第35話
ヴィクトルと暗殺者風の男に逃げられたアースだったが、現在はリヴに連れられて大通りを歩いていた。
……もしこれでアースだけであれば、もしかしたら嫉妬に狂った冒険者辺りが何かをしていた可能性もある。
だが幸いと言うべきか、アースだけではなくビルシュも一緒だった為か、嫉妬の視線で見られはしても直接何か被害を受けるようなことはなかった。
(まぁ、それも今だけかもしれないが)
リヴの隣を歩いているアースを見ながら、ビルシュは内心で呟く。
リヴと一緒という意味では自分もいるのだが、何故アースだけに嫉妬が向けられるかと判断すれば……リヴの視線がアースに向けられているからだろう。
正確にはアースに向けられている訳ではなく、アースの左肩にいるポロへと向けられているのだが、それを理解している者はビルシュも含めて殆ど存在しない。
ビルシュも、リヴが何故かアースを特別視しているというのは分かっていたが、その理由までは分かっていなかった。
「それで、情報屋に行くって話だったけど、どういう人なの?」
自分の中にある焦りを何とか押し殺しながら尋ねてくるアースに、リヴはポロから視線を外して口を開く。
「それなりに顔の広い情報屋よ。シュタルズの全てを知ってるという程ではないけど、それでもかなりの部分は知っていると思うわ。例えば……最近この街に来た貴族がどういう人とか」
「っ!? じゃあ……やっぱりロームは貴族なの?」
「私はそのロームという子を知らないわ」
そう告げるリヴの言葉に、アースはそうだった……と納得してしまう。
リヴが来た時には既にロームの姿はなく、当然リヴはロームを見たことはない。
勿論話の内容を考えれば大体予想は出来るのだが、それでもしっかりと口には出来なかった。
もし違っていれば……と、そのような思いを抱いている為だ。
この辺はアースと話をしながら、それとなくポロへと何度も視線を向けているリヴでもしっかりと理解している。
「ま、けどあの話しぶりを考えると、多分貴族ってことで間違いないと思うんだけどな。それか、大きな商会の跡取りとか。その辺どうなんだ?」
「うーん、商会ってのはないと思う」
前を歩いていたい二人に近づいて尋ねたビルシュだったが、あっさりと断言したアースに疑問を抱いて視線で言葉の先を促す。
「だって、銀貨とか銅貨を初めて見たって言ってたし。商会……商人の息子なら、そういうことはないだろ?」
「……どうだろうな。その可能性は高いと思うが、大商人の息子だからこそ小さい金を見たことがなかった……って可能性もあるんじゃないか?」
そう告げるビルシュの言葉に、アースが思いついたのは当然のように両親から聞かせて貰った英雄譚だった。
大商人の息子が初めてやってきた街の中を見て回りたくて勝手に抜け出し、質の悪い相手に絡まれるも、それを十歳程年上の女冒険者に助けられるという話。
最終的にはその女冒険者と商人の子供は恋人になり、女冒険者は街を襲ってきたモンスターの大軍に一人で立ち向かい、それを全て倒すというものだった。
当然のようにアースはその英雄譚にも夢中になったが、今回は色々と違うのだろうという思いもある。
(あ、でもローズって女の名前だよな? ……もしかしてロームって女なのか?)
本当に今更ではあったが、そう考えるアース。
どう考えてもローズというのは女の名前なのだが、それでもロームを女だと認識しなかったのは、見た目からして女らしくなかったからだろう。
髪の毛もアースが知ってる女のように長い訳ではなく、短く切り揃えられていた。また、年齢から仕方ないのだが外見はとてもではないが女らしくはなく、男との違いを見つけることは出来なかった。
アースの視線が自分の隣を歩いているリヴへと向けられるが、女として極めて整っている……それこそ感情があまり表情に出ないことから、影でアイスドールと呼ばれている程に顔立ちの整っているリヴと比べられては、ロームもたまったものではないだろうが。
また、リヴはその無表情さに似合わないような男好きのする身体つきをしている。
一種、女の完成形と呼んでもいいようなリヴと比べられては、ロームではなくてもたまったものではないだろう。
「どうかしたの?」
自分の方を見ているアースに気が付いたのか、リヴが尋ねる。
その言葉に、アースは慌てて首を横に振ってビルシュへと口を開く。
「ううん、何でもない。えっと、それでロームのことだっけ。多分商人の子供とかじゃないと思うんだけど……明確な理由はなくて、俺が何となく感じたところでは、だけど」
「ふーん。ま、それならそれでいいけどな。これからリヴの知っている情報屋で何か情報が貰えるかもしれないし」
ビルシュが軽く告げ、アースもそれに納得の表情を浮かべる。
折角情報屋の下へと向かうのだから、ここで不確実な話をするよりもしっかりと情報を得た方がいいだろうと。
「……言っておくけど、情報屋も情報を売って商売している以上、何か情報を聞くのも無料という訳にもいかないわよ?」
「ぐっ!」
アースはリヴの言葉に息を詰まらせる。
金にある程度の余裕はあるが、情報屋に支払うのがどれだけの金額になるのか分からないというのが大きい。
「出来れば俺の持ってる金額で何とかなって欲しいんだけど……」
そう言うものの、現在のアースは新人冒険者としてはかなり金持ちなのは間違いない。
