第60話

『オーク?』


 そう口にしたのは、アース以外にもホーレンやニコラスといった面々。

 リヴもまた、槍を手に意表を突かれた表情を一瞬浮かべていた。

 当然だろう。本来ならここには古代魔法文明の遺跡をアジトにしている盗賊達の残党を倒す為にやってきたのだ。

 だがそこには盗賊達の姿は殆どなく……何故か遺跡の中で姿を現したのは、数匹のオークだった。

 あまりに予想外の光景に、アース達の動きが一瞬止まる。

 また、驚いたのはアース達だけではなくオーク達も同様だったのだろう。

 数匹のオークもいきなり目の前に現れたアース達に動きを止めた。

 果たして、次に動き出したのはどちらが先だったのか。

 殆ど同時に動き出したが、それでも最初に攻撃を食らったのはオークだった。

 素早くリヴが放った槍の一撃で、先頭にいたオークの頭部を貫く。


「ブヒィッ!」


 そして仲間が殺されれば、オークもすぐに状況を理解して行動に出る。


「ブヒヒィッ!」


 盗賊から手に入れたのか、それとも他の場所から入手したのか。どうやって入手したのかは分からなかったが、オーク達は長剣や槍といった武器を振るい、突く。

 特に攻撃が集中したのは、やはりと言うべきか当然と言うべきか、リヴだった。

 最初にオークへ攻撃したのがリヴだったというのもあるが、やはり攻撃しているのがオークでリヴが類い希な美人だというのがあるのだろう。

 破壊欲と性欲の両方に引きずられるようにして放たれたオークの攻撃を、リヴは槍を振るって攻撃を弾く。


「はっ!」


 自分に向かって放たれたオークの槍に自分の槍を放って搦め取る。

 オークの握っていた槍は、次の瞬間空中に弾き飛ばされる。


「ブヒッ!?」


 一瞬で手の中から消えた槍に、オークは驚愕の声を漏らす。

 そして手の中の武器が消えて戸惑うオークに、ホーレンが長剣を叩き込んだ。

 また同時にリヴを攻撃しようとした長剣を手にしたオークの身体に矢が一本刺さり、動きが止まる。

 そしてオークは矢が突き刺さった痛みを感じるより前に、イボンの放った槍がその命を絶つ。

 チャリスも槌を使ってオークの頭部を砕く。

 そんな中、唯一苦戦しているのはニコラスだった。

 オークに長剣を振るうが、オークは自分の持っている棍棒でその長剣を受け止め、それどころか反撃すらする。

 未熟という意味ではアースも同様だったが、後衛のアースは弓を使っての援護を行っており、単独でオークと戦ってはいない。


「くそっ! うおおおおおっ!」


 元々オークはランクDモンスターで、ニコラスよりも格上の存在だ。

 それだけに、こうして苦戦するのは当然だった。……いや、純粋にニコラスの力量を考えれば善戦していると言ってもいい。

 ニコラスは、ランクG冒険者なのだから。

 棍棒の一撃を長剣で受け止めるものの、その一撃でニコラスはバランスを崩す。

 そんなニコラスに、オークは笑みを浮かべて棍棒を振り上げ……


「ポロロロロ!」


 ポロの鳴き声と共に、空中を紫電が走る。


「ブヒィッ!?」


 紫電を受けたオークは動きを止め、ニコラスはまさに絶好の好機を見逃さずに長剣をオークの顔へと振り下ろす。

 全身の力を込めたニコラスの一撃は、オークの頭部を叩き潰した。


「無事だな?」

「はぁ、はぁ、はい……」


 ホーレンの言葉に、ニコラスは息を切らせながら返事をする。

 オークという明らかに自分よりも格上の相手と戦ったのだから、その疲れは当然のものだった。

 だが、遺跡の中でいつまでも休んでいる訳にはいかない。

 ニコラスもそれは分かっているのか、すぐに態勢を立て直す。

 それを見てリヴは小さく頷くと、ホーレンに視線を向け、オークの身体から討伐証明部位と魔石だけを素早く剥ぎ取る。

 出来れば肉を持っていきたいというのは、ホーレンを含めた全員の希望だったが……アイテムボックスのような物でもない以上、オークの死体を引きずっていく訳にもいかない。

 結局遺跡の探索を終えて盗賊達を倒し、その帰り道でまだオークの死体があったら持っていくということを決め、遺跡の先へと進み始める。


「にしても、何だってオークなんか出てくるんだ? ここは盗賊のアジトだろ?」


 遺跡を歩きながらホーレンが呟くが、その疑問は皆が抱いていたのだろう。誰もホーレンの意見に同意して頷く。

 盗賊のアジトなのだから、出て来ても盗賊達の残党といったところだと……そう思っていたところにオークが出て来たのだから当然だろう。


「そうね。考えられる可能性としては、やっぱりここが古代魔法文明の遺跡だからということでしょうね」

「遺跡だから? まさか、古代魔法文明の頃から生き残っていたなんて言わないよな?」


 自分でも信じていないその言葉に、リヴは頷く。


「私達がこの遺跡に入ったのも、別に正式な入り口という訳ではないでしょう? なら、どこか他の場所から同じように遺跡の中に入れてもおかしくはないわ」

「……ま、そうだな」

「ここに盗賊がいた頃ならオークもそこまで入って来たりはしなかったんでしょうけど、今は盗賊が殆どいない」

「つまり、遺跡の中に自由に入ることが出来るようになったってことか」

「そうね。もしかしたら盗賊たちがこの遺跡からアジトを変えようと考えたのは、それも関係があるかもしれないわ」


 リヴの推測は、ホーレンも考えていたものだった。

 幾ら山の中にあって他の者達に見つかりにくい場所であっても、オークのようなモンスターが次々に出てくるのであれば、アジトであっても完全に安心することが出来ないのは間違いない。


