第9話
坂を上る。桜が舞い落ちる、田舎の山道。僕の通っていた……いや、これから通う高校は、嫌がらせのように山の上にある。よくも僕は三年間この道を歩いていたものだ。今の僕からすれば何故他の高校にしなかったのか、理解ができない。
少し息切れをしながら、坂を上り続ける。途中、何人か同じ中学出身の生徒を見かける。その内の数名から声を掛けられるが、僕は軽い挨拶程度しか返さなかった。この僕の主観からすると数年ぶりに出会った懐かしい顔ぶれなのだが、何故か頭の中の記憶が彼らを『よく見ていた顔』と認識している。その違和感が気持ち悪く、軽快に話をするのが困難だったためだ。
これは夢ではない。恐らく現実だろう。寧ろ、未来の僕―――つまりは今僕が認識している自我が、僕の妄想の産物なのかもしれない。その疑問を紐解くには、情報が足りなすぎる。
とにかく僕は、この状況を受け入れることにした。あくまで、とりあえず。
未来の僕がタイムスリップしたとしたら、とりあえず今を生きなければならない。未来の僕が妄想だったとしたら、今を生きなければならない。この僕が妄想だったら……それはそれ。考えたって仕方がない。そして僕が見た同名のオビという人物に関しては―――ただの夢だと思うことにしようと思う。
「おはよー」
中学からの友人を見つける。僕はとりあえず、彼に挨拶をすることから始めることにした。二度目の高校生活の、開始である。
入学式が行われ、クラスが発表され、クラスメイトの自己紹介が行われる。笑えてくるほどに、僕の記憶と一致していた。僕の過去を誰かが録画していて、それを強制的に見せられているような気分だった。
僕はとにかく、過去の自分と同じような行動を行った。というよりも、そういう行動しかとれなかったという言葉が正しいのかもしれない。僕は自分自身を器用な人間だと考えていない。つまりはボロが出そうで、怖かったのである。自分のことだが情けない。
助かったのが、僕の中にこの高校生活が初めてだという記憶があることである。見たことのある顔は知っているし、この高校で出会う人間――――つまりは未来に生きたことのあるこの僕が、出会ったことのある人間の顔を、『見たことがない』という認識が存在するのである。これによって、初めましてという言葉が相手に違和感なく言えたのはありがたい。
「帯なんか雰囲気変わったよな。……高校デビュー?」
中学からの友人にそんなことを言われたが、その程度で収まって良かったと思う。彼には適当に整髪料を付け始めたと言っておいた(事実僕は中学生の頃それを付けていなかった)。
自己紹介の時間も終わり、今日はこれで下校することが可能だと教師から告げられる。しかしながら、殆どの生徒が帰宅することはないだろう。
「なぁ、帯。一緒にレクリエーション見に行こうぜ!」
友人から誘いの言葉が掛けられる。この学校は無駄に敷地が広く、そのため活動できる部活の数が多数ある。割り振られている予算も多いらしく、運動部、文化部共に大会などで結果を残している部活が多い。事実未来には弱小だった剣道部が全国大会優勝になるというサプライズがあった。あのときは本当に驚いたものである。
レクリエーションとは、要は部活紹介だ。入学生に向けて行われ、各部活がそれぞれの魅力をパフォーマンスを交えて紹介する。これが結構凝っている部活が多いらしく、なかなか楽しかった……らしい。
らしいというのは、僕に参加した記憶がないからである。この学校に通う生徒の大半が多彩で活動的な部活を目的に来ているのだが、過去の僕は部活に入る気がなかったので友人の誘いを断ったのである。
「あー、どうしようかな」
悩んだふりをするが、既に僕の心は決まっていた。
勿論、参加するのである。未来が変わることに不安と恐怖がないと言えば嘘になるが、僕はこれがチャンスだと考えている。僕は未来を良い方向に変えたい。まぁ、これが夢だとしたら無意味なのだけれど。
嫌らしいかもしれないが、剣道部にでも入っていれば例えレギュラーに入れなくても自慢できる高校生活になりそうだ。……そんなダメな発想をしているから俺は自分の過去を誇れないんだな。どれだけ自分に言い聞かせても、後悔というものは容赦なく襲ってくる。だから僕は、未来を変えたかった。
「俺もいくよ」
「よっしゃ! じゃあ体育館行こうぜ」
どうすればいいかはわからない。ただ何かをしなければいい方向にはいかない。それだけは分かっていた。
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