第59話

「あちゃあ……やっぱりか」


 山の中に入り、一時間程。

 その程度進んだ程度で、ホーレン達は目的にしていた古代魔法文明の遺跡を発見した。

 入り口は岩に隠されており、かなり見つけにくい場所にある。

 それだけであれば問題はなかったのだろう。

 だが……その入り口付近には、盗賊だと一目で見て分かるような人物の姿がある。

 一人だけで、どこか落ち着かない様子で動き回っている様子は、容易に倒せそうだとすら思えた。

 そのような男がいるということは、当然のようにそこが盗賊のアジトとして使われているのは明らかだ。


「ったく面倒な真似を……どうする?」


 顔を覆っていたホーレンが、近くにいるリヴに声を掛ける。

 尋ねられたリヴは、迷う様子もなく口を開く。


「倒すわ」

「……だろうな」


 リヴの目的が遺跡の調査である以上、その言葉が出てくるのは当然だった。

 そして、ホーレンもここまで来た以上、盗賊をこのまま放っておくということは考えていない。

 残っている人数もそれだけ多くないと思われる以上、リヴの力を借りられる今のうちにどうにかしたいと思うのは当然だろう。


「いいな?」


 それだけで尋ねてくるが、アースを含めた他の面々はその言葉に異論を唱えず頷く。

 ホーレンが盗賊の残党を倒す為にここに来たように、アース達もそれを目的としていたのだから、ここでそれに否を言う筈がない。


「よし。意見も統一されたところで、これからどうやってあの盗賊を倒すかだな」

「え? 普通に倒せるじゃないですか? そんなに強そうにも見えませんし」


 ニコラスの言葉に、ホーレンはその通りだと頷き、口を開く。


「そうだな。けど、出来れば遺跡の中にいる奴に知られないようにして倒したいんだよ」

「ホーレンが言いたいのは、出来れば遺跡の中にいる他の盗賊に知られないようにしたいんだよ」

「そうだね、中に残っている盗賊を倒すのなら、まだ襲撃が起きたというのを知られない方がいいし」


 イボンとチャリスがそれぞ告げる説明に、ニコラスとアースは納得した様子で頷く。

 そんな中、ホーレンはどこか呆れたようにアースへと視線を向け、口を開く。


「何を感心してるんだよ。遠距離から攻撃するんだから、お前の役目だろ?」

「あ」


 そう言われればそうだった、と。アースは自分の弓へと視線を向ける。

 村の中で盗賊と戦った時に使用した矢も、可能な限り回収しているし、足りなかった分は村で分けて貰ってもいる。

 そいういう意味では、まさに万全の状態と言っても良かったのだが……


「月明かりと、あの見張りの側にある焚き火くらいしか明かりがないんだけど」


 アースの口から出た言葉は、決して自信を感じさせるものではなかった。

 これが昼間なら、アースもこの位の距離から標的に命中させられる自信はある。

 だが、夜になれば当然ながら弓を使う上での状況は大きく変わる。

 一番違うのは、やはり距離感だろう。

 残念ながら、アースは夜に弓を使うような訓練をしたことはない。

 もっとも、アースが弓を使うようになってから、まだそれ程経っていないことを考えれば、決しておかしな話ではないのだが。


「あー……そう言われればそうかもな。ちっ、しょうがねえ。最初に矢を射って、それが失敗したら俺達が突っ込む。……出来れば、こっちに盗賊がいればよかったんだがな」


 素早い動きを得意とするのは、当然のように重い武器を使っているより軽い武器を得意としている盗賊だろう。

 だが、ホーレン達の中に盗賊はいない。

 それどろこか、ホーレン、チャリス、イボン、ニコラス……そしてリヴの全員が戦士であり、後方から援護出来るのは弓を使い始めてからまだそれ程経っていないアースのみだ。

 もっともアースの左肩にはポロがおり、その雷が命中すれば一人程度であれば容易に麻痺させることが出来るのだが。


「ポロ、頼むな?」

「ポロロロ!」


 任せて、と小さく鳴き声を上げるポロに、アースは安心して弓に矢を番える。


「……よし。じゃあ、アースが矢を射ったら、念の為に俺達はすぐに攻め込むぞ」


 ホーレンの言葉に全員が頷き、そしてホーレンはアースに向かって頷く。

 それを確認したアースは、番えられた矢を引き……次の瞬間、矢から手を離される。

 夜の闇を真っ直ぐに飛んでいく矢。

 これが昼であれば、もしかしたら見張りの盗賊も矢の姿を見ることが出来たかもしれない。

 だが、今が夜である以上、矢を見るということが出来る筈もない。

 盗賊な以上、多少は夜目が利くのかもしれないが、それでも夜に放たれた矢を見抜ける程のものではない。

 結果として、盗賊は何が起きたのか分からないまま右足に激痛を感じることになる。


「がぁっ! く、くそ! 一体何が……矢!?」


 自分の右足に矢が突き刺さっているのを理解し、それが盗賊の最期に見た光景となる。

 頭部に振り下ろされるホーレンの長剣を見ずに済んだのは、盗賊にとって幸運だったのだろう。


「ふぅ……」


 盗賊の頭部を叩き割り、周囲に脳髄や血、眼球、肉片といったものを撒き散らかしたホーレンだったが、多少嫌な気分になりならがらもすぐに周囲の様子を確認する。

