第43話
ゴブリンについての説明をした後、アースは何故かニコラス達と共にギルドの外へとやってきていた。
もっとも、ギルドの訓練場なのだから広義の意味ではここもギルドなのかもしれないが。
「さて、じゃあアースの弓の腕がどれくらい上がったか見せて貰いましょうか!」
自信満々に告げるのは、当然のようにメロディ。
アースがゴブリンを弓で倒したと聞いたメロディが、その技量を見ると言ってここまで連れてきたのだ。
昨日の今日でそんなに劇的に弓の腕が上がるとは思っていないアースだったが、それでもメロディは引っ張ってきた。
実戦を一度こなすということは、練習の何日分にも匹敵する経験を与えるということを理解していたが故の行動だろう。
そして事実……
「お、この前見た時とは結構違うな」
アースの放った矢が的に突き刺さるのを見て、ニコラスが呟く。
そんなのが見て分かるのか? という疑問がアースの顔に浮かんだのに気が付いたのか、ニコラスは小さく肩を竦めてから口を開く。
「別に矢の一撃が鋭くなったとか、そういう訳じゃないさ。そもそも、矢の速度は一般的に弓の弦の強さで変わるだろ? まぁ、それをどれだけ引くかってのも影響してくるんだろうが」
「じゃあ、どこが違うんだ?」
「一度矢を射った後、次の矢を放つまでの時間だよ。俺が見ても分かる程に、アースが弓を射る速度は上がってるぞ」
「……そうなの?」
自分では気が付いていなかったのだろう。アースは首を傾げながら周囲を見回す。
すると、フォクツはその通りだと言いたげに頷き、メロディはこれも師匠である自分の教え方が上手いからねといった様子で笑みを浮かべる。
「そうね。見て分かる程に矢を射った後の隙が少なくなってるわ。これは、実戦を経験したからこその力よ。この調子で弓を使っていけば、もっともっと技量は上がっていくわ。……まぁ、アースにどこまで弓の才能があるのかは分からないけど」
メロディの目から見ても、アースに短剣、長剣といった武器の才能はなかった。
だが、弓に関しての才能には多少光るものがあると判断している。
事実、短剣での攻撃はある程度訓練しているにも関わらず、殆ど役に立っていないのに対して、弓ではしっかりと結果を出しているのだから。
「ふふん」
そんなメロディの言葉を聞き、アースは得意そうに鼻を鳴らす。
そして散々短剣や長剣を使っての近接戦闘において才能がないと言われてきたアースにとって、こうして褒められるというのは嬉しいものがあった。
もっとも、アース本人は出来れば弓ではなく長剣で格好良く敵を斬り伏せたかったのだが。
(テイマーで、武器は弓。これってどう考えても前に出て戦う感じじゃないよな)
そのことに多少思うところはあれど、それでもアースにとって有効な攻撃方法というのは間違いない。
「ニコラス」
アースが次々に矢を射るのを見ていたフォクツは、短く呟く。
何を目的にして呟かれたのかを知っているニコラスは、頷きを返す。
「なぁ、アース」
「うん?」
先程までとは違い、真剣な表情で尋ねてきたニコラスに、アースは矢を射ろうとしていた動きを止めて視線を向ける。
「お前さえよければ、明日にでも俺達と一緒に依頼を受けないか?」
「依頼? 弓を武器ってことなら、メロディがいるだろ? 俺よりも明らかに腕は上だぞ?」
「そうだな。けど、幾らメロディの腕が立つと言っても、結局は一人だ。で、俺達は二人。つまり、いざって時にはメロディの援護が追いつかなくなることもある」
「それは……まぁ、そうだろうけど」
ニコラスの言葉には納得出来るものがあった。
だが同時に、アースが知っているパーティでは前衛と後衛が同じ人数だというのは殆どいない。
それこそビルシュとサニスンが丁度前衛後衛に別れているが、それはあくまで二人のパーティだからだ。
「うーん、一緒の依頼か。それって別に俺にニコラス達のパーティに入れって言ってる訳じゃないんだよな?」
「ああ。出来ればパーティに入って欲しいけど、無理にとは言わないよ」
ニコラスにとって、アースは同期の冒険者だ。
仲もいいし、友人だと思っている。
アースの小ささからソロで活動させるには多少心配なところもあるが、今はこうしてしっかりとソロで活動しているのだから文句を言う筋合いはない。
純粋に能力としても、以前とは違って弓を使うようになってからはメロディから合格点が出ており、事実ゴブリンを弓で倒している。……正確には矢を射ってから、短剣で仕留めたというのが正しいのだが。
つまり、もう立派な――まだまだ初心者ではあるが――冒険者であるとニコラスの目から見ても明らかなのだ。
それを理解した訳ではないだろうが、アースはニコラスの言葉に頷きを返す。
「理由は分かった。それで、どんな依頼を受けるんだ?」
「ゴブリンの討伐依頼だ」
「……おい」
ニコラスの口から出て来たのが予想外の依頼であった為に、アースは思わずといった様子でそう呟く。
当然だろう。先程ビルシュやサニスンから念を押されたのだ。
それなのに、何故こうしてわざわざゴブリンの討伐依頼を受けなければならないのか、と。
だが、そんなアースに対してニコラスは笑みすら浮かべて口を開く。
「別にこの依頼は、今回の話を聞いたから受ける訳じゃないぞ。昨日俺達が受けた依頼だ。……ただ、標的のゴブリンが予想以上に多くてな。メロディだけだと、俺とフォクツの援護に手が回らないんだよ」
