。
「行くわよ」
「そんなに引っ張らないでよ~」
きいろは、真をやや強引に引っ張って、貸し水着屋に連れて行った。
「じゃ~ん!」
数分して、店から出てきたきいろは、自身の手作り作品を見せるように、真を三人の前に出した。
真は、水玉のワンピースタイプの新たな水着を纏っていた。
「ど、どうかな?」
夏の日差しの中でさえ、しっかりとわかるくらいに顔を真っ赤にしながら尋ねた。
「いいじゃん」
「可愛いぜ」
「似合っているよ」
「ありがとう」
真は、三人からの褒め言葉を素直に受け取った。
「そんじゃ、真夏の海を堪能しますか」
それから五人は、スカイ割りにビーチバレーなど、真夏の海を心行くまで堪能し、昨日の出来事などすっかり忘れるほどに楽しんだ。
「すっげ~楽しかった~」
「ああ~最高だぜ~」
「青春だな」
「ほんと」
「楽しかったね」
着替えを済ませた五人は、夕日に染まる海を眺めながら、それぞれの感想を述べていった。
このままずっとこうしていたい。五人の心に共通認識が浮かんできたが、その思考は、手の平の紋章の輝きによって、あっさり打ち消されてしまい、気付くとセロと奇攻機という識別名とみなみによって、個別の名前を付けられた巨大ロボット群の立っている格納庫に来ていたのだった。
「諸君、いよいよ戦いだ」
セロは、挨拶も抜きに戦いの開始を宣言した。
「わかっているよ。それとこのロボット達に、俺がピッタリの名前付けたんだけどいいだろ?」
「奇攻機は、君等のものだからな。好きなように呼んでも構わないよ」
「話しがわかって助かるぜ」
みなみは、セロに自身が付けたロボットの名前を言っていった。
「ようし、みんな行くぞ!」
言い終わえたみなみの号令の後、全員して紋章を機体に翳して、搭乗していった。
全員が乗ったことを確認したセロが、右手を大きく振ると、初めて乗った時と同じように風景は一変して、五機は幻想宇宙の真っ只中に居た。
「ほんとに来たんだな」
「一方的な展開だったぜ」
「戦うしかないのね」
「か、勝てるのかな?」
四人は、戦場に来たことへの不安を口にしていった。初陣ということもあるが、周囲があまりにも静か過ぎて不気味だったので、何かを言わずにはいられなかったのである。
「みんな、本番だぞ。気を抜くなよ!」
みなみは、四人の気持ちを引き締めるように、号令を出していたが、それは自分の不安をかき消す為のものでもあった。
「敵はどこに居るんだ?」
「それよりも、あれはなに?」
五機の前方には、この前来た時には見られなかった黒い穴のようなものが発生していた。
「わからないけど、多分セロが言っていた宇宙の破滅と関係があるんじゃないのか。分かり易く言うと虚無ってところだな。それと敵は虚無の周りに居るみたいだ」
北斗のグリーンジャックが指差す先には虚無の周辺で、何か黒っぽいものがうねっているのだった。
「あれが、ダークマーダラーって奴なのか。想像通り黒いな」
「お前、どんな想像をしていたんだ?」
「いや、敵っていえば、だいたい黒いのが相場だろ」
「それであいつらいったいなにをしているの? 何かを食べているようにも見えるけど」
きいろの言葉通り、ダークマーダラーは害虫が、食べ物を食い荒らすように、宇宙を浸食しながら虚無を広げているのだった。
「ああやって虚無を広げているんだろ。食べるという行為だったのは意外だったな」
「どうやって、あんなのと戦うの?」
「それはもちろん先制攻撃に決まっているじゃねえか!」
「おい、作戦も無しに突っ込むなんて無謀だぞ!」
北斗が呼び止めた時には、エースレッドはバーニアを最大噴射した最加速状態に達していて、遥か先の敵陣へ真っ正面から突っ込んでいた。
近付くに連れ、敵の姿がはっきりしてきて、うねるように見えていたものが、真っ黒なひし型をした物体の集合体で、それが幾重にも重なることで、うねるように見えていたのだとわかった。
「喰らえ!」
エースレッドは、直進しつつ両目から機体の色と名称に相応しい真っ赤なビームを発射し、射線上に居た一匹に命中させ、体に二つの穴を空けられた敵は、被弾箇所から膨張し、大爆発と供に消滅したのだった。
