第57話

 通路にいた盗賊は倒され、アース達に傷はなかった。

 だが……これだけの騒動を起こしていれば、当然他の盗賊が何をしたのかと様子を見に来てもおかしくはない。

 村人の軽い反抗にどれだけ手こずっているんだと、そうからかい半分に顔を出した数人の盗賊達が見たのは、自分の仲間達全員が血を流しながら地面に倒れているところだった。

 そして仲間の死体の側に立っているのは、明らかに冒険者。

 勿論この村にも冒険者や元冒険者といった者達はいたのだが、それでも盗賊達をこれ程倒せるだけの強さはなかった。 

 それだけに、こうして強い冒険者を目にした盗賊の一人は、早く仲間を呼ばないといけないと判断して叫ぶ。


「冒険者だ、冒険者がいるぞ! ボッゾ達がやられてる! 早ぐぎゃ!」


 言葉が途中で途切れたのは、その額にアースの射った矢が突き刺さったのが理由だった。


「おわっ!」


 驚きの声を上げたのは、アース。

 自分で矢を射っておきながら、まさか一撃で盗賊を倒せるとは思わなかったのだろう。

 取りあえずどこにでもいいから当たればいい。そんなつもりで射った矢が盗賊の額に当たったのだから、驚くのは当然だった。


「よくやった!」


 ホーレンの叫び声で我に返ったアースは、そのまま自分も走り出す。

 弓で後方から援護をするのが自分の役目なのだが、それでも距離がありすぎれば矢は当たらない。

 いや、当たらないどころか、ホーレン達に当たってしまう危険すらあった。

 それを防ぐ為に、アースはホーレン達を追う。


「はああぁっ! くたばれぇっ!」

「おらあああっ!」

「逝け!」


 ホーレンの長剣が盗賊を斬り裂き、チャリスの槌が盗賊の頭部を砕き、イリスの槍が盗賊の腹を貫く。

 それに一歩遅れてニコラスが長剣を振るうも、それは盗賊に受け止められてしまう。


「ちっ、てめえの相手なんかしてられるかよ。おらぁっ!」


 その言葉と共に、盗賊はニコラスへと持っている短剣で攻撃するのではなく、蹴りを入れて吹き飛ばす。

 普通の蹴りではなく、ニコラスの胴体へと前蹴りのようにして放たれた蹴りは、体格のいいニコラスであっても吹き飛ばすことに成功した。

 そして追撃を……行うこともなく、盗賊の男はその場から走り去る。

 先程仲間を呼んだが、それでも出来るだけ早く他にも盗賊達を呼んでこようとしての行動だった。

 ……ニコラスと戦った盗賊は幸運だったのだろう。ホーレン達と戦った盗賊は、一方的に殺されてしまっていたのだから。


「逃がすか!」

「がっ!」


 だが、逃げ出した盗賊の背中には、次の瞬間アースの射った矢が突き刺さる。

 最初のように頭部へと突き刺さるような一撃ではなかったが、それでも盗賊の動きを止めるには十分な一撃だった。


「おらぁっ、逃げるな!」


 背中に矢が刺さり、そのまま地面へと転んだ盗賊が最後に見たのは、自分の頭部へと振り下ろされようとしている槌の光景だった。

 ぐしゃり、と。

 そんな音が周囲に響き、盗賊は頭部を砕かれてその場で息絶える。

 その一撃で盗賊が死に、ホーレン達も攻撃した盗賊達を全て殺し……周囲は一時的にだが静かになる。

 だが、それが一時のものであるというのは、全員が理解していた。

 先程盗賊が仲間を呼んだのだから、遠からずここに再び盗賊がやってくるだろうと。


「仕方がねえ。俺達の存在が知られてしまった以上、もう奇襲は出来ない……ことはないだろうが、それでも村の人達を人質にされたりする可能性がある。ここは、向こうが妙な真似をするよりも前に、一気に仕掛けた方がいい」


 ホーレンの言葉に、誰も異論はないのだろう。アースも含めて全員が頷きを返す。

 ……アースの左肩にいるポロだけは、言葉を理解出来ないだけに首を傾げていたが。


「よし、異論はないようだな。じゃあ行くぞ!」


 その言葉と共にホーレンは走り出し、他の面子も続く。

 ホーレンが大胆な判断をしたのは、盗賊の人数が残り少ないからというのもあった。

 元々盗賊というのは冒険者よりも弱い者が多い。

 勿論何事にも例外というものはあり、盗賊の中にも腕利きの者はいるだろう。

 例えば、今回この村を襲っている盗賊団を率いている者のように。

 だが、例外というのはあくまでも数が少ないからこそ例外なのであって、盗賊達の大部分はホーレン達にとっては相手にもならない者が多い。

 そして数少ない例外の存在も、アースのように弓を武器にしている者の援護があればどうにか出来るという確信があった。

 ましてや、他にも強さという点では自分と同じ者が二人もいるのだ。

 長年行動を共にしてきた仲間とは、普段は軽口を言い合ってはいるが、それでも信頼している。


「いたっ! 奴等だ! 殺せぇっ!」


 道を走っていると、そんな声が響く。

 どのくらいの盗賊がここに集まっているのかは分からなかったが、それでも現在村にいる盗賊の殆どがやってきたのは間違いないだろう。

 大勢の盗賊達が、それぞれ自分の武器を持ってホーレン達へと向かっていく。

 当然ホーレン達も、そんな盗賊達へと向かって突き進む。

 人数で考えれば、圧倒的に盗賊の方が数は上だった。

 だが……質という面では、ホーレン達に軍配が上がる。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 更に、ホーレン達だけではなく、ニコラスも思いきり長剣を振るい、次々に盗賊達を倒していく。


