第8話

「あれがルーフだな。ったく、何だってこんな田舎にブルーキャタピラーなんぞが現れるかな」


 遠くにルーフが見えてきたのを確認すると、馬車の中で一人の男が呟く。

 ルーフへと向かうこの馬車に乗っている者の人数は、男が二人に女が二人の合計四人。

 その中の一人、リヴが特に何も感じていないような声で男に言葉を返す。


「モンスターが私達の思いを汲んでくれる訳がないでしょう?」

「……分かってるよ。分かってるけど、俺ぁ、どうも馬車での移動ってのが好きになれねえんだ」


 最初に口を開いた男が、無造作に伸びている髪をガリガリと掻きながら告げる。

 腰には長剣が収められた鞘があり、男は自分を落ち着かせるようにその鞘へと手を伸ばす。

 その隣に座っていたリヴ以外のもう一人の女が、呆れたように口を開く。


「相変わらずビルシュったら落ち着きがないんだから。リヴちゃんを見てみなさいよ。ビルシュよりも年下なのに、思い切り落ち着いているわよ?」

「いや、リヴの場合はビルシュと同い年くらいに見えるけどね」


 馬車に乗っている最後の一人が、笑みを含んだ声で言う。

 最初に口を開いた、長剣を持っている二十代の男がビルシュ。次に口を開いたのが同じく二十代の女で弓術士のサニスン。そして最後に口を開いたのが細い目が特徴でいつも穏やかに笑っているように見える二十代の男が弓術士のシャインズ。

 ビルシュとサニスンの二人は共にランクDで、幻影蝶というランクDパーティを組んでいる。

 シャインズも同じくランクD冒険者だが、こちらはソロの冒険者だ。

 そしてランクC冒険者のリヴ。

 この四人が、今回ルーフからの依頼であるブルーキャタピラーの討伐を引き受けた者達だった。

 それと、ギルドから派遣された、馬車の御者台にいる御者を入れると五人。

 より正確には、シュタルズのギルドがこのままではルーフが壊滅しかねないということで、半ば強引に引き受けさせたというのが正しい。

 リヴ以外は全員が二十代だが、それでもこの一行の中で最も腕が立つのはリヴだ。

 全員がそれを知っているだけに、リヴ以外の三人は自分達がリヴのフォローをするという意識を強く持っている。

 普通であれば年下の……それも女が主戦力であるのを認めるというのは難しいのだが、ギルドの方もいらない騒ぎにならないように注意し、人格的に問題のない冒険者を選んでこの依頼を任せていた。

 これまで何度か自己中心的な者とリヴを組ませた際、問題が起こった為だ。

 リヴは実力はあるのだが、年齢相応の素直さというものがない。

 いや、正確にはあるのだが、その冷静な表情のおかげで表に出ることはなかった。

 リヴの美貌や男好きのする身体に目が眩んで襲いかかろうとした者にいたっては、リヴの振るう槍により一生残る傷を付けられた者もいる。

 ……今まで何度かそのような騒ぎを起こしてはいるが、それでもリヴはギルドの職員達に嫌われるといったことはない。

 それは、やはり女として自分の身を守るために行ったということもあるし、何よりリヴ自身がこれまで幾つもの依頼を誠実にこなしてきたと言う経緯がある為だ。


「あー……これから行くルーフって何か美味い食い物でもあるのか? 折角こんな田舎まで来たんだし、せめて何か美味い料理でも食わなきゃやってられないぜ」

「どうかしらね。ここから見る限りだと、かなり剣呑な雰囲気に見えるけど」


 サニスンが、弓術士の特徴でもある高い視力でルーフの様子を窺いながら呟く。

 事実、ルーフでは村の入り口に木を並べて中に入れないように塞いでおり、簡易的ではあるが見張り塔のような物が作られ、そこには弓を持った村人が待機していた。

 その光景は、何も知らない者が見れば村に訪れる相手を撃退する為に準備をしているようにすら見える。

 いや、実際それは間違っていない。

 近くの森に姿を現したブルーキャタピラーが襲ってきた時の為に迎撃の用意をしているのだから。

 自分達では勝てないというのは分かりきっているが、それでも少しでもいいから時間稼ぎをして、村人が逃げる時間を作る為にと。

 それを理解しているリヴは、いつものように表情を変えずに口を開く。


「ブルーキャタピラーの対策の為でしょうし、心配いらないでしょう。私達が村にやって来るまでにブルーキャタピラーが姿を現していれば、どうしようもなかったのでしょうから」