一匹が倒されると、それに反応するように、他のダークマーダラーは真っ赤な目を一斉にエースレッドに向けるなり、地球で有名な害虫のような姿に変形して向ってきた。
「こいつら変形するのか~ますます敵キャラって感じだな」
機体を停止させながら両腕を前方に突き出すと、肘関節の付け根から発生したジェット噴射によって、本体から勢いよく飛び出した前腕は、煙の尾を引く弾丸の如きスピードと鋼の拳で左右の敵の腹部を貫いて倒していき、その間正面から向ってくる敵はビームで撃破した。
そうしてある程度敵を倒したところで両腕を戻すと、外側にずれた左腰パーツの内部から出した両刃の剣を両手で握って大きく振りかぶり、目の前に迫ってくる敵に侍か剣士のような動きで、真一文字に振り下ろした。
エースレッドのパワーの篭った斬撃を、その身に受けた敵は野菜や果物を切るようにあっさりと真っ二つになって、切り口から閃光を発すると同時に爆散した。
「やっぱ、巨大ロボットに剣は必須だよな!」
自身の思った通りに操れるロボットが、敵を倒していくのを実感して、興奮しているみなみはは、その気持ちを機体に反映させるように、剣を振りまくって、近づいてくる敵を薙ぎ倒していった。相手が人間でないだけに倒すことにも躊躇や戸惑いといった感情は一切抱かなかった。
「どうだ。エースレッドのパワーは! 武器の名前は次の時に考えとくぜ~!」
勝ち誇ったように言っている最中、背後から数体の敵が襲いかかってきた。
「しまった!」
みなみが、自身の危機を声に出したところで、追い付いたキングイエローが、五機中一番大きく膨大なパワーの充填によって黄色に光る右拳をおもいっきり突き出して、強烈な殴打を叩き込んだ敵達を、数メートルぶっ飛ばして爆発させた。
「まったくいきがって先に出て、背中がガラ空きじゃどうしようもないぜ」
武が、苦笑を浮かべながら皮肉を言った。
「けど、お前が来たからには、背中を任せてもいいんだろ」
「俺が、背中を守るんじゃなくて、お前が俺の背中を守るんだよ。こうしている間にさ」
キングイエローは、残像が発生するくらいに両腕を高速で突き動かし、拳を突き出した数だけ、手とほぼ同じ大きさの光弾を発射して、前方に群がっている敵を撃破して、十数個にも及ぶ爆球を発生させた。
「やるじゃねえか、こっちも負けていられるか!」
みなみは、機体の武器を駆使して、敵を撃退していった。
「なにをやっているんだ。あいつらは正面の敵しか倒せていないじゃないか」
北斗が、嘆きの言葉を口にしている中、グリーンジャックのバックパックの左右に付いているパーツが、肩にスライドしながら変形したライフルタイプの武器を両手に持って構えるなり、アクション映画のガンアクションさながらのアクロバティックな動きで上下左右前後に光弾を連射し、四方八方から来る敵を正確な射撃で次々に撃ち抜いていった。
「しょうがねえだろ。こっちはどちらかといえば接近戦主体なんだから、そっちみたいに遠距離攻撃だけに頼っているわけにはいかねえんだよ」
「バカを言うな。僕は自分の機体の性能を正確に把握しているだけだ。こういう風にな」
北斗は、言い返しながら、グリーンジャックを二機の前に出すと、肩、胸、足の武装ハッチが開いて、肩と足に内蔵されているミサイルと胸のガトリング砲からの弾丸を一斉発射して、周囲の敵をあっという間に駆逐し、キングイエロー以上の爆球を発生させたのだった。
「それと」
後ろから迫ってきた敵に対し、グリーンジャックを急反転させながら足底から出した隠しナイフを真横に振って、横一文字に真っ二つに分断して見せた。
「見たか、接近戦の武器だって、ちゃん装備している」
「おみそれしました」
そう言っている間にも、後続の敵はどんどん押し寄せてきて、その分撃ち洩らす数も増えていった。
「しまった。きいろ達は?」
エースレッドが振り返ると、敵群は、ホワイトクイーンに向っていた。
「きいろ、逃げろ~!」
