第18話

「じゃあ、ランクG昇格を祝って……乾杯!」

『乾杯!』


 ニコラスの言葉に、フォクツ、メロディ、そして……


「乾杯!」

「ポロロン!」


 少し遅れてアースの、そしてポロの声が店内に響く。

 アース達が現在いるのは、シュタルズにある酒場。

 まだ夕方前で、人の数はそれ程多くはない。

 そんな酒場の中には、アース達が上げる喜びの声が響いていた。


「いや、まさか俺やアースだけじゃなくて、フォクツやメロディまで合格するとは思わなかったな。訓練開始前には不愉快なことがあったけど、最終的には最良の日と言ってもいい日だ」


 数秒前までエールの入っていたコップをテーブルの上に置き、ニコラスは嬉しそうに告げる。

 そう、まだ夕方前だというのに酒場に繰り出しているのは、全員が教官との戦いでランクGに昇格することを認められたからだった。

 フォクツは槍を使いこなして教官にその実力を認めさせ、メルディにいたっては不意を突くような一撃を放って教官の手から武器を弾くという大金星を上げての合格だ。


「昨日までは散々苦戦してたってのに、何で急に合格出来たんだろうな? それこそ、全員が揃って」


 ニコラスの疑問を抱いた言葉に、フォクツは無言で、メロディは首を傾げて考える。

 実際、自分達の技量が昨日に比べて急激に上がったとは思えなかった。

 そう考えると、色々と疑問に思うことも多いのだが……と。


「ま、合格出来たんだからいいだろ。これで俺達もようやく街の外の依頼を受けられるんだし。な、ポロ」

「ポロロロロォ!」


 串焼きに突き刺さっている肉をあぐあぐと必死に食べていたポロが、口の中一杯に……それどころか頬袋にすら入っていた肉を飲み込み、嬉しそうに鳴き声を上げる。

 アースの合格は多分にポロの存在があってこそのものだったのだが、従魔の力を借りて戦闘を行うというのはテイマーとしては当然のことだ。

 これが、もし強力極まりない……それこそランクAといった高ランクモンスターをテイムしてのものであれば、冒険者自身の実力が十分に身についているかどうかが分からないとして従魔なしで試される場合もあるのだが、ポロはとてもではないがそんな高ランクのモンスターには見えない。

 電撃を放つという能力を持ってはいるが、その身体の小ささに加えて電撃の威力に関しても相手を一撃で殺せる程のものではない。

 純粋に戦闘力だけで考えれば、ポロのランクはF……どんなに頑張ってもEといったところだろう。

 もっとも、ポロの特筆すべき能力としては電撃を放つというものより非常に頭がいいという方が上げられる。

 アースの言葉をしっかりと理解しているように見える光景は、ニコラス達も何度も見ているのだから。


「そう言えば、結局ポロってどんな種族なのか分かったのか?」


 ランクアップ昇格祝いの酒盛り――アースは果実水だが――が進み、不意にニコラスがアースへと尋ねる。

 だが、アースはそんなニコラスの言葉に首を横に振る。


「いや、残念ながら不明なままだよ。ギルドの方でも気になっているらしくて情報を集めてるみたいだけど……」

「そっか。……だからああいう奴等が寄ってくるんだろうな」

「……ああ、あいつらか」


 ニコラスの言葉に、戦闘訓練を行う前に絡んできた二人組の姿が脳裏を過ぎり、アースが不愉快そうに呟く。

 そんなアースの姿を見ていたメロディは、心配そうにアースへと話し掛ける。


「アース、あの二人は色々と悪い噂のある人達よ。それこそ裏の組織とか、そういう人達とも関わってるって話だから、くれぐれも気をつけなさいね」


 アースを心配しているのは間違いないメロディの言葉だったが、ポロの方をより多く心配しているのは、メロディの普段の態度を考えれば誰もが理解していた。


「……くれぐれも、気をつけろ」


 寡黙なフォクツまでもがアースへと忠告してくるのは、それだけ危険だと理解している為だろう。


「あ、そうか。そうだよな。テイムされたモンスターを奪っても、どうやって金に換えるかって不思議に思ってたんだけど、そういう組織があればどうにでもなるのか。……特にポロの場合は種族が分からない新種だってことで、随分と高額で売れるんだろうし」

「ポルルゥ!」

「痛っ!」


 ポロは、抗議するようにニコラスへと軽い……それこそちょっと痛いといった電撃を飛ばす。


「全く、自分が買われる時のことなんか聞きたくないに決まってるじゃない。ねー、ポロちゃん」

「ポロロ!」


 そうだ! と胸を張るように鳴き声を上げるポロに、ニコラスも頭を下げ、持っていた串焼きをポロへと差し出す。


「悪かったよ。ほら、これでも食って機嫌を直してくれ」

「ポルル!」


 許す、と言わんばかりにニコラスから串焼きを受け取ると、その肉を器用に串から抜き取って小さな両手で持って食べていく。


「リス型でもモンスターだよな。俺のイメージだとリスって木の実とかを食べてると思ってたんだけど」


 自分で串焼きを渡したにも関わらずしみじみと呟くニコラスだったが、メロディがそんなポロに魂を奪われているのを見ながら、真面目な表情を浮かべてアースへと話し掛ける。


「それで、だ。アース、これで俺達も晴れてシュタルズの外の依頼をこなせるようになった訳だけど……お前、これからどうするつもりだ?」

「んが?」


 ポロと同じ串焼きを食べていたアースだったが、ニコラスの言葉に首を傾げる。

 何かを言おうとすると口の中に入っている肉が邪魔をする為、慌てて飲み込んで口を開く。


「どうするって、何がだ?」

「だから、これからだよ。俺達はこうしてパーティを組んでるけど、アースはそんな相手がいないだろ? まぁ、ポロがアースの相棒になる訳だけど」

「ま、そうだな。……これからどうするか、か。うーん……」


 悩むアースだったが、その脳裏を過ぎるのは当然のように小さい頃から幾度となく聞かされてきた英雄の物語。

 幾つもの英雄の物語を聞いてはいたが、その中にはパーティを組んで戦争を終結に導いたりしたものもあれば、仲間もいないままたった一人で魔人と呼ばれたゼパイルを相手にしたというものもある。

