第3話 承諾

 十年ぶりの集合を果たした五人は、夜の山道を歩いていた。

 

 北斗の家から高台まで大人が歩いてもけっこうな距離があるが、あの日と同じく徒歩で行こうというみなみの提案に対し、珍しく四人揃って賛同した結果である。十年前と同じ気持ちに戻りたいという意識が、全員に共通していたからだろう。

 

 山道は、舗装など一切されていないので、登るのも楽ではないが、小学生だった頃に比べれば、遥かに昇りやすく感じられた。

  

 高台に着くとあの日、暴風雨を耐え抜いて見ることのできた満天の星空が、五人を出迎えた。

 

 「ここに来るのも十年ぶりか~」

 みなみが、星空を眺めながら感慨深そうに言った。

 「三人で、来ることないの?」

 「男三人で行ってもしゃあないだろ」

 「僕も行く気にはなれないな」

 「男三人が山に登って、星を見るなんてなんか怪しい感じだわ」

 「わたし達が見ていた空って、十年前と全然変っていないんだよね」

 真は、星に負けないくらいに目を輝かせながら夜空を眺めた。

 

 「あの時の大雨には、ほんと参ったぜ。北斗、今日はなんの問題も無いんだろ」

 「ああ、降水確率ゼロパーセントの快晴だから雨合羽も必要ない。その代わりに用意した虫よけスプレーは十分な効果を発揮しているけどね」

 北斗は、自信満々に言い張った。


 「うん、全然虫に刺されていない。あの夜は大雨だったから、虫に刺される心配も無かったけど」

 「けど、あの日の雨は合羽も役に立たないほど、風が酷いかったぜ」

 「あたしもあの時は小学生だったから残ったけど、今だったら間違いなく髪を理由に帰っていたわね」

 「真は、ずっと泣きっぱなしだったよな」

 「しょうがないよ。あの時は真っ暗で怖くて怖くて仕方なったんだから、今だったら絶対に泣かない自信あるよ」

 真は、両手をぎゅっと握って、自信有りなところを猛アピールした。

 

 「それで、カウントダウンまで何をしていましょうか?」

 「まずは、あの時には出来なかった星空の下で、ゆっくりコーヒーを飲むってのはどうだ?」

 北斗は、手にしている水筒を見せながら提案した。

 「そいつはいいね~。あの日は、風でなにもかも飛ばれちまったからな。トランプとかボードゲームとか」

 「そうと決まれば、準備を始めようぜ」

 武の号令の元、男子三人は、手にしている荷物の中身を取り出して、宴の準備を始め、それが終わると北斗が淹れてきたアイスコーヒーを飲みつつ、星空を眺めながら談笑した。

 

 「そろそろじゃないか」

 コーヒーを飲み終えたみなみが、星空を見上げながら全員に呼びかけた。

 「後少しだな」

 北斗が左腕にしている腕時計を見ながら言った。

 「時が来たって感じがするぜ」

 「もうすぐ、あたし達の約束の時間だわ」

 「今、ここにみんなで一緒に居られて、わたしほんとに幸せだよ」

 真のその一言に、全員が笑顔で頷いた。

 

 「じゃあ、カウントダウン始めるぞ。みなみからだ」

 「五」

 「四」

 「三」

 「二」

 「一」

 北斗の合図の後、みなみ、北斗、武、きいろ、真の順番に数字を言っていった。


 「ゼロ!」

 最後の数字は全員揃って言った。

 「さすがに流れ星はないか~」

 みなみが、何も起こらない星空を見ながら、つまらなそうにボヤいた。

 「あの流星群を見るには、後九十年は生きないと無理だからな」

 「さすがに死んでいるわ~」

 「けど、せめて一つくらいは流れ星があっても良さそうだけどね」

 「あ、あれ見て!」

 真が、指差す先に一個の流れ星が光った。

 

 「やったぜ~!」

 「ほんとに、出るものなんだな」

 「めっちゃ感動したぜ」

 「ねえ、なにかお願いごとしない? もしかしたら叶うかもよ」

 「それ、いいね」

 五人揃って、遠くに見える流れ星に己の願いを告げた。

 

 「何をお願いしたんだ?」

 みなみが、四人に向かって聞いてきた。

 

 「こういうのはね、他人に言わない方が叶うものなのよ」

 「それに言い出したのなら、お前が先に言えよ」

 「そうだ」

 「わたしも聞いてみたい」

 四人は、みなみに視線を集中させた。

 

 「でっかいことがしてみたい!」

 右手を強く握った姿勢で、力強い一言を言い放った。

 

 「そのでっかいことってなによ?」

 「漠然とし過ぎだ」

 「もっと、こう具体的には言えないのか?」

 「しょうがねえだろ。でっかいことをやりたっていう気持ちはあるけど、具体的に何をすればいいのか、決めていないんだから」

 「俺達来年受験だぞ。そんなんじゃ、まだ大学も決めていないんだろ」

 「それ以前に進学の方が問題でしょ」

 「そうだな。将来はともかく、進学に関しては僕が全力でサポートするよ」

 北斗は、やれやれと頭を振った。

 「引く話してんじゃんえよ。なににせよ、俺は言ったんだから、今度はお前等の番だぞ。さあ、誰から言うんだ?」

 みなみは、いじわるな顔をしながら、右手の人差し指を四人に向け、なぞるように動かしていった。

 

 「じゃ」

 四人は、背を向けながら右手を上げるという同じポーズを取っていた。

 「てめえら、なに帰ろうとしてんだよ! 約束破ってんじゃねえよ!」

 みなみの怒声が、高台いっぱいに響いた。約束を破られたのだから当然である。


 「お前の話を聞いて、願いは話すもんじゃないと思ったんだよ」

 「僕も右に同じだ」

 「あたしも」

 「ごめん。みなみ君、今回ばかりはわたしも賛同できない」

 四人は、それぞれの言葉で、拒否の意思を告げた。


 「こうなったら、強引な手段で白状させてやる!」

 そう言うなり、四人を追い掛け回した。

 「ほうら、真、捕まえたぞ!」

 真っ先に捕まったのは、真だった。


 「ほら、言え!」

 「いや、絶対に言わない。あ、流れ星」

 みなみから逃れようと、視線を夜空に向けると、また流れ星が見えた。

 