「だとすると……この先、モンスターに注意した方がいいだろうな」


 凶暴なモンスターが多数生息する辺境程ではないにしろ、山の中というのはそれなりにモンスターが多い。

 勿論遺跡の中に入ることが出来る場所が限られている以上、大量のモンスターと戦う……などということにはならない可能性が高いのだが。


「そうね。じゃあ行くわよ。くれぐれも油断しないように」


 リヴの言葉に、遺跡を歩きながら皆が周囲を緊張して眺めながら頷く。

 通路の中を進んでいくアース達。

 だが、幸いと言うべきか、先程のオークのようなモンスターが姿を現すことはない。

 そしてオークとの戦闘が終わってから三十分程、遺跡の中を進んでいるのだが、盗賊やモンスターが出てくるような様子はなかった。


「……どう思う?」


 ニコラスの言葉に、アースは首を傾げる。


「どうって言われてもな。オークがこの遺跡に入ってきたのは偶然で、さっきの奴だけだったんじゃないか?」

「ポルルルルル」


 アースの言葉に、ポロも同意するように鳴き声を上げる。


「うーん、やっぱりそうなのか。……いやまぁ、こっちは楽でいいんだけどよ」

「……黙って」


 ニコラスとアースが話しながら進んでいると、不意にリヴが小さく、だが鋭く叫ぶ。

 その視線が見ているのは、通路の曲がり角。

 そして聞こえてくるのは、何者かの話し声。


「ったく、俺も村に行きたかったぜ」

「賭けで負けたんだろ? ならしょうがないって。お前がもう少し賭けに強ければ、今頃は最後の襲撃に参加出来てたんだろうけどな」

「ちっ、大体お前は何でこっちに残ってるんだ?」」

「俺か? そうだな、俺はこの前の襲撃で少し腕を怪我したからな。ここから村まで行くのが大変だったんだよ。他の奴の足を引っ張りたくねーし」


 そんなやり取りをしている声の主が、次第に自分達に向かって近付いてきているのが分かる。

 リヴとホーレンは無言で視線のやり取りをすると、武器を構えて曲がり角で待ち伏せる。

 アースやニコラスを含めた他の面々も、それぞれに武器を構えて奇襲の準備を整えた。

 そしてやがて足音が近付いてきて……話し声が聞こえていた二人が姿を現す。


「うおりゃぁっ!」

「ふっ!」


 ホーレンとリヴが姿を現した二人の盗賊へと攻撃する。

 他の面々も、そんな二人に遅れてなるものかと攻撃を繰り出した。


「ぐぼぁっ!?」

「ちぃっ、敵か!?」


 片方の盗賊は、リヴの攻撃には反応出来ず、胴体に槍が突き刺さり、同時に振るわれたホーレンの長剣で頭部を叩き割られる。

 当然そうなれば、即死以外の結果は存在しない。

 だが……イボンとチャリス、そしてニコラスの放った攻撃。槍、槌、長剣の一撃はもう片方の盗賊を仕留めることが出来なかった。

 襲撃だと気が付いた盗賊が咄嗟にイボンの槍の一撃を短剣で弾き、そのまま後方へと跳び退ったからだ。

 そして盗賊が一瞬前までいた場所を、チャリスの槌とニコラスの長剣が通りすぎる。

 人が多かった為に矢を射らなかったアースは、跳び退ったことで盗賊が一人になったのを見て、矢を射る。

 空気を斬り裂きながら飛んでいったその矢は、しかし盗賊が咄嗟に振るった短剣の一撃で切り捨てられる。


「なっ!?」


 そんな声を上げたのは誰だったのか。

 だが、四人の攻撃全てを回避し、防いだのだから、それは当然だろう。

 普通の盗賊として考えても、明らかに腕が違う。

 リヴとホーレンが倒した盗賊とは、比べものにならないだけの技量だった。


「やぁっ!」


 距離を取ろうとした盗賊に、リヴは槍を突き出す。

 最初に倒した盗賊から引き抜いた槍を引き抜き、突き出された槍だったのだが、盗賊はその一撃ですら短剣で弾く。


「ぐぅっ!」


 それでも短剣で完全に槍の一撃を弾く訳にはいかなかったのか、盗賊の右腕に軽く斬り傷がつけられる。

 その痛みに盗賊は苦痛の声を漏らすも、それでも致命的な一撃を受けることを避けることが出来たのは、それだけの技量を持っていたからだろう。

 リヴはシュタルズの冒険者の中でも腕利きとして知られている。

 にも関わらず、リヴの一撃を回避したのだ。

 ただの盗賊には思えないその動きに、全員の表情が厳しくなる。

 そして再び全員が攻撃の構えをとった、その瞬間……


「待て!」


 盗賊がリヴ達の機先を制するように叫ぶ。


「お前達は冒険者だな? 落ち着け、俺は敵じゃない」

「……盗賊が何を言ってるのかしら?」


 リヴがその発言を問題外だと切り捨て、槍を構え……


「だから、俺はここに潜入しぎゃっ!」


 最後まで言葉を発するよりも前に、空中を放った紫電が盗賊に命中し、悲鳴を上げる。

 当然、その紫電の出所は、アースの左肩にいるポロだった。

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