第58話
村を襲っていた盗賊から情報を聞き出したアース達は、そのアジトへと向かっていた。
本来なら護衛を何人か残した方が良かったのだが、今回は盗賊を倒してからそれ程時間も経っていないということもあり、追加の盗賊が来る可能性は低いと判断してアースやニコラスを含めて五人での行動だ。
……もし追加の盗賊が来ても、一人や二人程度なら村の戦力でどうとでもなると、そう言われたことも大きかったのだが。
「そもそもの話、何だって村からそう離れていない場所にアジトなんか作ったんだろうな?」
林の中を歩きながら、ホーレンは苛立たしげに空を見上げて呟く。
そこにあるのは月であり、そうである以上周囲は当然のように夜だった。
林というのは、森程ではないにしろ、それでも幾つもの木々が生えている。
昼なら迷うようなことはないのだろうが、残念ながら今は夜だ。
そこら中で動物が鳴く声もしてくるし、モンスターがホーレン達の様子を窺ってもいる。
それでも襲ってくることがないのは、ホーレン達に手を出せば自分達が死ぬと分かっているからだろう。
辺境と違い、このような場所に現れるモンスターは決して強力な存在ではない。
ベテランではあっても、決して腕利きの高ランク冒険者という訳ではないホーレン達で十分に対処出来る相手だった。
「さて、何でだろうな? 今までもそこをアジトに使ってたが、そのアジトを移すつもりになって、それならついでに……ってところじゃねえのか?」
槌で歩くのに邪魔な木の枝を折りながら、チャリスがホーレンに言葉を返す。
「だと、いいんだけどな」
「何だよ、何かあるのか?」
「いや、何だか嫌な予感がしてな」
ホーレンの口から嫌な予感という言葉が漏れた瞬間、イボンとチャリスの二人が揃って嫌そうな表情を浮かべる。
それは、まるで虫が嫌いなのに、毛虫を素手で触らなくならなければなったような、そんな表情。
「どうしたんです?」
そんな二人の様子が気に掛かったのだろう。ニコラスがイボンとチャリスへと尋ねる。
ニコラスの近くでは、アースもまた微かな月明かりに照らし出されたイボンとチャリスの様子を不思議そうに眺めていた。
「……ホーレンは妙に勘が鋭いんだよ。それこそ、何かに呪われてるんじゃないかってくらいに。で、嫌な予感がするとか言った時は大抵散々な目に遭う。……前にあったのはなんだっけ?」
「あれだ、ナグラ草」
「うわぁ……あの時は酷かったよね」
煎じて飲むと腹痛に効くと言われている薬草がナグラ草で、ホーレン達はそのナグラ草を採りに行ったのだが、そこで足を滑らせ、近くにあった穴に落ちてしまったのだ。
……そして、落ちた先にいたのはソルジャーアントの群れ。
数匹程度ならともかく、幾ら低ランクモンスターでも百匹以上となれば対抗出来る訳がない。
結局ホーレン達は即座に逃げ出し……途中で何度もソルジャーアントとの戦いを繰り広げる羽目になったのだ。
当然ながらナグラ草を持ってくるような余裕はなく、ソルジャーアントの素材を剥ぎ取っている暇もなかった為、依頼は失敗となった。
それでもソルジャーアントの件を伝えたことにより、特例として依頼の失敗はなかったことになったのだが。
それで報酬が入る筈もなく、散々な出来事だった。
「そんな感じで、ホーレンの勘というのはあまり馬鹿に出来ないんだよ」
「……本当に、何かある。そんな風に考えた方がいいだろうな」
イボンとチャリスの言葉に、アースとニコラスの二人も嫌そうな表情を浮かべてしまう。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、アースの左肩にいるポロもどこか不安そうに尻尾を振る。
「別に俺が悪いって訳じゃねえんだけどな。そもそもの話、何も知らない状況で問題に巻き込まれるよりは大分マシだろ?」
そう呟くホーレンに、その場にいる全員が頷きを返す。
実際、ホーレンの勘で助かった経験のあるイボンとチャリスは、特に激しく頷いていた。
夜の林の中をだったが、そんな風に話しながら歩いているとやがて木々が生えている場所が終わり……
すっ、と。何の前触れもなく、先頭を進んでいたホーレンの眼前に槍の穂先が現れた。
槍の出所は、ホーレンの近くにある茂み。
「っ!?」
いきなりの行動に、ホーレンは息を呑むしか出来ない。
本当にいきなり……つい数秒前までは何もなかった筈なのに、気が付けば目の前に槍の穂先があったのだ。
これで驚くなという方が無理だろう。
ホーレンの動きが止まったのを見て、その後ろを進んでいた者達はどうしたんだ? といった表情を浮かべる。
ホーレンに槍の穂先が突き付けられていると、思ってもいなかった為だ。
「誰?」
そんな声が聞こえ、ようやくホーレンの後ろにいた者達は自分達以外の存在に気が付く。
そんな中、アースだけが……いや、正確にはアースとポロだけが短いが聞き覚えのある声に驚いていた。
「リヴさん!?」
唐突にアースの口から出たその言葉に、ニコラスは驚きに目を見開く。