 「どこどこ?」

 「ほんとだ」

 「もう一回なんてあるんだな。おい、北斗これも計算の内か?」

 「まさか、流れ星の運行なんて計算できるわけないだろ」

 「けど、あの流れ星なんか変だよ」

 真が、指差している流れ星は、軌道を大きく反れ始めた。

 

 「なんか、こっちに向ってきているんじゃないか」

 流れ星が、方向を変えたかと思うと、どんどん大きくなっていって、自分達に向かってくるのがわかった。

 「おいおい、これって物凄くまずいんじゃないのか~」

 「このままじゃ、地球に激突するんじゃない?」

 「え~地球滅びるの~?」

 「北斗、どうにかしろよ。秀才なんだろ」

 「こんな天変地異、僕一人でどうにかできるわけないだろ! そんなことよりも早く逃げないと!」

 北斗の言葉を合図に、五人は一斉に走り出したが、星はすぐ目の前まで迫っていた。

 

 「きゃ」

 走り出した途端、真はつまずいて転んでしまった。

 「真~!」

 振り返ったみなみが、真の手を取ろうとした瞬間、五人は星に飲み込まれた。

 

 「う~ん」

 みなみは、ゆっくりと目を開けた。

 覚醒したものの、意識はまだぼんやりとしていて、体全体を包んでいるけだるい感覚の為に、二、三時間くらい昼寝でもしていたかのような錯覚に陥った。

 「お、俺は? 確か落下してきた流れ星に飲み込まれて、それでどうなったんだっけ?」

 光に飲み込まれてからのことを必死に思い出そうとしたものの、何一つ思い出すことはできなかった。

 

 「そうだ。みんなは? みんなはどうなったんだ?」

 視界がはっきりしてきたところで、周囲を見ていくと、正面には北斗、その隣にきいろ、自身の隣に武、通路を挟んだ向かい側の席には真が座っていて、四人供、同じように目を瞑っている状態だった。

 

 「みんな、生きているよな?」

 みなみは、自信無く呟いた後、まずは隣に居る武から起こそうと、肩を軽く揺すった。

 「う~ん、みなみか~」

 目を覚ました武は、みなみと同じように寝起きのような反応を示した。

 「良かった。生きているみたいだな」

 「縁起でもないことを言うな。それよりも俺達いったいどうなっちまったんだ? 確か流れ星を見ていて・・・・・・」

 起きたばかりのみなみと同じような思考活動を行ったものの、思い出すことはできないようだった。

 

 「とにかく、三人を起こそう。考えるのはそれからだ」

 「そうだな」

 みなみは北斗を、武はきいろ、真の順番に起こしていき、三人供、二人とまったく同じ反応を示した。

 

 「それで、ここはいったいどこなの?」

 「俺に聞くなよ。電車の中っぽいけど」

 曖昧な返答だった。席の配置に窓の造りに網棚の設置箇所など、電車を想起させる要素が多く、窓の外からは電車ならではの走行音が聞こえてくる反面、まったく揺れを感じないので、電車の中という確信を持つことができなかったのだ。


 「そもそもこんなものに乗った記憶なんて無いないんだぜ。やっぱり異常な出来事に巻き込まれたんだろうな」

 武が、自分なりの解釈を口にした


 「怖いよ~」

 真が、今にも泣きそうになった。

 「もう、怖がらせてどうするのよ」

 きいろが、きつい口調で咎めた。

 

 「仕方ないだろ。今は、それしか言いようがないんだから。で、いったいどういうことなんだ?」

 みなみは、北斗に疑問をぶつけた。

 「なんで、僕に聞く?」

 北斗が、不機嫌そうにみなみを睨みながら聞き返した。

 

 「こういうことはお前の得意分野だろ。何かわからないのか?」

 「僕は科学専攻だけど、超常現象やオカルトは専門外だし、基本的には認めていない」

 憮然とした態度で、言い返した。

 「こういう時にこそ、持っている知識をフル活用しろよ~」

 「まったく分野をごっちゃにしないで欲しいな。ただ、考えられる可能性としては、集団催眠とか幻覚かな」

 「なんだ。それ?」

 「不特定多数の人間が、同じ心理状態になったり、ありもしない幻覚を一緒に見ることだよ。僕らが同じものを見ているってことは、あの光にそうした幻覚作用があったんじゃないかってことだ」

 

 「ふ~ん、だったら」

 みなみは、おもむろに右手を伸ばすと、北斗の左ほっぺを掴むなり、おもいっきり引っ張った。

 「いって~! いきなり、なにをする?!」

 右手を振り払った北斗が、引っ張られた頬を撫でながら怒声を張り上げた。

 「いや、催眠とかだったら、ほっぺたつねれば、目が覚めて元の場所に戻れるかもしれないと思ってさ」

 「だったら、自分ので試せばいいだろが~」

 体全体から込み上げる怒りを解き放つかのように、みなみに掴みかかった。

 

 「いつまでも馬鹿なことやってんじゃないわよ。そうだ。スマホよ。みんなスマホは持っているわよね」

 「そうか、その手があったか」

 「僕もうっかりしていた」

 全員がスマホを取り出して、電源ボタンを押して起動を試みたが、一切反応せず、真っ黒な画面が点灯することはなかった。

 

 「ダメだ。電源まで入らないとなると、いよいよ、ヤバいって感じだぜ~」

 武が、ガラにも無く、悲観的な表情を浮かべた。

 「もしかして、わたし達全員死んじゃったのかな~?」

 真は、また目に涙を浮かべて泣きそうになった。

 「そんなことないわよ。大丈夫、絶対に帰れるわ」

 きいろは、宥めるように、真の側に行くと、両肩に手を回して、優しい言葉をかけた。

 「他の場所も見に行こう」

 席から立ったみなみが、意を決したように言った。

 

 「下手に動くのは危険だぞ。何があるのか、わからないし」

 「ここに居ても何もわからないだろ。それなら少しでも動いた方がマシってもんだ」

 「俺も行くぜ」

 席から立った武が、みなみに賛同した。

 

 「武まで、みなみの無謀に付き合うのか?」

 「お前の意見もわかるけど、ここでじっとしていても、埒が明かないのは事実だしな」

 「よし、武、お前は左を見に行ってくれ。俺は右を見に行って来る」

 「わかった」

 「北斗」

 席から離れて右に行きかけたみなみが、思い出したように振り返って、座ったままでいる北斗に声をかけた。

 

 「なんだ?」

 「女子二人をしっかり守れよ」

 何故か、指をグッドラックの形にして、去って行った。

 「ああ、任せておけ」

 北斗も、釣られる様に右手を同じ形にしてみせた。

 

