第13話

 光に形があったとして。それを飲み込むと、いったいどんな味がするのだろう。子供の頃、そんな疑問を抱いたことがある。


 角のないマイルドな酸味と、温かな熱。舌を包み込むようなコク。柔らかな苦味。━━━図らずも僕は、幼少の頃の疑問に、答えを出した。


 太陽とは、日差しとは、きっとこんな味をしている。


 日差しは人の心を暖める。僕はそれを知っている。例え不安や不満があろうとも、日差しは心に凝り固まったシコリを溶かしていく。だからこそ、僕は太陽の光を愛する。心が必死に手を伸ばしていたから。


 口の中に、光が残っている。きっと闇のなかに飛び込んでも、誰もが僕を見つけることだろう。舌に残り続ける明るく温和なコクが、僕にそんな冗談を思い付かせた。


 二口、三口と飲み進める。光が熱となって僕の体の中に溜まっていく。爽快感のある香りが鼻から脳へと突き刺さる。レモンを皮ごと砂糖漬けにしたものを食しているような、軽やかで気楽な時間が経過していく。


 今日の朝食はなんだろう?


 僕は窓から見える夕陽の存在を忘却し、そんなことを考えた。


 僕は━━━オビは、朝食の時間を愛していた。










「━━━━━お・・・・・・、ら━━」


 声が聞こえる。しわがれた老女の、憤った声だ。


 瞳を少しずつ開く。朝日が網膜に飛び込んでくる。眩しく感じながらも僕は目を開けた。目の前には僕の━━━━オビの恩人である魔女がいた。


「ふん。やっと起きたかい。あんたがなかなか起きないもんだから、朝食は冷めちまったよ!」


 魔女は僕に木の器に入れられた、温かいスープを手渡した。確かに完成したばかりとは言い難いが、それでも温かいスープだった。


 旅で食べられるものは質素だ。その辺に生えている食べられる野草や、保存の効く安い野菜を詰め込んだスープですら貴重である。それなのに魔女の作るスープには干し肉とは比べものにならないほど、柔らかな肉が入っていた。パンは硬かったが、スープに入れると最高に美味しかった。


「さっさと食べな! 怠け者! 時間は有限だよ!」


 魔女は当初、僕に食事を作らせようとした。しかしながら、僕には料理の才能がなかったらしい。食材の無駄だと魔女は罵倒し、結局料理は自分で作るようになった。僕の仕事は洗い物と片付け、そして寝る前に魔女の肩を揉むことである。


 付け加えるなら、老馬の世話もだろう。けど、世話といってもブラシを掛けてあげるだけだ。老馬は賢く、餌は自分で探したし、魔女の言うことに忠実だった。魔女はブラシも掛ける必要はないと言っていたが、老いた体で馬車を引く姿を見ると、どうにか労ってやりたくなる。


「そら、主発だ!」


 朝食を食べ終わり、片付けと準備を終えて老馬にブラシを掛けてあげていると、魔女は唐突に出発の号令をかける。気分屋な魔女は、いつも出発の時間が違う。


「はい、魔女様!」


 僕は返事をすると、素早く馬車に乗り込んだ。そして御者の座る場所に腰を下ろす。魔女曰く、道は全て老馬が覚えているらしい。そのため移動中にも僕のやることはない。周りをよくみて、異常があれば知らせるだけだ。━━━そして長いこと魔女と旅をしているが、異常なんて起きたことがない。


 馬車はゆっくりと進んでいく。老馬が走った姿を、オビは見たことがない。魔女はせっかちだったが、馬車の速度に文句を言うことはなかった。


「魔女様、次の町はいったいどんな町なのでしょう!」


 オビは旅を楽しんでいた。見たことがない物、見たことがない風景。そしてオビの知らない町。全てが新鮮で、輝いていた。


 魔女は質問に面倒くさそうに答える。答えてくれないことはなかった。魔女はきっと、馬車の移動が退屈なのだろう。魔女は自慢するように自身の知識を語り、称賛の言葉に満足そうに頷く。それが、僕のここでの日常だった。


「ちんけな町さ。『水差し』のヤツがいなきゃ、行くこともない。・・・まったく、何度も言ってるんだがね。引っ越しちまいな、てな」

「水差し・・・・それは誰ですか?」


 魔女の知識は豊富だったが、彼女の話に人物が現れることはなかった。彼女は基本的に、他人に興味がないらしい。


 そんな彼女の口から現れた、水差しという人物。気にならない方が、無理な話であった。


「魔女だよ。アタシと同じね。まぁ、実力じゃあ私には及ばないが。・・・それでもアイツの作る水は、認めざるを得ないねぇ」


 僕は魔女の言葉に驚愕した。彼女の人間性は把握したつもりだった。だからこそ驚く。彼女の口から、認めるという言葉が出てくるなんて!


「なんだか、失礼なことを考えていそうだねぇ・・・・?」

「いえ、ナニモ」

「━━━━━まぁ、いいがね」


 魔女は、勘が鋭い。


「日が沈む前には着くはずだ。町が見えてきたら、知らせるんだよ」

「はい!」


 太陽はまだ昇ったばかり。町が見えるまで、まだ時間が掛かる。


 いつも通り、魔女の話を聞くとしよう。

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