きいろからの返答は無く、ホワイトクイーンが両腕を水平に広げる動作をすると、一番の特徴である天使の翼に似た主翼の羽パーツが本体から分離していき、両腕を突き出す動作に合わせて、敵群に突入させると、訓練されたハタラキバチのような一切無駄の無い動きで飛び回りながら、先端から発射したビームで敵を撃破して、一匹たりとも寄せ付けなかった。
「自分の身ぐらい自分で守れるわよ」
敵を一掃したところで、憮然と言い返した。
「さすがは、きいろだ」
みなみは、素直に感心した。
「ここからは連携を取るぞ。そうすればうまくいくはずだ」
北斗が、冷静な声で指示を出した。
「なんで、お前が命令するんだよ」
「お前だと、まともな指示が出せないだろ」
「言い合っていないで、力を合わせて戦んだ!」
武が、いつになく大きな声で言うと、四機は連携を取って、戦闘を行い、無駄の無い動きでもって、敵を撃破していった。これまでに何十回と共同作業をしてきた経験が生かされているのである。
「あいつら逃げるのか?」
後退していく敵に対して、みなみが不可解そうに言った。
「そうじゃないみたいだぞ」
後退した敵は一塊になると、奇攻機やこれまで倒した敵よりも十数倍大きく蠍のような形をしたダークマーダラーへと変化して、真っ赤に光る大きな両目で、五機を睨みつけた。
「あいつら合体して大きくなりやがった」
「合体までするとは驚きだぜ。けど、ああいうことをするってことは、あいつがボスなのか?」
「デカいんだからそうなんだろ」
「つまり、あいつを倒せば、今回の戦いは終りってことね」
「多分な」
蠍マーダラーは、最大の特徴である両方の爪を大きく開けると、内部から極太のレーザーを発射した。
「みんな散開しろ!」
北斗の指示に合わせて、全機が回避行動を取った。
五機が別々の方向へ移動して、レーザーを回避したのを見た蠍マーダラーが、次弾を発射すると、五つに分裂して五機を追尾してきた。
「おいおい、なんだよ。レーザーが追っかけてくるぞ?!」
「自動追尾レーザーとでも言うのか?」
「くっそ~逃げられない!」
「このままじゃ、やられるわ!」
「みんな、わたしの後ろに集まって!」
これまで戦闘に参加せず、後ろに隠れていた真が、四人に呼びかけた。
「真、いったいどうするつもりだ?」
「いいから、言う通りにして!」
「わかった。真を信じるぜ!」
四人は、呼びかけに応じて、ブルロボの後ろに回ると五機分のレーザーが、真正面に迫ってきた。
「え~い!」
ブルロボが、広げた両手を前面に出すと、手の平から青白い膜のようなものが発生して、五機を包むように大きく展開し、その膜に当たったレーザーを粒子レベルで分解させ、無効化したのだった。
「すげえ~真のロボットってそんな能力あるのか」
「うん。手持ちの武器は無いけど、出すビームの大きさや太さを色々な形に調節することができるみたい」
真は、落ち着いた様子で、自身の機体性能を説明した。
「そうか、この手があるのなら勝てるぞ!」
北斗が、嬉しそうに叫んだ。
「なに一人喜んでいるんだ? 俺達にも教えろよ」
「ああ、この五人なら勝てるってわかったら、つい嬉しくて大声を上げてしまったんだ。さっきビームの大きさを調節することもできるって言ったな」
「うん」
「なら、あいつが撃つレーザーよりも太いビームを撃てるか?」
「多分、できると思う」
「俺達は、どうするんだ?」
「左右に二機ずつ広がってくれればいい」
少し前に出たブルロボをセンターに、左にキングとクイーン、右にジャックとエースという配置になった。
蠍マーダラーは、五機に対して、再度レーザーを発射したが、五機が固まっているせいか、分裂することなく、まっすぐ飛んできた。
迫り来るレーザーを前に、真は逃げ出したい気持ちを操縦桿を強く握ることで、必死に抑えながら、ブルロボに左右の手の平を合わせた状態の両腕を前に突き出させると同時に、敵よりも太いビームを発射した。
二本の光学攻撃は、ちょうど中間地点で、ぶつかり合って、大量の粒状の光をまき散らしながら対消滅したのだった。
「よし、今の内に化け物の左右に飛んで、腕の付け根を攻撃するんだ!」
北斗の指示に合わせて、蠍マーダラーの左右に飛んで行った四機は、遠距離武器による一斉攻撃を行い、両腕を破壊して、苦痛の叫びを上げさせた。
「みなみ、トドメをさせ!」
