第3話 目撃情報

 明くる朝、学校に向かう途中、悪友が話しかけてくる。

「よう、おはよう。なぁ、お前昨日歩道橋で何してたんだ?」

「は?」

 昨夜出かけた時は歩道橋など通っていない。最寄りのコンビニで時間を潰していただけだ。

「声掛けても無視して行っちまうしさ、水臭いんじゃねぇの?それともあれか?これか?」

 小指をピンと立てて訊いてくる。それだけは断じて違う。神に誓って言おう、まるで縁なしだ。学外ではあの妙ちくりんな預言者もどきの魔術女以外には会っていない。

 しかし、歩道橋って何だ?こいつが見たという『僕』はそこで何をしていたのだろう。

 尚もしつこく訊ねてくる悪友を、だから知らないのだと振り払い、速足で通学路を進む。ああ、あの電信柱。昨日はあの場所で女にこれを渡されたのだっけ。思いながら、コートのポケットにしまったタリスマンを握りしめる。

「彼らが動き出せば報告が入る」――女の言葉を思い出す。昨日の母親、そして悪友の、僕ではない『僕』の目撃情報。これが異変なのだろうか。


 授業なんぞは上の空だ。普段からあまり真面目に受けているとは言い難いのだが、その日の僕はいつもの遥か上を行く集中力の無さを発揮していた。

 それというのも朝に聞いた悪友からの『僕』の目撃情報を皮切りに、やれどこそこの店で見ただの、駅で見かけただの、自転車で走っているのを見ただのと次々と身に覚えのない行動の報告を受けたのだった。

『僕』は一体何人居るのか。あの女の言う異常現象を信じざるを得ない状況になりつつあった。しかし、これが何故死の宣告に繋がるのかは不明だった。

 そればかりを考えていると、ふとある現象に思い当たった。自分に似た人間は三人存在していて、ドッペルゲンガーと呼ばれるそれらに遭遇すると命を落とすという話だ。

 つまり、今は他者からの目撃情報に留まっているから影響はないものの、僕自身が二人の『僕』に遭遇してしまった場合、死を迎えることになるのだということだろうか。

 今までならオカルトで片づけられるし、その程度のオカルト話はこの年齢にもなれば恐れることもないようなものではあるのだが、昨日の今日でドッペルゲンガーに考えが行き当たるとどうも現実感を帯びてきてしまう。

 もし昨日、母親の言う通りにもう一人の『僕』が存在していて帰宅後の確認で出くわしてしまっていたとしたら……背筋が凍る。しかも報告によれば二人程度では済まなさそうだった。僕は数多の『僕』を避けて生活しなくてはならないということだろうか。


 午前の授業が終わり、教室内で昼食を摂っていると、クラスメイトがやれ屋上で見ただの学食で見ただのと言う。

 学内にまで『僕』は迫っているのだ。途端に恐ろしくなってきた。目撃情報を受ける度に恐怖が迫ってくるのだ。逃げ切れるのだろうか。逃げる……?どうやって?

 コートからタリスマンを取り出すと「何だそれ」と言う悪友に構わずに首に掛けて服の中へと忍ばせる。これはきっと肌身離さず持っていなくてはならないものなのだ。皮肉にもあの女の言う通りに。


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