「うわぁ……」


 それを見て、思わず声を上げるアース。

 元々ニコラスは純粋に自分よりも強いというのは分かっていたが、それでもこうして次々に盗賊を倒して……否、殺していくのを見れば、色々と思うところはあった。

 もっとも、それはアースも同様だ。

 ニコラスが暴れている姿を見ながら、矢筒から引き抜いた矢を弓に番え、射る。

 真っ直ぐに飛んでいった矢は、ホーレン達が暴れている場所から少し離れた位置にいる盗賊へと突き刺さる。

 先程のように頭部へと突き刺さって一撃で盗賊を殺すということは出来ないが、それでも手や足、胴体といった場所に矢が突き刺されば、戦力は大幅にダウンしてしまう。

 そうして動きが鈍くなった盗賊達に、ホーレン達が攻撃をして命を奪っていく。

 相手を矢で動けなくしてから追撃を行うというのは、見る者によっては卑怯だと思うかもしれない。

 だが、ホーレン達の前にいるのは盗賊であり、正々堂々と戦うべき相手ではない。

 ……もっとも、冒険者が正々堂々と戦うということは個人によって違う。

 中には罠を仕掛けて、不意打ちを仕掛けるといった行為を得意としている者もおり、そのような人物に言わせれば正々堂々と戦うのは騎士にでも任せておけばいいということになる。

 ともあれ、次々に攻撃が行われて盗賊達の姿が減っていき……


「ぬぅおっ!」


 そんな中、ホーレンがそんな悲鳴を上げながら長剣を振るう。

 次の瞬間、周囲に甲高い金属音が響き……ホーレンが一m程も吹き飛ばされる。


「てめえらか……俺様の邪魔をしているクソ野郎共ってのはよぉっ!」


 そう叫ぶ男が誰なのかは、手に持つ巨大な剣……グレートソードで明らかだった。

 相手への威圧感という意味では強力な武器だが、同時にその重量と大きさから取り回しがしにくい。

 そのような武器を軽々と使っているのだから、男の……この村を襲った盗賊達を率いている男の技量が先程まで戦っていた盗賊達とは大きく違うのは明らかだった。


「へ、邪魔をするだって? 盗賊が村を襲ってんだから、冒険者としてそれを邪魔するのは当然だろ!」


 吹き飛ばされた距離を一歩で詰めたホーレンは、素早く長剣を振るう。

 だが、頭目はグレートソードを動かし、その一撃を防ぐ。


「はっ、この程度の攻撃で俺様に逆らおうなんざ……がっ!」


 最後まで言葉を言わせるよりも前に、アースの左肩のポロから放たれた紫電が空中を走る。

 ポロにとっても盗賊の男というのは許せない相手だったのか、それともアースの怒りを感じてか。

 ともあれポロから放たれた電撃は威力が強く、巨漢の頭目が数秒ではあったが痺れて動けなくなる。

 戦場でそんなことになれば、当然のようにアース達が向こうの回復を待っている筈もなく……長剣、槍、槌といった武器が身体が痺れて動けない頭目に叩き込まれ、あっさりと頭目は死んでしまう。


「ポロは、正直なところ初見殺しだな」


 頭目が倒れたのを見て安堵し、休んでいるところでしみじみと呟くニコラスの言葉に、アースもまた同意する。

 そういう攻撃方法があると分かっているのであればまだしも、全く何も情報がないまま、いきなり放たれた電撃。

 それを回避出来るかと言われれば、普通なら無理だろう。

 高ランク冒険者ならそれも可能かもしれないが、普通の盗賊よりも腕が立つとはいえ、現在地面で死体となっている男では不可能だった。


「後は……盗賊達のアジトを見つけておかないとな。規模にもよるが、上手くいけばこのまま倒すことが出来るかもしれねえし」

「え? 俺達だけでやるんですか!?」


 驚愕の声を上げたのは、ニコラス。

 その隣では、アースも同様に驚きの表情を浮かべていた。

 てっきり、盗賊達の中の生き残りをを警備兵や騎士団に引き渡して、それで終わりだと思い込んでいたのだ。

 だが、そんなニコラスの言葉にホーレンは笑みすら浮かべて口を開く。


「安心しろ。もしアジトに盗賊が残ってたら俺達の出番だ」

「全然安心出来ないんですけど」

「ともあれ、盗賊は倒したんだ。この件を村の連中に知らせて、後は……ディブリさんに知らせてこないとなニコラスとアース、それとポロで行ってきてくれ」


 そう言われれば、今回の戦いであまり役に立たなかった二人はそれに逆らうことが出来ず、大人しく従うしかなかった。


「おい、もし盗賊戦力が多いようなら、アジトの情報を騎士団か警備兵に知らせるだけだから、あまり気負うなよ」


 背後から聞こえてくるその声に、少しだけ安堵しながら。

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