 「ほんと、男ってバッカみたい」

 二人のやりとりを見ていたきいろが、ため息交じりに呆れ顔をした。

 「でも、ああやって、二人は気持ちを確認し合っているんだよ」

 やや落ち着きを取り戻した真が、微笑みながら話した。

 女子二人の会話に対して、北斗は何も言わず、そっぽを向いていた。

 

 「ダメだ。ドアが開かない」

 左側のドアに行った武が、ドアに手をかけながら言った。

 「こっちも同じだ」

 右側へ向かったみなみからの報告だった。

 「つまり、あたし達閉じこめられているってわけ?」

 「ええ~わたし達出られないの~?」

 「僕達をこんな扱いをする奴の意図がさっぱり読めないな」

 北斗は、深く考えるように、口元に右手を当てた。窓の外には緑の草原とまばらに雲が浮かんでいる青空という景色が延々と続ているだけだった。

 

 「ああ~もう誰か手っ取り早く答えを教えてくれ~」

 みなみは、全てを放棄したかのように自分が座っていた場所へ、身を投げるようにして座った。

 

 「ここは、幻想宇宙だよ」

 弦楽器のような声が、みなみの疑問に応えるように返事をした後、真の右斜めの席に人間らしきものが、ぼんやりと姿を現した。

 

 現れたのは、帽子、コート、ズボン、革靴に手袋と真冬のサラリーマンのような服装をしていたが、コートの襟を立て、帽子を深く被っている為に、顔は闇で覆われて一切見えず、その代わりに目は猫か梟のような鋭い光を放っているという、かなり不気味な出で立ちをしていた。

 

 突然の得体の知れない者の出現に、五人は声も上げずに驚き、四人は一斉に窓際に身を寄せ、真にいたっては普段の倍以上の俊敏さで席から離れて、四人の居る方に逃げていた。

 

 「脅かしてしまって申し訳ないが、怯えることはない。君達に危害を加えるつもりは一切ないからね」

 その者は、詫びるように右手を挙げてみせたが、誰一人警戒心を解こうとはしなかった。

 

 「幻想宇宙って、なんだ?」

 みなみが、全員の気持ちを代弁するように、やや震える声で質問した。

 

 「分かり易い言葉でいうと、君達の居る三次元空間とは別の空間といったところだ」

 「別の空間だって、随分と非科学的な解答だな。漫画やアニメならともかく現代科学でも証明されていないことをどうやって、信じろっていうんだ? なにかの幻覚でも見せているんじゃないのか?」

 北斗が、みなみと同じくやや震える声で、疑問を提示していった。

 

 「疑うというのなら、ここが別の空間であることを証明してあげよう。幻想宇宙だから周囲の風景だって、自在に返られる。電車風にしたのは、君等に受け入れやすくする為だったが、疑われては仕方が無い」

 その者が、右手を鳴らすと、周囲にある座席に窓に天井や床までもが全く別物に変化していった。

 

 「これ、どういうことなの?」

 きいろは、変化したものを触りながら、驚きの声を上げた。

 「本物としか思えない。いったい何がどうなっているんだ?」

 「窓の外を見てみるといい」

 その者は、五人が固まっている方の窓を指差し、言われるままに見てみると、視界いっぱいに青空が広がり、眼下は一面白い雲で覆われていて、自分達が空を飛んでいることがわかった。

 

 「こんなこともできる」

 再度指を鳴らすと、また周囲にあるものが一変して、回りを囲っているものが一切無く、丸太で出来た筏の上で、大荒れの海の中を漂っているというシチュエーションになった。

 「これで、少しはわかってもらえたかな?」

 その者は、揺れなど一切気にしていない様子で問いかけた。

 「わかった。わかったよ。さっきの電車に戻してくれ。このままじゃ話もできない!」

 みなみが、大声で訴えた。

 「それでいい」

 三度目の指鳴らしで、五人は電車の中へ戻されたのだった。

 

 「それで、俺達をどうしよっていうんだ?」

 「君達に頼みがあって呼んだんだよ」

 「頼みがあって呼んだ? 誘拐の間違いでしょ。仮にそうだとして、その頼みってなに?」

 きいろが、 両手を組んだ強気の姿勢で質問したが、足は微かに震えていた。

 「全宇宙を救ってもらう為だ」

 その者は、はっきりと口に出した。

 

 「全宇宙を救うって、あの宇宙のことか? 随分スケールのデカい話だな」

 武が、やや呆れたように言った。

 「突拍子も無さ過ぎだ」

 「わたしは、君達の質問に答えただけだよ。呼んだ理由について尋ねられたからね」

 「救うってことは、なにか危険なことが起きているということか?」

 「そう、この宇宙に破滅が迫っている。ダークマーダラーが押し寄せてくるんだ」

 「ダークマターじゃなくてか?」

 北斗が、率直に聞いた。

 

 「マーダラーだ。宇宙に破滅をもたらすものだ」

 「なんで、そんなことをするの?」

 「宇宙には、誕生の力と破滅の力があって、ダークマーダラーは破滅を司る存在だったんだが、暴走を始めて、宇宙の完全な破滅に乗り出したんだ。それを止められるのは君達しか居ない」

 その者は、五人を指さしながら言い切った。

 

 「宇宙を救うなんて、なんかカッコいいこと言っているけど、あたし達普通の高校生よ。そのあたし達のどこに宇宙を救う力があるって言うの? そんな凄い力なんて、これまで一度も感じたこともないのに、どう考えても変よ。その辺も説明してくれるかしら?」

 きいろは、率直な疑問をぶつけてきた。

 

 「君達が、星と奇跡に選ばれた子供だからだ」

 「どういうことだよ?」

 「十年前に流星群を見た後に星の光を浴びただろ。あの夜、ダークマーダラーに対抗できる者を選出する為に何兆という星を飛していった中で、その光を浴びることができたのは君達五人だけだったんだ。何兆分の一という奇跡的確率の中から選び出されたからこそ、我々は宇宙を救う選ばれし者と認め、こうして幻想宇宙に呼んだのだ」

 

 「あの日に、そんな重大なことが起こっていたなんて、とても信じられないな。それと選んでから呼び出すまで十年も経っているぞ。危機が迫っているとか言っていた割には随分と余裕じゃないか」

