第36話

「……なぁ、リヴ。こう聞くのもなんだけど、本当にあの情報屋は信用出来るのか? どうにも、こんな場所に貴族の子供がいるようには思えないんだけどよ」


 ビルシュが胡散臭そうに周囲を見回しながら呟く。

 現在アース、リヴ、ビルシュの三人がいるのは、シュタルズの端と呼んでもいい場所だった。

 裏通りやスラム街程に荒れ果てている訳ではないが、それでもまだ夕方前だというのに人通りは殆どない。

 いや、裏通りやスラム街であれば人通りそのものは多いのだから、そう考えればより活気のない場所といえるだろう。

 だが酒場でアース達が会った情報屋は、連れ去られたロームはここにある建物に捕らえられている可能性が非常に高いと告げた。

 何故先程連れ去られたばかりのロームがここにいる可能性が高いのかと疑問に思ったアースだったが、情報屋の口から出たのは自分が集めた情報を多角的に検討した結果だと告げられる。

 何の証拠もなく、検討した……つまり単なる予想でしかないとビルシュは苛立ったのだが、リヴはそれで構わないと情報料を支払い、現在こうして目的の場所へと向かっていた。


「あの情報屋の情報は正しいわ。分からないことは最初から分からないと言うし」


 ビルシュの言葉にそう返したリヴは、もう一人の同行者へと視線を向けて口を開く。


「警備兵に連絡すれば、わざわざ私達が危険な真似をする必要はないのよ? それでも行くのね?」

「うん。ロームが本当に侯爵の子供だったら、多分騒ぎになるのは不味い筈なんだ」


 アースも、リヴやビルシュといった存在がいなければ、大人しく警備兵に頼っていただろう。

 だが、今ここにはリヴやビルシュといった戦力がいる。

 特にリヴがシュタルズで非常に腕の立つ冒険者であるというのは、シュタルズで暫く暮らしていればすぐに分かる。

 ロームのことを思えば出来るだけ大事にはしたくなかったし、それはリヴやビルシュにとっても同様だった。

 特にその美貌から地位の高い者に良い印象のないリヴとしては、出来ればそのような相手と関わるのは避けたい。

 ビルシュも堅苦しいことは苦手であり、貴族と話す時の礼儀が苦手ということもあって、貴族と縁は持ちたくない。

 二人共冒険者として生きている以上、将来的には貴族と関わりあうことになる可能性が高いのは理解しているが、それでも今は避けたかった。

 それはアースも同様であり、ロームの立場を考えると騒ぎにしない方がいいというのは予想出来る。

 もっとも、アースの知識は例の如く英雄譚からのものであり、貴族に抱いている思いもそこから来ているのだが。

 そして英雄譚に出てくる貴族の多くは意地悪い存在で、英雄の邪魔をする敵役となることが多い。


(それでも、ロームの性格を考えれば多分いい貴族なのは間違いないんだろうけど)


 無邪気に買い物を喜んでいたロームの顔を思い出しながら、アースはリヴやビルシュと共に足を踏み出す。


「今更だけど、他に誰か連れてきた方が良かったのかもしれないな」


 ビルシュの言葉に、アースの脳裏を何人かの人影が過ぎる。

 自分の友人である同期の冒険者達、そしてビルシュやリヴと共にブルーキャタピラーを倒した二人。

 だが、友人の方はアースよりも強いといっても実力的には殆ど変わらず、それどころかポロの戦力を加えればアースの方が強い。

 共にブルーキャタピラーと戦った弓術士のシャインズはソロで活動する冒険者であり、現在どうしているのかは分からない。

 現在唯一仲間に引き入れることが出来るのはビルシュの相棒のサニスンだけだが、出来れば巻き込みたくないという思いからビルシュが認めなかった。

 ……もっとも、サニスンを引き込まないという件にはビルシュがサニスンと会ってしまえば間違いなく騒動が起きて、ロームの救出が遅れるという思いもあったのだろうが。


「あそこよ」


 アースがビルシュと会話をしている間にも進み続け、やがて一軒の家が見えてくる。

 シュタルズの端にあるとは思えないような、豪華な屋敷。


「……おいおい、俺もシュタルズに住んで結構経つけど、ここにああいう家……いや、屋敷があるなんて聞いたこともないぞ? 貴族街ならともかく、何でこんな場所にあんな屋敷が……」