「よっしゃあ~!」
エースレッドが剣を出して、蠍マーダラーに急接近すると、大きな尻尾から刺を出して対抗してきた。
「なんの~!」
攻撃をかわしながら、剣を真横におもいっきり振って尻尾の先端を斬った後、頭上に掲げると、刃から赤い光が放射され、エースレッドの身長よりも大きな光の刃を構築し、勢いを付けて縦一文字に振り下ろし、その一刀の元に蠍マーダラーの巨体を真っ二つにした。
その直後、蠍マーダラーは切り口から眩しいほどの閃光を発した後、大爆発して、その場に濃い暗雲を漂わせながら消滅したのだった。
「みんな~無事で良かった」
四機の無事な姿を見た真が、安堵の言葉を発した。
「俺達の勝ちだ~!」
みなみは、勝どきの声を上げた。
「本当に勝てたな」
「はじめはひやひやさせられたけどな」
「一時は、どうなるかと思ったわ~」
三人も、安堵の言葉を口にしていった。
「それにしても北斗、お前が俺にトドメを譲るとは思わなかったぜ。いいとあるじゃないか~」
そう言いながらエースレッドの肘を、グリーンジャックの肩に当てる。
「別にお前にトドメを譲ったわけじゃない。あれが一番効率が良かったから、そうしたまでだ。敵が最後の悪がきで自爆するかもしれなかったしな」
「ってことは、お前は、俺を囮にしたってことか~?」
「見方を変えればそうなる」
「なんて、悪どい野朗だ。こうしてくれる!」
今度は、グリーンジャックの首を絞め上げた。
「いいかげんにしろ。一番の立役者は、真だ。あの性能が無かったら、みんなやられていたかもしれないぞ」
「何気に、真のロボットが一番凄いのかもな」
武が、うんうんと頷きながら言った。
「母性が一番強そうだもんね」
きいろが、からかうように言った。
「もう、そんなこと言わなくてもいいよ」
「さて、帰ったら初勝利の祝賀会を開こうぜ」
みなみが、そう言っている背後から、薄れていた暗雲を切って、蠍マーダラーの尻尾が飛び出してきて、エースレッドのコックピットのある胸部を貫くと同時に自爆した。
その凄まじい爆発によって四機は吹き飛ばされ、中心に居たエースレッドの姿は見えなくなり、バーニアを使って姿勢を制御して爆発跡に集結してみると、破片一つ見当たらなかった。
「おい、みなみ、嘘だろ?」
「みなみ、応答しろ」
「どこへ行ったの?」
「みなみ君、返事をして!」
四人が、大声で呼びかけるものの、返事をする筈の者はおらず、静寂だけが返ってきた。
四人が、どうしていいのかわからないでいると、目の前が光に包まれ、気付けば奇攻機の置き場に戻っていて、レッドエースが立っていた場所には、一機分の隙間ができていた。
「ごくろうさま」
四機の前に立っているセロが、労いの言葉を口にした。
機体から降りた四人は、セロに駆け寄っていった。
「ちょっと、みなみはどこへ行ったのよ?!」
一番早く駆けつけたきいろが、側に来るなり問い詰めた。
「死んだよ」
セロが、即答した。
「え?」
あまりにもあっさりな返事に、きいろは目を丸くしたまま、固まってしまった。
「死んだってどういうことだ?!」
きいろに代わって、武が問いかけた。
「言葉通りだよ。彼はもう居ない。あの爆発に巻き込まれて、死体も残らないほど、粉々になってしまった」
セロは、冷酷なまでの真実をあけすけに述べていった。
「なんで、なんで、みなみが死なないといけないのよ!」
気を取り直したきいろが、声を張り上げて言い放った。
「これは宇宙の命運を駆けた戦いだ。命の保障なんてできない。それにダークマーダラーも戦力を削がれているんだ。君達だけ無事で済むなんて都合のいい展開があるわけないだろ。そのことは初めにきちんと言っておいたはずだぞ」
静かながら、毅然とした声による説明だった。
「そんな~みなみ~」
きいろは、その場に膝を折って動かなくなり、真が駆け寄って、支えるように、両肩に手を置いた。
「戦力欠如ということだが、補充はするのか? 四機だけじゃ、相当不利になるぞ。向こうは数で圧倒しているんだからな」
北斗が、押し殺した声で質問する。
「補充はしない。今の人数で戦ってもらう」