 北斗が、不信感丸出しの冷めた口調で言い捨てた。


 「それはわたしが本来居る次元と君等の次元とでは、時間の流れが違うんだ。君等には十年でも、わたしには一週間しか経っていない。だから選出から呼び出しまで、それほど時間が経っているわけではない。君等にとって十年目というのは。ただの偶然だ」

 その者は、北斗の疑問に素直に答えていった。


 「その一週間の間、あんたは何をしていたんだ? 見た目についてあれこれ話していたのか?」

 みなみからの質問だった。

 「ダークマーダラーの対抗機械を開発していたんだ。そして今夜完成したので、君等を呼ぶことにしたんだ。完成品を見せず説明だけでは意味が無いからね」


 「なあ、そもそもなんであんたが戦わないんだ? この世界を自由に操れる力を持っているあんたが、その対抗機械に乗って戦った方が、俺達が戦うよりもずっと勝率がいい気がするぜ」

 武が、いつになく冷静な口調で結論付けようとした。

 

 「残念ながらわたしにはその力は無いよ。選ばれし者達を導くことしかできない。対抗機械は君達、選ばれし者にしか扱えないからね」

 「なるほど、それで戦いというからには、命の危険もあるんだろ」

 北斗が、冷静な声で尋ねた。


 「場合によっては、命を落とすこともあるだろ」

 「それで報酬や見返りはあるのか?」

 「北斗、お前こんな時になんてこと聞いているんだよ」

 みなみが、若干呆れたように口を挟んできた。

 「僕は現実的な話をしているんだ。命の危険があるっていうのに、何も無しっていうのは虫が良過ぎるだろ」

 「自分達の宇宙を守るのに、代償を求めるわけか」

 「報酬なんかどうでもいいわ。死ぬかもしれない戦いに参加しろって言われているのよ。 冗談じゃない。宇宙の破滅だとか星に選ばれたかなんだか知らないけど、わたしは絶対に嫌よ。死ぬなんてまっぴらだわ」

 きいろは、荒れた口調で、きっぱりと参加を拒否した。


 「だが、この宇宙が破壊されれば、君達も消滅するんだぞ。それでもいいのか?」

 「それはいつのことなんだ? その辺もはっきりさせて欲しいぜ」

 「すぐそこまで迫っている。最近地球のあちこちで異常気象が起こっているだろ。あれはダークマーダラーの破壊活動による小さな影響だ。このまま放置していれば、もっと酷いことになって滅びてしまうだろう」

 「日数的にはどうなんだ?」

 「君等の次元なら数年、わたしの次元ではもって後一週間あるかないかだ。 頼む。宇宙を救ってくれ! それができるのは君達だけなんだ!」

 その者は、席から立つなり、五人に向って頭を下げて哀願した。

 

 五人は、返事をせず黙った。いきなりわけのわからない場所に引っ張り込まれた上に、見るからに怪しい人物から、宇宙を救ってくれという無理難題なお願いをされてしまったのだから当然である。

 五人と一人の沈黙は、しばらく続いた。

 

 「わかった。いいぜ。あんたの願い聞いてやるよ」

 初めに返事をしたのはみなみで、席から立って、その者の前に進み出ながらの発言だった。

 

 「本気か?」

 「こいつの言うことを信じるっていうの?」

 「今回ばかりは、お前の正気を疑うぜ」

 「わたし、戦いなんてやだ」

 四人は、それぞれの言葉で反論していった。

 

 「いいじゃねえか、宇宙を救えるなんて、滅多にできることじゃないぜ。それに流れ星を見た後自分の夢を語った時に、でっかいことをしたいって言っただろ。正にその夢に打ってつけじゃないか。だから、俺はやる。どの道、このまま放っておいてもダメになるっていうのなら、できることをやった方がいいじゃないか。お前等はどうする?」

 四人の意見を探るように、一人一人の目をしっかりと見ながら、自分の意見を述べていった。

 

 「しゃあない。俺もやるわ。お前一人じゃ心元ないからな」

 武は、苦笑しながら席を立って、参加表明をした。

 「お前達がやるっていうのなら、僕もやるしかないじゃないか。まったく変なことに巻き込んでくれたな」

 北斗は、やれやれと頭を振りながら席を立ち、賛同の意志を示した。

 その者の前に出揃った男三人は、残っている女性陣に視線を向けた。

 

 「もう男って奴は、いつだってバカなんだから~」

 きいろは、髪をやや乱暴にかき上げながら言った。

 「それってつまり、参加するってことか?」

 みなみが、確認を取るように聞いてきた。

 「それ以外になにがあるっていうの?」

 残るは、真一人だけになった。

 

 「真は、無理しなくてもいいんだぜ」

 「そうよ。真はか弱いんだから、こんなわけのわからないことに参加する必要はないわ」

 「そうだな。君には俺達の帰る場所を守ってもらうとしよう」

 「真、ここは自分で決めろ」

 四人からの言葉に対して、真はしばらく考え込んだ。

 「みんなが、参加するのにわたしだけのけ者なんてやだ。だからわたしも参加する!」

 真は、声を震わせながら参加を明言した。

 

 「やっぱ、俺達ミラクル☆5だな」

 みなみが、感動したように高ぶった声を出した。

 「全員の意見が出揃ったようだね」

 その者が、どこか嬉しそうな声色で、五人に声を掛けてきた。

 「ああ、ここに居るミラクル☆5全員、戦いに参加する」

 みなみが、五人を代表するように言った。

 

 「ありがとう」

 その者は、哀願した時以上に頭を下げた。

 「そういえば、あんた名前あるのか?」

 「特にはない」

 「それならセロっていうのは、どうかしら?」

 きいろが、真っ先に提案した。

 

 「セロって、なんだ?」

 武が、聞いてきた。

 「弦楽器の一種で、とってもいい音がするの。話し声が、なんとなくそんな感じがするから似合うと思って。あたしこう見えて音感いい方で、高校では吹奏楽部で実際にセロを弾いているし」

 きいろは、楽器を弾くような仕草をしながら説明した。

 「セロか、いい名前だ。大事に使わせてもらうよ」

 セロという名前を頂戴したその者は、満足そうに言った。

 

 「あんたの名前が決まったところで、さっき言っていた対抗機械のあるところへ連れていってもらおうか」

 「それに関しては、これから案内するよ」

 セロが、言い終わるタイミングで、電車が動きを止めた。

 「こっちだ」

 五人が、一瞬目を離すと、さっきまで座っていた場所にセロはおらず、気付けば開いた左側の入り口の前に立っていて、付いてくるように促していた。

 

