第44話

 ニコラス達と共にゴブリン討伐に出掛けるという約束をした翌日、アースの姿はシュタルズの外にあった。

 一緒に行動しているのは、当然ニコラス達三人。

 どこを目指しているのかというのは、考えるまでもない。


「よし、今日の戦いで絶対にゴブリンを仕留めるぞ。猶予はまだ数日あるけど、こういう類の依頼は早くこなせばそれだけ評価が高くなるからな」


 自信に満ちた表情で告げるニコラスに、アースも当然と頷く。


「俺が手を貸すんだから、今日のうちにゴブリンは絶対に全部倒してみせるぞ!」

「おう、そうだな。アースの言う通りだ。目標のゴブリン以外にも、倒せるだけ倒して……痛っ!」


 アースの言葉に同意しようとしたニコラスだったが、最後まで言うよりも前に後ろのメロディに背中を叩かれる。


「ちょっと、いい加減にしなさいよ。ゴブリンだって、そう簡単にやられたりするとは限らないでしょ? 慎重に戦うのが一番なのよ」

「……」


 メロディの言葉に、フォクツも同感だと頷く。

 パーティメンバーの二人にこのような態度を取られてしまっては、ニコラスも強気に出ることは出来ない。


「分かってるよ。別にアースだって本気で言ってる訳じゃないんだから、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。……なぁ?」

「え? あ、ああ。うん、そうだよな」


 慌てたように告げるアースの様子を見れば、先程の威勢のいい言葉を本気で言っていたのは明らかだった。

 それを見て見ぬ振りをしたメロディは、少しだけ溜息を吐きながら口を開く。


「そう、ならいいわよ。けど、これ以上は駄目だと判断したらすぐに撤収するからね」


 本来であれば、そのような選択をするのはパーティリーダーのニコラスである筈だった。

 だが、今のニコラスにその辺りの判断を任せることは出来ない。

 そう考えたメロディの言葉に、寡黙なフォクツも黙って頷きを返す。

 このままでは、ゴブリンを討伐するどころか自分達が討伐されてしまうと……そう思ったのだろう。

 当然一緒に行動しているニコラスも、そんな仲間達の思惑は分かっている。

 だが、ニコラス達と仲はいいが、それでもソロで行動しているアースにとっては、そんなことが分かる筈もない。

 急に意気消沈した様子のニコラスに、少しだけ不満そうな視線を向ける。

 それでも、ここで何を言っても意味はないと判断したのだろう。アースは気分を変える意味で空を見上げた。

 まだ午前中なのでそれ程暑くはないのだが、それでも夏らしい入道雲が空には浮かぶ。

 照りつける太陽を見れば、今日もこれから暑くなるというのは間違いのない事実だった。


(暑いのは嫌だな……それでも林なんだから、多少は涼しいかもしれないんだけど)


 元々動き回るのが好きなアースは、当然のように夏というのはあまり好きではなかった。

 動き回ればその分だけ汗を掻き、べとついて気持ち悪いのだ。

 ルーフに住んでいた時も、その辺でいつも不愉快な思いをしたものだった。


(冷たい果実水……美味かったよな」


 ローズに奢って貰った、冷たい果実水の味を思い出しながら歩き続けると……やがて、目的地の林が見えてくる。


「お、あそこだな。……皆、準備はいいな? これから入る林には、ゴブリンがいる。見通しのいい場所でならともかく、林の中ともなれば、どこから姿を現すか分からない。くれぐれも気をつけてくれ」


 皆という言葉を使っているが、ニコラスの視線の先にいるのはアースだ。

 当然だろう。ニコラス達はこの林に来るのは初めてではないが、アースはこれが初めてなのだ。

 そう考えれば、アースに注意する為の言葉を口にするのは当然だった。

 アースもそれは理解しているので、文句を言わずに黙ってニコラスに頷きを返す。

 それを見て、ニコラスも安堵したのだろう。フォクツとメロディの二人に視線を向け、誰も油断していないのを確認すると口を開く。


「行くぞ」


 その言葉に従い、ニコラス達は林の中に入っていく。

 普段は猟師が入っているだけあって、地面の草が踏み固められて道となっている。

 そんな中を、ニコラス、フォクツ、アース、メロディの順番で進む。

 長剣、槍、弓、弓という、武器の間合いが短い順番だった。

 その中でもメロディが最後尾になったのは、やはりいざという時……それこそ背後から奇襲を仕掛けられた時に、アースでは対処が出来ないと判断したからだろう。

 もっとも、アースにはポロという相棒がいる。

 鋭い五感を持っているポロであれば、ゴブリン程度が背後から襲い掛かって来ようとしても、それを見破るのは難しい話ではなかったのだが。

 メロディもそれは理解しているのだが、あくまでもポロは従魔だ。

 いざという時に動くのはアースであり、それだけにポロが幾ら優秀であっても完全に安心しきることは出来ない。

 それに、メロディにとってアースは初めて出来た弟子のようなものだ。……そこまでつきっきりで弓の扱いを教えた訳ではないので、あくまでも弟子『のようなもの』なのだが。

 それだけに、いざという時には自分が守ってやらなければならないという思いがある。

 ニコラスも前衛の自分がアースを守らなければならないという思いがあり、フォクツもそれは同様だ。

 皆がアースを守らなければならないという思いを抱きつつ、林の中を進んでいく。

 そうして林の中に入った瞬間……


「キュ!」

『っ!?』


 突然聞こえてきた声に、四人は一斉に行動に移る。

 だが、行動に移ったのは全員が殆ど同時だったのだが、それぞれが取った行動は全くの正反対と言ってもよかった。

 ニコラス達は、すぐにでも迎撃出来るように己の武器を構え……そんな三人とは裏腹に、アースは姿を現した鳴き声を発したモンスター……ジャンプマウスを見て、地面にしゃがむ。