 もしかしたら、今ので遺跡の中にいる盗賊に自分達の襲撃が知られたのではないか。もしくはこの見張りそのものが囮だったのではないかという可能性を考えたからだ。

 だが、遺跡の奥から新しい盗賊がやってくる様子はないし、同様に矢の類もやってはこない。


「どうやら見張りは一人だけだったようね」


 ホーレンの直ぐ側で、同じく周囲の様子を警戒していたリヴが呟く。

 本来なら、盗賊を倒すのはリヴでも出来た。

 だが、もし何者かに不意打ちされた場合、それに対処するのはやはり一番腕利きの者がいいということから、このような役割分担となったのだ。

 アースを含めた他の面子が集まってくると、念の為にと盗賊の死体をすぐ見えない場所に隠す。


「よし。じゃあ、行くぞ」


 ホーレンの言葉に全員が頷き、遺跡の中に入っていく。

 この中で一番腕が立つのはリヴなのだが、基本的にソロで活動しているリヴ、腕はともかく人を率いるのはあまり得意ではない。

 それが出来る者がいるのなら、そちらに任せた方がいいだろうと判断していた。

 遺跡の中に入ったアース達は、周囲を見てそれぞれが感心の声を上げる。

 外から見た時は山の中に埋もれているような場所に見えていたのだが、こうして中に入ってみると外から見たのとは全く違っていた。

 もしダンジョンに潜ったことがある者がいれば、その類似性を指摘したかもしれない。

 だが、残念ながらこの中でダンジョンに潜ったことがある者はいなかった。

 松明の類がある訳でもないのに、遺跡の中は仄かに光って周囲を照らす。

 床や廊下が光っており、昼のように眩いという訳ではないが、それでも明かりに困るといったことはない。


「……月明かりと比べても、随分明るいな」


 ホーレンの驚きを込めた呟きに、他の者達も同意するように頷く。


「これは、凄いな。松明とか全くいらないってのは」


 ニコラスの言葉を聞きながら、アースは持っていた松明を壁に立て掛けて邪魔にならないようにする。


「さぁ、いつまでもこうしてはいられないし、行きましょう」


 通路の先を見ながら、リヴが呟く。

 アース達はそれに頷き、遺跡の中を進んでいく。

 通路は山の中にあるとは思えない程に広く、二人、もしくは三人が並んで進んでも狭くはない。

 とてもではないが、盗賊達がアジトにしているような場所とは思えない、そんな広さを持つ遺跡。


「何だってこんな場所があるのに、今まで知られてなかったんだ?」


 どこか呆れたようなホーレンの疑問に、リヴは槍を構えながら首を横に振る。


「仕方ないわ。山の中にあって、それもこんな風になっているなんて誰も知らなかったんでしょうし」

「別にここをアジトにしていた盗賊も、何十年も前からここを使ってた訳じゃないだろ? なら、その前にこの遺跡のことが知られても良かったと思うんだけどよ」

「どうなのかしら。それなりに山の奥にあることから考えて、そう簡単に見つかるとも思えないわ」


 そう言いつつも、リヴはこの遺跡についてホーレンが疑問を抱くのを理解出来ない訳でもなかった。


「ほら、二人共。言い争いは後でもいいだろ。今はとにかく、この遺跡にいる盗賊達をどうにかしないと」


 イボンが周囲の様子を警戒しながら呟くと、チャリスも槌を手に頷く。


「とにかく遺跡の調査をするにも何にしても、盗賊達の残りを倒す必要があるだろ。他の場所に移動しようとしてたってんなら、ここで無駄に時間を使う必要もねえだろうし」


 時間がないというチャリスの言葉には、全員が同意見だったのだろう。そのまま全員が周囲を警戒しながら進み始める。

 だが……数分進んでも、全く他の盗賊が姿を現すことはなかった。

 遺跡の入り口近くに盗賊の見張りがいたというのに、それは明らかに不自然としか言いようがない。


「なぁ、どう思う?」

「どうって言ってもな。もし俺達が遺跡に入ったのを理解していれば、すぐに迎撃に出てくると思うんだけど」


 ニコラスがアースの言葉にそう返す。

 アースは周囲を警戒しており、左肩のポロも何かあったらすぐに電撃を放てるように準備をしている。

 迎撃に出てくる……と言っているニコラスだったが、盗賊が出てくる様子は一切ない。


「なぁ、本当に盗賊がいるのか?」


 入り口に見張りがいたのは知っているが、それでも疑問に思わざるを得ず、アースは呟く。


「落ち着け。ここが盗賊のアジトだってのは間違いねえんだから、いつ向こうから出てくるか分からねえだろ」


 盗賊が出てこないことから、それに焦るアースを落ち着かせるようにチャリス言う。


「けど……」


 そう、アースが呟いた瞬間。前方を歩いていたリヴの足が止まる。


「静かに。……来たわ」


 その言葉と共に槍を構えるリヴ。

 そんなリヴの姿を見て、何らかの害意を持った存在が近付いてきているということで、アースを含めて全員が武器を構え……やがて通路の曲がり角から数匹のオークが姿を現すのだった。

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