 「やっぱ、危ない奴かもしれないな」

 みなみが、セロに聞こえないように小声で話しかけてきた。

 「なら、さっきの言葉、撤回するか?」

 北斗が、ややおちょくるような口調で言い返してきた。

 「そんなわけねえだろ。みんな、行くぞ」

 席を立った五人は、セロの後に続いて外に出ると、そこは駅のホームのようだったが、通路も柵もみんな鉄のような金属が使われている上に、空は鉛色の雲で覆われているなど、窓の外から見ていた青空や緑の草原といった風景から一変したなんとも重苦しい場所だった。

 

 「こっちだ。全員、あまりわたしから離れるなよ。もし、外れて道を見失うようなら、二度と元の世界に戻れなくなるぞ」

 脅し半分のような言葉を並べた後、やや早歩きで、先に進んでいった。

 五人は、セロに置いていかれないように、早歩きしながら、お互いに離れないように、縦一列になって付いて行った。

 

 その順番はというと、先頭がみなみ、二番目が北斗、三番目が武、四番目にきいろ、一番後ろの五番目が真といういつもの布陣だった。なお、真は不安と恐怖から、きいろの背中にぴったりくっつき、絶対に離れまいと服の裾をしっかりと掴んで離さなかった。

 駅の入り口が見えてくると、無人の改札口を通って、中に入った。

 

 駅の構内はというと、そこもまた全てが金属で出来ていて、金属特有のギラギラした鈍い輝きが、見る者を冷たく不安な気持ちにさせるのだった。

 「なんだか、嫌な場所だな。ほんとにこんなとこに対抗できるものなんてあるのか?」

 「僕に聞くな。見た感じ本物の鉄っぽいけど、電車の中で見せられたように、どんな風景にでも切り替えられるんだから、ここの風景だって本物かどうか怪しいものだ」

 「けど、それならどうしてもっとこう明るい場所にしないんだろうな。気が滅入りそうだぜ」

 「多分、あいつの趣味なのよ。あんな格好をしているんだもの、きっと性格も暗いんだと思うわ」

 「わたしも怖い感じはするけど、宇宙の危機を救おうとしているのだから、そんなに悪い人じゃないと思う」

 「ダメよ。真、変な同情心を持っちゃ、あの手の輩は、そういう心理に付け入るのが得意なんだから」

 きいろが、子供を叱るような口調で注意した。

 

 「その変な人は、どこへ行ったんだ?」

 武が、辺りを見回しながら言った。

 「あそこに居るぞ」

 北斗が、指差す先に立っているセロは、この場所の出口と思われる場所に居たが、真っ暗でその先は何も見えなかった。

 

 「こっちだ」

 先を促すように、顎を暗闇の中へ向けた。

 「なにも見えないじゃないか、 その先になにがあるんだ?」

 みなみが、素直な疑問を口にした。

 「来ればわかる」

  セロは即答するなり、暗闇の中へ入っていった。

 

 「行くか」

 みなみが先頭に立って歩き出すと、四人も順番通りに並んで着いて行ったが、先に何があるのかわからないので、足取りは遅かった。

 出口の先に着いてみると、視線の先には金属製の階段があって、周囲は真っ暗で何も見えず、幅は大人四人分ほどしかない上に手摺も無いことから、落ちてしまうのではという不安を大いに煽った。

 セロはというと、そんな五人の心情をよそに、階段の半分まで降りていた。

 

 「ねえ、引き返さない?」

 きいろが、四人に呼びかけた。

 「今更、なんだよ」

 「やっぱり怪しいわよ。こんな変な場所に連れてくるなんて、尋常じゃないわ。それに付いて行って取り返しの付かないことにでもなったらどうするの? 今ならまだ引き返せるわ。そうしましょ。きっとこれは悪い夢かなにかよ。時間が経てば、全員目を覚ますに決まっているわ」

 きいろは、いつになく不安な表情を浮かべ饒舌に熱弁をふるって、四人に引き返すよう促した。

 

 「警戒する気持ちはわかるけど、ここまで来た以上、もうどうしようもねえだろ。引き返したら、それこそあいつが何をするのかわからないぞ。だいたいさっき賛同したんだから、いいかげん腹くくれよ」

 「俺も行くしかないと思うな。そうしないと帰れないような気がするぜ」

 「まったく、このバカ二人は~。北斗、あんたはどうなの? まさかこの二人の意見に賛成なんてしないわよね?」

 「悪いが賛成だ。セロの条件を飲むと言ったんだから、そうした方が身の為というものだ。みなみの言う通り、下手な行動は奴の神経を逆撫でするだけだからな。あんな真似ができる輩だ。僕達をどうにかすることくらい容易だろ」

 「人を不安にさせるようなことを言わないで。真は帰りたいわよね?」

 自分の意見に賛同を求めているのは、口調からも明らかだった。

 

 「わ、わたしは行った方がいいと思う・・・・・・・・・」

 真は、小さな声で、きいろの意見を否定する言葉を述べた。

 「真、それ、本気で言っているの?」

 きいろは、意外なものを見るような視線を真に向け、その反応は男子達も同様だった。

 「今でも物凄く怖いし、帰りたい気持ちでいっぱいだけど、約束したんだから行かないのはダメと思うから。きいろちゃん、ごめんね・・・・・・・・・・・・」

  言い訳をしながらも、両目には不安を表すように涙が浮かんでいた。

 

 「これでわかっただろ。きいろ、お前の負けだ。素直に付いて行こうぜ。あいつも待っているし」

 みなみが、親指で指示す方には、階段の下まで降りているセロが、五人に視線を向けていて、早く来いと促しているように見えた。

 「わかったわ」

 きいろは、くやしそうに返事をした。

 「よし、今度こそ本決まりだ。俺から先に行くぞ。順番はいつも通りでいいな」

みなみの問いかけに対して、四人は無言で頷いた。

 五人は、縦一列のさっきと同じ順番で歩みを進め、暗闇の中に響き渡るほどの足音を鳴らしながら、階段を降りて行った。

 

 「で、ここにそのなんだっけ・・・・・・・・・・・」

 「ダークマーダラーだ」

 みなみが言いそびれた固有名詞を、北斗がすかさずフォローした。

 「ああ、それそれ。それに対抗できるものがあるのか、真っ暗じゃないか」

 「今、お見せするよ」

  セロが、右手を鳴らすと、天井から発せられた強い明かりが暗闇を照らして、視界を広げていった。

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 視線の先にあるものを見た五人は、なんの反応もせず、立ったまま無言で凝視することしかできなかった。

