第17話

 最初自分が呼ばれているとは思わなかったアースだったが、話していたニコラス、フォクツといった二人の視線が背後へと向けられていることもあり、そこでようやく自分達の誰かが呼ばれているのだと気が付く。

 そうして声のしてきた方へと視線を向けると、そこにいたのはアースは勿論、ニコラス達よりも年上の……それでも二十歳には届いていないだろう男が二人だった。

 どちらも冒険者だというのは、レザーアーマーを身につけているのを見れば明らかだったが、何故自分に声が掛けられたのかが分からず、アースは首を傾げる。


「何? 俺に何か用事? それともニコラスの方?」

「っ!?」


 アースの口から出た言葉を聞いた途端、フォクツが慌てたようにアースの口を押さえる。


「んぐっ!?」


 いきなり何をするのかと目で抗議の視線を向けるアースだったが、フォクツは黙って首を横に振る。

 そんなアースとフォクツの前に出たのは、ニコラス。

 まるでアースを庇うような立ち位置で口を開く。


「マテウスさんとラモトさんのお二人が、俺達に何の用です? 確かお二人はもう戦闘訓練を終えて、ランクG冒険者に……いえ、そこから更にランクを上げてランクF冒険者になった筈ですけど」


 ニコラスとは顔見知りなのだろう。マテウスとラモトと呼ばれた二人は、口元に笑みを浮かべて頷く。

 ……もっとも、その笑みはとてもではないが友好的な笑みではなく、どちらかと言えば相手を見下すような笑みだったが。


「ニコラスか。お前に用はねえよ。俺達が用があるのはそっちのガキの方だ」


 その視線が向けられているのは、明らかにアース。……より正確には、その右肩にいるポロだった。

 目の前の二人の狙いに気が付いたニコラスは、内心で舌打ちをする。

 テイマーが手なずけたモンスターであり、更には見た目が小さく、非常に可愛い。

 普通に考えれば、少し物好きな金持ちであれば幾らでも金を出すだろう。

 勿論テイマーのモンスターを強引に奪うような真似をした場合、反撃を食らって怪我をしても文句は言えない。

 だが、それを承知の上で今この二人はアースからポロを奪おうとしているのだと、その態度が全てを物語っていた。


(どうする……いや、時間を稼げば教官がやってくる筈。だとすれば、今俺がやるべきことは……)


 ニコラスにとって、初めての後輩とも呼べるアース。

 テイマーという自分達にない特殊な才能を持っているのは非常に羨ましかったが、それでもアースはそれを自慢するようなところはなく、恥じている……というのは少し言いすぎだが、それに近い思いを抱いていた。

 英雄になるという目標とは全く正反対の才能に。

 その一方で近接戦闘に関しての才能は乏しい、アース。

 そんなアースは、ニコラスにとっては目を掛けている……というのとはちょっと違うが、仲のいい相手だった。

 それがこんな相手に、今までにも色々と騒ぎを起こしてギルドにそれとなく注意されたことのある二人に関わらせるのは、忍びない。

 目の前にいる二人は既に街の外に出て依頼を受けることが出来るランクであり、その強さも当然のようにニコラスよりも上だった。

 事実、ニコラスは今まで何度か模擬戦をやったことがあるが、よくて引き分け、殆どは負けていたのだから。


「すいませんけど、俺達はこれから戦闘訓練があるんですよ。今は教官を待っているので……」


 言外にこのままここにいれば教官がやってくると告げるニコラスだったが、マテウスとラモトと二人はそんなことは関係ないと言いたげに口を開く。


「いいから、俺が来いって言ってるんだよ。大体、お前には関係ないことだろ? 俺達が用があるのはそこのガキなんだから」

「……アースは俺の友人ですから」


 ニコラスの口から出た言葉に何を感じたのかは分からないが、それでもマテウスはニコラスが絶対に退かないと判断したのだろう。苛立たしげに舌打ちをしてから、そのままニコラスへと近づいて行き……唐突にその頬へと拳を振るう。