「ちょっ、アース!?」


 一体何を!? と驚きの声を上げるメロディ。

 当然だろう。メロディ達にとって、ジャンプマウスというのは結局倒そうと思っても逃げられて倒すことが出来なかった相手だ。

 シュタルズ周辺では最弱のモンスターとして名高いジャンプマウスだったが、身体の小ささと俊敏さ、更にはその名前の特徴にもなっている跳躍力も相まって攻撃の回避能力は高い。

 その回避能力により、ニコラスとフォクツはまともに攻撃を当てられず、メロディの射った矢も回避され……と、いいところがなかった。

 ジャンプマウスよりも上位の存在であるゴブリンは楽に倒せたのだから、これはメロディ達の技量が拙かったということではなく、純粋に相性の問題なのだろう。

 ジャンプマウスは愛らしい外見をしており、それも影響した可能性は低くはない。

 シュタルズのギルドには、だからこそ倒せないという者もそれなりに存在していた。

 特に可愛い物好きの女冒険者にその傾向は多い。

 そんな他の者達と違い、テイマーであるアースは特にジャンプマウスに対して苦手意識や愛でる相手という意識はない。

 普通に、ただそこにいる存在という認識だ。

 ……今までにも色々と手助けをして貰っているので、親しみを感じているというのはあるのだが。

 そして今回も当然のようにジャンプマウスは、アースの近くにやって来るとクンクンと臭いを嗅ぎ、顔をアースの靴へと擦りつける。


「キュキュ!」

「ポロロロロ」


 アースの左肩のジャンプマウスが鳴き声を上げ、二匹のモンスターはそれぞれ会話……もしくは挨拶をする。


「アースがテイマーだってのは知ってたけど……まさか、ジャンプマウスがこうも懐くなんて」


 その光景を見たメロディが、今見ているものが信じられないとても言いたげに呟く。

 だが、それはアースにとっては特に驚くべきことではない。

 いつものように懐いてきたジャンプマウスを撫でながら、口を開く。


「なぁ、ゴブリンがいる場所を知らないか? 俺達はちょっとゴブリンを探してるんだけど、見つからないんだよ」

「キュ? キュウ!」


 アースの言葉にジャンプマウスは甲高い声で鳴くと、そのまま去っていく。

 その姿を見送っていたアースだったが、やがて周囲のニコラス達から信じられないような視線を向けられているのに気が付く。


「うん? どうしたんだ?」

「……な、なぁ。アース。お前ってもしかして、ジャンプマウスに命令出来たりするのか?」


 恐る恐るといった風に尋ねてきたニコラスに、アースはすぐに首を横に振る。


「いや、今のを見てただろ? 命令というか……どちらかと言えばお願いだな」

「そうじゃなくて、ニコラスが言いたいのはジャンプマウスと意思疎通が出来るのかってことよ」


 アースとニコラスの言葉に割り込むようにしてメロディが口を挟む。

 そんなメロディの言葉に、アースは少し考え……首を傾げる。


「どうだろ。大体こっちの意図を汲み取ってはくれるけど、それでも完全に意思疎通が出来るって訳じゃないかな。ジャンプマウスがこっちの言葉を理解しないで、思いも寄らない行動を取るのは珍しくないし」


 時々アースの行動を先回りするかのような行動をすることもあるのだが、それも完全という訳ではない。

 それは、これまでジャンプマウスと触れてきたアースが一番理解していた。

 それでもジャンプマウスが自分を裏切るような真似をしないというのはこれまでの経験から理解出来る。

 ……もっとも、アースが口にしたように妙な行動を取る可能性というのも十分すぎる程にあるのだが。


「じゃあ、ジャンプマウスが来るのを待っていればいいのか?」


 少し疑わしそうに告げるニコラス。

 ニコラス達から見れば、ジャンプマウスがそんな簡単にアースの言うことを聞くとは、目の前で見ていても納得出来なかったからだ。

 だが、そんなニコラスにアースは自信に満ちた様子で頷きを返す。


「ポルルル!」


 アースの左肩のポロも、自信に満ちた表情で鳴く。


「……どうするの? ポロちゃんがこう言うなら、少し待ってみてもいいと思うけど」


 メロディの言葉は、多分にポロ可愛さから出たものだった。

 だが、ジャンプマウスがアースの言葉を聞いて林の中に入っていったのも事実。

 だとすれば、もしかしたら本当にゴブリンを連れてくるかもしれない。

 そんな期待もあって、ニコラスは暫くここで待つという結論を下すのだった。

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