「何故かしら。でも、重要なのは何故ここにああいう屋敷があるかどうかではないでしょ? あそこに今回の標的でもあるロームという子がいるということだけよ」


 リヴが敢えてローズではなくロームと口にしたのは、やはりアースに対する気遣いからか。


「ポロロロロ!」


 絶対にロームを助け出す! と、アースの左肩でポロが鋭く鳴く。

 そんなポロの様子に少しだけ視線を向けたリヴだったが、今はポロを愛でている時ではないと理解したのだろう。強固な意志の力で思いを振り切って口を開く。


「行きましょうか。恐らく向こうも待ち構えているでしょうけど、ここで躊躇っていては意味がないもの」


 リヴの言葉にアースとビルシュはそれぞれに頷き、いつでも武器を抜けるようにしながら屋敷へと進む。

 先頭はビルシュ、真ん中にアース、最後尾にリヴという隊列。

 アースが真ん中にいるのは、やはり三人の中で一番弱い為だろう。

 ポロという戦力もいるが、それでもやはりアースの強さは話にならない程度でしかない。

 三人の中で最も実力がある者となればリヴなのだが、だからこそ背後からの奇襲を警戒して一番最後になる。

 敵が待ち伏せているというのがほぼ確実な以上、背後からの奇襲には一番腕の立つリヴが対処するのが最善だった。


「鍵の類は掛かってないみたいだな。……行くぞ」


 屋敷の門に手を掛けて呟くビルシュに、アースとリヴ、ポロの二人と一匹は頷きを返す。

 そしてゆっくりとビルシュは門を押していく。

 ビルシュの言葉通り鍵の類は掛かっていなかったらしく、門はあっさりと開いた。

 罠の類も存在せず、開いた門の先には誰の姿もない。

 あるのはただ、屋敷の中へと通じる扉が一つだけ。

 ビルシュを先頭にして屋敷の敷地内へと踏み入れた瞬間……何かが擦れる音がすると共に、扉が少しだけ開く。

 その音にビルシュとアースはそれぞれ何が起きてもいいように武器を構えるが、何も起きない。


「どうやら招待してくれているようね」


 リヴの言葉に、ビルシュは嫌そうな表情を浮かべる。

 招待してくれているというのは、罠を貼って待ち構えているというのと同義なのだから当然だろう。


(それに、今のは誰が扉を開けたんだ? 勿論中からだろうが……誰かがいる様子は見えなかったけどな)


 非常に嫌な予感がしながら、それでもビルシュにはこの先へ進まないという選択肢は存在しなかった。

 ここに捕らえられている人物を助けに来た以上、どうしても先へと進まなければいけないのだから。

 もしここで自分やリヴが中には罠があって危ないから帰るなどと言おうものなら、それでもアースは自分だけでも屋敷の中へと入るだろう。

 それが分かっているからこそ、ビルシュはアースを見捨てるような真似は決して出来ない。


「……行くぞ」


 短く呟くと、アースとリヴがそれぞれ後ろで頷く気配を感じることが出来る。

 ポロが尻尾を振っている様子を想像しながら、屋敷へと続く扉へと近づき、中途半端に開いている扉を押す。

 ギィッ、と。木が擦れる音がすると共に扉が開き、中からはどこか冷たい空気が漂ってくる気さえする。

 外は暑く、冷たく冷えた小川の水でも飲みたい……そう思ってもおかしくない気温なのだが、それにも関わらず、だ。

 だが一度行くと決めた以上、ビルシュは怖じ気づく様子も見せずに開いた扉の隙間から屋敷の中へと入る。

 いつでも武器を振るえるようにしながら屋敷の中へと入ったのだが、襲撃や罠の類は一切ない。


「何でだ? これは完全に予想外だな」


 心の底から予想外だった屋敷の中の様子に、ビルシュは疑問を感じつつもそのまま屋敷の中を進む。

 玄関を通り過ぎた後に存在するのは、玄関ホール。

 まだ日が高い為か、明かりの類は存在しない。……そして人の姿も存在しない。

 先程扉を開けた者の姿でもあれば色々と情報を得られるだがな、とビルシュは微かに眉を顰める。


「……さて、どこに行く? 何ヶ所も進む通路はあるけどよ」


 玄関ホールからは左右や奥に何ヶ所か通路があり、二階へと続く階段も存在する。

 この手の屋敷としては典型的な作りであり、だからこそどこに行けば何があるのかというのは容易に想像が出来る……のだが、それが出来るのはこの類の屋敷に精通している者だけだ。

 アースは村全体が知り合いという典型的な田舎の村から出て来たばかりであり、当然貴族の屋敷については詳しくない。

 英雄譚で貴族の屋敷が出てくることはあるが、その話の中でも屋敷の作りがしっかりと描写されている訳ではない。……もしかしたら最初に話が作られた当初はしっかりと描写されていたのかもしれないが、話が伝わっていく内に省略されてしまったのだろう。この手の話には良くありがちなことだ。

 ビルシュも出身はアースと同じく農村であり、貴族の屋敷には詳しくない。

 もっと高ランク冒険者になれば貴族の屋敷に案内されるようなこともあるのかもしれないが、今はまだそんな経験は一切なかった。

 リヴも育ちは貴族だが、物心ついた時には既に没落している。

 それでもこの中で唯一この手の屋敷に知識があったのは、冒険者として活動していく上で何度もこの手の屋敷を持っている者に招待された経験があるからだろう。

 依頼をする為、依頼の報酬を支払う為、シュタルズでもその技量と美貌で有名なリヴを口説く為、パーティに誘う為……中には自分の愛人にしようと目論んだ者もいた。

 そのような経験から、リヴ本人は非常に遺憾であったがこの手の屋敷についての知識はそれなりにある。


「このまま真っ直ぐに進めばダンスホール。横に行けば使用人の働く場所や住居、二階にはこの屋敷に住む者達の部屋……といったところかしら」

「分かるのか!?」


 思わずといった様子で呟いたビルシュに、リヴは特に非常を動かさずに頷きを返す。


「ええ。もっとも大まかにというだけで、実際にはどうなのか分からないわ」

「けど、何も見通しが立たないよりはいいだろ。で、どっちに行けばいいんだ?」

「……敵が罠を仕掛けているとすれば、当然自分達が動ける場所でしょうね。つまり……」


 リヴの視線が見据えたのは、真っ直ぐに進んだ場所にある大き目の扉。

 ダンスホールがあるとリブが言った場所だ。


「なるほどな。なら、行くか。……アース、準備はいいな? 囚われのお姫様を救いに行くぞ」

「……うん」


 ビルシュの言葉にアースは緊張しながら頷き、皆で真っ直ぐ前へと進む。

 そして、大きめな扉を開き……三人と一匹はダンスホールの中へとはいるのだった。

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