アースとしては非常に不本意な方法で入手した金ではあったが、それでも金は金だ。
ここでロームを助ける為に使えるのであれば……という思いで呟いたのだが、リヴはそんなアースに対して首を横に振る。
「気にする必要はないわ。あの二人を逃すように言ったのは私だもの。そのくらいの責任は取らせて頂戴」
「いや、でも……リヴさんは今回の件には無関係なのに……」
「関わった以上、無関係とは言わないでしょう?」
そう告げるリヴだが、本心はアースと一緒にいれば、その左肩のポロとも一緒にいられるという思いがあるのは否定出来ない事実だ。……そちらの方が比重は高い以上、メインがどちらかというのは考えるまでもないのだが。
それからも何度かリヴに言葉を発しようとしたアースだったが、リヴはそれを一切聞かずに自分に任せてとだけ告げる。
傍から見れば親切心の押しつけにしか見えないが、リヴにとってその程度の出費は大したことではない。
シュタルズでも新進気鋭の冒険者として有名なだけに、依頼に困るということは殆どないのだから。……もっとも、中にはリヴの容姿だけを目当てにして依頼してくるような者もいるのだが。
一瞬以前の依頼で嫌な思いをしたことが脳裏を過ぎったが、すぐにリヴはそれをポロの愛らしい姿で上書きする。
「リヴさん? どうしたの?」
そんなリヴの姿に違和感を持ったのか、不思議そうにアースが尋ねる。
だが、リヴはそんなアースに首を横に振り、やがて視線を通りの先にある建物へと向けて口を開く。
「あの酒場よ」
「……え? あそこ?」
アースの口から出たのは、意外そうな言葉。
何故なら、その酒場はアースも何度か入ったことがあった店であった為だ。
もっとも、アースが入ったのはあくまでも食事の為にであり、酒の類は飲んでいない。
年齢の問題もあるが、酒場では冒険者として活動していれば基本的に一人前と見なされる。
それでもアースが酒を飲んでいなかったのは、純粋にそれ程懐に余裕がなかった為だ。
今は余裕があるが、その金は好んで使いたい金ではない。
「そうよ」
アースの言葉に短くそれだけを答えると、リヴはそのまま酒場へと向かう。
アースとビルシュの二人――ポロを入れると二人と一匹――もそのまま酒場へと入っていく。
酒場の中は、アースが以前来た時とそう変わらない。
「ビルシュ、酒場に本当に情報屋なんているの?」
「んあ? あー、どうだろうな。いる時もあれば、いない時もある」
要領を得ないのは、普段は情報を集めるのを相棒のサニスンに任せているからだろう。
当然ビルシュも情報を集める気になれば、情報屋を探すことは出来る。
だが、ビルシュがやるよりもサニスンの方が何倍も効率的に情報を集めることが出来るし、その際に支払う対価もビルシュより少ない。
その辺を考えると、ビルシュがやるよりもサニスンに任せた方が効率がいいのは明らかだった。
「ふーん、そういうものなんだ。いたり、いなかったりするのか」
だが、ビルシュを自分よりも格上の冒険者として尊敬しているアースは、そんな誤魔化しに気が付いた様子もなく素直に信じてしまう。
自分の言葉をあっさりと信じたアースに若干の後ろめたさを感じたビルシュだったが、それに対して何かを言うよりも前に事態は動く。
酒場の中で周囲を見回していたリヴが、視界の隅に目的の人物の姿を見つけ、真っ直ぐそちらへと向かって歩き出したのだ。
「うん? おお、リヴじゃねえか。相変わらずいい女だな。どうした? 俺の女にでもなる決心を……嘘だ、嘘だって。だから槍から手を離してくれ」
リヴの向かった先にいた男が冗談のような軽い口調でリヴに話し掛けた瞬間、すぐさま発言を撤回する。
それは、リヴが愛用の槍へと手を伸ばした為だろう。
リヴとの付き合いがある程度あるこの情報屋は、当然のようにリヴの性格を知っている。
それこそ、男にはまるで興味がない……いや、何度も口説かれて、時には襲われてすらいる関係から、どうしても色目を使ってくる男に対しての当たりは厳しくなるのだと。
それを知っていても、思わず口説きたくなるのがリヴという女の魅力であり、致命的な欠点でもあった。
「ま、落ち着けや。それで、何があったんだ? いつもはお前一人でくるのに、二人も……それも今話題のテイマーを連れて。いや、俺としてはそのテイマーの坊主と縁を作れて大歓迎だがな」
「この子のことを知ってるの?」
まさか情報屋からアースについての話が出てくるとは思わなかったのだろう。リヴの表情が少しだけ動く。
普段は感情が殆ど表情に出ないリヴだけに、それだけでもどれ程の驚きだったかが分かってしまう。
だが、リヴは驚きの表情をすぐに消して口を開く。
「ローム、もしくはローズという子供を知ってる?」
「ああ、勿論。何日か前にこの街にやって来た侯爵の子供だな」
声を潜めた情報屋の口から出た侯爵という言葉に、アースを含めた全員が驚きの表情を浮かべる。
当然だろう。侯爵というのは、公爵に続く爵位。ミレアーナ王国の中でも上から数えた方が偉い人物なのだから。
「何だってそんなお偉いさんが……」
呆然と呟くビルシュだったが、情報屋はそれ以上は口に出さずにテーブルを指先で叩く。
その仕草で何を要求しているのかは明らかであり……リヴはそっと銀貨を数枚取り出すのだった。
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