 

 五人の目の前にあるもの、それは人型でボディラインは直線でまとめられ、胸がぶ厚く腰や四肢が太いといったゴツい体型に、肩や肘などに斜めに大きく張り出したパーツが付いていて、顔はくっきりとした目鼻立ちに口まであるといった様々な要素が、五十メートル級の巨体に集約された三次元世界でいうところの巨大ロボットそのものであった。

 しかも、その数は五機ときっちり人数分あって、真ん中に立っているロボットは赤、その左が白で奥に立っているのが緑、右隣が青、奥が黄色といった配置になっていて、色だけでなく形も各機ごとに異なるなど、きちんと個性分けされているのだった。

 

 「どうかね?」

 セロが、感想を求めた。


 「うお~巨大ロボットだ~!」

 「これって本物なのか?」

 「本当に動くものなのか? ハリボテじゃないだろうな」

 「ああ~やっぱり、これは夢なんだわ・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・物凄く大きい」

 セロの問いかけによって、ようやく目の前に立っている巨大ロボット群を現実のものとして受け入れた五人は、それぞれの感想を声に出していった。

 

 「これが、あんたの言う対抗できるものなのか?!」

 みなみが、トーンの上がりまくった興奮状態の声で尋ねた。

 「そう、これこそが我々が開発したダークマーダラーに対抗できる唯一にして究極の対抗機械だよ」

 そう語るセロは、どこか誇らしげだった。

 

 「幾らなんでも荒唐無稽過ぎる。人型巨大ロボットの有効性なんて、無いに等しいだろ」

 北斗が、知的者らしい意見を述べた。

 「確かに荒唐無稽ではあるが、幻想宇宙なんて、普通の人間からすれば、それこそ荒唐無稽といえる場所に居るのだから、巨大ロボットが存在したとしても一向に不思議じゃないし、君等の相手は常識の通用しない者達なんだ。巨大ロボットで対抗するとしても不都合じゃないと思うがね」

 セロは、自身の見解を明確に述べた。

 

 「言われてみればそうだな。それで正式名称はなんていうんだ。こういう場合普通に巨大ロボットじゃなくて、なにか識別名みたいなものが存在するものだろ」

 「どういう意図の質問なのよ」

 きいろが、やや呆れ顔をして聞いた。

 「お前、ほんとのところ、巨大ロボットアニメが好きなんだろ?」

 みなみが、からかうように言った。

 「バカなことを言うな。きちんとした正式名称を知りたいだけだ」

 「わたし達は、奇攻機きせきと呼んでいるよ」

 「難しいんだか、簡単なんだか、わからない名前だな」

 武が、怪訝な表情を浮かべながら、素直な感想を漏らした。

 

 「本来は奇抜な攻撃をする機械という意味だが、奇跡という言葉にもかけているんだよ」

 「なるほどね。それで、誰がどのロボットに乗るかは決まっているのか? 人数分あるってことは分担が決まっているってことだよな。それとも俺達が自由に決めてもいいのか?」

 「そうだとしたら、お前はどのロボットに乗るつもりなんだ?」

 「もっちろん、赤に決まっているじゃねえか。俺の名前と同じ色だし。真ん中なんだからリーダーには相応しいだろ」

 正面に立っている赤く額に日本の兜を思わせるブレードアンテナを持ち、目鼻口が揃った精悍な顔をしたロボットを指差しながら、嬉々とした表情で語っていった。

 

 「そう言うと思ったよ。で、実際のところはどうなんだ?」

 北斗が、みなみの言葉に呆れつつ質問した。

 「その通り、みなみ、君の乗機は真ん中の赤いロボットだ」

 「よっしゃ~! ミラクル☆5のリーダーはセンターかつ赤で決まりだぜ~」

 みなみは、強く握った拳を激しく上げ下げして、狙っていたロボットに乗れる喜びを猛アピールした。


 「ほんと、子供ね~。それで、残りはどんな配置になっているの?」

 きいろは、みなみに向かって、呆れるを通り越して蔑むような視線を向けながら配置の説明を求めた。

 「緑色は北斗、黄色は武、白はきいろ、青は真だ」

 セロは、簡潔に説明していった。

 

 「緑色か、悪くないかな」

 北斗のロボットは、五機中肩が一番大きく張り出し、背中にガンホルダー状のパーツがあるのが特徴で、顔には口が無く、マスクで覆われ、目は透明なバイザーで覆われていた。


 「あの黄色の奴か、腕がゴッツくって、俺にピッタリな感じだぜ」

 武のロボットは、五機中もっともマッシヴで、顔はおでこが突き出て、マスクも顎が突き出したような形状をしているなど、体格に見合ったものになっていた。


 「わたし、青色なんだ。ちゃんと乗れるのかな・・・・・・」

 真のロボットは、肩や肘の張り出しにブレードアンテナの角度が浅いなど、五機中もっとも大人しいデザインで、顔はエースレッドと同じく目鼻に口もあった。

 

 「わたしだけ、名前と合っていない白いロボットって、どういうこと?」

 きいろは、五機中ではもっともスタイルが細く、その変わりに背中に天使を思わせる翼があって、顔はマスクで覆われていないロボットを一通り見た後、セロにややきつい視線を向けながら抗議した。

 「それを言ったら俺も合っていないぞ。そもそも俺、名前に色の付く漢字入っていないしな」

 「基本的には性能との相性で選んでいる。機体の色と名前が一致しているのは偶然だ」

 セロは、淡々とした口調で、解答を述べた。


 「まあ、武のデブいロボット割り当てられるよりは断然いいけどね~」

 武の専用機とされた五機の中で最も、体格幅の有るロボットを見ながら言った。

 「デブいとか言うな。マッシヴと言え。マッシヴ」 

 「同じようなものじゃない」


 「配置が決まったところで、近くで見てもいいか?」

 みなみが、今更のような許可を求めた。

 「いいとも、存分に見てくれたまえ」

 セロは、返事をした後、社会科見学の引率者のように、五機に手を向けながら、道を開けた。

 