 肉と骨がぶつかり合う鈍い音と共にニコラスは吹き飛ばされ、地面へと倒れ込む。


「おいっ、何するんだよ!」


 その光景を見たアースは、殆ど反射的にマテウスへと向かって叫ぶ。

 そんなアースをフォクツは止めようとするのだが、強引に身体を動かし、アースの身体を掴んでいた手をふりほどかれる。


「ああん? 何をするって? 俺達に口答えしたから、ちょっとしたお仕置きをしてやっただけだよ」

「ふざけるな! ニコラスは殴られるような真似はしてないだろ! お前達が無茶を言ってるだけで!」

「へぇ、無茶。無茶ねぇ。……お前がちょっと俺達と一緒に来ればいいって言ってるだけなのが、そんなに無茶か……よ!」


 その言葉と共に、マテウスは倒れたニコラスへと向かって蹴りを放つ。

 上半身を起こしていたニコラスは、身につけているレザーアーマーの腕の部分でその一撃を受け止めた。


「おいっ! だから、何でニコラスを蹴るんだよ! 俺に用件があるんなら、俺に言ってこいよな!」


 アースの叫びに、ニコラスを蹴っているマテウスではなくラモトが口を開く。


「そうかそうか。じゃあ、お前に用件があるからさっさと行くか。ほら、来い」

「ポロロ!」

「痛っ!」


 アースを威嚇しようとしたラモトへ一条の紫電が飛ぶ。

 その発生源は、言うまでもなくアースの右肩に立っているポロ。

 小さな身体で、精一杯威嚇するような視線を向けている。

 それでも身体が小さい為に迫力は今一つ足りなかったが、放たれた雷は十分な痛みを相手へと与えていた。


「この、クソネズミ風情が……テイムされたモンスター如きが、人に危害を加えてもいいと思っているのか!」

「な、何言ってるんですか! 主人に危害を加えようとしている相手を助けようとした場合、テイムされたモンスターの罪にはなりませんよ!」


 マテウスの足を払いのけながらニコラスが叫び……


「おらっ、この騒ぎは何だ!」


 同時に、そんな怒鳴り声が周囲に響き渡った。

 その訓練場にいた者達は、声のした方へと視線を向ける。

 アースやニコラスといった者達だけではない。ここには他にも大勢の冒険者になったばかりの者がいた。

 それでもマテウスやラモトを止める者がいなかったのは、やはりこの二人が既に街の外に出て活動している冒険者だからというのもあるし……何より、以前から色々と悪い評判のある人物だったというのも関係しているだろう。


「ちっ」


 姿を現した教官に対し、マテウスが舌打ちをする。

 教官の怒鳴り声で静まり返っていた訓練場だけに、その舌打ちは教官の耳にも聞こえたらしい。

 そこにいるのが少し前にこの戦闘訓練から卒業していった二人だと見ると、教官は険しい表情を浮かべつつ近寄って行く。

 三十代半ば程で、この戦闘訓練を取り仕切っているギルド職員。そして、元ランクB冒険者。

 それだけに教官から発せられる雰囲気は非常に迫力があった。

 もし何も知らない子供がここにいれば、教官を見ただけで泣き出しそうな程の迫力。

 マテウスとラモトはそんな教官が近づいてくるのを目にするとすぐに踵を返す。

 ニコラスを相手にしては強硬な姿勢を取った二人ではあったが、それでもランクF冒険者でしかない。

 引退して数年経ってはいても、元ランクB冒険者を相手にしてどうにか出来る筈もなかった。


「お前、アースとか言ったな。名前と顔は覚えたからな」


 そう言い捨て、足早にこの場を去ることしか出来なかった。


「……アース。お前、あの二人と何か問題を起こしたのか?」


 強面の視線を向けられたアースは、素早く首を横に振る。


「ううん、知らないよ。何だか俺に用件があったみたいだけど……」

「教官、多分アースじゃなくてポロの方に用があったんだと思います」


 地面に倒れていたニコラスが、身体を押さえながら立ち上がる。

 攻撃を受け続けてはいたニコラスだったが、レザーアーマーで上手い具合に攻撃を受けていたらしく、殆どの傷らしい傷は存在していない。


(うわ、ニコラス凄いな。……けど、レザーアーマーかぁ……)

 