「本気で言っているのか? 何故できないのか納得のいく説明をしてもらおうか」
「奇攻機を操縦できるのは、星に選ばれし子供達、つまり君達だけだ。他に選ばれている子供が居ないのだから補充しようも無いのさ。ただ、君等の言うエースレッドの機能は、君等の機体でも使えるようになっている。特に戦死者が気持ちを向けていた者に、機能の使い方が伝わっているはずだ」
「なるほど、能力伝達機能というわけか」
「そういうことだ。今日は戻った方がいい。次の戦いが始まる時にはまた呼ぶ」
セロが、右手を鳴らすと、四人は光に包まれ、気付くと浜辺に立っていた。
それから四人揃って、みなみが立っていた左端に視線を向けると、当人も荷物も無くなっていた。
「ここにも居ないっていうの? そんな、嘘でしょ・・・・・・・・。捜そうよ。もしかしたら居るかもしれないし」
「そうだな。ここでは生きているかもしれないしな」
「さっさと始めようぜ」
「わたしもそうした方がいいと思う」
「別れて捜そう。二十分後にこの場所に集合だ」
北斗の指示の元に別れて、みなみの名前を呼びながら、海岸中を必死に歩き回り、周囲の人間から奇異な目で見られるのも構わず、捜し続けた。
「あたしの方はダメだったけど、みんなはどうだった?」
予定時簡に集合すると、きいろが率先して、結果報告を行い、三人に期待の眼差しを向けながら結果を尋ねた。
「俺も方もダメだった」
「こっちにも居なかった」
「わたしもダメだった」
「そっか・・・・・・・・。あいつどこへ行っちゃったんだろ」
三人から視線を外したきいろが、海を見ながら寂しそうに言った。
「それにならもっと確実なところへ行こう」
考える仕草を解いた北斗が、行った場所は、駅の近くにある交番だった。
「こんにちは。
中に入った北斗が、白髪だらけの頭に深い皺を顔に刻んだ老齢の駐在員に声をかけた。
「よう、北斗じゃないか。武も一緒ってことはまた悪さでもしたのか?」
高橋は、からかうように言った。
「そんなじゃないですよ」
「後ろの女の子二人は誰だい?」
きいろと真に視線を向けながら聞いてきた。
「憶えていませんか? 僕等が小さい頃に遊んでいた女の子二人ですよ」
「う~ん、そうだ。思い出した。きいろちゃんと真ちゃんか、へぇ~二人供、すっかり美人さんになって、おじさん全然分からなかったよ~」
高橋は、ワザとらしく、いやらしい微笑みを浮かべ、その表情を見た二人は、苦笑しながら頭を下げた。
「で、俺に何の用だ? あの二人を見せに来たってわけじゃないだろ」
「はい、友達を捜して欲しいんです」
北斗は、口調を冷静なものにがらりと変えて、本題を切り出した。
「友達の捜索? なにかあったのか?」
「海に遊びに行った帰りにはぐれてしまいまして」
「それで、はぐれた友達の名前は?」
「みなみです」
「みなみ? 聞いたことのない名前だな」
「みなみですよ。いつも僕等と一緒に居る男です。知らないわけがないでしょう」
高橋の返答に、北斗の声は上ずり、感情に乱れが生じたことを如実に示した。
「五人? 君等はずっと“四人組だった”だろ。バカ言っちゃいかんよ」
ケラケラ笑いながら返事をした。
「なんの冗談ですか? こっちは真剣なんですよ」
「俺は冗談なんか言っていないぞ」
高橋の眉毛がきっとしまり、嘘ではないことが見て取れた。
「赤井さんの家の長男です。この町で育ったんですから、知らないわけがないでしょう」
「赤井さんの家なら知っているが、あそこには"女の子が一人居る"だけで、他に子供は居ないぞ」
その説明を聞いた四人は、信じられないといった表情で、互いに顔を見合わせた。
「嘘です! みなみは確かに居るんです!」
いたたまれなくなったきいろが、駐在所の中に押しいって、高橋に詰め寄りながらみなみの存在を強調した。
「わかった。わかった。君等の言うことを信じるとして、どんな男の子なんだ? 特徴と言えるかね」
「それだったら、スマホに写真があります」
きいろは、取り出したスマホを操作していたが、少しすると持ったまま固まって震え出した。
「どうしたんだ? きいろ」
「きいろちゃん、大丈夫?」