「……だ、だよな。まさか冒険者をわざわざ呼んで、それを騙し討ちして……なんてことはないよな?」


 以前に誰かから聞いた、村人そのものが盗賊と化しており、村に寄った旅人や冒険者を襲っていたという話を思い出しながら、ビルシュは呟く。


「それはないでしょう。こうして見る限り、村人の多くは何とか不安を堪えているように見えるし」

「え? リヴちゃんここから向こうが見えるの? 弓術士でもないのに?」

「ええ」


 あっさりと告げるリヴに、ランクが一つ違うだけでここまでの差が……とサニスンが戦慄く。

 リヴ本人は自分がそこまで高い能力を持っていると思ってはいないのだが、不幸なことに自分を鍛えた父親と他の冒険者とでは完全にその基準が違っていた。

 ランクC冒険者の中でも腕利きと言われるリヴの秘密はそこにあった。


「ま、ともあれだ。向こうがこっちを敵視してるって訳じゃないんなら、さっさと行こうぜ。ルーフの奴等も俺達がいれば安心するだろうし」


 空気を変えようというビルシュの言葉に、シャインズが同意するように頷く。


「早く行くって言っても、馬車だからこっちの意見でどうにかなる訳じゃないから、御者に任せるしかないでしょ」

「……ふん」


 サニスンの言葉に言い返すことが出来ず、ビルシュは不満そうに鼻を鳴らす。

 そんな風にしている間にも馬車は進み続け、やがてルーフの村へと到着する。


「すまない、俺達はギルドから来た者だ。中に入れて欲しい」


 馬車の御者台に座っていた御者が、封鎖されている門へと声を掛ける。

 その声を聞き、村の中がざわめく。

 だが監視台の上にいる村人が馬車だと言うと、すぐにそのざわめきは歓声へと変わる。


「来ただって!? ……本当に冒険者が来たのか!?」

「よしっ! これでブルーキャタピラーに怯えないで済む!」

「いいから、門を開けろ! 冒険者の人達を中に迎え入れるんだ!」

「おっ、おお。そうだった。俺達を助けに来てくれた冒険者様達を、このまま外に出しっ放しにしておくなんてことをしたら、失礼極まりない。皆、門を開けるぞ!」


 その言葉と共に、村人達は門を封鎖している岩や木、樽といった荷物を退かせていく。


「ふぅ。ほら見ろ。やっぱり俺達を攻撃しようとなんかしてなかったじゃねえか」


 ビルシュの言葉に、相棒のサニスンは呆れた視線を向けて口を開く。


「あのね、その言葉からいって思い切り疑ってたって言ってるようなものじゃない。本当に大丈夫でしょうね? 前にゴブリンと戦った時みたいな真似はしないでよ?」

「ゴブリンと? 何のことか俺にも教えてくれよ」


 シャインズの興味深そうな言葉に、ビルシュは慌てた様子で口を開く。


「なっ、何でもねえ! 何でもねえから気にするな!」

「そうやって慌てて否定されると、余計に気になるんだけど」

「ええいっ、うっせえっ! ほら、村の門も開いたことだし、さっさと中に行くぞ! でもって、さっさとブルーキャタピラーの情報を聞いてぶっ殺してやる!」

「……誤魔化そうとしてるのが見え見えなんだけど」


 笑みを浮かべて呟くその言葉にビルシュは一瞬ビクリとしたが、勢いで誤魔化すかのように御者へと声を掛ける。


「じゃあ、頼む。村の中に入ってくれ」

「ああ、分かった」


 短く言葉を交わしている間に、門を封鎖していた荷物は全て取り除かれたのだろう。次第に門が開いていく。

 それを確認した御者は、馬車で村の中へと進む。

 そんな馬車を、村の者達は歓声を上げて迎え入れる。

 自分達の村が消滅するかどうかという瀬戸際で、更に勝てなくてもどうにか村人達が逃げる時間だけでも……と思って決死の覚悟でいた者達にとって、リヴ一行は正真正銘救いの神と呼んでも良かった。


「こっちです! ギルドの方に村長がいるので、案内します!」


 馬車の御者をしている男が、ギルドの受付嬢でもあるリュリュに気が付く。

 ウサギの獣人である証の耳がピコピコと動いているのは、喜びの為だろう。

 そんな、どこか胸が温かくなる光景を目にし、御者をしている男はその誘導に従って後を付いていく。

 それから十分程馬車が進むと、やがて一軒の建物が見えてきた。

 シュタルズにあるギルドと比べると、明らかに古く、小さい。

 それでも惨めに見えないのは、きちんと手入れをされていると分かるからか。

 それだけこのギルドは村の者に愛されているのだと考えれば、御者もまたギルドの一員だけに我知らず笑みが浮かぶ。


「ここに止めて下さい。冒険者の方はギルドにどうぞ。ブルーキャタピラーに遭遇した人達が待っています」


 リュリュの声に、馬車が待機スペースへと移動して止まると、馬車の扉が開き四人の冒険者が姿を現す。

 その四人から溢れているのは、間違いなく歴戦の冒険者のそれ。

 少なくとも、ルーフの冒険者に比べると明らかに実力は上だった。

 そんな四人の冒険者は、ギルドの周辺に集まっていた者達の期待の視線を受けながらギルドの中へと入っていく。

 向かうのは、ギルドの内部に併設されている酒場。

 ルーフのギルド自体が利用者数が限られている為にそれ程大きくなく、大きな街のギルドにあるような会議室は存在しない。

 何かあった時は、酒場を会議室の代わりにするのだ。

 いつもであれば多かれ少なかれ酒場には酔っ払いがいるのだが、ブルーキャタピラーの脅威が迫っている今の状況では酒場で酒を飲んでいる者はいない。

 そんな中に入ってきた冒険者達を待っていたのは、三人の男達。

 年寄り、若者、子供とバリエーション豊かな三人は、村長、ツノーラ、アースの三人。

 村長は言うまでもなく、ルーフの責任者という立場で。

 ツノーラとアースの二人はブルーキャタピラーに遭遇した張本人としてこの場にいた。


「へぇ」


 ビルシュがツノーラを見て感心したような声を上げる。

 犬の獣人であるツノーラが強そうだったからだ。

 見ただけで相手の強さを理解出来る程に腕が立つ訳ではないが、それでもツノーラを見て強そうだというのは理解出来た。

 ただ、何故ツノーラと一緒に子供がいるのかは理解出来なかったのだが。

 そんなビルシュの横で、リヴはじっとアースの方へと……正確には、その肩の上に乗っている青いリスへと視線を向ける。

 一見すると冷静な表情で観察しているように見えるリヴだったが……


(か、可愛い……)


 その内心は、外見とは似合わぬ程に可愛いもの好きなリヴだった。

 それでも今はこの村の危機だというのを思い出し、ブルーキャタピラーを倒す為の情報収集を行うことになる。

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