 そんな英雄達のようになりたいという思いが強いアースだったが、具体的にどうすればそんな英雄になれるかというのは分からない。


(取りあえず英雄ってくらいなんだし、強くなるのが最優先だよな。それには、やっぱり実戦経験を積むのが一番だろ。だから……)


 頭の中で考え、やがて出た答えをアースはそのまま口にする。


「モンスターの討伐依頼だな」


 だが、何故か自信満々で告げたその言葉に、ニコラスは溜息を吐く。


「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな」

「率直に言った方がいい」


 塩漬け肉を野菜で巻いて蒸した料理を食べていたフォクツが、ニコラスにだけ聞こえるように呟く。


「そうだな。アースにこっちの気持ちを分かれって方が無理か。……アース、はっきりと言わせて貰う。俺達のパーティに入らないか?」

「は? 俺がパーティに?」


 何を言われたのか理解出来ないとでも言いたげなアースの言葉だったが、ニコラスが冗談で言ってる訳ではないのは、その表情を見れば明らかだった。


「そうだ」


 腕利きという訳ではないニコラスの目から見ても、アースは戦いの才能に……より正確には短剣や長剣といった近接戦闘の才能に欠けている。

 ニコラスもシュタルズに来てからそう長い訳ではないが、それでもアースとは付き合いやすいと思っている。

 それだけに、今のアースをソロで行動させるような真似をすればすぐに死んでしまうのではないかという懸念があった。

 アースからはブルーキャタピラーを倒したという話を聞いたこともあったが、それも詳しく聞けば実際には他の冒険者パーティが主力であり、アースは最後に少し手を出したにすぎない。

 そんなアースだけに、モンスターに手を出せば呆気なく返り討ちになるのではないかという思いがニコラスの中にはあった。


(実際、今も討伐依頼をやる気満々だったし)


 アースの言動を見る限りでは、とてもではないが一人で放ってはおけない。

 ニコラスはそんな風に思ってパーティに誘ったのだが……


「いや、止めておくよ」


 アースはあっさりとパーティの誘いを断る。


「って、おい。何でだよ。お前本気でソロでやっていくつもりか?」


 エールの入ったコップをテーブルに叩きつけて尋ねるニコラスに、アースは特に何を感じたとい風でもなく頷きを返す。


「ああ。それに、俺には相棒もいるし」

「ポルルル?」


 突然撫でられたポロは、アースの方へと視線を向けて小首を傾げる。

 その頬には、串焼きの付け合わせとしてついてきた葉野菜がこれでもかと詰め込まれ、膨らんでいた。

 どうしたの? 丸く小さな瞳を向けてくるポロに、アースは笑みを浮かべて口を開く。


「お前がいるから、ソロでも大丈夫だってことだよ」

「ポロー……」


 本当に? とでも言いたげなポロの様子だったが、アースはそれに気が付かず、ニコラスへと言葉を続ける。


「それに仲間に頼ってばかりだと、俺が強くなれないし。とにかく、今の俺は弱い。それは分かってるから、強くなる必要があるんだ」


 英雄を目指すにも、自分が強くなければどうしようもない。

 周囲の者達に助けて貰ってばかりの英雄は、英雄とは呼ばないのだから。


(ブルーキャタピラーみたいなモンスターを相手にした時、今度は俺だけでも……いや、ポロと一緒に俺達だけで倒せるようになる。取りあえずはそれが目的だな)


 そんなことを思っているアースに対し、ニコラスはじっと視線を向ける。

 アースとの付き合いそのものは、それ程長い訳ではない。

 だが、短い付き合いでもアースがどんな性格をしているのかというのは、すぐに理解出来た。

 それ程までに、アースの性格は分かりやすいのだ。

 ……単純である、と言ってもいい。


(正確には子供っぽいんだけどな。何だってルーフでは十三歳で成人なんてことになってるのやら)


 ルーフという村の風習に疑問を覚えるニコラスだったが、ここで何を言ってもアースは自分の意思を曲げないだろうというのは理解出来た。

 このまま強引に迫っても頑なにさせるだけだ。

 そう判断すると、溜息を吐いてから口を開く。


「分かった。これ以上は何も言わない。その代わり、何か自分だけでどうしようもないことがあったら、絶対に言ってこいよ。そうしたら手を貸すから」

「へへっ、ああ。ま、俺がそんな風になるなんて想像も出来ないけどな」

「お前……ブルーキャタピラーを相手にして危ないところだったとか言ってなかったか?」

「それは……ぐ、偶然だよ偶然。それに、色々と試してみたいこともあるし」


 最後の方は口の中だけで呟いた為、ニコラスに聞こえてなかった。


(テイマー……正直、出来れば長剣とか槍の才能が欲しかったんだけど……それでも俺にテイマーの才能があるのなら、色々と試しておいた方がいいだろうし)

 

 テイマーについて試すとなると、相当に時間が掛かるのは確実だった。

 もしそうなれば、ニコラス達にも無駄に時間を取らせることになってしまう。

 自分のことで友人に無駄な時間を取らせるような真似はしたくないアースとしては、ニコラスの誘いを断らざるを得なかった。

 ……もっとも英雄を志す身としては、自分が強くなる必要があると考えているのも事実だったのだが。

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