二人が声をかけると、きいろは返事をせず、持っているスマホを落してしまった。
「おいおい、大事なもの落すなよ」
武が、困った顔をしながら、スマホを拾い上げた。
「みなみが無いの・・・・・・・・・」
きいろは、消えそうなほどのか細い声で言った。
「みなみ君が無いってどういうことなの?」
「昨日撮った写真の中にみなみだけが写っていないの」
「そんなバカなことあるわけないだろ・・・・・・・・え?」
スマホの画面を見た武は固まったまま、何も言えなくなった。
「僕にも見せろ」
武から奪うようにして、スマホを右手に持った北斗と真が一緒に画面を見ると、昨夜のバーベキューの時に撮った写真の中にみなみの姿だけが無くなっていた。
「僕等のも見てみよう」
北斗の指示の元、三人してスマホの写真を見てみると、きいろのスマホと同じ現象が起こっていた。
「どうなってんだよ。これ?」
「僕にも分からない」
「なにが、どうなっているの?」
四人は、なにをどうすればいいのかわからず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「なにをもめているんだ? 問題でもあったのか」
高橋が、痺れを切らしたように、声をかけてきた。
「すいません。画像消しちゃったみたいで、身長は、わたしよりも少し小さくて、Tシャツにジーパンを履いています」
「なるほど、今時の若者のスタイルというわけか、海ではぐれたってことは、水難の可能性もあるから海上保安庁に連絡入れた方がいいかな」
高橋は、めんどくさそうに電話に手を伸ばした。
「すいません。やっぱり僕等の勘違いでした。お手数おかけしました」
北斗は、一方的に会話を打ち切ると、三人を連れて交番から離れていった。
「なによ。どうして、急に出て行ったりしたのよ」
きいろが、噛み付くように言った。
「スマホの画像を見ただろ。警察に頼んでもダメだ。ただ、騒ぎを起こして終るのがオチだ」
「じゃあ、どうするのよ」
「今度は、俺のやり方であいつを捜す」
武が、真剣な表情で、三人に言った。
四人が向った先は、赤井という表札のかかったみなみの家だった。
武が、呼び鈴を鳴らした後、四人はやや落ち着きの無い表情で、反応を待った。
「は~い、どなた?」
玄関の扉が開いて、五十代の女性が出てきた。みなみの母親である。
「おばさん、こんにちは」
武が、親しげに挨拶をする。
「あらあら、たけちゃんじゃない。そっちはほくちゃん、その後ろの美人さんは誰かしら?」
母親は、高橋と同じ反応を示した。
「俺等が、ガキの頃に遊んでいた。きいろと真ですよ」
「まあまあ、二人供大きく美人になっちゃって、おばさんびっくりしちゃったわ~いつ帰ってきたの?」
これもまた、同様の反応だった。
「昨日です」
きいろが、返事をした。
「そう、お母さん達、元気?」
「はい、とっても元気にしています」
真が、返事をした。
「それで、四人揃っていったいなんのご用? まさか、四人の結婚報告かしら、凄いサプライズだわ」
大げさにビックリするポーズを取ってみせる。
「いえ、今日はお子さんについて聞きにきたんです?」
「うちの子について、なにかしら?」
「この家に男の子は居ませんか? 俺等と同い年の子なんですけど」
「う~ん」
考え込む仕草に、四人はもどかしい気持ちでいっぱいになった。
「ざ~んねん、うちには"女の子しか居ない"わ。たけちゃんやほくちゃんみたいな男の子が欲しかったんだけど、結局できなかったのよね~」
「そんなはずありません。確かにあたし達と同い年の男の子が居たんです!」
きいろが、武を押し退けて、おばさんの近くに行って強く訴えた。
「そうは言ってもね~」
おばさんは、困った顔をするばかりだった。
「お母さん、どうしたの~」
階段から、みなみの妹である梨花が降りてきた。
「お兄ちゃんが居るかって、聞かれたんだけど、知っている~?」
明らかに信じていない口調による質問だった。
「居るよ。お兄ちゃん」
梨花の即答に、四人の心が沸き立った。
「どこに居るんだい?」
武は、嬉しさを隠しきれず、声のトーンがはね上がった。
「武お兄ちゃん」
そう言って、武を指差した。