「……なるほど。話は分かった。分かったけど……その依頼、本当に続けるのか? 今の話を聞いた限りだと、止めておいた方がいいような気がするんだけど」
ビルシュやサニスンのような者達が出るような事態だ。
自分達が迂闊に手を出せば、それは危険に襲われる……だけではなく、ビルシュやサニスンの足を引っ張るのではないか。
そんな風に思ってしまうのは、アースにとっては当然だった。
「分かってる。けど、今この状況で依頼を失敗させたくない。……違約金を払うような余裕も、ない訳じゃないが、出来れば払いたくないし」
「それは……まぁ、分かるけど」
アースはそれなりに資金的な余裕があるが、それはアースがシュタルズにやって来てからの短い時間の間に幾つもの面倒事に巻き込まれてきた結果だ。
また、ルーフを出てくる時に貰った資金もある。
だが、ニコラス達にそんな余裕はない。
アースのように揉め事に巻き込まれたりしてはいないが、それは結局新人冒険者として普通に活動していることとなり、結果として得られる報酬も決して多い訳ではなかった。
そう考えれば、依頼を受けておきながら達成出来ない時に支払う違約金というのは懐としては大きなダメージだろう。
「……分かった」
少し考えた後、アースはそう呟く。
左肩のポロは、いいの? といった様子で小首を傾げてアースに視線を向けていたが、アースはそんな視線に気が付く様子もなく、そうニコラスへと向かって疑問を口にする。
「それで、具体的にはどんな依頼なんだ? ただ漠然とゴブリンを倒せって依頼……じゃないんだよな?」
そのような依頼であれば、常時依頼という形で依頼ボードに貼り出されている。
その依頼に関しては、基本的に違約金を支払うことはない。
違約金を支払わなければならないとすれば、それは明確に誰かがゴブリンを討伐して欲しいという依頼を出している筈だった。
「ああ。実は少し離れた場所に林があるのを知ってるか?」
「林? それって、もしかして薬草の類が生えている草原の近くにある?」
「いや、そっちじゃない。まぁ、あそこも林だが……俺が言ってるのはそことは違う林だな。とにかく、その林に最近ゴブリンが増えているらしくて、猟師がゴブリンに襲われる被害が出てるんだよ」
「それって……」
明らかにビルシュ達が言っていたゴブリンが関係しているのではないか。
そんな風に思うアースの様子を見たニコラスは、何を言いたいのか悟ったのだろう。それ以上アースが何かを言うよりも前に口を開く。
「アースの言いたいことも分かってる。けどな、それは確実じゃないだろ? 元々ゴブリンなんてのはどこにでもいる奴だ。なら、俺達が挑むゴブリンが問題になっているゴブリンと一緒とは限らないとは思わないか?」
「それは……まぁ」
ニコラスの言う通り、ゴブリンというのはどこにもでいるモンスターだ。
それこそアースが聞いた話では、辺境のギルムにも普通にいるらしいし、何の変哲もない田舎にもいるという。
ルーフでも何度か以前ゴブリンが出て騒ぎになったことがあり、その度に腕利きの冒険者としてツノーラが狩り回る羽目になっていた。
「だろ? だから行こうぜ」
本来なら、ニコラスの誘いは断るべきなのだろう。
それはアースにも分かっていた。
だが……それでも、ニコラスからの誘いには抗いがたい魅力があり、アースを揺さぶる。
ビルシュから忠告を受けたにも関わらず、それでも断りがたい魅力を感じてしまうのは、やはりゴブリンの討伐依頼にアースも惹かれているからだろう。
英雄を目指す者として、ゴブリン討伐は出来て当然だと。そんな思いがあった。
また、弓を使うことにより、モンスターを相手にしても安全に戦えるようになったというのも大きい。
駄目だと、心の中で分かっていても……アースは、やがてニコラスの言葉に頷きを返す。
「分かった。行こう」
「ポルルルル」
アースの言葉に、ポロは心配そうに鳴き声を上げる。
だが、そんなポロを落ち着かせるようにアースは撫でる。
「心配するなって。別に俺だけでゴブリンに挑むんじゃない。ニコラス達がいるんだから、その辺は安全だろ? な?」
「ポロォ……」
アースの言葉に、渋々だがポロがそう鳴き声を上げる。
ゴブリンの討伐に全面的な賛成という訳ではないが、それでもアースが行くのであれば……と。
ポロの言葉は理解出来ないアースだったが、それでもポロはそんな風に言っているように思える。
「よし、じゃあ早速行くか」
「馬鹿」
今からでも行こうと告げるニコラスに、メロディは呆れたように告げながら背中を軽く叩く。
レザーアーマーを装備しているので、痛みは感じない。
それでも衝撃は十分身体に伝わり、ニコラスを咳き込ませた。
「げほっ、げほっ……いきなり何をするんだよ!」
メロディを睨むニコラスだったが、睨まれた方はそんなのは気にしてもいないと言わんばかりに口を開く。
「あのね、今から向かっても林に到着すれば殆ど時間がないでしょ。行くなら明日よ、明日。アースだって色々と準備する必要があるんだし」
でしょう? と視線を向けてくるメロディに、アースは頷く。
「まぁ、今日使った鏃の手入れとかもしておきたいし、俺でどうにも出来ないのなら鍛冶師に頼まなきゃいけないからなぁ……」
「そういう訳で、ゴブリンの討伐依頼は明日よ、明日」
メロディの言葉に、ニコラスも従うしかなく……結局その日は明日の約束をして解散となるのだった。
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