 五人は、改めて自身に割り当てられた機体に視線を向けながら、ゆっくりと近付いていった。

 高層ビル並に巨大で、鋼で構成されている巨躯は、近付くごとにその迫力を増し、普通の建築物にはまず感じられることのない只ならぬ存在感に圧倒されていたが、自身のものであるという所有感が、歩を進ませていた。

 

 五人は、別れて、自身の機体を見に行った。

 「ほんとに、でっかいな~。それでこそ巨大ロボットだ!」

 「やっぱり固くてひんやりするんだな。ガキの頃親にねだって買ってもらった超合金のおもちゃを思い出すぜ」

 「おそらく地球には無い金属で出来ているんだろ。それにしても動力部の配置とか大丈夫なのか? どう見たって動くとは思えないぞ」

 「白っていうより、純白って感じね。名前とは全然無縁だけど、この綺麗な感じは嫌いじゃないわ」

 「青いロボットか。こういうの全然分からないから、どう言えばいいのか、言葉が見つからないよ~」

 五人は、それぞれの意見を言葉にしていった。

 

 「セロ、操縦方法は、どうなっているんだ? まさか、これから毎日みっちり訓練だなんて言うんじゃないよな~。そういうのかったるくて嫌いなんだけど」

 みなみが、めんどくさそうにボヤいた。

 「その点に関しては、乗れば自然と頭に入るようになっているから安心してくれ」

 「今から乗れるのか? 試乗もしないでぶっつけ本番なんて言わないでくれよ」

 「もちろん、乗って構わないよ。ここに来てもらったのは実際に奇攻機に試乗してもらう為でもあるからね」

 「どうやって乗るんだ? こんな高さじゃ普通の梯子じゃ届かないぜ」

 武が、ロボットの胸辺りを指差しながら言った。

 

 「乗り方は右手の平にある紋章を機体に向って翳すだけでいい。梯子は必要ないよ」

 「右手の紋章?」

 みなみの言葉を合図に、五人が自身の右手の平を見てみると、手相の皺を霞ませるほどくっきりと、☆の刻印が刻まれていた。

 

 「いつの間に、こんなものが~?」

 「ロボットに触れた時かな」

 「嫌味なくらいはっきりしているわね」

 「他の人が見て、変に思われないかな~?」

 「なんで、☆マークなんだよ?」

 みなみが、解答を求めた。

 

 「君達は、星に選ばれた子供達だからね。☆のマークは打ってつけだろ」

 「なるほど、それでこの紋章をロボットに翳せばいいんだな」

 「そうだ」

 「よし、やるか。なにか、合図とかは必要無いのか?」

 「仕草だけでいい」

 「パイロットスーツは?」

 「必要ない」

 セロの返事の後、自身に割り当てられた機体の前に立った五人は、それぞれのタイミングで一呼吸置いた。これから未知のものに乗り込むという未体験を前に緊張が高まってきたからである。


 五人は互いに視線を交し合って意思の確認を行い、それが終わって 紋章を翳すと、ロボットの両目が強く光り、兜の奥に隠れていた両目の形をくっきりと浮かび上がらせ、まるで生命を宿したかのように、これまで以上に強い存在感を発揮した。

 

 続いて、胸の中央部から光が放射され、その光に当てられた五人は、地面から浮くと同時に、機体へと引き寄せられていった。

 「ほんとに巨大ロボットアニメみたいだ~!」

 「巨大ロボットに吸い込まれる間ってこういう感じなんだな」

 「まったくもって理解できない現象だ」

 「物凄く変な感じだわ」

 「パンツ見えちゃわないかな。こんなことならスカートなんて、履いてくるんじゃなかった~」

 五人は、それぞれの反応を見せながら、機体の装甲をすり抜ける要領で内部へと入っていった。

 

 吸引現象が終ると、五人は左右に一本ずつの操縦桿、足元に二つのペダルのあるパイロットシートに座っていて、周囲にはさっきまで立っていた風景が見えたが、分割線や計器類といったものが一切無い為に、コックピットの中というよりは、風景の中に置かれたシートの上に座っているかのような感覚に包まれていた。

 それに合わせて、セロが言っていたように機体の操縦方法も自然と頭に入ってきて、不快な感じは一切せず、以前から知っていたような気分だった。

 

 「どうかね。乗り心地は?」

 機体の足元に立っているセロが、感想を求めた。

 「悪くないな。もっと、狭苦しいものを想像していたけど、これはいいや」

 「俺らの知っている乗り物よりも数段乗り心地がいいぜ」

 「居住性もしっかりと考慮されているし、画面の解像度に通信性も全く問題無いところをみると、設計者は相当な頭脳の持ち主だな」

 「巨大ロボットに乗る夏休みなんて、聞いたこもないわ」

 「良かった~。足ちゃんとペダルに届く」

 それぞれの感想を述べていった。

 

 「少し動いてみようか。まずは歩いてみてくれ」

 五人が、言われた通りに歩かせるべくペダルを軽く踏むと、五機は揃って歩き出し、格納庫に五機分の巨大な足音を響かせていった。

 「操縦方法の伝達もうまくいっているみたいだし、そろそろ本格的に動かしてみようか」

 セロが、指を鳴らすと、風景が一変して、一人と五機は星がまたたく宇宙の真っ只中に居た。

 

 「ここはいったいどこだ?」

 「ほんとうの幻想宇宙だよ」

 「普通の宇宙と変わらないじゃないか」

 「宇宙とは、えてしてそういうものだ。ここは正確には次元の裏側、君等の体でいえば心臓みたいなものさ」

 「敵は居ないんでしょうね」

 「今のところはまだ安全だよ。ここでなら存分に動かせるから操縦にも十分慣れてくれ」

 「わかった」

 「おい、武器はどうなっている? 使えないじゃないか」

 北斗が、不調を訴えた。

 

 「今は必要無いから封印させてもらっている。必要以上の力は、破滅をもたらすだけだからね」

 「そういうことか、まあ、操作方法は完璧に頭に入っているから問題ないけどな」

 「では、操作訓練に励んでくれ。終る頃を見計らって、呼び戻すから」

 そう言うと、その場から消えていった。

 

 「ほんとに居なくなったのかな? あの人が居ないと、わたし達帰れないんだよね?」

 真が、不安そうに言った。

 「その心配ならいらないだろ」

 北斗が、落ち着いた声で、返事をした。 

 「どうして、そんなことが言えるんだ?」

 「この場から見えなくなっただけで、実際のところは監視しているはずさ」

 「それは言えるわね。今でもわたし達のことをどこかで見ているのよね。ああ~なんか考えたら、寒気がしてきたわ」

 