「北斗お兄ちゃん」
続けて、北斗を指差した。
「え?」
梨花の解答に、四人が同じタイミングで声を出した。
「わたしにとって、二人はお兄ちゃんみたいなものだから」
屈託の無い笑顔と声による説明だった。
「そうか、そういうことか、確かに俺達、お兄ちゃんだな」
武は、顔いっぱいに笑顔を受かべていたが、その表情は大人から見ると、実に上っ面なものだった。
「せっかく来たんだから、遊んでいってよ。午前中はプールに行ったんだけど、午後はお友達みんなお出かけしちゃって、退屈していたの」
楽しみを待つ子供特有の屈託の無い表情を浮かべながらのお願いだった。
「わかった。じゃあ、お兄ちゃん達と遊ぼう」
承諾の返事をした武は、後ろの三人に目配すると、全員その意図を理解し、頷いてみせた。
梨花を先頭に、四人は二階に上がっていった。
「こっちがわたしのお部屋」
梨花は、階段を上がった左手の部屋を指差した。
「こっちはなんのお部屋なのかな?」
誘いに乗った最大の目的であるみなみの部屋の調査をするきっかけとなる言葉を放った。
「そこは空き部屋だよ。お客さんが来た時だけ使うの」
その返事に対して、四人は胸が締め付けられる思いがした。
「開けてみてもいい?」
「いいけど、なにも無いよ」
「じゃ、遠慮無く」
軽い調子で言いながら、襖を開けて中を見ると、室内は物抜けの空で、みなみが使っていたものは何一つ残っておらず、存在していないという事実が、増すばかりだった。
四人は、なんとも言えない気持ちのまま、空き部屋を眺めていることしかできなかった。
「ね、だから言ったでしょ。なにも無いって、それよりも早く遊ぼうよ」
四人は、部屋の中に入った。室内は、女の子が好きそうなもので溢れ返っていた。
「何をして遊ぼうか?」
「トランプ、これだけの人数ならトランプがいいと思う。双六だと人数が余っちゃうし」
取り出したトランプを手に取って、嬉しそうに話した。
「いいね。やろう。それでなにをやろうか?」
「大貧民!」
突き立てた右人差し指を天高く掲げながら、力強く宣言した。
「おもしろそうだね。誰から習ったの?」
「武お兄ちゃんじゃない。忘れちゃったの~? わたし友達といっぱいやって物凄く強くなったんだから、今日は絶対負けないからね」
「そうだったね。こっちだって負けないぞ~」
それから五人でトランプに興じ、一時間ほどすると母親と一緒に買い物に行くからということで、おひらきになり、四人は家を後にしたのだった。
「なんか、ますます酷いことになったわね・・・・・・・・・・」
きいろが、沈んだ声で、これまで得た結果についての感想を述べた。
「トランプの記憶も摩り替わっていたしな」
武が、寂しそうな声を出した。
「それ、どういうこと?」
真が、言葉の意味を尋ねた。
「大貧民教えたの、みなみなんだよ。俺と北斗が遊びに行った時に、暇だから遊んでってせがんできた梨花ちゃんに教えたんだ。大人気なく、こてんぱにしていたよ」
「本当なの?」
「ああ、僕も一緒だったから、間違いない」
北斗が、フォローするように口添えした。
「これからどうしよう?」
きいろは、両手で顔を覆い、意気消沈した声で、行動の指示を煽いだ。
「そうだ。駄菓子屋のおばあさんはどうかな? おばあさんなら、もしかしたら憶えているかもしれないし」
真が、名案とばかりに両手を合わせながら提案した。
「人に聞いても無駄だろう。一番近しいおばさん達がああだったんだ。他人であるおばあさんが覚えている可能性は無いに等しいな」
あっさり却下された。
「小学校の名簿はどうだ? もしかしたら、写真が残っているかもしれないぜ」
武からの提案だった。
「無駄だ。家に行ってみなみの物が一つも無かったんだ。学校に痕跡があるわけがない」
また、あっさり却下された。
「もう、否定ばっかりしていないで、少しはいい考えは無いの?」
「僕だって、あいつの手掛かりを捜す方法を考えているけど、なにも思い浮かばないんだよ」
静かながらも、はっきりとした口調で、自身の心情を語った。
「そうだ。タイムカプセルだわ。もしかしたら、なにかあるかも」
