第4話 エクソシスト

 帰宅途中、僕は『僕』と遭遇してしまわないかと怯えながらも、自分の推測が正しいのかどうか、あの女にもう一度会って確かめたいと考えていた。

 あまりウロウロすると『僕』に遭遇するリスクは高まるのだろう。しかし女の居場所は……思いかけて、ふと気が付く。タリスマンを掲げれば駆けつけると言っていたな……。

 試しに、服の中からタリスマンを引きずり出してペンダント部分を握りしめ、首に掛けたまま頭上へと掲げて見せた。どうでもいいことだが特に何か光ったり音がするというような派手な演出はないらしい。傍から見れば非常にシュールな光景だろう。

 まぁ、とにかくやってみた。が、何も起こらない。何か条件付きなのだろうかと考えていた矢先

「何よ、獲物は居ないじゃないの」

 真後ろから声がした。慌てて振り返ると昨日の女が立っている。前髪を掻き上げ、いかにも期待外れといった風だった。

「い、いつ来たんですか?」

「今よ」

「どこから……」

「こことは時間軸が異なる異空間からね。奴らが居ないにも関わらず呼び出したからには何かしら用があるんでしょう?」

「奴らっていうのは、僕ではない『僕』ですか?」

「あら、目撃情報が集まってきたのかしら」

「はい。身に覚えのない場所で『僕』を見たという報告を複数受けました。あなたの言うことを信じる気になりました。僕は自分の死を回避したい」

「奴らに関しては当たらずも遠からずね。この時間軸以外のあなたに付随して来ている者たち、『あなた』をこの時間軸に移行させる者たちね。言うなれば死神だわ。別の時間軸の『あなた』が彼らと契約したのよ」

「命を奪われるというのは、ドッペルゲンガーの現象ではないんですか?」

「何よそれ。ああ、今調べるわ」

 言うと女は空に書物を取り出して読み始めた。何もない空間から物が現れたことに僕は驚いたけれど、不可思議な術を目の当たりにしていよいよこの女が異能の存在であることを信じるに至った。

「はっ。くだらないことを考えるものね。こんな初歩の魔術の仕組みも解明できていないなんてね」

「魔術……」

「ええ、そうよ。死神はある人物に白羽の矢を立てて近づき、甘言で以て契約を迫るの。違う時間軸の当該人物と『入れ替わる』ようにね。そしてその入れ替わられた方は死神と契約した方の魂を奪う代わりに命を奪われる。つまり、入れ替わられる側になったのよ、あなたは。そして死神たちを狩るのを生業にしているのが私。あなたに死なれたら困るのよ、報酬が出ないんだもの」

 つまり、何らかの理由で『僕』は僕と入れ替わる契約をして、今この世界に存在している。みんなが目撃しているのは死神との契約者である『僕』で、『僕』自身には力はない、と。

「あなたと死神が闘うということですか」

「そういう事ね。実際には使い魔を用いるのだけれど、まだこの時間軸での力が充填されていないから召喚できないわ。タリスマンを掲げても現れなかったでしょう?」

 ああ、タリスマンの中にその使い魔というのが封印かなんかされているのか。茫漠と考えをまとめていると

「それから、私のことは真名を名乗る意味は無いから役職名で『エクソシスト』と呼びなさい。私もあなたの真名に興味は無いから、『クライアント』と呼ばせてもらうわ」

 有名なホラー映画で見たことがある。キリスト教の祓魔師という奴だ。

「分かった、えっと……エクソシスト。キリスト教と何か関係はあるんですか?」

「無関係。便宜上の役職名。私の時間軸では宗教が違うもの。あなたの世界に合わせてるだけ」

 エクソシストは

「じゃあ、私が必要になったら呼びなさい。くれぐれも私を呼ばないで魂を持って行かれないようになさい」

 そう言い残すと、僕の目の前で虚空に消え去ってしまった。







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