ニコラスも何度かリヴとは会ったことがあり、何故そんな人物がここに? と疑問に思ったからだ。
それはニコラスだけではない。ホーレン達もベテランの冒険者である以上、当然のようにリヴと遭遇したことはあった。
「リ、リヴか? 俺だ、ホーレンだ!」
「……アース? それにホーレン?」
その言葉と共にホーレンに突き付けられていた槍の穂先が引き戻され、やがて槍が引き戻された茂みの中から一人の女が姿を現す。
姿を現した人物は、アースの予想通りにリヴ。
リヴも、まさかこんな場所でアースと会うとは思っていなかったのだろう。普段は無表情なリヴの顔には驚きが浮かんでいる。
……もっとも、驚いた次の瞬間にはアースの左肩にいるポロへと視線を向けたのは、リヴらしいのだが。
「リヴさん、何でここに?」
「私は古代魔法文明の遺跡があるという話があったから、その調査を頼まれたのよ」
「え?」
その言葉に意表を突かれた声を口にしたのは、誰だったのか。
それ程、リヴの口から出て来た言葉は意外だったのだ。
「……古代魔法文明の遺産、ですか?」
アースの口からの質問に、リヴは頷いて口を開く。
「ええ。……それで、アース達は何でここに?」
「えっと、近くにある村まで護衛依頼で行ったら、そこが盗賊に襲われてたんだ。で、その盗賊を全員倒してアジトの場所を聞いて……」
それでやってきた。
そう告げるアースに、リヴは美しく整った眉を顰める。
何故なら、話の流れ上、盗賊がどこをアジトにしているのかを理解してしまったからだ。
古代魔法文明の遺跡と、盗賊のアジト。
その二つを探していたリヴとアース達がこうして出会ってしまったのは、偶然とは思えなかった。
いや、それこそこの状況で偶然だと……遺跡とアジトが別々であるという風に思える程にリヴは世の中を甘く見てはいない。
「つまり、盗賊がアジトにしてるのは遺跡という訳ね」
「だろうな」
ベテランの冒険者として、ホーレンもリヴと同じ結論にいたったのだろう。
小さく溜息を吐き、改めて視線をリヴへと向ける。
「で、どうする?」
「……そう、ね」
別行動をするのか、それとも一緒に行動するのか。
そう尋ねられたリヴは少し迷い……だが、円らな瞳を自分に向け、小首を傾げているポロの姿を見た瞬間に口を開く。
「一緒に行動しましょう」
まさか殆ど悩みもせず、自分達にとって最善の選択肢を口にするとは思わなかったのだろう。ホーレンは驚きも露わに口を開く。
「いいのか?」
「ええ」
ホーレンの言葉に頷きながらも、リヴの視線はアースの左肩にいるポロへと向けられていた。
だが、リヴの可愛いもの好きを知らない者にとってはリヴの視線の先にいるのはアースで、リヴとアースの関係を疑うには十分だった。
恋人か片思いかは分からないが、アースが心配だったのだろうと。
「あー……どうする?」
何となくやる気が失せたホーレンの問い掛けに、他の面々も特に反対はしない。
リヴのような美人と一緒に行動をするというのは嬉しかったし、何よりリヴはシュタルズの若手で最も期待されている出世頭だ。
それが外見だけではなく、きちんと実力でランクアップしてきたというのは、知らない者はいない。
また、誰にも気が付かれずにホーレンに槍の穂先を突き付けたのを思えば、実力を疑う方がおかしかった。
ようやく林を出るとはいえ……いや、だからこそ盗賊のアジトに近付いた為に、周囲を警戒していたのだから。
「分かった。じゃあ、一緒に行くか」
「ええ」
確認するようなホーレンの言葉に、リヴは短く答え、そして再度ポロを一瞥する。
「じゃあ、行きましょう」
その言葉に、どこか名残惜しそうなものを感じたアースは、軽く首を傾げる。
「アース、行くぞ」
そう告げたニコラスの言葉に苛立ちが混じっていたのは、間違いなくリヴがアースを見ていたせいだろう。
だが、アースはそれに気が付かない。
自分が置いて行かれそうになっていることに気が付くと、すぐに一行の後を追う。
そして本格的に林から出ると、やがて山が見える。
遺跡があるのは視線の先の山の中にある遺跡だ。
アース達がいる場所からは、まだその遺跡の姿は見えない。
今が夜である事を考えれば、焚き火の類をしている明かりが見えてもおかしくはないのだが。
「一応周囲を警戒してるのか?」
疑問を抱きながら呟くホーレンだったが、自分でもそれは正しくないのだろうというのは何となく理解出来ていた。
何故なら、盗賊達はもうこのアジト……遺跡を放棄しようとしているのはほぼ間違いがないと思っており、見張りが油断していてもおかしくないと、そう思っていたからだ。
勿論村を襲った盗賊が全員なら、明かりの一つもないのは分からないでもないのだが……それでも、本当に誰もいないというのは信じられない。
「分からないなら、直接行って確かめる方がいいでしょ。行くわよ」
冷静に呟くリヴの言葉にホーレンは頷き、一行はいよいよ山の中へと足を踏み入れるのだった。
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