きいろは、思いついたように言うと、立ち上がって歩き出した。
「おい、どこへ行く気だ?」
「タイムカプセルある場所に決まっているでしょ」
「証拠がある可能性は、ほとんど無いんだぞ」
北斗が、制止するように呼びかけた。
「あんたの意見なんか、聞いていないわよ。一人ででもやってやるわ」
きいろは、前を向くなり、歩き出した。
「待て」
北斗は、早歩きで追いつくなり、きいろの腕を掴んで、行動を制止させた。
「なによ、否定の言葉なら聞かないわよ」
「そうじゃない。一緒にやろう。その方が効率がいいし、なにより道具も無しでどうやって作業をするつもりだったんだ?」
「それもそうね・・・・・」
俯きながら納得した。
「一端、家に戻って道具を揃えていこう。掘り返す時の為に必要なものは全部用意してあるから」
家に戻った四人は、自転車の籠に道具を乗せて、高台に向った。
「どの辺に埋めたんだっけ?」
武が、回りを探るように見ながら言った。
「大丈夫、僕が覚えているよ」
北斗は、断言すると、平地の一箇所に狙いを付けて、堀り始めた。
「どうして、そこだってわかるのよ?」
「カプセルを埋めた時に、目印になるように後で、大きな岩を乗せて置いたんだ。十年後に全員であたふたしたくなかったからね」
「用意がいいんだね」
真が、感心したように言った。
「褒め言葉はいい」
四人係りで、地面を掘り始めた。日はかなり低くなったものの、暑さはまだまだ十分あって、全員汗だくになったものの、誰一人として止めようとはしなかった。仲間が存在した証拠をどうしても発見したいという気持ちでいっぱいだったからだ。
「これだ」
掘り進めて行く内に、スコップが硬いものに当たって、掘り返してみると、金属でできた四角い缶が出てきた。
「開けるぞ」
掘り出した缶を地面に下ろし、蓋に手をかけた武が、三人に意志確認を行なうと、ほぼ同時に頷いた。
開けようとするも錆びついているので、開けることができず、力を込めて強引にこじ開け、その拍子に蓋が飛んでいった後、四人は一斉に箱の中を覗き込んだ。
中には、四人の名前を書き記した四枚の手紙があるだけで、全員が期待した五枚目はどこにも無かった。
「これだけ? みなみの分はどこにあるの?」
手紙を取り出した後、きいろは目の色を変えて、缶の隅々まで捜し、それが無駄だとわかると、蓋を捜すというさらに無駄な行動に興じた。
「きいろ、もう止めるんだ」
北斗が、見かねたように、呼び止めた。
「だって、だって、みなみが居ないんだよ。みなみがさ。どこにも居ないんだよ~!」
声を出す内に両目に涙が溜まっていた。
「だから、居ないんだよ。みなみはこの世界にはもう居ないんだ」
北斗は、冷徹なまでに低い声で断言した。
「うわ~!」
きいろは、耐え切れず、大声を張り上げて泣き出した。
「みなみ君、みなみ君・・・・・・・・・・・・・・」
真は、みなみの名前を呼びながら泣き出した。
「おい、北斗。なんで、あんな言い方するんだ? もっと優しい言い方ってもんがあるだろ!」
両目に涙を浮かべている武が、北斗に怒鳴った。
その問いに答えず、北斗は背中を向けた。
「なんとか言えよ!」
肩を掴んで、振り向かせようとするも、抵抗して動かなかった。
「こっち向けよ!」
おもいっきり力を込めて、体の向きを強引に変えるも最後の抵抗とばかりに顔を背けた。
「なんなんだよ。その態度は、ええ~?」
北斗の顔を強引に見てみると、眼鏡越しから見える目には、涙が溢れ、頬を伝って流れていた。
「お前・・・・・・・・・・・・・・・」
武が、手の力を緩めたのを感じ取ったのか、北斗は体を揺すって、両手から解放されると、三人に背中を向けた。
武は、両手を降ろすと、拳を強く握り、歯を食いしばって、声を出さないように涙を流した。
四人は、日が暮れてからも泣き続けた。初めて味わう大事な仲間を失った悲しみに対して、泣く意外に抵抗する術を知らなかったからだ。
そんな四人に対して、守られた世界はというと、夏を謳歌するようにセミの鳴き声を響かせ続けた。
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