 「それにしてもこのロボット、ほんとに俺の思い通りに動くな」

 みなみは、買ったばかりのフィギュアの関節を確認するように腕や指などの関節を動かしていった。 

 「北斗君、いったいどういう仕組みになっているの? わたし達の意志で自在に動かせているのはわかるけど」

 真が、こういうことに関して一番頼りになりそうな北斗に説明を求めた。

 

 「多分、脳波コントロールなんだろ。だからパイロットが思っていることを忠実に実行する仕組みになっているんだ。ただ、表層的に思っていることだけを実行しているだけであって、潜在意識的なものは反映させないようになっているみたいだから相当な技術だな」

 「また、難しい説明してんな~。機械はそんなに得意じゃないから、もっと、簡単に説明してくれよ」

 武が、怪訝そうに顔をしかめながら、再度説明を求めた。


 「難しく考える必要は無い。こう動かしたい、ああ戦いといった意識に反応して動くんだよ」

 「なるほど、良くわかった」 

 「もう余興はいいから、いっちょいくか」

 みなみが言い終わると、ロボットはシャドーボクシングのような動作を取っていった。関節の設置通りに動いているだけなのだが、ものが巨大なだけに動いた時の迫力は相当なものだった。

 「いいな。俺もやろ」

 武も、みなみと同じように、機体に格闘動作をさせた。

 その一方、残りの三機は、指一本動かさなかった。


 「おい、三人供、何しているんだよ。ちっとも動かしていないじゃないか。なんの為に、ここに来たと思っているんだ?」

 「みなみの言う通りだぜ。今のうちにしっかり練習して、戦いに備えておかなきゃダメだろ」

 「あたし達のロボットは、殴る蹴るとか、あんた達のロボットみたいに野蛮な行為向けじゃないのよ。格闘の練習なんてしも意味が無いわ」

 「わたしも殴ったり蹴ったりは、ちょっと・・・・・・・・・・・・」

 「戦いなんだから、一つのルールに縛られても仕方ないだろ。北斗はなんで動かさないんだ? お前のロボットも格闘できないのか?」

 「そんなわけないだろ。戦闘用ロボットなんだから、格闘用の武器だってちゃんと装備されているよ」

 「なら、なにをしているんだ?」

 「機体性能の生かし方を考えているんだ。こういう戦いは自身の機体の性能を百パーセント生かすのが、勝利への最大の近道だからな」

 

 「はあ~」

 みなみは、ため息を吐くと、北斗の機体へ近付くなり、右人差し指で、頭を軽く突っ突いた。

 「なにをするんだ?」

 「そんな頭でっかちなことばかり言っていないで、実際にロボットを動かして、感覚を養った方が、よっぽど手っ取り早いだろ。みんな、この宇宙中を飛びまわろうぜ」

 

 「どういうことだ?」

 「このロボット、物凄いパワーがあるみたいだから、どこまで飛んで行けるのか、試してみたくなったのさ。昔みたいに自転車で走り回った要領でやれば、全員参加の意味も出てくるだろ」

 「賛成だ」

 「みなみにしては、上出来なアイディアじゃない」

 「わ、わたしもがんばる」

 「ようし、全員用意はいいか~ドン!」

 言い終わらない内に、みなみは自身の機体の背中と足底に設置されているバーニアを全開にして、一直線に飛び出していき、あっという間に四人の視界から消えていった。

 

 「ああ~抜け駆けなんてズルいぞ~!」

 「卑怯者め~!」

 「まったく信じられないわ!」

 三人は、怒りを滾らせながら、みなみの後を追うように機体を飛ばしていった。

 「みんな、待って~!」

 完全に出遅れた真は、ペダルをおもいっきり踏んで、機体を飛ばすことでどうにか、四機に追い付いた。

 揃った五機は、縦一列、横一列、時には先頭を奪い合いながら、五つの流星のように宇宙中を駆け巡り、戦いの為の機械に乗っていることも忘れて、宇宙航行を満喫した。

 

 「もういいだろ」

 セロの声が聞こえたかと思った瞬間、五機は鉄で出来た格納庫に帰還していて、足元にはセロが立っていた。

 「なんだよ。もう終わりか~」

 機体から降りてきたみなみが、がっかりしたように言った。

 「初めての操縦訓練は、もう十分だろ」

 「そうだな。あれだけ動かしたんだから、すっかり慣れたぜ」

 「訓練としては申し分なかったな」

 「ロボットに乗るのはともかく、宇宙を飛び回るのは素敵な体験だったわ」

 「わたしもすごく楽しかった」

 それぞれの感想を言い終えると、五人は機体から降りて、セロの前に集まった。

 

 「これで、君達は戦う資格を完全に得たわけだが、今でも気持ちは変らないかね? もう後戻りはできなくなるぞ」

 セロは、最終確認するように、これまでにない厳しい声で、意思確認をした。

 「ああ、変らないよ」

 「ここまで来たら、やってやるぜ」

 「今更、降りるつもりはない」

 「わたしも異論はない」

 「が、がんばります」

 「そうか、それなら宇宙の運命は君達に託そう。頼んだぞ。星に選ばれた子供達よ」

 セロが、言い終わると、五人は電車に乗る前のような眩い光に包まれた。

 

 「ここは・・・・・・・・・・・・・高台か・・・・・・・・・・・・」

 目が覚めて、周囲を見回すと、見慣れた高台に立っていた。

 「そうだな。俺達が集まっていた。高台だ」

 「驚きだな。あの光に飲み込まれてから一分も経っていないぞ」

 「それなら、さっき見たことはやっぱり全部夢だったのかしら?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・夢じゃないよ。右手の平を見て」

 真の言葉に従い、四人が右手の平を見ると、ロボットの格納庫で付けられた紋章がしっかりと刻まれていた。

 

 「ほんとだったんだな・・・・・・・・・・・・・」

 五人は、顔を見合わせたまま、黙っていた。セロの前では断言したが、自分達が宇宙の命運をかけた戦いに身を投じるということが、現実のことであったと同時に確約されたことを意味していたからだ。

 

 「とにかく、家に戻ろう」

 「そうね」

 「そうだな」

 「うん」

 後片付けを終えた五人は、下山を開始したが、その直後、誰が言うでもなく、一斉に後ろを振り返った。

 視線の先には、何事も無かったように、満点の星空が見える風景が広がっていた。 

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