 今の件とは全く関係ないことだが、ニコラスが特に怪我がないのを見て驚くアース。

 一応アースも革で出来た胸当てを身につけてはいるのだが、それはツノーラから貰ったお下がりをそのまま使っている。

 ブルーキャタピラーとの戦いで多少なりとも傷があり、それをシュタルズの店で修理し、きちんと身体に合うように調整して貰った代物だ。

 新品を買うよりも圧倒的に安上がりではあったのだが……それでもアースの懐にある程度のダメージを与えていた。 


「なるほど、ポロをな」


 教官がアースの肩にいるポロへと視線を向ける。


「ポロ?」


 そんなポロは、何故自分が見られているのか分からないのだろう。首を傾げて教官を見返す。

 小動物そのものと言えるポロの円らな瞳をじっと向けられた教官は、やがてその厳めしい顔つきを特に変えもせずに踵を返す。


「冒険者同士の揉めごとは、基本的にギルドは手を出さない。もしそれでも何とかしたかったら、それなりに手を考えることだな」


 それだけを告げて、訓練場の中央へと向かう。


「おらぁっ! いつまでもくっちゃべってないで、訓練を始めるぞ! お前等が街の外に出られるようになるには、俺に一定の強さを見せつける必要があるってのを、忘れてないだろうな!」


 教官の声に、周囲で様子を窺っていた冒険者達が急いで集まってくる。


「ほら、アース。俺達も」

「あ、うん。分かった」


 ニコラスの声に返事をし、アースもまた教官の下へと急ぐ。

 ここで集合が遅れれば、厳しい罰を受けることになるというのを知っている為だ。

 冒険者達が集まってくるのを見ていた教官は、取りあえず満足したのか口を開く。


「これから戦闘訓練を開始する。分かってると思うが、俺を納得させるだけの戦闘力を見せない限り、お前達はランクHのままで、街の中の依頼をこなすしか出来ない。街の外でもっと稼げる依頼を受けるためには、ランクGになるしかない。それを理解した上で訓練を行え!」


 その言葉に全員が頷く。

 当然だろう。街中で出来る依頼というのは、安全な分だけ基本的に報酬は安い。

 金が全てというわけではないだろうが、金が重要なのも事実だ。

 少し高い武器や防具を買うには、どうしてもある程度の金が必要になる。

 街中で数日……下手をすれば十日以上掛かって稼ぐだけの金を、街の外の依頼では一度で稼ぐことも珍しいことではない。

 その為、ここに吉得る者達は少しでも早く教官に認められるよう必死に戦闘訓練を行う。

 そして……


「よし、ニコラスは合格だ! お前は明日からランクG冒険者として活動しろ!」


 教官と模擬戦を行っていたニコラスが、その声に安堵の息を吐く。


「やったな、ニコラス! じゃあ、俺も負けてられないな!」

「ああ、頑張れよアース」


 そう告げ、アースはニコラスと入れ替わるように教官と向き合う。

 周囲ではまだ教官に挑むだけの実力が足りないと思っている者達が冒険者同士で模擬戦を行っていた。

 そんな光景を見ながら、アースは右手に短剣、左肩にポロを乗せたまま教官と向かい合う。


「ほう、お前が俺に挑むのか。この前みたいな無様な姿は晒すなよ」

「行きます!」


 その言葉と共に、アースは短剣を構えて教官との間合いを詰める。

 だがその速度は決して速いとは言えず、また振るわれる短剣も鋭いとは言えない。

 教官は長剣であっさりとその一撃を止め、そのまま蹴りをアースに叩き込もうとして……


「ポロロロロ!」


 アースの左肩に立っていたポロが叫び、空中を一条の紫電が走る。


「ぐっ!」


 その一撃を受けた教官は一瞬だけ動きを止め……その隙を突いてアースは再び教官の懐の中へと飛び込み、短剣を……


「甘い」


 振るう直前にそんな声が聞こえ、次の瞬間には腹に衝撃を受ける。

 そうして吹き飛ばされて地面を転がったアースは、意識を失う直前に教官の声を聞く。


「まぁ、ポロも一緒なら何とか合格か。テイマーなんだし、モンスターの実力も考えて合格にしておく。お前も明日からランクG冒険者だ」


 そんな、合格を告げる声を。

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